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第一章 契約の側室編
陽炎草の湯
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「……くっ、あの女!よくもふてぶてしい真似を……!」
「え?何がですか?」
リリアーヌがきょとんとした顔で首を傾げる。ダリオが何に対して怒っているのか分かっていない様子だ。
「どう考えても、あの女が閉じ込めたのは明らかでしょう!いつもこんな人気のない倉庫になんて来ないくせに、わざわざ様子を見に来たんですよ!?それに、あいつ今、わざわざ反対方向に行ったじゃないですか!確信犯ですよ、確信犯!」
「あれ?そういえば、そうですね…。」
リリアーヌはダリオに指摘されて、今初めて気づきましたという顔をした。
「も、もしかして……!」
リリアーヌがハッと気づいたような表情に変わる。
ようやく気づいてくれたか。これだけはっきり言えば、さすがのリリアーヌ様も気付くだろう。そう思っていたダリオだが……、
「忘れ物でもしたんでしょうか?」
それを聞いて、ダリオは頭が痛くなった。
(この人はどこまで鈍感なんだ…!)
「いい加減、気付いて下さい!あの女はリリアーヌ様を倉庫に閉じ込めた真犯人なんですよ!?こうやって、倉庫まで来たのが何よりの証拠じゃないですか!」
「ええ…。でも、彼女はやってないって言ってますし……。」
「嘘に決まってるでしょう!そんなの!」
ダリオの声が大きくなる。
リリアーヌはびっくりしたように目を瞬かせた。
「で、でも……。証拠もないのに決めつけるのは良くないですよ……?」
「リリアーヌ様…!」
ダリオは頭を抱えそうになった。
(この人は……、本当に……!)
絶句するダリオに、リリアーヌはいつもののほほんとした笑顔で、
「心配してくれて、ありがとうございます。ダリオ。でも、私はもう大丈夫ですから。こうして、ダリオが助けてくれましたし。」
「……はあ。」
ダリオは深い溜息をついた。いまいち、状況をよく分かっていないリリアーヌには不安しかない。
(これは……どうすればいいんだ……。)
怒りと、やるせなさと、呆れが入り混じった複雑な感情を抱えながら、ダリオはリリアーヌを部屋まで送り届けた。
リリアーヌの部屋の前に着くと、ダリオは心配そうに言った。
「では、私はこれで。何かあったら――何かあったら、必ず私を呼んでください。約束ですよ?」
ダリオは真剣な顔で、念を押した。
「はい。ありがとうございました、ダリオ。」
リリアーヌはにっこりと笑顔で手を振る。ちゃんと分かっているのか分かっていないのか――。その表情からは読み取れない。ただ、ダリオは薄々と気づいていた。
(何となく…、全然分かっていない気がする。)
ダリオは複雑な表情で部屋を後にした。
(このままでは……、リリアーヌ様が危ない。)
今回は倉庫だった。次は――もっと危険な目に遭わされるかもしれない。
(必ず、この件は殿下の側近に報告する。)
いつの間にかダリオの中でリリアーヌを守ることが当たり前になっていた。
最初は軽蔑していたはずなのに――いつから、こんなにも……。
ダリオは自分でも不思議に思いながら、皇太子の側近のもとへと向かう決意を固めた。
部屋に戻ったリリアーヌは、サーシャにお願いをした。
「あ、サーシャ。朝食をお願いできますか?昨夜から何も食べていなくて……。」
サーシャは冷たい目でリリアーヌを一瞥した。
「朝食の時間はとっくに過ぎておりますので。次の食事は昼食になります。」
言葉は丁寧だが、声には一片の同情もない。
「え……。」
「それでは、失礼いたします。」
サーシャはそれだけ言うと、さっさと部屋を出て行ってしまった。
リリアーヌは呆然と立ち尽くした。
「そんな……。」
お腹が、ぐうう、と鳴る。
昨夜の夕食も食べ損ねて、倉庫で一晩過ごして、ようやく助けてもらえたというのに——。
「お昼まで……我慢、しなきゃ……。」
肩を落としながら、リリアーヌは浴室へ向かった。
埃まみれの服を脱ぎ、お湯で顔や手を洗おうとした。
しかし、湯船の水は冷たかった。
「ひゃっ!冷たい……!」
リリアーヌへの嫌がらせで侍女たちは遂に風呂にまで細工をするようになった。
が、そんなことは露知らず、リリアーヌはどうしてこんなに冷めているんだろう、と首を傾げる。
「お湯加減を間違えたのかなあ。…困ったなあ。これじゃ、寒すぎて入れない……。あ、そうだ!」
(あれを使おう!)
