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第二章 才能の開花編
四冊の贈り物
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気を取り直して、ヴェロニカはリリアーヌに話しかけた。
「そういえば、リリアーヌ様はいつも何をしてらっしゃるの?」
「はい!庭仕事をしたり、読書をしたり、料理やお菓子を作ったりしています!」
庭仕事。料理やお菓子作り。
リリアーヌの明るい声に、ヴェロニカの目が細められた。
侍女たちがくすくすと笑いを漏らす。
「まあ……庭仕事に、お菓子作り……。」
ヴェロニカは扇で口元を覆い、艶やかに微笑んだ。
「まるで使用人のようですわね。」
その言葉は、柔らかな声音で放たれたが、棘は鋭い。
しかし、リリアーヌは、またもや明るく頷いた。
「そうですね!男爵家にいた頃は使用人の仕事もしてたので、もう習慣のようなものなんです。でも、楽しいんです。昨日は庭で採れたハーブを使って、ハーブティーとクッキーを作ったんですよ。」
(こ、この女‥!鈍すぎるにも程があるでしょ!これだけ言われて、本当に何も感じないの……!?)
「そ、そう。それなら良かったわ。あ、そうそう。今日はあなたに渡したい物があってお茶に誘ったの。」
「渡したい物、ですか?」
「ええ。アレクサンドラ様があなたに贈り物を下さったの。」
「アレクサンドラ様?どなたのご令嬢でしょう?」
「スペンサー家のご令嬢よ。」
スペンサー家!?
貴族の世界に疎いリリアーヌでも、その名は知っている。貴族派筆頭の侯爵家で、権力も財力もあり、高貴な血筋を引く名門貴族。
「わあ…!そんなすごい方が、私に贈り物を…!?」
目を輝かせるリリアーヌには、純粋な驚きと感激しかない。
ヴェロニカは包みを差し出す。内心は冷笑を浮かべていた。
(どうせ読めないでしょうけど……、あの女は挑発でわざと難しい本を選んだものだもの。この女には無理よ。外国語の本なんて、私も読めないのだから。)
リリアーヌは嬉しそうに包みを開けた。
中には四冊の書物が収められていた。
神学書。
貴族社会の礼儀作法。
そして外国語で書かれた二冊の書物。
どれも学者でさえ読み解くのに苦労する代物ばかりだ。
「……えっ?」
リリアーヌの目が見開かれた。
「じゅ、十二聖者録……!?」
その驚きの声に、ヴェロニカは内心ほくそ笑む。
(そうよ。こんな古臭い宗教の本なんて、あんたには読めないでしょう。身の程を知るといいわ。)
しかし――。
「わ、わああ…!ほ、本物の十二聖者録…!夢みたい……!私、この本をずっと読みたかったんです!」
リリアーヌはにこにこと本を抱きしめた。
ヴェロニカの笑みが、固まった。
(は……?)
リリアーヌはニ冊の外国語の本も見て、目を輝かせる。
「こ、こっちはパレフィエ国の風土記!?帝国の叙事詩まで……!すごい、全部私が読みたいと思っていた本です!」
リリアーヌは無邪気に続ける。
「私、本が大好きなんです!特に丁度さっきまで十二聖者録読みたいなと思ってた所で‥。こんな貴重な本、手に入るとは思わなくて……。アレクサンドラ様にも、ヴェロニカ様にも……本当に感謝です!」
本気で感激しているリリアーヌ。
その純粋さに――ヴェロニカの表情筋が完全に凍りつく。
(うそ、でしょ……?まさか、この女……外国語が読めるの……?)
