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第一章 契約の側室編
銀の魔女の宣戦布告
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――数日前、王宮の夜会にて。
夜会の中央、煌びやかなシャンデリアの下で、華やかに着飾ったヴェロニカはアルフレートの腕に抱かれながら優雅に舞っていた。その姿はまるで女神のようで、若者から老齢の紳士まで、男性たちの視線を釘付けにしていた。
「妃殿下‥‥。お美しい‥‥‥。」
「さすがは薔薇の聖女と呼ばれたお方だ。」
薔薇の聖女とはヴェロニカの社交界の二つ名だ。薔薇のごとく艶やかで華やかな美貌からこの名がついた。
「やはり、この国一番の美女と言われるだけはある。」
彼らの熱い眼差しと称賛の声にヴェロニカは白い頬を薄紅に染め、艶やかな表情を浮かべ、妖艶な雰囲気を身に纏い、男たちの目をさらに惑わせた。
ヴェロニカは男たちの眼差しにゾクゾクとした。
なんて、心地よいのだろう。皆が私を見ている。ここにいる男たちは皆が私に夢中……。
そうよ。私はこんなにも男を惹きつける女性なの。
「妃殿下、素晴らしい踊りでした。」
「喉が乾いたでしょう。飲み物をどうぞ。」
曲が終わると、アルフレートの側近たちまでもが、彼女を囲むように立ち、甲斐甲斐しく世話を焼いている。
彼らもまた、高位貴族の子息だけあって、見目麗しく、タイプの違う美形でそれぞれ魅力がある。
宰相の息子、魔導士団長の息子、騎士団長の息子……。
周囲からは、羨望と嫉妬が入り混じった視線が幾重にも注がれた。
取り残された側近の婚約者たちは遠くから見守るだけで、誰一人として彼女に口を挟めない。
ある者は悲しそうに、ある者は諦めたようにしている。
ヴェロニカは薄く笑みを浮かべ、その婚約者たちを見下ろすように視線を流す。
(見なさい、私の方がずっと愛されているのよ。だって、私は選ばれた女——特別な女なのだから。)
ああ、最高にいい気分!そうよ。私はこんなにも美しいのだから!
満ち足りた気分に浸っていたその時、会場のざわめきが変わった。
ゆっくりと現れたのは、侯爵令嬢アレクサンドラ・ド・スペンサー。
彼女の姿を認めた瞬間、ヴェロニカの笑みが僅かに硬くなる。
アルフレートがヴェロニカの肩を抱きよせてくれる。
「大丈夫だ。ヴェロニカ。」
力強い言葉にヴェロニカは頬を染めた。
ああ。なんて、素敵なの。まるで、今の自分はお姫様の様。意地悪な魔女に立ち向かう健気でひたむきな女のようだわ。そして、それを守るナイトたち…。ヴェロニカがうっとりとしていると、
「ご機嫌よう、殿下。」
アレクサンドラは一礼し、澄ました声で言った。
「側室がお決まりになったそうで……。おめでとうございます。」
その言葉に、アルフレートが眉をひそめる。
「……嫌味のつもりか?」
アレクサンドラは扇で口元を覆い、涼しげな目を細めた。
「嫌味?とんでもございませんわ。殿下の慧眼に、ただただ感服しているだけですの。私たちには到底思いつかないことをお考えになるのだと。」
「……何?」
「まさか、私の代わりに男爵の私生児をお選びになるとは思いもよりませんでしたわ。よろしければ、なぜその方を選ばれたのか……。ぜひ、お聞かせ願えませんこと?」
アレクサンドラの挑発するような、責めるような眼差しにアルフレートは舌打ちをしたくなった。
「スペンサー侯爵令嬢。」
アルフレートの声が低く響いた。
「私の判断に異議があるなら、正式な場で申し立てるがいい。夜会の席でこのような物言いは、貴族としての品格を疑われるぞ。」
アレクサンドラは一瞬、ぴくり、と眉を顰めるが、優雅に一礼した。
「失礼いたしました、殿下。私としましては、ただ新しい側室様のことを存じ上げたかっただけでございます。」
貴族たちはざわめいた。男爵の私生児が皇太子の側室に……?
失笑、嘲笑……。様々な思惑と笑いが辺りに広がる。
小さな噂話は、瞬く間に周囲へと広がっていく。
アルフレートは内心、苛立っていた。
(この女!これが狙いだったのか!)
