期限付きの側室なのに皇太子殿下が離してくれません!

林檎

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第一章 契約の側室編

身代わり

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「カリーナが皇太子殿下の側室に!?」

居間から男爵夫人の金切り声が聞こえた。

皇太子殿下。
憧れの人の名が聞こえて、リリアーヌは廊下を掃除していた手を止めた。

側室…?皇太子殿下が…?
皇太子と皇太子妃が結婚して、もう五年になる。
しかし、二人の間には子供がいない。そういえば、男爵夫人と異母妹のカリーナがよく王宮の噂話をしていたが、最近、皇太子殿下は側室を娶るよう大臣達から急かされているらしい。

「しかも、男の子を産んだら離縁されるだなんて!まるで子供を産むためだけの道具ではありませんか!」

「わたし、嫌よ!側室なんて絶対に嫌!」

「し、しかしだな。カリーナ…。」

「みんな、言ってるわ!皇太子の側室なんて、貧乏くじだって!殿下がヴェロニカ様を溺愛しているのは、有名な話じゃない!側室になっても、殿下の寵愛なんて望めないし、王宮ではどんな扱いを受けるか…!」

「そうですわ!先日も伯爵令嬢が皇太子殿下に言い寄って、糾弾されたのは有名な話ではありませんか!あれもヴェロニカ様が殿下に泣きついたのが原因です。もし、カリーナが側室に嫁いだら、どんな目に遭わされるか…!きっと、伯爵令嬢と同じような手口で無理矢理王宮での立場を奪われて、王宮中の人間に嫌われ、冷たく扱われるだけです!こんなのカリーナがあまりにも可哀そう!こんなふざけた話は今すぐ断ってください!」

「ば、バカを言うな!断れる訳ないだろう!皇太子妃様からの命令だぞ!断りでもしたら、我が家は終わりだ!」

カリーナが皇太子殿下の側室に選ばれた?
リリアーヌは窓を拭く作業を再開しながら疑問に思った。
確か側室には、家柄も血筋も魔力も申し分ない名門貴族の侯爵令嬢が筆頭候補として挙げられていたはず。

皇太子殿下の側室になるには、名門の血筋と教養が求められるはず。
なぜ新興貴族の男爵家が選ばれたのか?
武勲も功績もなく、三代前まで平民だった家柄。
側室にはその侯爵令嬢がほぼ確定だと言われていたのに…。一体、なぜ?

「お父様はわたしよりも家のほうが大事だというの!?」

「そ、そんなことはないぞ。ただ、儂はお前の為を思って…、」

「じゃあ、その話は断って!」

「い、いや…。それは…、」

「ひどいわ!お父様!やっぱり、わたしのことなんて、どうだっていいのね!」

ワッ!とカリーナの泣き声が聞こえる。

「ああ。カリーナ!可哀そうに…!あなた、何とかならないのですか?」

「む、無茶を言うな!では、何だ!お前はこの家が没落してもいいと言うのか!?」

居間ではカリーナの泣き声と男爵夫妻の言い争う声が響いている。
居間の掃除は後回しにした方がよさそう…。リリアーヌはキュッキュッとモップで廊下を磨きながらそう思った。

「とにかく!わたしは絶対に嫌ですから!」

バンッ!と扉が開く。居間からカリーナが飛び出してきた。カリーナは掃除をしているリリアーヌを見て、意地悪そうに目を細めた。

「あら、どこの汚いドブネズミかと思ったら…、お姉様じゃないの。」

リリアーヌはビクッと震えた。
カリーナはこのグラント男爵家の娘で、リリアーヌの異母妹だ。といっても、カリーナは正妻の娘でリリアーヌは私生児。リリアーヌの母は売春婦だったが、リリアーヌは母の顔を知らない。リリアーヌを産むと同時に亡くなったと聞いている。
リリアーヌは生まれた時からずっと、この男爵家では疎まれて育った。男爵家の正式な子供として認められず、使用人のように扱われてきた。
リリアーヌは目を伏せた。どうか、カリーナが暴力を振るってきませんように…

