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第五章 この世のすべてを照らすもの
神呼びの社②
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桃子は言葉を失った。自身の特殊な体質を知ったこともだが、何よりすべてが自分次第だったと告げられたのは、ショックが大きかった。
全部お前のせいだと突きつけられた気がした。
大巫女は桃子を見て、小さく息を吐く。
「そなたの悪い癖だな、すぐ責は自分にあると思い詰める。そなたのような能力を持った者が巫女姫に選ばれたこと、これが何を意味するのか、よくよく考えねばならぬ。巫女姫が御神の求めに応じなくなっている――おそらくは、御神自身もその訳を測りかねておられる。ゆえに憑坐の器を幾度も変えては、巫女姫の心を取り戻そうと躍起になられている」
「わ、私は……」
桃子は声を振り絞るようにして言った。
「情けない話ですが、当初はたしかに覚悟が足りず、荒神様を心から受け入れることができませんでした。でも、今は違います。私自身、憑坐である春彦さんに惹かれている自覚がありますし、彼と誓約の儀を成立させることも望んでいます」
「そうであろうとも。巫女姫も憑坐も、互いに惹かれ合うのが常だ。現に、そなたは三人の憑坐を愛した。その心に偽りはないのだろう」
大巫女にはっきりとそう宣告され、桃子はこの上なく戸惑った。三心あるということを、よりにもよって、春彦、西宮、忍の前で堂々と言い渡されてしまうのは、言葉にしがたいほど身につまされるものだった。
この気持ちは、桃子自身ずっと自覚していながら、あえて目をそらし続けてきたことでもあった。春彦と忍のどちらを選ぶのかと選択を迫られたときも、はっきりと答えを出せなかったのはそういうことだったのだ。
針の筵に座る思いでいる桃子に、大巫女は諭すように告げた。
「三人の殿方に惹かれるのは、そなたが巫女姫であれば当然のこと。御神は最後まで、その力の限りを尽くして猛威を振るうだろう。だからこそ、一つの器にとどまることを厭い、次々と憑坐を変えては、より多くの手法で巫女姫を愛そうとなされた。巫女姫の心を取り戻すために。
――しかし、複数の憑坐に宿るその荒魂を、ただ一人で鎮め続けなくてはならないのだとすれば、そのさだめの過酷さは私にも測りかねるよ」
突き放すような言い方をされたことに動揺し、桃子はすがる思いで大巫女に問いかけた。
「どうしたらよいのでしょう、私は……」
「すべては明日の選定の儀で決まる。どのような結果になろうと、我々は明日の儀でもう一度神意を問い、進むべき道を見出さなくてはならない」
「お待ちください、大巫女様」
そこで初めて、春彦が発言していた。ずっと押し黙っていた西宮と忍も、少々驚いて彼を注視した。
春彦は、臆せず老婆に物申していた。
「町の守護結界が機能していない今、選定の儀を妨害しようと企む者が、町に大いなる災いをもたらす恐れもあります。その可能性を見越した上で、儀は執行されるのでしょうか」
すると大巫女は、今まで開けているのかわからなかったような瞼の厚い目元を、突如かっと見開き、鋭い眼光を春彦に向けた。
「そなた、さては百鬼夜行のことを知っておるな。どこでそれを?」
桃子と春彦の二人は、大巫女が「百鬼夜行」という言葉を口にしたことに、少なからず驚いていた。やはり、皇彦が語ったことは真実だったのか。
春彦は、百鬼夜行を知った経緯とともに、皇彦のことも洗いざらいすべてこの場で話していた。西宮と忍は、もちろんひたすら驚愕するばかりだった。
一通りの話を聞き終えたのち、大巫女は静かに頷いた。
「そうか、東宮の長子に会ったか。実はな、私はあの子のことは初めからすべて知っておった。御霊のまま巫女姫として選定されることも。だが、そなたらに進んで話すつもりはなかった。亡き令息自らが我が枕元に立ち、内密にしてほしいとわざわざ懇願しにきたのだ。特に春彦、そなたにだけは知られたくないと話しておったよ。だから、私はその遺志を汲むことにした。
――だが、百鬼夜行のことは、今ここでそなたらにも必ず聞いてもらうつもりでいた。私も鎮魂行の夢告げで、つい先日知ったばかりなのだ」
大巫女はなおも神妙に話し続ける。
「仮にそのお告げがなかったとしても、もともと明日の選定の儀は、前回よりもさらに万全の警戒態勢を敷く手はずが整っている。ただでさえ、明日の儀はもう失敗が許されないものゆえ。災いを恐れて儀式を中止するほうが、かえって凶兆を招くこともある。何があろうと、儀式は予定通り執り行われなければならない。それに、選定の儀が滞りなく終了すれば、その災い自体を回避できるやもしれぬのだ。儀式を行うことで、御神の守護を賜ることができるのだから」
