期限付きの側室なのに皇太子殿下が離してくれません!

林檎

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第二章 才能の開花編

マダム・ロゼッタ

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馬車が完全に停まると、アルフレートは先に降りた。
そして、リリアーヌへ手を差し伸べる。

「気をつけろ。」

「あ、ありがとうございます。」

リリアーヌは少し戸惑いながらも、その手を取った。
降り立った先には、豪華な店構えのドレスショップが佇んでいた。
店の看板には、金の装飾で『マダム・ロゼッタ』と刻まれている。

(……あっ!)

リリアーヌはやっと思い出した。
マダム・ロゼッタといえば、貴族や富裕層御用達の超高級ドレスショップとして知られ、王都で最も人気の高い仕立て屋だ。

(カリーナが、一度でいいからここでドレスを仕立ててみたいって言ってたっけ……。)

リリアーヌの生家のような貧乏男爵家では、とても手が出せない敷居の高さだった。

(寄り道ってここのことだったんだ。)

ようやく合点がいった。
きっと殿下は、何か新しい服を仕立てに来られたのだろう。

(正装とか……、もしかして舞踏会用のお召し物かな?)

リリアーヌは一人で納得して、小さく頷いた。
自分のためだなんて、思いもしない。

「入るぞ。」

アルフレートが促すように声をかける。

「あ、はい!」

リリアーヌは慌ててついていった。

入室してすぐ、リリアーヌは店内の豪華さに圧倒されていた。

(す、すごい……!こんな素敵なお店、初めて来た……!)

柔らかな光に照らされた店内には、色とりどりのドレスが、美しく並べられている。
生地も装飾も、ひと目で上質だと分かるものばかりだった。

(値段を見なくても分かる。これ、どれもとんでもなく高いに違いない……!)

その時、店員がこちらに近づいてきた。

「いらっしゃいませ。何かお探しでしょうか?」

にこやかな笑顔でアルフレートに接客する女の店員。店員はアルフレートの立ち振る舞いと身なりの良さから、上客であると察していたのだ。アルフレートは店員に、

「ああ。いくつかドレスを取り繕って欲しい。格式張り過ぎず、だが品は落とさないものを。色は…、そうだな。淡い色のドレスを頼む。デザインは任せる。」

「畏まりました。少々、お待ちくださいませ。」

店員は一礼すると、一旦その場を離れた。
アルフレートが堂々と慣れた様子で店員に指示を出す様子を見ていたリリアーヌは、

(わあ……。さすが、殿下……。こういう高級なドレスショップにも慣れていらっしゃるんだ……。)

リリアーヌは感心していた。

(すごいなあ……。やっぱり、育ちも立場も全然違う……。)

そんな尊敬の眼差しで見つめていたリリアーヌだったが、ふと思った。

(ん?ドレス……?あれ?さっき、殿下ドレスって言ってたよね?)

え?殿下が着るの?
リリアーヌは一瞬、戸惑うが――ハッとした。

(そ、そういえば……!)

前にシスター・マリナが言っていた。
世の中には、女の格好をすることを好む男性、つまりは女装癖のある男もいるのだと。
実際にシスター・マリナの知り合いにも女装趣味の聖職者がいる、らしい。

(うん…。偏見、良くない。)

人には、様々な趣味嗜好がある。それを否定してはいけない。
リリアーヌは、真面目な顔でうんうんと頷いた。そんなリリアーヌを見て、アルフレートは

(妙に難しい顔していると思ったら、今度は納得したように頷いてる…。表情がくるくる変わって面白いな。)

アルフレートはてっきり、リリアーヌがどんなドレスにしようか思い悩んでいるのだと思っていた。
まさか、リリアーヌが自分を女装趣味のある男だと勘違いしているなど夢にも思わない。

程なくして店員がドレスを見繕って戻ってきた。
淡いピンクのドレス、クリーム色のドレス、薄紫色のドレス、空色のドレス、そして柔らかなグリーンのドレス。十着ほどのドレスが用意される。

「お待たせいたしました。こちらのドレスはどれも、当店の中でも最新のデザインのものでございます。お気に召したものがございましたら、試着もできますので遠慮なく、仰って下さいませ。」

アルフレートはリリアーヌに視線を向けると、

「リリアーヌ。好きなものを選べ。」

「え!?わ、私がですか!?」

「?当然だろう。君以外に誰がいるんだ。」

「で、でも、私、流行に疎いですし‥‥。」

(殿下の服を選ぶなんて、無理無理!私、センスとかないし、服選びなんて、できない……!)

ここまできても、リリアーヌは盛大に勘違いしていた。
彼女が困惑していると、アルフレートは店員が選んだ十着のドレスの中から、一つのドレスに目を留める。

「こういうのはどうだ?」

アルフレートは、それをリリアーヌの前に掲げる。
それは黄緑色のドレスだった。裾は優雅に広がり、金糸で刺繍された蔦のような文様が流れるように施されている。裾の縁には繊細なレースが波打ち、袖は透けるような薄布で、まるで草原に咲く花のように軽やかな印象を与える。

「え…?あの……、殿下。」

春のような淡く優しい色合いで優雅で上品なデザインのドレス…。文句のつけようがない。だが、

「このドレス…。殿下が着るには、小さすぎるのでは?」

リリアーヌが抱いたのは、純粋な疑問だった。

「……は?」

アルフレートが、完全に固まる。
傍に控えていた店員も目が点になる。

「その、殿下にはサイズが合わないかと思うのですけど……、」

「いや!ちょっと待て!何で、俺が着ることになってるんだ!?」

店内に、アルフレートの声が響いた。

「え?このドレスって、殿下が着るものでは?」

「俺が着るわけないだろ!なんでそうなる!?」

(どういう思考回路でそんなぶっ飛んだ考えになるんだ!)

