期限付きの側室なのに皇太子殿下が離してくれません!

林檎

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第一章 契約の側室編

燃やされた手紙

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宮廷の中庭で、アルフレートは静かに腰掛け、書類に目を落としていた。

「見て!皇太子殿下よ!」

「いつ見ても素敵……。あんなに熱心に何を読んでいらっしゃるのかしら?」

「きっと、とても難しい本を読んでらっしゃるのよ。」

遠巻きの令嬢たちが、憧れを滲ませて囁き合う。
そんな視線の中、ひときわ自信に満ちた足取りでヴェロニカが近づいてきた。

「アル様、何を読んでらっしゃるの?」

アルフレートは顔を上げ、微笑んだ。

「ああ、少し書類を確認していたんだ。」

ヴェロニカはそんなアルフレートを見ても特に気にせず、チラッと遠巻きにいる令嬢たちを窺った。
元々、アルフレートが何を読んでいるのかに興味はない。ただ、この国の皇太子の寵愛を受けているのは自分だけだと、その仲の良さを見せつけたいだけだ。

ヴェロニカは艶やかな笑みを浮かべた。

「そうだわ。アル様。これから、私のサロンにいらっしゃらない?」

「…すまない。まだ執務が残っているんだ。」

「またお仕事ですの?アル様は働きすぎですわ。皇太子だからといって何でも抱え込む必要はないのですよ。たまには息抜きや休むことも大事ですわ。」

「ヴェロニカ……。」

ヴェロニカの言葉にアルフレートは心を打たれた。
常に皇太子として期待と結果を求められてきた彼にとって、ヴェロニカの言葉は救いだった。
彼女は「皇太子だからといって、我慢する必要はないわ。あなたはあなたのままでいいのよ。」と言ってくれる。
彼女の前だと、アルフレートはただのアルフレートでいられる。
ヴェロニカは自分の事を皇太子ではなく、一人の男として見てくれているのだと思えた。

「ありがとう。君は優しいな。」

「まあ、そんな……。愛する夫のことを心配するのは妻として当然のことですわ。それよりも、アル様のお身体が心配ですの……。私の光魔法が必要でしたら、いつでも仰ってくださいね。」

「大丈夫だ。君が傍にいてくれるだけで俺は元気になれる。」

「まあ、アル様ったら……。」

ヴェロニカはフフッと笑いながら、目を細め、アルフレートの胸に手を置いた。

「ねえ、アル様……。今夜も私の所にいらしてくださいな。疲れたアル様を私が癒して差し上げたいわ。」

「ああ。分かった。今夜、行くよ。」

「約束ですわよ。」

「ああ。じゃあ、また……、夜に。」

アルフレートはそう言って、自分の部屋に戻った。
ヴェロニカは令嬢たちの羨望と嫉妬に満ちた視線を向けられながら、心が満たされていた。
全ては思い通りに進んでいる。この世界は私の思うがまま……。




部屋に戻ると、アルフレートは閉まっていた本を静かに取り出した。
そこには、金色の箔押しでこう記されていた。

――『初心な花を優しく抱くための心得』

彼は表紙をそっと撫で、深く息を吐いた。
パラッとページを捲り、続きを読んだ。

前戯の時間が極端に短い、もしくは相手が不満足な状態の場合、女性は腟の潤いが足りずに挿入時に性交痛を感じることがあります。特に初めての場合、緊張などで濡れにくく、痛みを感じることが多い。

(そうなのか…。じゃあ、リリアーヌが全く濡れてなかったのは別に不感症からでもなく、単純に初めてで緊張していたからだったのか?)

アルフレートには衝撃的すぎて理解が追いつかない。
本の一節には、男性の愛撫が下手だと、女性は感じないとも書いてた。
アルフレートは男としての自信をなくしかけた。
もしかして、リリアーヌがあんなにも濡れなかったのは、俺が下手くそだから?

本を読み終え、机に置いた本に目を向ける。
机の上には、普段なら絶対に手に取ることのない本が数冊積まれていた。

『無垢な花への愛撫の手引き』
『新妻を優しく導く夜伽の作法』
『女性の心を理解するための指南書』

どれも恥ずかしいタイトルばかり。王都の裏通りにある怪しげな書店で、フードを深く被ってお忍びで購入したものだった。

「……馬鹿馬鹿しい。」

アルフレートは一人呟いた。しかし、手は既に一冊目の本に伸びている。
表紙をめくると、まずは理論的な説明から始まっていた。
女性の身体の構造、感じやすい部位、段階的な愛撫の方法…。
アルフレートは眉を顰めながらも、真剣にページをめくっていく。

「前戯は最低でも十分以上……だと?」

彼はヴェロニカとの交わりを思い返す。
いつもヴェロニカは準備ができていた。だから、前戯の重要性など考えたこともなかった。

「女性が感じるまでには時間がかかる…。焦りは禁物…。」

アルフレートは額に手を当てた。リリアーヌの苦痛に歪んだ顔が脳裏に浮かぶ。

「俺は何も知らなかった…。」

次のページには具体的な愛撫の手順が図解付きで説明されていた。
アルフレートは一字一句逃すまいと読み進める。

一冊目の本を読み終わり、二冊目の本を手に取る。
そこにはより実践的な内容が書かれていた。

「優しい声かけが重要……。恐怖心を取り除くこと…。」

アルフレートは自分がリリアーヌにかけた言葉を思い出す。
「黙っていろ」「さっさと終わらせるぞ」…。

(恐怖心を取り除くどころか、煽るようなことしか言わなかった……。何をやってるんだ。俺は‥‥、)