アレクサンドラは、「皇太子が何の後ろ盾もない女を側室にした」という印象を、夜会の場に巧みに植え付けた。
アレクサンドラは貴族派の筆頭格の令嬢だ。
本来なら、公爵令嬢たちが派閥の中心になるべきところを、侯爵令嬢であるアレクサンドラが押しのけて頂点に立っている。その理由は単純明快——それはアレクサンドラの圧倒的な才覚だった。卓越した知性、冷静な判断力、カリスマ性、社交術、どれをとっても公爵令嬢たちは彼女の足元にも及ばない。
アレクサンドラは侯爵令嬢でありながら、その優秀さによって格上の令嬢たちをも従えていた。
それだけ彼女は一目置かれる存在なのだ。
「皇太子殿下、皇太子妃殿下。ささやかながら、ご側室を迎えられたお祝いに贈り物をご用意しました。」
アレクサンドラは贈り物の包みを優雅に差し出した。
「失礼ながら、側室様は学園に通ったこともなく、社交の経験も乏しいとお聞きしています。お身体が弱いのか、頭の回転が鈍いのか、そのあたりは詳しく存じませんが…、」
その声は柔らかく、しかし言葉の端々には鋭い針のような毒が潜んでいた。
「側室となったからには、恥ずかしくないように振る舞うことが求められますでしょう?ですから、こちらをお読みになって勉強にお役立てくださいませ。」
包みの中には、美しい装丁の書物が収められていた。歴史書や語学の専門書が入っていた。
側室としての立場を皮肉たっぷりに示したやり口だった。
アレクサンドラは薄く笑う。暗に「この程度で務まるかしら?」という挑発が隠されていた。
その笑みはまるで、リリアーヌが到底務まらない役目を背負わされていることを愉しむかのようであった。
(この女……!)
アルフレートの胸の内で怒りが沸き上がる。
(なんて底意地の悪い女なのだ!リリアーヌにこんな難しい本、読めるわけがないだろう!)
アルフレートは拳を握りしめ、表面は平静を装いつつも、心の中では怒りと苛立ちが渦巻いていた。
「心遣い、感謝する。」
去り際、アレクサンドラは微笑を崩さぬまま言った。
「側室様にお会いできるのを楽しみにしておりますわ。私の代わりになられた方ですもの。さぞや優秀でいらっしゃるのでしょうね。せいぜい……、頑張っていただきたいものです。」
その声音には、リリアーヌが「アレクサンドラ以上」であることを当然とする冷たい期待が込められていた。
最悪だ。
これで、新しい側室がアレクサンドラよりも劣るとなれば、また貴族派の連中が横槍を入れてくる可能性もある。
何としてでも、新しい側室にはアレクサンドラ以上になってもらわないといけない。
ただでさえ、王家は貴族たちの信頼を失い、皇族派は不安定な状況にある。
アルフレートは逃げ場のない失敗を許されない状況に首を絞められているかのような感覚になった。
焦りと不安が胸に渦巻いた。
人々の視線と音楽から離れたバルコニー。
夜風がドレスの裾を揺らし、月光が二人の顔を淡く照らしていた。
ヴェロニカとアレクサンドラが対峙している。互いの瞳に宿る敵意を、月光がより鮮やかに浮かび上がらせていた。
アレクサンドラは目を細めた。
「私を側室に据えまいと、随分と必死だったようね。」
公の場を離れた今、遠慮は不要だった。吐き捨てるような声音に、甘美な毒が混じる。
「私の代わりに男爵家の私生児を選ぶとは……。何故、そんな女を側室に?まあ、理由は想像がつくけれど。随分と愚かな悪あがきね。」
アレクサンドラは冷ややかに笑う。
「どうせ殿下を取られたくない一心で、わざと扱いやすい娘を推したのでしょう?グラント男爵家の娘、カリーナ嬢。頭の軽そうな無作法者だったわ。その姉ともなれば、たかが知れているでしょうに。」
一歩、ヴェロニカににじり寄りながら、アレクサンドラは続けた。
「結局、自分で自分の首を絞めただけ。新しい側室が“代わりにならない”と知った時、陛下は果たしてどうなさるかしらね?」
その声音は甘やかで、しかし刃のように鋭かった。
ヴェロニカの目が鋭く光り、唇がきつく結ばれた。
しかし、すぐに勝気な笑みを浮かべ、扇をひらりと広げた。
「あなたの思い通りにはさせないわ。裏で色々と画策していたようだけれど、目論見は外れたみたいで残念だったわねえ。」
「問題ないわ。時期が少し遅れただけで、私が側室になることは変わりないもの。」
「何ですって?」
「あら、知らなかったの?陛下から何も聞かされてないのね……。」
アレクサンドラはわざとらしくそう言うと、クスッと嘲るように笑う。
「あなたがどれだけ足掻こうとも無駄なこと……。私を側室にしないよう、慌てて他の女をあてがったようだけれど……。側室の役目は世継ぎを産むためだけではない。皇太子妃であるあなたに代わり、政務を担える者が求められている。その新しい側室に、それが務まると思っていて?」
深紫の瞳がヴェロニカを射抜いた。
「何も考えずに選んだのでしょうね。本当に、浅はかだわ。……貴族令嬢で、皇太子妃の代理を果たせる器量のある娘が、今この国にどれほどいると思う?」
アレクサンドラは唇を吊り上げ、自信に満ちた笑みを浮かべた。
「私以外にはいないのよ。なぜなら、あなたが側室を拒み続けたせいで、めぼしい令嬢はみな別の縁談で縛られてしまったから。」
その声は甘く響きながらも、底知れぬ冷笑を含んでいた。ヴェロニカは胸の奥で悔しさと焦りが渦巻くのを感じた。
(くっ……!こんな女……!でも、でもアル様は――!)