アルフレートは頭が痛くなった。冗談ではない。何で自分がドレスなんて着なくてはならないのだ。想像しただけで鳥肌が立つ。

「い、いえ…。世の中には、女装が趣味の男性もいらっしゃいますし……、てっきり、殿下もそうなのかと‥‥。」

至って真面目な返答だった。

「そんなわけあるか!!」

全力の否定を受け、周囲の店員たちがぎょっとして顔を見合わせた。

「ふっ‥‥、」

小さく、誰かが吹き出すような音が聞こえた。
アルフレートが振り返ると、店員と目が合う。

さっきまで完璧な営業スマイルを浮かべていた彼女は、口元を押さえ、俯いて肩を震わせていた。
笑いを、必死に堪えているが我慢できずに吹き出して笑ってしまったのだろう。

視線に気づいたのか、彼女は慌てて顔を上げた。

「……し、失礼いたしました。」

声は平静を装っているが、わずかに震えているのが分かる。
次の瞬間には、何事もなかったかのように完璧な営業スマイルへと戻った。

「……」

アルフレートは無言で視線を逸らした。

(……完全に、笑われたな)

恥ずかしさと苛立ちが、じわじわと込み上げる。

「あ……、そう……だったんですか……。」

リリアーヌはようやく理解する。

「ご、ごめんなさい!私ったら勘違いしてしまって!」

恥ずかしさで顔を真っ赤にして、リリアーヌはぺこぺこと頭を下げた。

「……いや。分かってくれれば、いい。」

アルフレートは、こめかみを押さえ、深く息を吐いた。
こんなにも純粋に、真剣に謝られては、何も言えなくなる。
怒るべきなのか、呆れるべきなのか――。
ただ、不思議と……腹は立たなかった。

濡れ衣もいいところだが、それ以上に怖いのは、この発想が“冗談ではない”ことだ。

(冗談抜きで、こいつを一人で外に出すのは不安になってきたぞ……。)

アルフレートが内心でそう零した、その直後だった。

「あの、じゃあ、このドレスはどなたかに贈るものですか?」

リリアーヌはちらりと黄緑色のドレスに視線を向ける。
アルフレートがドレスを贈る相手なんて、一人しか思い浮かばない。

(やっぱり、ヴェロニカ様に贈るドレスだよね。)

一瞬そう思ったが、すぐに首を傾げた。

(……ん?でも、このドレス……ヴェロニカ様には小さいよね。)

ドレスのサイズを見る。小柄で華奢な体格の女性が着るようなサイズだ。背の高いヴェロニカには合わないのではないか。さらに、ある一点に考えが及ぶ。

(それに……胸のサイズが……。)

脳裏に浮かぶのは、ヴェロニカの豊満な胸。
初めて会った時も、お茶会の時も――、胸元の谷間が見えて、それはそれは立派なものだった。まさに男性の理想を体現したような、完璧なプロポーション。

(このドレスじゃ、きつくて入らない……。)

ちらりと、自分の平らな胸元に視線を落とす。
そこには、谷間のかけらもない、ぺたんこの胸が。

(……う、羨ましい……。)

ズーン、と落ち込む。リリアーヌが小さく肩を落とした、その瞬間。

「……君のだ。」

アルフレートの声が、はっきりと響いた。

「……え?」

「何度も言わせるな。君のために、ドレスを選んでいるんだ。」

「……………………え?」

リリアーヌの思考が、完全に停止する。

「わ、私の……ドレス……?」

「そうだ。」

「で、でも……!私には、すでにドレスが……!」

慌てて首を横に振るリリアーヌに、アルフレートは小さく溜息をついた。

「これから、行く場所は、ドレスコードが必要なんだ。そこで食事をする。君が今着ているドレスは……まあ、悪くはないが、場に相応しいとは言えない。」

「ええ……!?」

リリアーヌの声が、見事に裏返った。

「……とりあえず、着てみろ。」

アルフレートは、先ほどよりもやや低い声で言った。

「えっ!? で、でも……、」

「サイズ確認だ。まさか――」

一拍置いて、ちらりと彼女を見る。

「俺が着るわけじゃないだろう?」

「う……!」

リリアーヌは言葉に詰まる。さっき、自分は彼に女装趣味があるのだという、とんでもない勘違いをしていたことを思い出し、猛烈に恥ずかしくなった。

アルフレートは店員へ視線を向けた。

「試着を頼む。」

「かしこまりました。」

店員は恭しく頭を下げ、ドレスを受け取る。

「こちらへどうぞ、お嬢様。」

(お、お嬢様……!?)

お嬢様なんて初めて呼ばれた。
リリアーヌは慌てて首を横に振った。

「い、いえ、あの……!」

「ご安心くださいませ。私どもがしっかりとサポートさせていただきます。」

店員は柔らかな声で言いながら、逃げ道を塞ぐように一歩前へ出る。
リリアーヌは背中を優しく――しかし確実に押されて試着室へ誘導される。

(で、殿下……!)

リリアーヌは思わず助けを求めるように振り返るが、

「ほら、行ってこい。」

そう言われ、抗議の声は、試着室のカーテンの向こうへ消えていく。
アルフレートはそれを見送り、小さく息を吐いた。

(……さっきの件はこれで帳消しだ。)

アルフレートは内心でそう思いながら、平然と腕を組んだ。

(……少しは、俺の気持ちも分かっただろう。)

女装扱いされた身としては、これくらいの意趣返しは許されるだろう。
そんな思いで、彼はソファーに腰を下ろした。
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