期限付きの側室なのに皇太子殿下が離してくれません!

林檎

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第一章 契約の側室編

倉庫での一夜

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「—ハッ!」

リリアーヌは飛び起きた。
全身が汗でびっしょりと濡れている。心臓が激しく鐘を打つように鳴り響いていた。

「はぁ……、はぁ……、」

荒い息を整えようとするが、手が震えて止まらない。
目を閉じれば、あの光景が蘇る。
炎に包まれる王宮。異形と化したヴェロニカ様。
そして——冷たく笑う銀髪の女性。

「また……、また、この夢……。」

膝を抱えて小さく身体を丸める。布団を握りしめる手に力が入らない。

(4回目……。また、同じような夢……。)

リリアーヌは震える手で自分の頬を叩いた。
痛い――。これは現実だ。

けれど、あの夢は——?ただの悪夢なのだろうか。
それとも……。

「予知夢なんて……、そんなはず……。」

否定するように小さく首を振る。そんな非現実的なこと、あるはずがない。
でも——。
全てが繋がっている。時間も登場人物も……。
4回も同じ世界の夢を見るなんて、おかしい。
しかも、毎回違う場面だけど、全部が繋がっている。
まるで、誰かに見せられているような……。

「わからない……。わからないよ……。」

これが予知夢なのか、ただの悪夢なのか。
リリアーヌにはわからなかった。
けれど、どれだけ否定しても、心の奥では理解している。”おかしい”と。

しばらくそうして震えていたが——やがて、ゆっくりと呼吸を整え始めた。
深く、深く、息を吸って、吐いて。

ベッドから降りて窓辺に立つ。
カーテンの隙間から、静かな月明かりが差し込んでいた。
リリアーヌは窓辺に立ったまま、夜空を見上げていると、ふとある言葉を思い出した。

『神様は時々、夢を通して語りかけることがあるの。』

そう教えてくれたのは誰だったけ?
確か彼女はシスターの服を着ていた。でも、教会のシスターたちは皆、顔見知りだ。
なのに――その人だけ顔も名前も思い出せない。覚えているのは声と、その言葉だけ。

「神様が……、夢で語る……。」

夢と記憶の女神ヴィルティア。
主神ゼクスの正妻であり、法と予言の女神メディシアナ。
この二柱の女神が、夢を通して啓示を与えるという話は、古い伝承に残っている。
神託使い、夢渡りと呼ばれる能力者たちは、実際に実在していた。
歴史の中では、彼らが国を救った記録も残っている。

(もし、あの人の言葉が本当なら…、)

リリアーヌは両手を胸の前で組み、そっと祈りを捧げた。

「メディシアナ様、ヴィルティア様……。もしあれが、神様からの夢なら……。どうか、お示しください。」

震える声で続ける。

「次に見る夢が……、あの続きであったなら……私はそれを啓示として、受け止めます。どうか迷う私に――確信を与えてください。」

自分が特別な存在だなんて思えない。
疎まれ、見向きもされないただの側室。神に選ばれる理由など、どこにもない。

それでも――

「もし、この夢に本当に意味があるのなら……、」

リリアーヌは震える拳を握り締めた。

「私に……何ができるのか……知りたい。」

逃げるわけにはいかない。何度も同じ夢を見せられたのなら――そこに必ず、理由があるはずだから。







「どうしてあの女はあんなに平然としていられるのよ!」

ブランカが苛立ちを隠さず吐き捨てる。あの女とは、もちろんリリアーヌのことだ。

「ムカつくわ……!そもそも、私達より身分が低い癖に、皇太子殿下の側室になるなんて…!」

「ねぇ……。いっそ、倉庫に閉じ込めちゃうのはどう?」

アニーが、思いついたまま口にしたような軽い調子で囁いた。

「えっ……、」

サーシャが青ざめる。

「で、でも……もしそれで何かあったらどうするの? 殿下にバレたら、さすがにまずいんじゃ…。」

アニーは不満げに唇を尖らせ、苛立ちを隠さず続けた。

「じゃあ、このまま引き下がるっていうの? あの女のせいで散々な目に遭ったのに?‥‥冗談じゃないわ。」

「私だってあの女は気に食わないけど……。でも本当に、そんなことして大丈夫なの……?」

アニーは苛立ちを押し隠すように深く息を吐いた。

「大丈夫よ。ヴェロニカ様が守ってくださるんだもの。私達がやったって知られなきゃいいのよ。」

アニーの提案に三人がざわついていると、背後から声がかけられた。

「随分と楽しそうな話をしているわね。」

三人がビクリと肩を跳ねさせて振り返ると、腕を組んだ侍女長が静かに立っていた。

「あの私生児を倉庫に閉じ込める、ですって?」

侍女長はゆっくりと歩み寄り、アニーの耳元で囁くように言う。

「悪くない発想だわ。でも、あなた達だけで動くには少し雑ね。」

「じ、侍女長……?」

「心配しなくていいわ。段取りは私が考える。あなた達は言った通りに動けばいいの。」

アニー、ブランカ、サーシャは顔を見合わせ、ぞくりと背筋を震わせながらも頷いた。
侍女長は薄く笑みを浮かべる。

「ヴェロニカ様の“ご意向”とあらば、多少のことは問題にならないわ。
……要するに、あの女が“偶然”倉庫に閉じ込められるようにすればいいのよ。」

三人の顔が徐々に悪だくみの色で染まり、アニーが満足げに唇を歪めた。




「あれ?スコップがない…。確かにここに置いてたのに。」

リリアーヌは首を傾げた。
最近、庭仕事の道具がよくなくなる。鋤も、水差しも、軍手も。

「倉庫に戻されたのかな…。」

誰かが親切心で片付けてくれたのだろう。リリアーヌは本気でそう思った。
倉庫へ向かうと、扉が半開きになっている。

「あれ、開いてる。誰か使ってたのかな。」

リリアーヌは何も疑うことなく、中へ足を踏み入れた。

「えっと…、スコップは‥‥あ、あった!」

スコップを手に取った、その瞬間。

バタンッ!