彼女は必死に声を取り繕う。
「アル様は、私を愛してくださっているわ!私が皇太子妃としての務めを果たしていなくても、彼は私を見捨てたりしない……!」
だが、アレクサンドラの冷たい微笑は揺るがない。
「愛?ふふ、それは甘い幻想にすぎないわ。愛だけで務めを果たせるなら、誰も苦労しない。現実は違うの。あなたが側室を避けたことで、皇太子殿下の補佐は誰かがしなければならない。その『誰か』は、私しかいない。」
ヴェロニカは言葉を失い、心臓が凍りつくのを感じた。
自分の愛とプライドは、アレクサンドラの冷徹な計算の前では、ただの脆い壁にすぎなかった。
ヴェロニカの胸に怒りと屈辱が渦巻く。
(くっ……!こんな女に負けてたまるものか……!アル様は絶対に、絶対に渡さない!)
目の前で冷笑を浮かべるアレクサンドラを見据え、ヴェロニカはぎりりと歯を噛みしめる。
「私に勝てると思ったら大間違いよ。例え、誰を側室に立てようと、私の座は渡さない……!」
(私は正妃。誰が何と言おうと、この立場は譲れない……!)
アレクサンドラはそんなヴェロニカを見て、フッと口角を吊り上げ、笑った。
「ふふ、なら……、お手並み拝見といきましょうか。私は諦めないわ。必ず、お前から正妃の座を奪ってやる。」
その一言には嘲笑の響きが含まれていた。
夜会の中央、煌びやかなシャンデリアの下で、華やかに着飾ったヴェロニカはアルフレートの腕に抱かれながら優雅に舞っていた。その姿はまるで女神のようで、若者から老齢の紳士まで、男性たちの視線を釘付けにしていた。
「妃殿下‥‥。お美しい‥‥‥。」
「さすがは薔薇の聖女と呼ばれたお方だ。」
薔薇の聖女とはヴェロニカの社交界の二つ名だ。薔薇のごとく艶やかで華やかな美貌からこの名がついた。
「やはり、この国一番の美女と言われるだけはある。」
彼らの熱い眼差しと称賛の声にヴェロニカは白い頬を薄紅に染め、艶やかな表情を浮かべ、妖艶な雰囲気を身に纏い、男たちの目をさらに惑わせた。
ヴェロニカは男たちの眼差しにゾクゾクとした。
なんて、心地よいのだろう。皆が私を見ている。ここにいる男たちは皆が私に夢中……。
そうよ。私はこんなにも男を惹きつける女性なの。
「妃殿下、素晴らしい踊りでした。」
「喉が乾いたでしょう。飲み物をどうぞ。」
曲が終わると、アルフレートの側近たちまでもが、彼女を囲むように立ち、甲斐甲斐しく世話を焼いている。
彼らもまた、高位貴族の子息だけあって、見目麗しく、タイプの違う美形でそれぞれ魅力がある。
宰相の息子、魔導士団長の息子、騎士団長の息子……。
周囲からは、羨望と嫉妬が入り混じった視線が幾重にも注がれた。
取り残された側近の婚約者たちは遠くから見守るだけで、誰一人として彼女に口を挟めない。
ある者は悲しそうに、ある者は諦めたようにしている。
ヴェロニカは薄く笑みを浮かべ、その婚約者たちを見下ろすように視線を流す。
(見なさい、私の方がずっと愛されているのよ。だって、私は選ばれた女——特別な女なのだから。)
ああ、最高にいい気分!そうよ。私はこんなにも美しいのだから!