ローゼンハイム語が使われてるのは十二聖者録と礼儀作法の本のみ。他は全て外国語だ。しかし、ヴェロニカは自国の言葉と共通語である帝国語は分かるので帝国の叙事詩も読める。
しかし、四冊目の外国語の本はどの国の本なのか、タイトルすらも読めない。
なのに、リリアーヌは迷うことなく、タイトルを口にした。それはつまり、この女は外国語が読めることに他ならない。
(そ、そんな…、何かの間違いよ!教養もないはずの…、男爵家の私生児が…。)
しかし表情には一切出せない。
ヴェロニカはひきつった微笑みを貼りつけたまま、震える指でカップを持ち上げた。
「そ、そう……それは……よかったわ……。」
(ありえない。ありえない。だって、この女は魔法学園にも入学したことないのよ?そうよ。この女は教養のない馬鹿な女なの。そんな女がアレクサンドラと同レベルの知識を持ってるなんてあり得ないわ。どうせ、たまたまよ。それか、去勢を張ってるだけに決まってる。)
彼女の心の叫びを知る者は、この部屋にはいなかった。
ヴェロニカは必死に表情を保ったまま、カップをソーサーに置いた。
動揺したせいか、指がわずかに震えている。
「あら……そういえば、この後、大事な用事があったのを忘れていたわ。」
ヴェロニカは優雅に立ち上がると、扇を広げて口元を隠した。
「申し訳ないけれど、今日はこれでお開きにさせていただいてもよろしいかしら?」
「あ、はい!もちろんです!」
リリアーヌは本を大切そうに抱えたまま、ぱっと明るく頷いた。
「実は私も、早くこの本を読みたいなと思ってて……!ヴェロニカ様、今日は本当にありがとうございました!」
その無邪気な笑顔に、ヴェロニカの眉がピクリと動く。
「そう……それは何よりですわ。」
リリアーヌは丁寧に一礼すると、本を胸に抱きしめたまま、足取り軽く部屋を出ていった。
扉が閉まった瞬間――。
ヴェロニカは扇を床に叩きつけた。美しい装飾が施された扇が、床で無残に跳ねる。
「何なのよ!!あの女!」
その声は、もはや優雅さのかけらもない。侍女たちが息を呑んで後ずさる。
「外国語が読めるですって!?男爵家の、教育も受けてない私生児の分際で!!」
ヴェロニカは髪をかきむしりそうになり、必死に堪えた。
「ひ、妃殿下。お、落ち着いて……。」
侍女の一人が恐る恐る声をかけるが、
「黙りなさい!!」
「きゃあ!」
ヴェロニカは侍女にカップを投げつけ、カップが床に落ちて割れてしまう。幸い当たることはなかったが破片が飛び散り、侍女は悲鳴を上げた。
「あの女に恥をかかせるつもりだったのに……!それが、あの女ったら喜んで!」
ヴェロニカは荒い息をついた。
完璧な計画だったはずなのに。
あの女は、何一つダメージを受けていない。それどころか、心から感謝されてしまった。
「ああ、腹立たしい!次は容赦しないわ。あの女が二度と笑えないほどの恥をかかせてやる!」
リリアーヌは上機嫌で応接間を後にした。
早く自分の部屋に戻って、十二聖者録を読みたくてたまらなかった。
(今日は本当にいい日だなあ。アレクサンドラ様には感謝しなきゃ…。)
もしかして、アレクサンドラ様も外国の本や聖典が好きなのかもしれない。もし、お会いできたら、本について語りたいなあ。そんなことを考えながら歩いていると、
「あれ?」
リリアーヌの視線の先に、見覚えのある後ろ姿があった。
深緑色の髪をした背の高い青年。
「もしかして、ダリオ…?」
「…は?え、り、リリアーヌ様!?」
ダリオは名を呼ばれて振り返り、驚きで目を大きく見開いた。
「な、なんでリリアーヌ様がここに……?」
「ヴェロニカ様に呼ばれてお茶をしてたんです。」
リリアーヌはにこにこと本を抱えたまま答えた。
「アレクサンドラ様が私に贈り物をくださったんです。それをヴェロニカ様がわざわざ預かって渡してくださって‥‥。私、とっても嬉しくて!」
「ヴェロニカ様が……?」
ダリオは言葉を詰まらせた。
(ちょっと待て。……アレクサンドラ様って、確か貴族派筆頭のスペンサー侯爵家の令嬢だよな。皇族とは敵対関係のはず……。)
ダリオは眉をひそめ、考え込む。
(しかも、見た目は美しくても、魔女のように狡猾で意地悪な性格だって話だ。ヴェロニカ様の美貌や光魔法の才能に嫉妬して、嫌がらせばかりしている女――確かそんな噂だったはず……。)
そんな女が、リリアーヌ様に贈り物?