背後で扉が勢いよく閉まり、外側から鍵がかかった音が響いた。

「え!?」

慌てて扉へ駆け寄り、取っ手を引く。しかし、びくともしない。

「あ、あの!ちょっと待ってください!まだ中にいます!」

必死に扉を叩くが、返事はない。

「…………。」

倉庫の静寂が冷たく広がった。

リリアーヌは少しの間じっと扉を見つめ、それからふうっと息を吐いた。

「困ったなぁ……。」




倉庫の外では、アニーが満足げに頷いていた。

(かかったわね…。)

事前にスコップを隠し、扉を半開きにしておく。
その程度で、あの間抜けな側室は見事に罠に飛び込んだ。

「侍女長。」

「アニー。どうだった?」

アニーが報告に現れると、侍女長は期待に満ちた目で振り返った。

「はい。言いつけ通り倉庫に閉じ込めました。まんまと罠に嵌りましたよ。本当におめでたい女ですわ。」

アニーは胸を張り、意地の悪い笑みを浮かべた。

「フフッ…、よくやったわ。」

侍女長の口元にも、ゆがんだ笑みが浮かぶ。

ここ最近、どれだけ嫌がらせを仕掛けてもリリアーヌは全く堪えた様子を見せないどころか、なぜか日々元気に楽しそうにしている。それが侍女長には我慢ならなかった。

(虫の件もネズミの件も……、結局迷惑を被ったのはこっちだけ。なんなのよ、あの女……!)

だからこそ今日、鬱憤を晴らしてやったのだ。

「今頃、暗い倉庫で震えてるでしょうね。フフッ、いい気味だわ。」

想像するだけで胸がスッとした。

(卑しい私生児には、お似合いの場所よ)

侍女長はそう考え、満足げに微笑んだ。






「‥‥‥。」

リリアーヌは扉をしばらく見つめ、それからぽつりと呟いた。

「まあ……、明日になれば誰か気づいてくれるよね。」

しょうがない。今夜はここで寝よう。
あっさりと気持ちを切り替えると、倉庫の中を探索し始めた。倉庫の奥に行けば、埃をかぶった道具や箱が積まれている。

「あ、布がある。これシーツに使えそう。」

古い布を見つけ、埃を払う。

「こっちには、クッションもある!助かるー。」

次々と使えそうなものを集めていく。

「よいしょ……っと。」

布を敷き、クッションを並べ、即席の寝床を作る。

「寝床はこれで完成、と……。はあ、助かった…。ここの倉庫は色々便利なものがあるから一晩凌げそう……。」

リリアーヌは満足げに頷いた。

(男爵家で倉庫に閉じ込められた時は、寒くて凍えそうだったけど……、ここなら何とかなりそう。夕食は食べそこなったけど、一食抜いたくらいで人は死なないしね。)

そう考えながら、周囲をもう一度見回すと、

「ん?」

倉庫の奥に何かが見えた。それは、ぬいぐるみだった。

「わあ…!可愛い……。」

一角獣のぬいぐるみだった。少し汚れているけど、丁寧に作られている。

「一角獣のぬいぐるみなんて、珍しいな。どこで買ったものなんだろう?」

リリアーヌはぬいぐるみを手に取り、マジマジと見つめる。

「それにしても、このぬいぐるみ、よくできてるなあ。きっと、これを作った職人さん、すごく腕のいい人なんだろうなあ。」

感心しながら、埃を丁寧に払う。

「フフッ、今夜はこの子と一緒に寝よーっと。」

リリアーヌは嬉しそうに微笑んだ。

「あ、そうだ。名前がないと不便だよね。んー。どんな名前がいいかなあ。」

リリアーヌはぬいぐるみを見つめながら、考え込んだ。

「よし!決めた!角があるから…ツノ助にしよう!」

リリアーヌはニコニコと微笑んだ。

「ツノ助。素敵な名前でしょ?」

ぬいぐるみに語りかけるリリアーヌ。
彼女は自分のネーミングセンスが壊滅的にひどいということを全く自覚していなかった。
ぬいぐるみに名前をつけると、リリアーヌは寝床に横になった。

「お休みなさい。ツノ助。」

ぎゅっとぬいぐるみを抱きしめる。

すぅ……すぅ……。

10秒も経たないうちに、穏やかな寝息が聞こえ始めた。
リリアーヌはぬいぐるみを抱きながら、またあの夢の続きを見た。それは、これまで見てきた予知夢とは違う、鮮明で強烈な夢だった―――。



その頃、侍女長たちはというと……、

「今頃泣いてるでしょうねぇ。」

サーシャが嬉しそうに言う。

「『助けてぇ!』なんて叫んでるかも。」

アニーも目を細めてほくそ笑む。

「暗い倉庫で震えてるはずよ。フフッ、ざまあみなさい。」

ブランカも鼻で笑った。

「明日の朝開けてあげるのが楽しみだわ。」

侍女長は満足げに頷く。

彼女たちは知らない――倉庫の中でリリアーヌがすやすやと寝息を立てていることなど想像すらしなかった。
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