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包囲されたはじめての街
1590年6月24日・津久井城の戦い
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氏照が八王子城を無事に守ったとの報は23日中に津久井城経由で小田原に届いていた。
だが、この知らせには、暗澹たる追報も付随していた。それは、津久井城主・内藤綱秀名で徳川方の残党およそ1万2千が津久井城に向かっているという救援要請だった。
そんな残党の大軍、一体どこに潜んでいたのだろうか?
津久井城は距離的には八王子の方が圧倒的に近いが、八王子城では降伏した1万近い兵の武装解除、将の拘束に多忙を極めており、援軍を出せる状況ではなかった。
そこで、小田原から北条氏規を主将とする5千の兵で救援に向かわせた。
速度を出すため、全員が騎馬兵である。荷駄も馬の背に乗せて運んでいる。小田原周辺には敵が棄てていった馬が相当数いたので、このような編成が可能だったのである。
氏規は玉縄城を攻略というより接収して帰還していた。
というのも、玉縄城を守備していた300の兵は元々北条方の城主・北条氏勝の兵で、氏規隊を見るや、守将の瀬田正忠、古田織部を捕縛し氏規に突き出してきたのだ。
元城主の氏勝について兵に尋ねると、徳川勢に降伏後、彼らに付き従い、関東諸城の降伏勧告に向かったという。
聡明な氏規は今回の徳川軍について、進軍ではなく退却だと看破していた。
おそらく、伊賀者から箱根の情報が入ったのだろう。
戦が行われている八王子を避け、津久井城で補給、徳川領である甲斐に逃げるつもりだとみていた。
津久井城に着いた氏規は、城主・内藤綱秀と面会、城下の御屋敷はじめ所謂・根小屋部分から、兵糧・武具等を全て城に上げるよう指示した。根小屋の井戸については城の尾根から水平になるように残し、他は付近の野獣を殺し投げ込み使用不能にした。
これは、徳川軍が給水のため、井戸の回りに固まるようにするための布石である。
城の尾根には新型炮烙玉を備えたバリスタ隊が木々に隠れて配置された。
最早生産が追い付かない新型炮烙玉であるが、それでも孝太郎は30個を持たせてくれた。
氏規は自身が救出された韮山城の戦いから、早くも新型炮烙玉の有効な利用法を編み出していたのだ。
*6月23日・大丸城跡 徳川軍大将・本多忠勝 *
多摩川の畔に位置する大丸城跡は鎌倉時代に新田義貞が在陣したとの由緒がある城であるが、もう100年以上前に廃城になっており、付近は縄張り跡とうっそうとした木立に覆われた場所である。
ここに、徳川氏の重臣・本多忠勝が身を潜めていた。
御屋形様の命を受け、房総から武蔵の攻略を任されていた忠勝
戦後、関東を治める事になる徳川氏は、出来るだけ城や領民の損害を少なくし、乱暴狼藉を厳しく禁じることで新領主・徳川のイメージアップを図る方針をとっていた。云わば警備隊隊長として家内有数の武闘派・忠勝が睨みを効かせようというわけである。
城の開城に関しては、問題なく行われていったが、同行した豊臣方の浅野長政・木村重茲隊の行状に忠勝は怒り狂っていた。
両名の隊ともに城兵の助命はしていたが、各城下で乱暴狼藉やりたい放題だったのだ。
「全く、うちの大殿はこれから関東を治めるんだってのに、奴らは戦が終わったら帰る所があるからって好き勝手しやがって。関白殿下が禁令出してるのに全然無視してやがる」
「最近じゃ、北陸からきた奴らも、関東で乱取りしてるっていうじゃねえか!」
「忍城じゃ豊臣直臣の部隊が苦戦してるらしい。はははざまあみろ」
その後鉢形城の攻略を最後に両隊と別れ、ようやく各城に警備兵を派遣、徳川イメージアップ作戦を開始したのが、およそ一週間前である。
そして5日前、伊賀者が突然忠勝の元を訪ねてきた。
彼らによれば、
・箱根で関白殿下と徳川の大殿が亡くなった可能性が極めて高い