自己嫌悪に陥りながらも、読み進めることをやめなかった。
三冊目の本には、より詳細な手順が記されていた。
アルフレートは羽根ペンを取り出し、重要な箇所にメモを取り始める。まるで軍事戦略を練るかのような真剣さだった。

「まずは心の準備から…。安心感を与えること…。」

ページをめくる度に、自分の無知と粗暴さを思い知らされる。
皇太子として最高の教育を受けてきたはずなのに、女性を愛する方法については何も学んでいなかった。
時計を見ると、もう夜中を回っていた。アルフレートは本を閉じ、深いため息をついた。

「今更、こんなことを勉強して……。」

だが、リリアーヌの苦痛に満ちた表情が頭から離れない。
本当なら、自分にはリリアーヌに触れる資格はない。リリアーヌのためを思うなら、このままそっとしておくべきだということは自覚している。
だが、自分は皇太子だ。この国のために世継ぎを残す必要がある。
そのために側室として、リリアーヌを娶ったのだ。だから、アルフレートはリリアーヌとの間に子を儲けなければならないのだ。

アルフレートは皇太子としての責務と、リリアーヌへの償いの気持ちが複雑に絡み合っていた。
だが、一つだけ確かなことがあった。
次は絶対に、彼女を傷つけるようなことはしない。
そのためなら、どんな恥ずかしい勉強でもやってやる。

翌日、アルフレートは侍従に命じた。

「リリアーヌの容態を確認してこい。」

「はい、殿下。」

侍従が去った後、アルフレートは一人窓の外を見つめた。

(リリアーヌは…、俺の手紙を読んでくれただろうか?)




リリアーヌは、机に向かって白紙を前にし、何度もペンを握っては離していた。
胸の奥に溜まった思いをどう綴ればいいのか分からない。けれど、このままでは誤解が広がるばかりだと思った。

「……殿下に、ちゃんと謝らないと。」

震える指でようやく筆を走らせる。

『殿下、先日は大変申し訳ありません。私の未熟さゆえに夜伽の務めを果たすこともできなかったにも関わらず、私を責めることなく、王宮医を手配して頂き、ご配慮下さり、感謝致します。
ご多忙な殿下の手を煩わせて大変心苦しいのですが、殿下に直接、謝罪をする機会を頂ければ、お話できれば幸いです。――リリアーヌ。』

たどたどしい文字だが、短く、それでも心を込めて書いた手紙だった。
彼女はその手紙を侍女に託した。

しかし、その手紙はアルフレートの元に届けられることはなかった。





「妃殿下……。こちら、例の側室が皇太子殿下に宛てた手紙です。」

侍女長はその手紙をヴェロニカに渡した。
ヴェロニカは封を破り、手紙を読むと、冷笑を浮かべた。

「ふん……。何、この下手くそな文字。アル様に媚びを売ろうとしてるのが見え透いてて浅ましい……。」

ヴェロニカはためらいもなく手紙を握りつぶした。白い紙が音を立ててくしゃくしゃに潰れ、暖炉に投げ込まれた。手紙は燃え、消えてなくなる。

「こんなもの、アル様の目に触れさせる訳ないでしょ。フフッ…、あの女の小細工なんて、私が消してやるわ。」

ヴェロニカの紅い唇が冷たく歪み、その瞳には暗い炎が宿っていた。
リリアーヌの小さな勇気は、彼女の手の中で無残に潰え去ったのだった。



数日後――。

アルフレートの執務室に、ヴェロニカと侍女長が控えめな様子で姿を現した。

「どうした?ヴェロニカ。」

「アル様……。実は、リリアーヌ様のことでお話しがありまして……。」

ヴェロニカは瞳を潤ませ、アルフレートに歩み寄る。
侍女長が恭しく差し出したのは、無惨に引き裂かれ、花弁も折れ曲がった花束と、くしゃくしゃに丸められた手紙の残骸だった。

「これは……、」

アルフレートの眉がかすかに寄る。
ヴェロニカは悲しげに目を伏せ、唇を噛みしめた。

「……殿下からの贈り物を、リリアーヌ様が……。」

「わたくしも目を疑いました……。リリアーヌ様が苛立ちのあまり……。」

「…………。」

アルフレートは花束の残骸を手に取った。

(……本当に、彼女がこんなことを?)

一瞬、疑問が脳裏をよぎる。
だが、すぐにあの夜の光景が浮かんだ。蒼白な顔で気を失った彼女。

(いや……、憎まれても当然だ。俺は彼女を傷つけた。)

罪悪感が疑念を飲み込んでいく。

「……わかった。しばらく、顔を合わせない方がいいな。」

アルフレートは花束の残骸から静かに視線を逸らした。
無理に会いに行けば、さらに彼女を傷つけるだけだ。
これ以上、彼女を追い詰めるわけにはいかない。
ヴェロニカは俯いたまま、密かにその口元を吊り上げる。

(ふふ……思惑通り。これでアル様は、あの女を遠ざける。リリアーヌ……。あんたの居場所なんて、もうどこにもないわ。このままアル様に嫌われてしまえばいいのよ。)

ヴェロニカは扇で口元を隠し、その奥で小さく、しかし確かな嘲笑を漏らした。

(アル様は私だけのもの。私だけを見ていればいいの。あんな小娘に、アル様の優しさなんて必要ない。アル様の心は……、私だけのものなのだから。)
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