満ち足りた気分に浸っていたその時、会場のざわめきが変わった。
ゆっくりと現れたのは、侯爵令嬢アレクサンドラ・ド・スペンサー。
彼女の姿を認めた瞬間、ヴェロニカの笑みが僅かに硬くなる。
アルフレートがヴェロニカの肩を抱きよせてくれる。
「大丈夫だ。ヴェロニカ。」
力強い言葉にヴェロニカは頬を染めた。
ああ。なんて、素敵なの。まるで、今の自分はお姫様の様。意地悪な魔女に立ち向かう健気でひたむきな女のようだわ。そして、それを守るナイトたち…。ヴェロニカがうっとりとしていると、
「ご機嫌よう、殿下。」
アレクサンドラは一礼し、澄ました声で言った。
「側室がお決まりになったそうで……。おめでとうございます。」
その言葉に、アルフレートが眉をひそめる。
「……嫌味のつもりか?」
アレクサンドラは扇で口元を覆い、涼しげな目を細めた。
「嫌味?とんでもございませんわ。殿下の慧眼に、ただただ感服しているだけですの。私たちには到底思いつかないことをお考えになるのだと。」
「……何?」
「まさか、私の代わりに男爵の私生児をお選びになるとは思いもよりませんでしたわ。よろしければ、なぜその方を選ばれたのか……。ぜひ、お聞かせ願えませんこと?」
アレクサンドラの挑発するような、責めるような眼差しにアルフレートは舌打ちをしたくなった。
「スペンサー侯爵令嬢。」
アルフレートの声が低く響いた。
「私の判断に異議があるなら、正式な場で申し立てるがいい。夜会の席でこのような物言いは、貴族としての品格を疑われるぞ。」
アレクサンドラは一瞬、ぴくり、と眉を顰めるが、優雅に一礼した。
「失礼いたしました、殿下。私としましては、ただ新しい側室様のことを存じ上げたかっただけでございます。」
貴族たちはざわめいた。男爵の私生児が皇太子の側室に……?
失笑、嘲笑……。様々な思惑と笑いが辺りに広がる。
小さな噂話は、瞬く間に周囲へと広がっていく。
アルフレートは内心、苛立っていた。
(この女!これが狙いだったのか!)
アレクサンドラは、「皇太子が何の後ろ盾もない女を側室にした」という印象を、夜会の場に巧みに植え付けた。
アレクサンドラは貴族派の筆頭格の令嬢だ。
本来なら、公爵令嬢たちが派閥の中心になるべきところを、侯爵令嬢であるアレクサンドラが押しのけて頂点に立っている。その理由は単純明快——それはアレクサンドラの圧倒的な才覚だった。卓越した知性、冷静な判断力、カリスマ性、社交術、どれをとっても公爵令嬢たちは彼女の足元にも及ばない。
アレクサンドラは侯爵令嬢でありながら、その優秀さによって格上の令嬢たちをも従えていた。
それだけ彼女は一目置かれる存在なのだ。
「皇太子殿下、皇太子妃殿下。ささやかながら、ご側室を迎えられたお祝いに贈り物をご用意しました。」
アレクサンドラは贈り物の包みを優雅に差し出した。
「失礼ながら、側室様は学園に通ったこともなく、社交の経験も乏しいとお聞きしています。お身体が弱いのか、頭の回転が鈍いのか、そのあたりは詳しく存じませんが…、」
その声は柔らかく、しかし言葉の端々には鋭い針のような毒が潜んでいた。
「側室となったからには、恥ずかしくないように振る舞うことが求められますでしょう?ですから、こちらをお読みになって勉強にお役立てくださいませ。」
包みの中には、美しい装丁の書物が収められていた。歴史書や語学の専門書が入っていた。
側室としての立場を皮肉たっぷりに示したやり口だった。
アレクサンドラは薄く笑う。暗に「この程度で務まるかしら?」という挑発が隠されていた。
その笑みはまるで、リリアーヌが到底務まらない役目を背負わされていることを愉しむかのようであった。
(この女……!)
アルフレートの胸の内で怒りが沸き上がる。
(なんて底意地の悪い女なのだ!リリアーヌにこんな難しい本、読めるわけがないだろう!)