大巫女のその話には、桃子はふと小さな疑問を抱いた。皇彦はたしか、「百鬼夜行で憑坐の力を当てにすることはできない」と言ってはいなかったか。それはつまり、荒神の加護は得られないということではないのか。
しかし、大巫女の話に偽りがあるとも思えず、桃子は心中をざわつかせたまま、その小さな疑問を呑み込んでいた。
大巫女との面会は、そのあと長くは続かなかった。高齢の彼女を長い時間拘束することはできない。大巫女は明日に備えてすぐにでも休む必要があると、介添えの者に、なかば強引に面会を終了させられてしまった。
中比良神社の参道を歩いて社を出るまでのあいだ、桃子はついに、西宮と一言も口をきかないまま彼と別れてしまった。忍とは、明日の儀の打ち合わせもあり、いつも通りのやりとりをすることができたというのに。
西宮がなぜずっと休学しているのかも、気になっていたが結局訊けなかった。彼の姿を見た分には、別段不調を抱えているというわけでもなさそうだったが……。
桃子が浮かない顔でいると、春彦が優しく声をかけてくれた。
「桃子さん。今日、大巫女様のお話をうかがって、僕はあらためて思いました。あなたは真の意味で、誰にも穢すことのできない気高い方だったのですね。もしかすると、あなたは憑坐や巫女姫の関係そのものを変えてしまう存在なのかもしれない。あなたなら……」
春彦はそう言いかけて、この話を中断していた。
「いずれにせよ、明日になればすべてはっきりします。桃子さん、たとえ僕らが、もう憑坐や巫女姫に選ばれることがなかったとしても――そして、あなたの心が僕だけのものではなくても。僕の気持ちが変わることは、これからもありません。絶対に」
「どうして……」
桃子は少なからず戸惑っていた。
「なぜ春彦くんは、こんなどうしようもない私をまだ想ってくれるの。わからない。春彦くんは、私にはもったいないくらい、本当に素敵な男の子なのに。あなたには、きっともっとふさわしい人がいるはずなのに」
「桃子さん、あなたがそう思ってくださっているなら、何も問題はないはずですよ」
春彦は柔らかく微笑んだ。
「あなたは、あなたが思っているよりもずっとずっと魅力的な女性です。僕がどれほどあなたの虜になっているか、今さら知らないとは言わせません。あなたに振り向いてもらえるように、もっと僕が努力すればよいだけのことです。これは未熟な僕の問題で、あなたが何か変わる必要なんてどこにもない」
そう言うと、春彦は鎮守の森の中、人目のつかぬところで、桃子にそっと口づけていた。
全部お前のせいだと突きつけられた気がした。
大巫女は桃子を見て、小さく息を吐く。
「そなたの悪い癖だな、すぐ責は自分にあると思い詰める。そなたのような能力を持った者が巫女姫に選ばれたこと、これが何を意味するのか、よくよく考えねばならぬ。巫女姫が御神の求めに応じなくなっている――おそらくは、御神自身もその訳を測りかねておられる。ゆえに憑坐の器を幾度も変えては、巫女姫の心を取り戻そうと躍起になられている」
「わ、私は……」
桃子は声を振り絞るようにして言った。
「情けない話ですが、当初はたしかに覚悟が足りず、荒神様を心から受け入れることができませんでした。でも、今は違います。私自身、憑坐である春彦さんに惹かれている自覚がありますし、彼と誓約の儀を成立させることも望んでいます」
「そうであろうとも。巫女姫も憑坐も、互いに惹かれ合うのが常だ。現に、そなたは三人の憑坐を愛した。その心に偽りはないのだろう」
大巫女にはっきりとそう宣告され、桃子はこの上なく戸惑った。三心あるということを、よりにもよって、春彦、西宮、忍の前で堂々と言い渡されてしまうのは、言葉にしがたいほど身につまされるものだった。
この気持ちは、桃子自身ずっと自覚していながら、あえて目をそらし続けてきたことでもあった。春彦と忍のどちらを選ぶのかと選択を迫られたときも、はっきりと答えを出せなかったのはそういうことだったのだ。
針の筵に座る思いでいる桃子に、大巫女は諭すように告げた。
「三人の殿方に惹かれるのは、そなたが巫女姫であれば当然のこと。御神は最後まで、その力の限りを尽くして猛威を振るうだろう。だからこそ、一つの器にとどまることを厭い、次々と憑坐を変えては、より多くの手法で巫女姫を愛そうとなされた。巫女姫の心を取り戻すために。
――しかし、複数の憑坐に宿るその荒魂を、ただ一人で鎮め続けなくてはならないのだとすれば、そのさだめの過酷さは私にも測りかねるよ」
突き放すような言い方をされたことに動揺し、桃子はすがる思いで大巫女に問いかけた。
「どうしたらよいのでしょう、私は……」