何か裏がありそうな気がする。
「リリアーヌ様……その、贈り物って、何を?」
ダリオは慎重に尋ねた。
「本です!十二聖者録とか、外国の風土記とか!私がずっと読みたかった本ばかりで……!」
リリアーヌは目を輝かせて本を見せる。
ダリオは本の表紙を見て、さらに眉をひそめた。
(……これ、全部専門書じゃないか。まさか……。)
ダリオはアレクサンドラの意図に気づいた。
(わざと難しい本を選んで、嫌味で贈ったんだな。アレクサンドラ様って…、やっぱり噂通りの女だな。性格悪!)
内心で毒づいたダリオだったが、リリアーヌは全く気づいていない様子で、一冊の本を取り出した。
「この本はパレフィエ国の風土記なんです!現地の言葉で書かれていて……。」
「パレフィエ国?それって、あの野蛮な砂漠の国の?」
「野蛮なんて、とんでもない!」
リリアーヌは本を抱きしめて、力強く首を横に振った。その瞳には、熱い光が宿っている。
「パレフィエ国は確かに砂漠地帯が多いですけど、独自の灌漑技術を発展させていて、オアシス都市では美しい庭園文化があるんですよ!それに、それに!パレフィエ国といえば、伝説の空中庭園を作った国でもあるんですよ!」
リリアーヌは身を乗り出すようにして熱く語った。
「砂漠という過酷な環境だからこそ、水を大切にする文化が根付いていて、彼らの建築様式も暑さを凌ぐための工夫がされてるんですよ。野蛮どころか、むしろ洗練された文明を持っているんですよ!」
その熱のこもった様子に、ダリオは思わず圧倒された。
「そ、そうなんですか……。」
「はい!だから私、ずっとこの本を読みたかったんです!現地の人が書いた記録なら、本当のパレフィエ国の姿が分かるはずですから!」
リリアーヌは嬉しそうに本を撫でる。
ダリオは、改めてリリアーヌの横顔を見つめる。
(待てよ……今、『現地の言葉で書かれている』って言ってたよな?)
ダリオは本の表紙をもう一度見た。見たことのない文字が並んでいた。
(ってことは……リリアーヌ様、この外国語が読めるのか……!?)
一般的に貴族は三か国語の語学を習得している。しかし、パレフィエ国語を読める貴族など、ほんの一握りだ。学者や外交官の家系でもなければ習得は困難で、学者でさえ読める者は少ない。
(リリアーヌ様は一体、どこでこんな知識を……?)
そして、ふと気づく。
(……つまり、アレクサンドラ様の嫌がらせは失敗したんだな。)
普通なら読めない外国語の本を贈られたら恥をかくはずだ。だが、リリアーヌは本当に読めるから、心から喜んでいる。
(リリアーヌ様……。本当に、本が好きなんだな。)
そして同時に、いつもの心配が頭をもたげる。
(……でも、やっぱりこの人、嫌がらせには全く気づいてないんだよな。)
以前、侍女たちに倉庫に閉じ込められて一晩過ごしたことがあった時も、リリアーヌは「手違いで閉じ込められちゃって~。あ、でも、ちゃんと寝れたので大丈夫です~。」と呑気に笑っていた。
あの時、ダリオは心の中で叫んだものだ。
(もっと危機感を持ってくれ!)
