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第二章 才能の開花編
真紅の薔薇
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リリアーヌはダリオの表情を見て、話題を変えようとしたのか、ふと視線を庭に向けた。
「わあ!」
リリアーヌの目が輝く。
「この薔薇……!すごく綺麗ですね!こんなに深い真紅色、初めて見ました!」
リリアーヌが目を奪われたのは、カップ状の花びらが幾重にも重なり合い、美しい層を作る薔薇だった。
外側は鮮やかな紅色で、中心に向かうほど濃く、深い真紅へと変化していく。深緑の光沢ある大きな葉が、その美しさをさらに際立たせている。
「よく見たら、この薔薇の色、グラデーションになっているんですね。すごい……。」
「ああ、それは『アフロディシア』という薔薇です。美と愛の女神の名がついた品種で……。」
ダリオは少し誇らしげに説明した。
「花びらが何層にも重なって、中心に向かうほど色が濃くなるんです。この品種は手入れが難しいんですが、丈夫な葉をつけるから、きちんと世話すれば見事に咲いてくれる。」
「素敵……。」
リリアーヌはうっとりと薔薇を見つめた。
「まるで、情熱が内側に秘められているみたい。花も、秘密を持っているんですね。」
その言葉に、ダリオは少し驚いた。
(……この人は、やっぱり普通じゃないな。花をそんな風に見る人、初めてだ。)
ダリオはふと思いついて、剪定鋏を手に取った。
「リリアーヌ様、良かったら……少し持って帰りますか?」
「え?」
リリアーヌの目が一瞬、喜びでぱっと輝いた。
しかしすぐに、彼女は慌てたように首を横に振った。
「で、でも!こんなに貴重な薔薇……。それに、ヴェロニカ様の庭の花ですし……!」
リリアーヌは遠慮がちに、薔薇から視線を逸らした。
「私なんかが、いただいていいものじゃ……。」
「リリアーヌ様。」
ダリオは優しく、しかししっかりとした口調で言った。
「確かに、ヴェロニカ様の庭ですけど……俺が育てた薔薇です。それに……。」
ダリオは少し照れくさそうに目を逸らした。
「この薔薇だって、本当に花を愛してくれる人の手にある方が、きっと幸せでしょう。」
「ダリオ……。」
「それに、どうせ定期的に剪定しなきゃいけないんで。リリアーヌ様なら、ちゃんと大切にしてくれそうですから。」
リリアーヌは少し迷うように薔薇を見つめ、それから嬉しそうに頷いた。
「……ありがとうございます!」
ダリオは手慣れた様子で、いくつかの薔薇を選んで切り取っていく。完全に開ききった花ではなく、まだ蕾が少し残る、これから満開を迎えようとする薔薇を選んだ。
庭に生えていた柔らかな草で茎をまとめ、簡単な花束に仕立てた。
「はい、どうぞ。」
「わあ……!」
リリアーヌは花束を受け取ると、顔を近づけて香りを楽しんだ。
「いい香り……。甘くて、魅惑的で……あれ?ほんのり、スパイシーな香りもしますね。」
「よく分かりましたね。」
ダリオは驚いて目を見開いた。
「アフロディシアは、甘い香りの中にスパイスのような複雑な香りが混ざってるんです。気づく人は少ないんですが……。」
「色だけでなく、香りまで魅力的な薔薇なんですね。アフロディシアって…。フフッ…、確かに美と愛の女神様にぴったりの薔薇です。本当にありがとうございます。ダリオ。」
「いえ。」
ダリオは少し笑った。
「私、男性に花束なんて貰ったの初めてです…。初めての花束がアフロディシアの薔薇だなんて、とっても嬉しいです……。大切にしますね!」
「え、あっ…、そ、そうなんですね…。」
初めて。自分がリリアーヌに花束を贈った初めての相手。それを知ると、ダリオは何だかこそばゆい気持ちになった。頬が熱い気がする。おかしい。ヴェロニカ様に花を贈った時ですら、こんな気持ちになったことなかったのに……。ダリオはそんな動揺を誤魔化すかのように咳払いをすると、
「それじゃあ、せめて馬車まではお送りします。御者はいるんでしょう?」
「はい、待たせてあると思います。」
「なら、そこまで。それくらいは許してください。」
リリアーヌはこくりと頷いた。
「ありがとう。ダリオ。」
二人は並んで、馬車の待つ場所へと歩き出した。
リリアーヌは真紅の薔薇の花束を大切そうに抱え、時折、その魅惑的な香りを楽しんでいる。
ダリオはその横顔を見ながら、改めて思った。