リリアーヌはそう思い立ち、浴室を出て、棚から袋を取り出した。
「えっと、確かここに…、あ、あった。これこれ!」
リリアーヌが取り出したのは――陽炎草だ。
薄い茜色の花びらが、風もないのにゆらゆらと揺れている。
半透明の葉は光を受けると金色の縁取りが浮かび、触れると指先がほんのり温かくなる不思議な植物だ。
「これで、少しは温まるかも……。」
リリアーヌは浴室に戻ると、花を一ひらずつ慎重に湯船に沈める。
すると、冷たい水がゆっくりと湯気を上げ始める。揺らめく姿と柔らかな温もり――その名の通り、陽炎のようだった。
「うん。これくらいで大丈夫かな。」
手を湯に入れると、ちょうどいい温度になっている。
リリアーヌはそっと身体を沈めた。湯船に漂う陽炎草の花が放つ柔らかな温もりに、緊張がほどけていく。
埃まみれの髪を丁寧に洗い、身体を洗っていく。倉庫の冷たさと暗闇が、少しずつ流れ落ちていくようだった。
(はあ……、お腹空いたなあ……。)
湯船に浸かりながら、リリアーヌは天井を見上げた。
(お昼まで、あとどれくらいだろう……。まあ、我慢しなきゃね。)
男爵家にいた頃は、食事を抜かれることなんて日常茶飯事だった。
これくらい、どうってことない――と、今日も自分に言い聞かせるのだった。
お湯から上がったら、リリアーヌはいつものように染め粉で髪を黒く整えた。
(……そう思いたいけど、やっぱりお腹空いた……。)
リリアーヌは溜息をついた。身支度を整えて部屋に戻ると、
「……え?」
リリアーヌは足を止めた。
テーブルの上に、料理が並んでいる。
湯気を立てる温かいスープ。焼きたてのパン。色とりどりのフルーツ。
そして――小さな、可愛らしいケーキまで。
「わあ……!」
リリアーヌは思わず駆け寄った。
「お、美味しそう……!」
空腹も相まってじゅるり、と涎が垂れそうになった。
「い、一体、誰が……?」
きょろきょろと部屋を見渡すが、誰もいない。
リリアーヌは気付かなかったが、キラキラと光る小さな影が、カーテンの陰からこちらを覗いていた。
透き通った羽を持つ、妖精たちだ。
(こ、これ、食べていいってことだよね?わざわざテーブルに用意してくれてるってことはそうだよね!)
リリアーヌはそう考え、空腹に耐えきれずにいそいそと椅子に座る。
(嬉しい!昼食まだ食べれないと思ってたのに‥‥。もしかして……、アニーかブランカが、用意してくれたのかな?)
リリアーヌは嬉しくなった。
(倉庫のことで心配してくれて……。ああ、やっぱりみんな優しいなあ。後でちゃんとお礼を言わないと。)
――どう考えてもその可能性は限りなくゼロに近いのだが、それを指摘してくれる人間はこの場にはいなかった。
リリアーヌは両手を合わせて目を閉じた。
小さく深呼吸をひとつすると、心を込めて祈り始める。
「大地の女神さま、この恵みに感謝いたします。
食の女神さま、今日の糧をありがとうございます。
生きとし生けるものすべてに、どうか祝福をお与えください。」
小さな声だが、真心のこもった祈りは、静かな部屋にふわりと響いた。
――妖精たちは、その姿をじっと見つめていた。
リリアーヌはテーブルに座り、温かいスープを一口啜った。
「美味しい……。」
じんわりと、身体に染み渡る。
パンを千切って口に運ぶ。ふわふわで、ほんのり甘い。
「ん~!幸せ……!」
一晩中何も食べていなかったせいか、どれも信じられないくらい美味しく感じられた。
リリアーヌは夢中で食事を平らげた。最後にフルーツを食べ終えて、ふう、と息をつく。
「ごちそうさまでした……。」
リリアーヌが幸せそうに食事を終える様子を見届けると、妖精たちは満足そうに微笑んだ。
そして――くるくると舞いながら、光の粒となって消えていった。
まるで、祝福を残していくように。