カリーナは「そうだわ!」と名案を思いついたようにパアッと表情を明るくした。

「そうよ…。男爵家の人間でいいのなら…、わたしじゃなくてもいいじゃない!」

「…?」

カリーナの言葉の意味がよく分からず、リリアーヌは戸惑った目でカリーナを見上げた。
すると、カリーナがいきなり、リリアーヌの二の腕をガシッと掴んだ。リリアーヌはモップを持ったまま、カリーナに引っ張られる。妹とはいえ、リリアーヌはカリーナよりも小さく、ガリガリで痩せた体つきをしているのでカリーナよりも力が弱い。そもそも、リリアーヌはカリーナの命令には逆らえない。リリアーヌはカリーナにされるがままだ。

「お父様!」

バン!と扉を開けて、カリーナは居間に入ってきた。

「カリーナ。戻ってきたか。…ん?なぜ、それがここにいる」

男爵は実の娘であるリリアーヌを見て顔を顰めた。男爵夫人も蔑んだ目でリリアーヌを見下ろす。

「お父様!わたしにいい考えがあります!殿下の側室にはリリアーヌを差し出せばいいんですわ!」

「何…?」

「だって、側室は何もわたしでなくてもいいのでしょう?グラント男爵家の娘でいいのなら…、リリアーヌでもいいじゃないですか!」

カリーナはそう言って、リリアーヌを指さした。突然の名指しにリリアーヌは一瞬、何を言われたのか理解できなかった。

「え…?」

「まあ!それはいい考えだわ!カリーナ!なんて賢いの!」

男爵夫人はカリーナの意見に賛同し、娘を褒め称えた。

「そうよ。側室にはリリアーヌがなればいいのよ!そうすれば、カリーナが側室にならなくてすむわ!」

「え、いえ…。あの、私は使用人で…、」

リリアーヌは使用人として扱われてきたので、貴族令嬢としての教育は受けていない。そんな自分が殿下の側室になんて無理に決まっている。そう言おうとしたがーー

「お黙り!」

バシッ!と頬を叩かれ、リリアーヌは叩かれた衝撃で床に倒れ込んだ。
ジンジン、と痛みと熱を持った頬に手を当てる。

「卑しい私生児の分際で、私に口答えする気!?」

「も、申し訳ありません…!奥様…。」

リリアーヌは慌てて、床に跪き、許しを請うた。ガタガタと身体が震える。
そんなリリアーヌを見て、フン!と鼻を鳴らすと男爵夫人は言い放った。

「分かればいいのよ。お前のような出来損ないがカリーナの代わりになれるのよ。光栄に思いなさい。」

「し、しかしだな…。こ、こんなのを差し出して、殿下のご不興でも買ってしまえば…、」

男爵はリリアーヌを見ながら渋ったようにそう言った。

「そんなこと、今から最低限の礼儀作法を叩き込めばいい話ですわ。見た目はどうしようもないですけど…。側室に求められるのは子を産むことですもの。それに、この見た目なら妃殿下も安心するのではありませんこと?万が一にも殿下の寵愛を奪われる心配はありませんからね!」

「ふむ…。確かにな…。よし、では、早速妃殿下に返事をしなければ…、カノン。すぐにリリアーヌに礼儀作法を叩き込んでおけ。」

「お任せください。旦那様。」

「我が家から側室を差し出せば、謝礼金を支払うことを妃殿下が約束してくれているからな。この件が片付いたら、カリーナ。新しいドレスを買ってやろう。」

「本当!?お父様!嬉しい!」

キャッキャッとはしゃぐカリーナの笑い声と上機嫌になった男爵と男爵夫人の声をよそに、リリアーヌは胸が高鳴った。
私が…、皇太子殿下の側室に?あの方に…、もう一度会える?

もう二度と会うことはないと思っていた。住む世界が違う人なのだと…、ずっと諦めていた。
でも、また殿下に会うことができるなんて…。
不安と期待が入り混じり、リリアーヌの胸は激しく高鳴っていた。


キャッキャとはしゃぐカリーナの笑い声、上機嫌に何事かを語り合う男爵と夫人の声が、耳の奥で遠くに霞んでいく。
リリアーヌは自分の鼓動の方がはっきりと聞こえる気がした。

――私が……皇太子殿下の側室に?
あの方に……もう一度会えるの?

二度と会うことはないと、とうに諦めていた。
住む世界が違うのだと、自分に言い聞かせてきた。
それなのに――また殿下に会えるなんて。

不安と期待が、胸の奥で渦を巻く。
息苦しいほどの高鳴りが、収まる気配はなかった。
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