「すべては明日の選定の儀で決まる。どのような結果になろうと、我々は明日の儀でもう一度神意を問い、進むべき道を見出さなくてはならない」
「お待ちください、大巫女様」
そこで初めて、春彦が発言していた。ずっと押し黙っていた西宮と忍も、少々驚いて彼を注視した。
春彦は、臆せず老婆に物申していた。
「町の守護結界が機能していない今、選定の儀を妨害しようと企む者が、町に大いなる災いをもたらす恐れもあります。その可能性を見越した上で、儀は執行されるのでしょうか」
すると大巫女は、今まで開けているのかわからなかったような瞼の厚い目元を、突如かっと見開き、鋭い眼光を春彦に向けた。
「そなた、さては百鬼夜行のことを知っておるな。どこでそれを?」
桃子と春彦の二人は、大巫女が「百鬼夜行」という言葉を口にしたことに、少なからず驚いていた。やはり、皇彦が語ったことは真実だったのか。
春彦は、百鬼夜行を知った経緯とともに、皇彦のことも洗いざらいすべてこの場で話していた。西宮と忍は、もちろんひたすら驚愕するばかりだった。
一通りの話を聞き終えたのち、大巫女は静かに頷いた。
「そうか、東宮の長子に会ったか。実はな、私はあの子のことは初めからすべて知っておった。御霊のまま巫女姫として選定されることも。だが、そなたらに進んで話すつもりはなかった。亡き令息自らが我が枕元に立ち、内密にしてほしいとわざわざ懇願しにきたのだ。特に春彦、そなたにだけは知られたくないと話しておったよ。だから、私はその遺志を汲むことにした。
――だが、百鬼夜行のことは、今ここでそなたらにも必ず聞いてもらうつもりでいた。私も鎮魂行の夢告げで、つい先日知ったばかりなのだ」
大巫女はなおも神妙に話し続ける。
「仮にそのお告げがなかったとしても、もともと明日の選定の儀は、前回よりもさらに万全の警戒態勢を敷く手はずが整っている。ただでさえ、明日の儀はもう失敗が許されないものゆえ。災いを恐れて儀式を中止するほうが、かえって凶兆を招くこともある。何があろうと、儀式は予定通り執り行われなければならない。それに、選定の儀が滞りなく終了すれば、その災い自体を回避できるやもしれぬのだ。儀式を行うことで、御神の守護を賜ることができるのだから」
大巫女のその話には、桃子はふと小さな疑問を抱いた。皇彦はたしか、「百鬼夜行で憑坐の力を当てにすることはできない」と言ってはいなかったか。それはつまり、荒神の加護は得られないということではないのか。
しかし、大巫女の話に偽りがあるとも思えず、桃子は心中をざわつかせたまま、その小さな疑問を呑み込んでいた。
大巫女との面会は、そのあと長くは続かなかった。高齢の彼女を長い時間拘束することはできない。大巫女は明日に備えてすぐにでも休む必要があると、介添えの者に、なかば強引に面会を終了させられてしまった。
中比良神社の参道を歩いて社を出るまでのあいだ、桃子はついに、西宮と一言も口をきかないまま彼と別れてしまった。忍とは、明日の儀の打ち合わせもあり、いつも通りのやりとりをすることができたというのに。
西宮がなぜずっと休学しているのかも、気になっていたが結局訊けなかった。彼の姿を見た分には、別段不調を抱えているというわけでもなさそうだったが……。
桃子が浮かない顔でいると、春彦が優しく声をかけてくれた。
「桃子さん。今日、大巫女様のお話をうかがって、僕はあらためて思いました。あなたは真の意味で、誰にも穢すことのできない気高い方だったのですね。もしかすると、あなたは憑坐や巫女姫の関係そのものを変えてしまう存在なのかもしれない。あなたなら……」
春彦はそう言いかけて、この話を中断していた。
「いずれにせよ、明日になればすべてはっきりします。桃子さん、たとえ僕らが、もう憑坐や巫女姫に選ばれることがなかったとしても――そして、あなたの心が僕だけのものではなくても。僕の気持ちが変わることは、これからもありません。絶対に」
「どうして……」
桃子は少なからず戸惑っていた。
「なぜ春彦くんは、こんなどうしようもない私をまだ想ってくれるの。わからない。春彦くんは、私にはもったいないくらい、本当に素敵な男の子なのに。あなたには、きっともっとふさわしい人がいるはずなのに」
「桃子さん、あなたがそう思ってくださっているなら、何も問題はないはずですよ」
春彦は柔らかく微笑んだ。
「あなたは、あなたが思っているよりもずっとずっと魅力的な女性です。僕がどれほどあなたの虜になっているか、今さら知らないとは言わせません。あなたに振り向いてもらえるように、もっと僕が努力すればよいだけのことです。これは未熟な僕の問題で、あなたが何か変わる必要なんてどこにもない」
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