身体もさっぱりしたし、お腹もいっぱい。リリアーヌはツノ助を膝に乗せて、窓辺の椅子に腰を下ろした。
外はもう明るい。いつもなら庭仕事をしている時間だ。
昨夜のことが蘇る。
(あの夢……。)
未来の断片が、一つの物語として繋がっていた。
一人の女性の冤罪。
信じなかった皇太子。
国の滅亡、絶望、復讐——。誰も救われない未来。
あれが予知夢だとしたら――この国は、滅びる運命にある。
近い将来…。もしかしたら、数年後の話かもしれない。
「そんなの…、絶対に嫌だ……。」
リリアーヌは唇を噛んだ。
その中で、特に印象に焼きついているのは銀髪の女性だった。夢の中では確かに顔を見たはずなのに、目覚めるとどうしても思い出せない。
でも、彼女の存在が、この悲劇の引き金になったことは間違いない。
恐らく、彼女が戦争を引き起こし、その結果この国は滅んだのだろう。
それなのに、リリアーヌは彼女のことが気になって仕方がなかった。
アルフレート殿下の亡骸を前にしたときの彼女の背中。
あの背中は、泣いていたように見えた。自分で追い詰め、殺したはずなのに。
(彼女は、アルフレート殿下を、心の底から愛していたんだ。)
その恋心は、歪み、憎しみになり、そして悲劇を生んだ。
なのに――どうしてだろう。
リリアーヌは彼女を憎むことができなかった。
あの人だって、傷つけられ、絶望し、追い詰められた人間だ。
それを知っているからこそ、責めることができなかった。
(あの事件さえ起きなければ、この悲劇は、避けられたはずなのに。)
胸が締め付けられる。
(殿下を救うだけじゃだめ……。あの人も、助けたい……。)
どうすれば未来を変えられるのか。
誰を信じればいいのか。何から手をつければいいのか。
まだ答えは出ない。全てが、分からない。
だが、ひとつだけ確かなことがある——。
何もしなければ、あの未来は現実になってしまう。
(だから……私にできることを、探さなきゃ……。)
動かなければ、未来は変わらない。
リリアーヌはそう自分に言い聞かせ、立ち上がった。
窓の外には、青く晴れ渡った空が広がっている。
(今日も……できることから、一つずつ。)
リリアーヌは小さく頷くと、ツノ助をベッドに置いて部屋を出た。
不安もある。恐怖もある。
それでも――彼女の瞳には、確かな光が宿っていた。
【第一章 終】
「え?何がですか?」
リリアーヌがきょとんとした顔で首を傾げる。ダリオが何に対して怒っているのか分かっていない様子だ。
「どう考えても、あの女が閉じ込めたのは明らかでしょう!いつもこんな人気のない倉庫になんて来ないくせに、わざわざ様子を見に来たんですよ!?それに、あいつ今、わざわざ反対方向に行ったじゃないですか!確信犯ですよ、確信犯!」
「あれ?そういえば、そうですね…。」
リリアーヌはダリオに指摘されて、今初めて気づきましたという顔をした。
「も、もしかして……!」
リリアーヌがハッと気づいたような表情に変わる。
ようやく気づいてくれたか。これだけはっきり言えば、さすがのリリアーヌ様も気付くだろう。そう思っていたダリオだが……、
「忘れ物でもしたんでしょうか?」
それを聞いて、ダリオは頭が痛くなった。
(この人はどこまで鈍感なんだ…!)
「いい加減、気付いて下さい!あの女はリリアーヌ様を倉庫に閉じ込めた真犯人なんですよ!?こうやって、倉庫まで来たのが何よりの証拠じゃないですか!」
「ええ…。でも、彼女はやってないって言ってますし……。」
「嘘に決まってるでしょう!そんなの!」
ダリオの声が大きくなる。
リリアーヌはびっくりしたように目を瞬かせた。
「で、でも……。証拠もないのに決めつけるのは良くないですよ……?」
「リリアーヌ様…!」
ダリオは頭を抱えそうになった。
(この人は……、本当に……!)