アルフレートは拳を握りしめ、表面は平静を装いつつも、心の中では怒りと苛立ちが渦巻いていた。
「心遣い、感謝する。」
去り際、アレクサンドラは微笑を崩さぬまま言った。
「側室様にお会いできるのを楽しみにしておりますわ。私の代わりになられた方ですもの。さぞや優秀でいらっしゃるのでしょうね。せいぜい……、頑張っていただきたいものです。」
その声音には、リリアーヌが「アレクサンドラ以上」であることを当然とする冷たい期待が込められていた。
最悪だ。
これで、新しい側室がアレクサンドラよりも劣るとなれば、また貴族派の連中が横槍を入れてくる可能性もある。
何としてでも、新しい側室にはアレクサンドラ以上になってもらわないといけない。
ただでさえ、王家は貴族たちの信頼を失い、皇族派は不安定な状況にある。
アルフレートは逃げ場のない失敗を許されない状況に首を絞められているかのような感覚になった。
焦りと不安が胸に渦巻いた。
人々の視線と音楽から離れたバルコニー。
夜風がドレスの裾を揺らし、月光が二人の顔を淡く照らしていた。
ヴェロニカとアレクサンドラが対峙している。互いの瞳に宿る敵意を、月光がより鮮やかに浮かび上がらせていた。
アレクサンドラは目を細めた。
「私を側室に据えまいと、随分と必死だったようね。」
公の場を離れた今、遠慮は不要だった。吐き捨てるような声音に、甘美な毒が混じる。
「私の代わりに男爵家の私生児を選ぶとは……。何故、そんな女を側室に?まあ、理由は想像がつくけれど。随分と愚かな悪あがきね。」
アレクサンドラは冷ややかに笑う。
「どうせ殿下を取られたくない一心で、わざと扱いやすい娘を推したのでしょう?グラント男爵家の娘、カリーナ嬢。頭の軽そうな無作法者だったわ。その姉ともなれば、たかが知れているでしょうに。」
一歩、ヴェロニカににじり寄りながら、アレクサンドラは続けた。
「結局、自分で自分の首を絞めただけ。新しい側室が“代わりにならない”と知った時、陛下は果たしてどうなさるかしらね?」
その声音は甘やかで、しかし刃のように鋭かった。
ヴェロニカの目が鋭く光り、唇がきつく結ばれた。
しかし、すぐに勝気な笑みを浮かべ、扇をひらりと広げた。
「あなたの思い通りにはさせないわ。裏で色々と画策していたようだけれど、目論見は外れたみたいで残念だったわねえ。」
「問題ないわ。時期が少し遅れただけで、私が側室になることは変わりないもの。」
「何ですって?」
「あら、知らなかったの?陛下から何も聞かされてないのね……。」
アレクサンドラはわざとらしくそう言うと、クスッと嘲るように笑う。
「あなたがどれだけ足掻こうとも無駄なこと……。私を側室にしないよう、慌てて他の女をあてがったようだけれど……。側室の役目は世継ぎを産むためだけではない。皇太子妃であるあなたに代わり、政務を担える者が求められている。その新しい側室に、それが務まると思っていて?」
深紫の瞳がヴェロニカを射抜いた。
「何も考えずに選んだのでしょうね。本当に、浅はかだわ。……貴族令嬢で、皇太子妃の代理を果たせる器量のある娘が、今この国にどれほどいると思う?」
アレクサンドラは唇を吊り上げ、自信に満ちた笑みを浮かべた。
「私以外にはいないのよ。なぜなら、あなたが側室を拒み続けたせいで、めぼしい令嬢はみな別の縁談で縛られてしまったから。」
その声は甘く響きながらも、底知れぬ冷笑を含んでいた。ヴェロニカは胸の奥で悔しさと焦りが渦巻くのを感じた。
(くっ……!こんな女……!でも、でもアル様は――!)
彼女は必死に声を取り繕う。
「アル様は、私を愛してくださっているわ!私が皇太子妃としての務めを果たしていなくても、彼は私を見捨てたりしない……!」
だが、アレクサンドラの冷たい微笑は揺るがない。
「愛?ふふ、それは甘い幻想にすぎないわ。愛だけで務めを果たせるなら、誰も苦労しない。現実は違うの。あなたが側室を避けたことで、皇太子殿下の補佐は誰かがしなければならない。その『誰か』は、私しかいない。」
ヴェロニカは言葉を失い、心臓が凍りつくのを感じた。
自分の愛とプライドは、アレクサンドラの冷徹な計算の前では、ただの脆い壁にすぎなかった。
ヴェロニカの胸に怒りと屈辱が渦巻く。
(くっ……!こんな女に負けてたまるものか……!アル様は絶対に、絶対に渡さない!)
目の前で冷笑を浮かべるアレクサンドラを見据え、ヴェロニカはぎりりと歯を噛みしめる。
「私に勝てると思ったら大間違いよ。例え、誰を側室に立てようと、私の座は渡さない……!」
(私は正妃。誰が何と言おうと、この立場は譲れない……!)
アレクサンドラはそんなヴェロニカを見て、フッと口角を吊り上げ、笑った。
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