そして、今回も――。
アレクサンドラ様は明らかにリリアーヌを馬鹿にするつもりで本を贈ったのに、当の本人はこんなに喜んでる。
ダリオは深く、深く溜息をついた。
「……リリアーヌ様。」
「はい?」
「その……何でもないです。本、楽しんでください。」
忠告しようとしたが、途中で言葉を飲み込んだ。言いかけて、どうせ信じないだろうし、何よりリリアーヌは本当に嬉しそうだ。
(俺が口出しすることじゃない……。でも……。)
胸の奥に、もやもやとした不安が残った。
「そういえば、リリアーヌ様はいつも何をしてらっしゃるの?」
「はい!庭仕事をしたり、読書をしたり、料理やお菓子を作ったりしています!」
庭仕事。料理やお菓子作り。
リリアーヌの明るい声に、ヴェロニカの目が細められた。
侍女たちがくすくすと笑いを漏らす。
「まあ……庭仕事に、お菓子作り……。」
ヴェロニカは扇で口元を覆い、艶やかに微笑んだ。
「まるで使用人のようですわね。」
その言葉は、柔らかな声音で放たれたが、棘は鋭い。
しかし、リリアーヌは、またもや明るく頷いた。
「そうですね!男爵家にいた頃は使用人の仕事もしてたので、もう習慣のようなものなんです。でも、楽しいんです。昨日は庭で採れたハーブを使って、ハーブティーとクッキーを作ったんですよ。」
(こ、この女‥!鈍すぎるにも程があるでしょ!これだけ言われて、本当に何も感じないの……!?)
「そ、そう。それなら良かったわ。あ、そうそう。今日はあなたに渡したい物があってお茶に誘ったの。」
「渡したい物、ですか?」
「ええ。アレクサンドラ様があなたに贈り物を下さったの。」
「アレクサンドラ様?どなたのご令嬢でしょう?」
「スペンサー家のご令嬢よ。」
スペンサー家!?
貴族の世界に疎いリリアーヌでも、その名は知っている。貴族派筆頭の侯爵家で、権力も財力もあり、高貴な血筋を引く名門貴族。
「わあ…!そんなすごい方が、私に贈り物を…!?」
目を輝かせるリリアーヌには、純粋な驚きと感激しかない。
ヴェロニカは包みを差し出す。内心は冷笑を浮かべていた。
(どうせ読めないでしょうけど……、あの女は挑発でわざと難しい本を選んだものだもの。この女には無理よ。外国語の本なんて、私も読めないのだから。)
リリアーヌは嬉しそうに包みを開けた。
中には四冊の書物が収められていた。
神学書。
貴族社会の礼儀作法。
そして外国語で書かれた二冊の書物。
どれも学者でさえ読み解くのに苦労する代物ばかりだ。
「……えっ?」
リリアーヌの目が見開かれた。
「じゅ、十二聖者録……!?」
その驚きの声に、ヴェロニカは内心ほくそ笑む。
(そうよ。こんな古臭い宗教の本なんて、あんたには読めないでしょう。身の程を知るといいわ。)
しかし――。
「わ、わああ…!ほ、本物の十二聖者録…!夢みたい……!私、この本をずっと読みたかったんです!」
リリアーヌはにこにこと本を抱きしめた。
ヴェロニカの笑みが、固まった。
(は……?)
リリアーヌはニ冊の外国語の本も見て、目を輝かせる。
「こ、こっちはパレフィエ国の風土記!?帝国の叙事詩まで……!すごい、全部私が読みたいと思っていた本です!」
リリアーヌは無邪気に続ける。
「私、本が大好きなんです!特に丁度さっきまで十二聖者録読みたいなと思ってた所で‥。こんな貴重な本、手に入るとは思わなくて……。アレクサンドラ様にも、ヴェロニカ様にも……本当に感謝です!」
本気で感激しているリリアーヌ。
その純粋さに――ヴェロニカの表情筋が完全に凍りつく。
(うそ、でしょ……?まさか、この女……外国語が読めるの……?)