絶句するダリオに、リリアーヌはいつもののほほんとした笑顔で、
「心配してくれて、ありがとうございます。ダリオ。でも、私はもう大丈夫ですから。こうして、ダリオが助けてくれましたし。」
「……はあ。」
ダリオは深い溜息をついた。いまいち、状況をよく分かっていないリリアーヌには不安しかない。
(これは……どうすればいいんだ……。)
怒りと、やるせなさと、呆れが入り混じった複雑な感情を抱えながら、ダリオはリリアーヌを部屋まで送り届けた。
リリアーヌの部屋の前に着くと、ダリオは心配そうに言った。
「では、私はこれで。何かあったら――何かあったら、必ず私を呼んでください。約束ですよ?」
ダリオは真剣な顔で、念を押した。
「はい。ありがとうございました、ダリオ。」
リリアーヌはにっこりと笑顔で手を振る。ちゃんと分かっているのか分かっていないのか――。その表情からは読み取れない。ただ、ダリオは薄々と気づいていた。
(何となく…、全然分かっていない気がする。)
ダリオは複雑な表情で部屋を後にした。
(このままでは……、リリアーヌ様が危ない。)
今回は倉庫だった。次は――もっと危険な目に遭わされるかもしれない。
(必ず、この件は殿下の側近に報告する。)
いつの間にかダリオの中でリリアーヌを守ることが当たり前になっていた。
最初は軽蔑していたはずなのに――いつから、こんなにも……。
ダリオは自分でも不思議に思いながら、皇太子の側近のもとへと向かう決意を固めた。
部屋に戻ったリリアーヌは、サーシャにお願いをした。
「あ、サーシャ。朝食をお願いできますか?昨夜から何も食べていなくて……。」
サーシャは冷たい目でリリアーヌを一瞥した。
「朝食の時間はとっくに過ぎておりますので。次の食事は昼食になります。」
言葉は丁寧だが、声には一片の同情もない。
「え……。」
「それでは、失礼いたします。」
サーシャはそれだけ言うと、さっさと部屋を出て行ってしまった。
リリアーヌは呆然と立ち尽くした。
「そんな……。」
お腹が、ぐうう、と鳴る。
昨夜の夕食も食べ損ねて、倉庫で一晩過ごして、ようやく助けてもらえたというのに——。
「お昼まで……我慢、しなきゃ……。」
肩を落としながら、リリアーヌは浴室へ向かった。
埃まみれの服を脱ぎ、お湯で顔や手を洗おうとした。
しかし、湯船の水は冷たかった。
「ひゃっ!冷たい……!」
リリアーヌへの嫌がらせで侍女たちは遂に風呂にまで細工をするようになった。
が、そんなことは露知らず、リリアーヌはどうしてこんなに冷めているんだろう、と首を傾げる。
「お湯加減を間違えたのかなあ。…困ったなあ。これじゃ、寒すぎて入れない……。あ、そうだ!」
(あれを使おう!)
リリアーヌはそう思い立ち、浴室を出て、棚から袋を取り出した。
「えっと、確かここに…、あ、あった。これこれ!」
リリアーヌが取り出したのは――陽炎草だ。
薄い茜色の花びらが、風もないのにゆらゆらと揺れている。
半透明の葉は光を受けると金色の縁取りが浮かび、触れると指先がほんのり温かくなる不思議な植物だ。
「これで、少しは温まるかも……。」
リリアーヌは浴室に戻ると、花を一ひらずつ慎重に湯船に沈める。
すると、冷たい水がゆっくりと湯気を上げ始める。揺らめく姿と柔らかな温もり――その名の通り、陽炎のようだった。
「うん。これくらいで大丈夫かな。」
手を湯に入れると、ちょうどいい温度になっている。
リリアーヌはそっと身体を沈めた。湯船に漂う陽炎草の花が放つ柔らかな温もりに、緊張がほどけていく。
埃まみれの髪を丁寧に洗い、身体を洗っていく。倉庫の冷たさと暗闇が、少しずつ流れ落ちていくようだった。
(はあ……、お腹空いたなあ……。)
湯船に浸かりながら、リリアーヌは天井を見上げた。
(お昼まで、あとどれくらいだろう……。まあ、我慢しなきゃね。)
男爵家にいた頃は、食事を抜かれることなんて日常茶飯事だった。
これくらい、どうってことない――と、今日も自分に言い聞かせるのだった。
お湯から上がったら、リリアーヌはいつものように染め粉で髪を黒く整えた。
(……そう思いたいけど、やっぱりお腹空いた……。)
リリアーヌは溜息をついた。身支度を整えて部屋に戻ると、
「……え?」
リリアーヌは足を止めた。
テーブルの上に、料理が並んでいる。
湯気を立てる温かいスープ。焼きたてのパン。色とりどりのフルーツ。
そして――小さな、可愛らしいケーキまで。
「わあ……!」
リリアーヌは思わず駆け寄った。
「お、美味しそう……!」
空腹も相まってじゅるり、と涎が垂れそうになった。
「い、一体、誰が……?」
きょろきょろと部屋を見渡すが、誰もいない。
リリアーヌは気付かなかったが、キラキラと光る小さな影が、カーテンの陰からこちらを覗いていた。
透き通った羽を持つ、妖精たちだ。
(こ、これ、食べていいってことだよね?わざわざテーブルに用意してくれてるってことはそうだよね!)
