期限付きの側室なのに皇太子殿下が離してくれません!

林檎

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第二章 才能の開花編

初恋の色

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やがて、馬車は王都に近づいた。
窓の外に広がる景色を目にしたリリアーヌは、目を輝かせて声を上げる。

「わあ!もう王都が見えてきました。あっという間についてしまいましたね……!」

「……ん?ああ。そうだな。」

アルフレートは短く応じる。
彼にとっては、至極当然の移動時間だった。

「往復でも一日で済むなんて……本当に、魔導具の馬車ってすごいです!」

感心した様子で、リリアーヌは続ける。

「普通の馬車なら、往復で二日……いえ、道中で宿を取れば三日はかかりますよね。」

「……君は、普通の馬車で旅をしたことがあるのか?」

アルフレートが尋ねる。

「いいえ!まさか!私、生まれた時からずっと男爵領で育ってきたので旅なんてどこも行ったことありません。」

リリアーヌはぶんぶんと顔を横に振った。

「でも、本で読んだり、教会に来る行商人の方のお話を聞いたことがあるんです。王都まで行くのは、とても大変だって。」

「……そうか。」

(彼女は、男爵家と教会――それ以外の世界を、ほとんど知らないのだな。そして、今度は離宮という別の狭い世界に閉じ込められている。俺の側室になったせいで。)

アルフレートは改めて、自分のせいでリリアーヌの自由を奪っているのだと痛感する。
アルフレートは窓の外を見てはしゃぐリリアーヌの横顔を見つめた。

(それでも、こうして本や人の話から、きちんと知識を得ている……。)

外国に行って見聞を広げたのかと思うほどの知識量と視点の広さ――彼女は狭い世界の中でも努力して身につけたのだろう。アルフレートは感心した。

「魔導具の馬車って、馬も疲れにくくて、車輪も滑らかに動くから速いんですよね?」

「よく知ってるな。その通りだ。」

(ただ速いと知っているだけではなく、その仕組みまで理解しているのか。)

アルフレートは少し驚いた。
多くの貴族令嬢たちは、魔導具の馬車を当たり前のように使っていても、その仕組みまで知ろうとはしない。ただ「便利なもの」として受け入れているだけだ。

(田舎の教会の書庫で、ここまで学べるものだろうか……。いや、学べる環境の問題ではなく――彼女自身の探究心の賜物なのだろう。)

「これも教会の書庫で読んだんです。でも、魔導具の馬車はとても高価で、貴族や王族しか使えないとも書いてあって。」

少し言い淀みながら、リリアーヌは

「私の家は、男爵家といっても、貧しくて‥‥。普通の馬車しかなくて‥‥。」

彼女は、座席をそっと撫でる。

「やっぱり、普通の馬車と魔導具の馬車は全然違いますね!乗り心地もいいし、揺れも少なくて、すごく快適です。こんな素晴らしい馬車に乗せていただけるなんて……本当に、ありがとうございます!」

「……気にするな。」

アルフレートは、わずかに目を細めた。

(彼女にとっては、こんなことさえ――特別なことなのか。)

胸の奥に、複雑な感情が広がる。

「殿下は、よくこの馬車をお使いになるんですか?」

「ああ。遠方へ行く時は、大抵これだ。」

「そうなんですね……!」

リリアーヌは、少しだけ羨ましそうに呟く。

「私、こんな馬車に乗るのは初めてです。速くて、静かで……。やっぱり魔法ってすごいですね!」

(俺にとっては、ただの移動手段。だが、彼女にとっては――特別な体験なのだな。)

「あ……もう、あんなに進んでる……!」

リリアーヌが窓の外を指差して声を弾ませた。

「本当に、あっという間ですね……。」

その無邪気な様子に、アルフレートは思わず口元を緩めた。

(……まるで、子供のようだ。)

何故だろうか。リリアーヌの振る舞いはどう見ても、淑女らしくないし、皇太子の側室らしくもない。だが、見ていて飽きない。むしろ、好ましいとすら思ってしまう。

(不思議と、目が離せない)

そんな想いが、静かに胸に残った。




王都へ入ると、馬車は大通りを進み始めた。
その揺れの中で、アルフレートはふと、向かいに座るリリアーヌへ視線を落とす。

彼女の身に纏う紺色のドレスは、清楚で控えめだった。
首元まできちんと覆われ、肌の露出はほとんどない。装飾も控えめで、色味も落ち着いている。

(……若い娘が着るようなドレスじゃないな。)

素材自体は悪くない。安価な布ではないことは分かる。
だが、型が古い。流行からは、明らかに外れていた。

(数年前の型……いや、もっと前か。)

最近の貴族令嬢が好む淡い色合いや軽やかなデザインとは、まるで別物だ。

(……持っていないのか。新しいドレスを)

思考は自然と、彼女の生家へと向かう。

リリアーヌの実家――グラント男爵家。
グラント男爵家は新興貴族で、三代前まで平民だった。商売で成功して、国家御用商人にまで成り上がり、男爵位を授与したが、息子、孫の代になると、商売が傾き始める。そして、リリアーヌの父の代…、つまりは三代目の男爵当主になってからは悪化の一途を辿った。リリアーヌの父、グラント男爵が事業に失敗し、資金繰りが行き詰まり、家が一気に傾いたのだ。王都では、今や誰もが知る話で、没落寸前の貧乏貴族と嘲笑されている。