(この人は……本当に、誰かが守ってやらないとダメだ。)
その少し前――。
シャーリー、メルル、ルーラの三人は、お茶会の様子など知る由もなく、いつものようにヴェロニカの部屋を掃除していた。
「わあ……これがルマール国産のドレス……。刺繍が本当に細かい……。」
ルーラは、ふわりと広がる白絹のドレスに見惚れながら呟いた。純白の生地に、金糸で繊細な花の刺繍が施されている。
「ルーラは本当にドレスが好きね。」
「この間も空いた時間にデザイン画描いてたものね。」
メルルとシャーリーが微笑ましく見ていると、シャーリーが思い出したように声を潜める。
「でも、ヴェロニカ様のドレスなんだから……扱いには十分気をつけてね。前にドレスを汚した侍女がひどい罰を受けてたでしょう?」
「……っ。そ、そうね。」
ルーラは肩をすくめて一気に緊張し、慎重に掃除を進めた。
掃除も終わりに近づいたころ、ルーラが机の上を拭こうと身を乗り出した――その瞬間。
コトン。
「えっ……?」
インク壺を倒してしまった。
間の悪いことに、蓋が緩んでいたのか、床に落ちた衝撃でぱかりと口が開き、濃い黒色のインクが勢いよく零れ出した。
そして――。
「……ああっ……!!」
白地のドレスの裾に、黒い染みがじわじわと広がっていく。ルーラの顔から血の気が引いた。
「ど、どうしよう……どうしよう……!」
慌てて押さえようとしたが、すでに手遅れだった。指先に触れる布は冷たく、べっとりと黒く染まっている。
その小さな声に、シャーリーとメルルが振り返った。
「ルーラ!? なにが――…っ!」
「……っ、インクが……!?」
メルルが息を呑む。
シャーリーは瞬時に状況を理解し、震えるルーラの肩にそっと手を置いた。
「大丈夫。まだ間に合うわ。すぐに池に持って行って、洗いましょう。」
「うん、落ち込むのは後!今動けば、きっと落ちるはずよ!」
シャーリーとメルルは、怯えるルーラを包み込むように励ました。
「シャーリー……メルル……。」
涙目で二人を見上げるルーラに、二人はにっこりと頷いて手を握った。
「行きましょう、ルーラ。」
「私たちが一緒だから、大丈夫。」
「……うん……!ありがと……!」
ルーラは小さく嗚咽しながらも、しっかりと頷いた。
三人はドレスを抱えて駆け出す。
冷たい池の水に手を浸しながら、一心に染みを擦り落とそうとした。
――こうして、ルーラたちは池で必死にドレスを洗っているのだった。
「わあ!」
リリアーヌの目が輝く。
「この薔薇……!すごく綺麗ですね!こんなに深い真紅色、初めて見ました!」
リリアーヌが目を奪われたのは、カップ状の花びらが幾重にも重なり合い、美しい層を作る薔薇だった。
外側は鮮やかな紅色で、中心に向かうほど濃く、深い真紅へと変化していく。深緑の光沢ある大きな葉が、その美しさをさらに際立たせている。
「よく見たら、この薔薇の色、グラデーションになっているんですね。すごい……。」
「ああ、それは『アフロディシア』という薔薇です。美と愛の女神の名がついた品種で……。」
ダリオは少し誇らしげに説明した。
「花びらが何層にも重なって、中心に向かうほど色が濃くなるんです。この品種は手入れが難しいんですが、丈夫な葉をつけるから、きちんと世話すれば見事に咲いてくれる。」
「素敵……。」
リリアーヌはうっとりと薔薇を見つめた。
「まるで、情熱が内側に秘められているみたい。花も、秘密を持っているんですね。」
その言葉に、ダリオは少し驚いた。
(……この人は、やっぱり普通じゃないな。花をそんな風に見る人、初めてだ。)
ダリオはふと思いついて、剪定鋏を手に取った。
「リリアーヌ様、良かったら……少し持って帰りますか?」
「え?」
リリアーヌの目が一瞬、喜びでぱっと輝いた。
しかしすぐに、彼女は慌てたように首を横に振った。
「で、でも!こんなに貴重な薔薇……。それに、ヴェロニカ様の庭の花ですし……!」
リリアーヌは遠慮がちに、薔薇から視線を逸らした。
「私なんかが、いただいていいものじゃ……。」
「リリアーヌ様。」
ダリオは優しく、しかししっかりとした口調で言った。
「確かに、ヴェロニカ様の庭ですけど……俺が育てた薔薇です。それに……。」
ダリオは少し照れくさそうに目を逸らした。
「この薔薇だって、本当に花を愛してくれる人の手にある方が、きっと幸せでしょう。」
「ダリオ……。」
「それに、どうせ定期的に剪定しなきゃいけないんで。リリアーヌ様なら、ちゃんと大切にしてくれそうですから。」