リリアーヌはそう考え、空腹に耐えきれずにいそいそと椅子に座る。
(嬉しい!昼食まだ食べれないと思ってたのに‥‥。もしかして……、アニーかブランカが、用意してくれたのかな?)
リリアーヌは嬉しくなった。
(倉庫のことで心配してくれて……。ああ、やっぱりみんな優しいなあ。後でちゃんとお礼を言わないと。)
――どう考えてもその可能性は限りなくゼロに近いのだが、それを指摘してくれる人間はこの場にはいなかった。
リリアーヌは両手を合わせて目を閉じた。
小さく深呼吸をひとつすると、心を込めて祈り始める。
「大地の女神さま、この恵みに感謝いたします。
食の女神さま、今日の糧をありがとうございます。
生きとし生けるものすべてに、どうか祝福をお与えください。」
小さな声だが、真心のこもった祈りは、静かな部屋にふわりと響いた。
――妖精たちは、その姿をじっと見つめていた。
リリアーヌはテーブルに座り、温かいスープを一口啜った。
「美味しい……。」
じんわりと、身体に染み渡る。
パンを千切って口に運ぶ。ふわふわで、ほんのり甘い。
「ん~!幸せ……!」
一晩中何も食べていなかったせいか、どれも信じられないくらい美味しく感じられた。
リリアーヌは夢中で食事を平らげた。最後にフルーツを食べ終えて、ふう、と息をつく。
「ごちそうさまでした……。」
リリアーヌが幸せそうに食事を終える様子を見届けると、妖精たちは満足そうに微笑んだ。
そして――くるくると舞いながら、光の粒となって消えていった。
まるで、祝福を残していくように。
身体もさっぱりしたし、お腹もいっぱい。リリアーヌはツノ助を膝に乗せて、窓辺の椅子に腰を下ろした。
外はもう明るい。いつもなら庭仕事をしている時間だ。
昨夜のことが蘇る。
(あの夢……。)
未来の断片が、一つの物語として繋がっていた。
一人の女性の冤罪。
信じなかった皇太子。
国の滅亡、絶望、復讐——。誰も救われない未来。
あれが予知夢だとしたら――この国は、滅びる運命にある。
近い将来…。もしかしたら、数年後の話かもしれない。
「そんなの…、絶対に嫌だ……。」
リリアーヌは唇を噛んだ。
その中で、特に印象に焼きついているのは銀髪の女性だった。夢の中では確かに顔を見たはずなのに、目覚めるとどうしても思い出せない。
でも、彼女の存在が、この悲劇の引き金になったことは間違いない。
恐らく、彼女が戦争を引き起こし、その結果この国は滅んだのだろう。
それなのに、リリアーヌは彼女のことが気になって仕方がなかった。
アルフレート殿下の亡骸を前にしたときの彼女の背中。
あの背中は、泣いていたように見えた。自分で追い詰め、殺したはずなのに。
(彼女は、アルフレート殿下を、心の底から愛していたんだ。)
その恋心は、歪み、憎しみになり、そして悲劇を生んだ。
なのに――どうしてだろう。
リリアーヌは彼女を憎むことができなかった。
あの人だって、傷つけられ、絶望し、追い詰められた人間だ。
それを知っているからこそ、責めることができなかった。
(あの事件さえ起きなければ、この悲劇は、避けられたはずなのに。)
胸が締め付けられる。
(殿下を救うだけじゃだめ……。あの人も、助けたい……。)
どうすれば未来を変えられるのか。
誰を信じればいいのか。何から手をつければいいのか。
まだ答えは出ない。全てが、分からない。
だが、ひとつだけ確かなことがある——。
何もしなければ、あの未来は現実になってしまう。
(だから……私にできることを、探さなきゃ……。)
動かなければ、未来は変わらない。
リリアーヌはそう自分に言い聞かせ、立ち上がった。
窓の外には、青く晴れ渡った空が広がっている。
(今日も……できることから、一つずつ。)
リリアーヌは小さく頷くと、ツノ助をベッドに置いて部屋を出た。
不安もある。恐怖もある。
それでも――彼女の瞳には、確かな光が宿っていた。
【第一章 終】
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