・小田原を包囲していた徳川軍も壊滅した
・伊賀者の頭領・半蔵ともずっと連絡がとれない
・このまま関東に居るのは危険だから、兵を纏め、一度、自領に引き返した方が良い
とのことだった。俄かに信じられない話であるが伊賀者からの情報だけに無視はできず、各地に散った兵に大丸城跡に集合するよう指示を出したのだ。
そして、伊賀者からの情報が確信に変わったのが昨夜の事だ。小田原で籠城している筈の北条の大軍が八王子方面に進軍していったのを、目撃したからだ。
不幸中の幸い、北条軍に見つかることなく兵たちは参集してきた。これから、八王子を避け、寡兵の津久井城へ向かい甲斐へ向かうことにした。
かつて小田原を攻めた武田信玄が通ったルートである。
*津久井城・北条氏規隊*
物見から徳川の大軍が相模川を渡っているとの報告があった。
やがて、城下の根小屋にやってきた。井戸に群がっている。使用不能にした井戸に気付いた兵はあからさまにいら立っていた。
川の水より井戸水の方が圧倒的に美味しいからこうなるのは予想通りだった。
特に一度井戸水を飲んだ馬は、川の水を与えても決して飲もうとしないのである。
敵の大将も見事な采配を見せており、使用可能な6個の井戸にほぼ均等に兵が集まっている。よく見ると敵の大将は本多忠勝である。打ち取るには惜しい人材だ。
「なんとか忠勝を生きて捕らえられないだろうか?」
氏規は城主・内藤らと話し合ったが、忠義に厚い忠勝が家康が亡くなったと知ったら後を追うのでは?との意見が多数を占め、結局攻撃を開始することになった。
本丸からの合図を受け、尾根に隠れていたバリスタ隊から新型炮烙玉が各井戸に群がる徳川軍に射出される。1井戸辺り兵2000の勘定である。
突然の爆撃に体の一部を吹き飛ばされ倒れるもの、耳をやられ七転八倒するもの爆心の近くにいた兵は勿論即死である。バリスタ隊による爆撃は計4回行われた。これで、残る新型炮烙玉は6個であるが、最早、立っている徳川兵は一人もいない。
氏規は兵と共に城を降り、生存者の救助(といってもやれることは少ないが)と武装解除を始めた。こうして、津久井城の戦いもまた、北条方の勝利に終わったのである。
だが、この知らせには、暗澹たる追報も付随していた。それは、津久井城主・内藤綱秀名で徳川方の残党およそ1万2千が津久井城に向かっているという救援要請だった。
そんな残党の大軍、一体どこに潜んでいたのだろうか?
津久井城は距離的には八王子の方が圧倒的に近いが、八王子城では降伏した1万近い兵の武装解除、将の拘束に多忙を極めており、援軍を出せる状況ではなかった。
そこで、小田原から北条氏規を主将とする5千の兵で救援に向かわせた。
速度を出すため、全員が騎馬兵である。荷駄も馬の背に乗せて運んでいる。小田原周辺には敵が棄てていった馬が相当数いたので、このような編成が可能だったのである。
氏規は玉縄城を攻略というより接収して帰還していた。
というのも、玉縄城を守備していた300の兵は元々北条方の城主・北条氏勝の兵で、氏規隊を見るや、守将の瀬田正忠、古田織部を捕縛し氏規に突き出してきたのだ。
元城主の氏勝について兵に尋ねると、徳川勢に降伏後、彼らに付き従い、関東諸城の降伏勧告に向かったという。
聡明な氏規は今回の徳川軍について、進軍ではなく退却だと看破していた。
おそらく、伊賀者から箱根の情報が入ったのだろう。
戦が行われている八王子を避け、津久井城で補給、徳川領である甲斐に逃げるつもりだとみていた。
津久井城に着いた氏規は、城主・内藤綱秀と面会、城下の御屋敷はじめ所謂・根小屋部分から、兵糧・武具等を全て城に上げるよう指示した。根小屋の井戸については城の尾根から水平になるように残し、他は付近の野獣を殺し投げ込み使用不能にした。
これは、徳川軍が給水のため、井戸の回りに固まるようにするための布石である。
城の尾根には新型炮烙玉を備えたバリスタ隊が木々に隠れて配置された。
