隣に越してきたのは幼なじみの男の娘

不思議な爺さん

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第2章 幼き記憶

幼き記憶

ヒカルの回想。

幼い頃――
ヒカルは道路脇でボール遊びをしていた。

弾んだボールが車道へ転がる。

無意識に追いかけ、一歩踏み出したその瞬間。

キキィィィ――ッ!!

タイヤの悲鳴。

ものすごいスピードで車が迫る。

動けないヒカル。

その腕を、強い力が引いた。

「ヒカちゃん危ない!」

幼い隼人が、思いきり腕を掴み、後ろへ引き倒す。

車は、ほんの数十センチ先を通り過ぎた。

ヒカルは地面に座り込んだまま、震えていた。

「ヒカちゃ~ん、怖かった~……」

涙が止まらない。

隼人は、照れくさそうに笑いながら言った。

「男だろ~、メソメソするなよ~。
なにかあったら、はやちゃんマンが助けてあげる~!」

その時、掴まれた腕にうっすら残った痣。

大人になった今も、消えずに残っている。

それから間もなく、両親は離婚し、
ヒカルは母親に引き取られ、埼玉へ引っ越した。

何も言えないまま。

「はやちゃんマン」に、ありがとうも言えないまま。

その夜。

隼人はベッドに寝転び、スマホで動画を見ながらゴロゴロしていた。

ピンポーン。

「ん?誰だ?」

ドアを開けると、そこに立っていたのはヒカルだった。

ヒカルは少し照れたように微笑む。

「今日は……ありがとう。
カレー、作りすぎちゃって。迷惑じゃなければ……」

差し出されたタッパーから、ふわりと温かい匂いが漂う。

隼人は思わず顔をほころばせた。

「ありがとう~。ちょうど何か作ろうか考えてたとこだった」

ヒカルはほっとしたように頷く。

「じゃあ、また明日」

「うん、ありがとう。おやすみ」

ドアが閉まる。

部屋に戻った隼人は、レンジでカレーを温める。

チン、という音。

湯気と一緒に広がるスパイスの香り。

ひと口、すくって口に運ぶ。

「……あれ?」

どこかで食べたことがあるような味。

懐かしいような、優しい甘み。

遠い記憶の奥が、くすぐられる。

でも思い出せない。

「気のせいか……」

そう呟きながら、隼人はもう一口食べた。

その味は、なぜか胸の奥をじんわりと温めた。

その夜、隼人は夢を見た。

幼い日の記憶。

「ヒカちゃーん、あーそーぼー!」

小さな手でインターホンを押す。

ガチャ、と扉が開いた。

ヒカルの父親が、どこか困ったような顔で立っていた。

「おー、隼人くんか……ごめんなぁ。ヒカルは、もうここにはいないんだ」

「え? なんで? なんで?」

隼人は首を振る。

意味がわからない。

「さっきまで一緒に遊ぶって言ってたのに……」

そのとき、背後から強い力で腕を引かれた。

「隼人、こっち来なさい」

母の声。

隼人は振り返る。

「なんで? ヒカちゃん、どこに行ったの?」

母は、少しだけ目を伏せてから、はっきりと言った。

「ヒカちゃんのことは、忘れなさい」

その言葉が、胸の奥に重く落ちる。

忘れなさい。

忘れなさい。

何度も、何度も、反響する。

幼い隼人は、ただ立ち尽くすことしかできなかった。

翌朝。

隼人はゆっくりと目を開けた。

カーテンの隙間から差し込む光が、ぼんやりと天井を照らしている。

「……うーん」

頭の奥が、もやっとしている。

なんか……昔の夢を見たような。

はやちゃん……
ヒカちゃん……

自分の口からこぼれた名前に、隼人は一瞬だけ眉をひそめた。

「ヒカちゃん……?」

胸の奥が、少しだけざわつく。

まさかな……

だって、隣のあの子、女だしな……

そう言い聞かせるように、布団をかぶる。

「今日は大学休みだし……寝るか~」

考えるのをやめるみたいに、目を閉じる。

けれど、まぶたの裏に浮かぶのは――

泣きそうな顔の、小さなヒカちゃんの姿だった。

隼人は、その違和感から逃げるように、もう一度眠りに落ちていった。
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