リリアーヌは少し迷うように薔薇を見つめ、それから嬉しそうに頷いた。
「……ありがとうございます!」
ダリオは手慣れた様子で、いくつかの薔薇を選んで切り取っていく。完全に開ききった花ではなく、まだ蕾が少し残る、これから満開を迎えようとする薔薇を選んだ。
庭に生えていた柔らかな草で茎をまとめ、簡単な花束に仕立てた。
「はい、どうぞ。」
「わあ……!」
リリアーヌは花束を受け取ると、顔を近づけて香りを楽しんだ。
「いい香り……。甘くて、魅惑的で……あれ?ほんのり、スパイシーな香りもしますね。」
「よく分かりましたね。」
ダリオは驚いて目を見開いた。
「アフロディシアは、甘い香りの中にスパイスのような複雑な香りが混ざってるんです。気づく人は少ないんですが……。」
「色だけでなく、香りまで魅力的な薔薇なんですね。アフロディシアって…。フフッ…、確かに美と愛の女神様にぴったりの薔薇です。本当にありがとうございます。ダリオ。」
「いえ。」
ダリオは少し笑った。
「私、男性に花束なんて貰ったの初めてです…。初めての花束がアフロディシアの薔薇だなんて、とっても嬉しいです……。大切にしますね!」
「え、あっ…、そ、そうなんですね…。」
初めて。自分がリリアーヌに花束を贈った初めての相手。それを知ると、ダリオは何だかこそばゆい気持ちになった。頬が熱い気がする。おかしい。ヴェロニカ様に花を贈った時ですら、こんな気持ちになったことなかったのに……。ダリオはそんな動揺を誤魔化すかのように咳払いをすると、
「それじゃあ、せめて馬車まではお送りします。御者はいるんでしょう?」
「はい、待たせてあると思います。」
「なら、そこまで。それくらいは許してください。」
リリアーヌはこくりと頷いた。
「ありがとう。ダリオ。」
二人は並んで、馬車の待つ場所へと歩き出した。
リリアーヌは真紅の薔薇の花束を大切そうに抱え、時折、その魅惑的な香りを楽しんでいる。
ダリオはその横顔を見ながら、改めて思った。
(この人は……本当に、誰かが守ってやらないとダメだ。)
その少し前――。
シャーリー、メルル、ルーラの三人は、お茶会の様子など知る由もなく、いつものようにヴェロニカの部屋を掃除していた。
「わあ……これがルマール国産のドレス……。刺繍が本当に細かい……。」
ルーラは、ふわりと広がる白絹のドレスに見惚れながら呟いた。純白の生地に、金糸で繊細な花の刺繍が施されている。
「ルーラは本当にドレスが好きね。」
「この間も空いた時間にデザイン画描いてたものね。」
メルルとシャーリーが微笑ましく見ていると、シャーリーが思い出したように声を潜める。
「でも、ヴェロニカ様のドレスなんだから……扱いには十分気をつけてね。前にドレスを汚した侍女がひどい罰を受けてたでしょう?」
「……っ。そ、そうね。」
ルーラは肩をすくめて一気に緊張し、慎重に掃除を進めた。
掃除も終わりに近づいたころ、ルーラが机の上を拭こうと身を乗り出した――その瞬間。
コトン。
「えっ……?」
インク壺を倒してしまった。
間の悪いことに、蓋が緩んでいたのか、床に落ちた衝撃でぱかりと口が開き、濃い黒色のインクが勢いよく零れ出した。
そして――。
「……ああっ……!!」
白地のドレスの裾に、黒い染みがじわじわと広がっていく。ルーラの顔から血の気が引いた。
「ど、どうしよう……どうしよう……!」
慌てて押さえようとしたが、すでに手遅れだった。指先に触れる布は冷たく、べっとりと黒く染まっている。
その小さな声に、シャーリーとメルルが振り返った。
「ルーラ!? なにが――…っ!」
「……っ、インクが……!?」
メルルが息を呑む。
シャーリーは瞬時に状況を理解し、震えるルーラの肩にそっと手を置いた。
「大丈夫。まだ間に合うわ。すぐに池に持って行って、洗いましょう。」
「うん、落ち込むのは後!今動けば、きっと落ちるはずよ!」
シャーリーとメルルは、怯えるルーラを包み込むように励ました。
「シャーリー……メルル……。」
涙目で二人を見上げるルーラに、二人はにっこりと頷いて手を握った。
「行きましょう、ルーラ。」
「私たちが一緒だから、大丈夫。」
「……うん……!ありがと……!」
ルーラは小さく嗚咽しながらも、しっかりと頷いた。
三人はドレスを抱えて駆け出す。
冷たい池の水に手を浸しながら、一心に染みを擦り落とそうとした。
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