ローゼンハイム語が使われてるのは十二聖者録と礼儀作法の本のみ。他は全て外国語だ。しかし、ヴェロニカは自国の言葉と共通語である帝国語は分かるので帝国の叙事詩も読める。
しかし、四冊目の外国語の本はどの国の本なのか、タイトルすらも読めない。
なのに、リリアーヌは迷うことなく、タイトルを口にした。それはつまり、この女は外国語が読めることに他ならない。
(そ、そんな…、何かの間違いよ!教養もないはずの…、男爵家の私生児が…。)
しかし表情には一切出せない。
ヴェロニカはひきつった微笑みを貼りつけたまま、震える指でカップを持ち上げた。
「そ、そう……それは……よかったわ……。」
(ありえない。ありえない。だって、この女は魔法学園にも入学したことないのよ?そうよ。この女は教養のない馬鹿な女なの。そんな女がアレクサンドラと同レベルの知識を持ってるなんてあり得ないわ。どうせ、たまたまよ。それか、去勢を張ってるだけに決まってる。)
彼女の心の叫びを知る者は、この部屋にはいなかった。
ヴェロニカは必死に表情を保ったまま、カップをソーサーに置いた。
動揺したせいか、指がわずかに震えている。
「あら……そういえば、この後、大事な用事があったのを忘れていたわ。」
ヴェロニカは優雅に立ち上がると、扇を広げて口元を隠した。
「申し訳ないけれど、今日はこれでお開きにさせていただいてもよろしいかしら?」
「あ、はい!もちろんです!」
リリアーヌは本を大切そうに抱えたまま、ぱっと明るく頷いた。
「実は私も、早くこの本を読みたいなと思ってて……!ヴェロニカ様、今日は本当にありがとうございました!」
その無邪気な笑顔に、ヴェロニカの眉がピクリと動く。
「そう……それは何よりですわ。」
リリアーヌは丁寧に一礼すると、本を胸に抱きしめたまま、足取り軽く部屋を出ていった。
扉が閉まった瞬間――。
ヴェロニカは扇を床に叩きつけた。美しい装飾が施された扇が、床で無残に跳ねる。
「何なのよ!!あの女!」
その声は、もはや優雅さのかけらもない。侍女たちが息を呑んで後ずさる。
「外国語が読めるですって!?男爵家の、教育も受けてない私生児の分際で!!」
ヴェロニカは髪をかきむしりそうになり、必死に堪えた。
「ひ、妃殿下。お、落ち着いて……。」
侍女の一人が恐る恐る声をかけるが、
「黙りなさい!!」
「きゃあ!」
ヴェロニカは侍女にカップを投げつけ、カップが床に落ちて割れてしまう。幸い当たることはなかったが破片が飛び散り、侍女は悲鳴を上げた。
「あの女に恥をかかせるつもりだったのに……!それが、あの女ったら喜んで!」
ヴェロニカは荒い息をついた。
完璧な計画だったはずなのに。
あの女は、何一つダメージを受けていない。それどころか、心から感謝されてしまった。
「ああ、腹立たしい!次は容赦しないわ。あの女が二度と笑えないほどの恥をかかせてやる!」
リリアーヌは上機嫌で応接間を後にした。
早く自分の部屋に戻って、十二聖者録を読みたくてたまらなかった。
(今日は本当にいい日だなあ。アレクサンドラ様には感謝しなきゃ…。)
もしかして、アレクサンドラ様も外国の本や聖典が好きなのかもしれない。もし、お会いできたら、本について語りたいなあ。そんなことを考えながら歩いていると、
「あれ?」
リリアーヌの視線の先に、見覚えのある後ろ姿があった。
深緑色の髪をした背の高い青年。
「もしかして、ダリオ…?」
「…は?え、り、リリアーヌ様!?」
ダリオは名を呼ばれて振り返り、驚きで目を大きく見開いた。
「な、なんでリリアーヌ様がここに……?」
「ヴェロニカ様に呼ばれてお茶をしてたんです。」
リリアーヌはにこにこと本を抱えたまま答えた。
「アレクサンドラ様が私に贈り物をくださったんです。それをヴェロニカ様がわざわざ預かって渡してくださって‥‥。私、とっても嬉しくて!」
「ヴェロニカ様が……?」
ダリオは言葉を詰まらせた。
(ちょっと待て。……アレクサンドラ様って、確か貴族派筆頭のスペンサー侯爵家の令嬢だよな。皇族とは敵対関係のはず……。)
ダリオは眉をひそめ、考え込む。
(しかも、見た目は美しくても、魔女のように狡猾で意地悪な性格だって話だ。ヴェロニカ様の美貌や光魔法の才能に嫉妬して、嫌がらせばかりしている女――確かそんな噂だったはず……。)
そんな女が、リリアーヌ様に贈り物?