ならば、このドレスも――新調できなかったのではなく、「これしか、持たされなかった」のかもしれない。

(ドレスを新調する余裕すら、なかったのか。)

その可能性を思い至り、アルフレートはわずかに眉をひそめた。
これから、彼がリリアーヌを連れて行くつもりの場所は、格式高く、客層も厳しい。このドレスが場違いだと扱われるわけではない。だが――、

(このドレスだと、彼女自身が居心地の悪い思いをするかもしれない。)

アルフレートはそう容易に想像できた。

「少し、寄り道をする。」

「え……?」

戸惑うリリアーヌをよそに、彼は御者へ告げる。

「マダム・ロゼッタへ。」

それはリリアーヌのための……。
アルフレートが無意識に選んだリリアーヌへの自然な配慮だった。

「あの、殿下…?寄り道ってどちらへ?」

リリアーヌが恐る恐る尋ねる。

マダム・ロゼッタ――
どこかで聞いたことのある名前だ。
けれど、思い出せない。

「行けば分かる。」

それだけ答えて、アルフレートは視線を外した。

やがて馬車は目的地に到着する。
停まったのは、王都でも指折りの高級ドレスショップが並ぶ一角だった。
アルフレートは降りる前、懐から一つの指輪を取り出した。
黒い石を嵌め込んだ、飾り気のない銀の指輪。
一見すると、ただの装飾品にしか見えない。

「それは?」

「変装魔導具だ。王都では、目立たない方がいい。」

そう告げて、アルフレートは左手に指輪を嵌める。
淡い光が揺らめいた次の瞬間――、黒髪は柔らかな金色へ、銀の瞳は澄んだ碧へと変わっていた。
顔立ちは変わらないのに、纏う雰囲気だけが、別人のように変わる。

「……!」

リリアーヌは思わず息を呑んだ。

(あ……、)

胸が、きゅっと鳴る。
金髪碧眼。
それは――彼女がアルフレートと初めて出会った、“あの日”の姿だった。

人気のない公園。
まだ何も知らなかった頃。
お忍び中の彼と、ほんの短い時間、言葉を交わした。

(……殿下は覚えてないだろうけど。)

それでも、あの姿は今も鮮明に残っている。

「す……素敵です!」

我に返り、リリアーヌは慌てて言葉を紡ぐ。

「髪と目の色が変わるだけで、こんなに印象が違うんですね。とても……、殿下にお似合いです。」

頬を染めながらそう告げると、アルフレートは小さく頷いた。

「……そうか。ありがとう。」

だが内心では、微かに引っかかるものがあった。

(……随分、嬉しそうだな。)

変装した自分の姿に向けられる、その純粋な反応。

(……まさか。)

「君は、金髪が好みなのか?」

思わず、口にしていた。

「えっ……!?」

リリアーヌは、明らかに動揺した。

(ど、どうしよう……!)

“ 金髪碧眼に惹かれるのは、初めて出会った時の殿下と同じ色だから”
そんな理由、言えるはずがない。

そもそも――彼は、その出会い自体を覚えていない。

(十年以上も前から初恋を引きずってるなんて知られたら……、重い女だって思われちゃう……!)

それだけは駄目……!殿下には絶対に隠し通さなくては!でも、どうやって答えたらいい?
必死に思考を巡らせる彼女を見て、アルフレートは眉をひそめた。

(……この反応。図星か)

分かりやすく赤くなった頬。
視線の揺れ。

(……リリアーヌは金髪の男が好みなのか。)

胸の奥が、わずかに沈む。

(……いや、関係ない。俺にはヴェロニカがいる。
リリアーヌの好みじゃないなら、むしろ好都合のはずだ。)

そう、理屈では分かっている。

(……なのに)

なぜ、こんなにも、釈然としないのか。

リリアーヌはその時、閃いた。

「そ、その……、この国の国神である、太陽神ラファエロ様と……同じ髪の色ですから……。」

必死に選んだ言葉だった。
嘘ではない。

(だって……、)

かつて、アルフレートから聖典をもらい、初めて教会で目にした太陽神の絵。

(……殿下と同じ色だ、って思ったんだよね。)

心が惹かれたのも、確かだ。
その後、王都のパレードでアルフレートの姿を見て――
黒髪と銀の瞳が本来の姿だと知った。

(でも……、)

どちらが好き、という話ではない。
リリアーヌにとっては、金髪でも、黒髪でも――

(殿下、であることが……。)

ただ、それだけが大切だった。

「……なるほど。」

アルフレートは、それ以上追及しなかった。

(太陽神、か……。)

納得しつつも、どこか釈然としない。
だが、胸の奥に残る、名付けようのない感情は消えない。

そして同時に――彼女の視線が向けられる“金髪の自分”に、ほんの僅かな苛立ちと、独占欲が芽生えていることに。
彼自身、まだ気づいていなかった。
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