最早生産が追い付かない新型炮烙玉であるが、それでも孝太郎は30個を持たせてくれた。
氏規は自身が救出された韮山城の戦いから、早くも新型炮烙玉の有効な利用法を編み出していたのだ。
*6月23日・大丸城跡 徳川軍大将・本多忠勝 *
多摩川の畔に位置する大丸城跡は鎌倉時代に新田義貞が在陣したとの由緒がある城であるが、もう100年以上前に廃城になっており、付近は縄張り跡とうっそうとした木立に覆われた場所である。
ここに、徳川氏の重臣・本多忠勝が身を潜めていた。
御屋形様の命を受け、房総から武蔵の攻略を任されていた忠勝
戦後、関東を治める事になる徳川氏は、出来るだけ城や領民の損害を少なくし、乱暴狼藉を厳しく禁じることで新領主・徳川のイメージアップを図る方針をとっていた。云わば警備隊隊長として家内有数の武闘派・忠勝が睨みを効かせようというわけである。
城の開城に関しては、問題なく行われていったが、同行した豊臣方の浅野長政・木村重茲隊の行状に忠勝は怒り狂っていた。
両名の隊ともに城兵の助命はしていたが、各城下で乱暴狼藉やりたい放題だったのだ。
「全く、うちの大殿はこれから関東を治めるんだってのに、奴らは戦が終わったら帰る所があるからって好き勝手しやがって。関白殿下が禁令出してるのに全然無視してやがる」
「最近じゃ、北陸からきた奴らも、関東で乱取りしてるっていうじゃねえか!」
「忍城じゃ豊臣直臣の部隊が苦戦してるらしい。はははざまあみろ」
その後鉢形城の攻略を最後に両隊と別れ、ようやく各城に警備兵を派遣、徳川イメージアップ作戦を開始したのが、およそ一週間前である。
そして5日前、伊賀者が突然忠勝の元を訪ねてきた。
彼らによれば、
・箱根で関白殿下と徳川の大殿が亡くなった可能性が極めて高い
・小田原を包囲していた徳川軍も壊滅した
・伊賀者の頭領・半蔵ともずっと連絡がとれない
・このまま関東に居るのは危険だから、兵を纏め、一度、自領に引き返した方が良い
とのことだった。俄かに信じられない話であるが伊賀者からの情報だけに無視はできず、各地に散った兵に大丸城跡に集合するよう指示を出したのだ。
そして、伊賀者からの情報が確信に変わったのが昨夜の事だ。小田原で籠城している筈の北条の大軍が八王子方面に進軍していったのを、目撃したからだ。
不幸中の幸い、北条軍に見つかることなく兵たちは参集してきた。これから、八王子を避け、寡兵の津久井城へ向かい甲斐へ向かうことにした。
かつて小田原を攻めた武田信玄が通ったルートである。
*津久井城・北条氏規隊*
物見から徳川の大軍が相模川を渡っているとの報告があった。
やがて、城下の根小屋にやってきた。井戸に群がっている。使用不能にした井戸に気付いた兵はあからさまにいら立っていた。
川の水より井戸水の方が圧倒的に美味しいからこうなるのは予想通りだった。
特に一度井戸水を飲んだ馬は、川の水を与えても決して飲もうとしないのである。
敵の大将も見事な采配を見せており、使用可能な6個の井戸にほぼ均等に兵が集まっている。よく見ると敵の大将は本多忠勝である。打ち取るには惜しい人材だ。
「なんとか忠勝を生きて捕らえられないだろうか?」
氏規は城主・内藤らと話し合ったが、忠義に厚い忠勝が家康が亡くなったと知ったら後を追うのでは?との意見が多数を占め、結局攻撃を開始することになった。
本丸からの合図を受け、尾根に隠れていたバリスタ隊から新型炮烙玉が各井戸に群がる徳川軍に射出される。1井戸辺り兵2000の勘定である。
突然の爆撃に体の一部を吹き飛ばされ倒れるもの、耳をやられ七転八倒するもの爆心の近くにいた兵は勿論即死である。バリスタ隊による爆撃は計4回行われた。これで、残る新型炮烙玉は6個であるが、最早、立っている徳川兵は一人もいない。
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