何か裏がありそうな気がする。
「リリアーヌ様……その、贈り物って、何を?」
ダリオは慎重に尋ねた。
「本です!十二聖者録とか、外国の風土記とか!私がずっと読みたかった本ばかりで……!」
リリアーヌは目を輝かせて本を見せる。
ダリオは本の表紙を見て、さらに眉をひそめた。
(……これ、全部専門書じゃないか。まさか……。)
ダリオはアレクサンドラの意図に気づいた。
(わざと難しい本を選んで、嫌味で贈ったんだな。アレクサンドラ様って…、やっぱり噂通りの女だな。性格悪!)
内心で毒づいたダリオだったが、リリアーヌは全く気づいていない様子で、一冊の本を取り出した。
「この本はパレフィエ国の風土記なんです!現地の言葉で書かれていて……。」
「パレフィエ国?それって、あの野蛮な砂漠の国の?」
「野蛮なんて、とんでもない!」
リリアーヌは本を抱きしめて、力強く首を横に振った。その瞳には、熱い光が宿っている。
「パレフィエ国は確かに砂漠地帯が多いですけど、独自の灌漑技術を発展させていて、オアシス都市では美しい庭園文化があるんですよ!それに、それに!パレフィエ国といえば、伝説の空中庭園を作った国でもあるんですよ!」
リリアーヌは身を乗り出すようにして熱く語った。
「砂漠という過酷な環境だからこそ、水を大切にする文化が根付いていて、彼らの建築様式も暑さを凌ぐための工夫がされてるんですよ。野蛮どころか、むしろ洗練された文明を持っているんですよ!」
その熱のこもった様子に、ダリオは思わず圧倒された。
「そ、そうなんですか……。」
「はい!だから私、ずっとこの本を読みたかったんです!現地の人が書いた記録なら、本当のパレフィエ国の姿が分かるはずですから!」
リリアーヌは嬉しそうに本を撫でる。
ダリオは、改めてリリアーヌの横顔を見つめる。
(待てよ……今、『現地の言葉で書かれている』って言ってたよな?)
ダリオは本の表紙をもう一度見た。見たことのない文字が並んでいた。
(ってことは……リリアーヌ様、この外国語が読めるのか……!?)
一般的に貴族は三か国語の語学を習得している。しかし、パレフィエ国語を読める貴族など、ほんの一握りだ。学者や外交官の家系でもなければ習得は困難で、学者でさえ読める者は少ない。
(リリアーヌ様は一体、どこでこんな知識を……?)
そして、ふと気づく。
(……つまり、アレクサンドラ様の嫌がらせは失敗したんだな。)
普通なら読めない外国語の本を贈られたら恥をかくはずだ。だが、リリアーヌは本当に読めるから、心から喜んでいる。
(リリアーヌ様……。本当に、本が好きなんだな。)
そして同時に、いつもの心配が頭をもたげる。
(……でも、やっぱりこの人、嫌がらせには全く気づいてないんだよな。)
以前、侍女たちに倉庫に閉じ込められて一晩過ごしたことがあった時も、リリアーヌは「手違いで閉じ込められちゃって~。あ、でも、ちゃんと寝れたので大丈夫です~。」と呑気に笑っていた。
あの時、ダリオは心の中で叫んだものだ。
(もっと危機感を持ってくれ!)
そして、今回も――。
アレクサンドラ様は明らかにリリアーヌを馬鹿にするつもりで本を贈ったのに、当の本人はこんなに喜んでる。
ダリオは深く、深く溜息をついた。
「……リリアーヌ様。」
「はい?」
「その……何でもないです。本、楽しんでください。」
忠告しようとしたが、途中で言葉を飲み込んだ。言いかけて、どうせ信じないだろうし、何よりリリアーヌは本当に嬉しそうだ。
(俺が口出しすることじゃない……。でも……。)
胸の奥に、もやもやとした不安が残った。
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