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第一章 出会い編
突然の命令
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「ティナ。私の可愛い娘。」
母はリスティーナの頭を撫でながら、優しく微笑んだ。
「ティナ。どんな時でも優しさを忘れないで。どんなに辛かったり、苦しくても、相手を思いやる心を持ちなさい。」
「はい。お母様。」
母との大切な約束…。リスティーナは今でもその約束は忘れていない。
「お母様。お元気ですか?」
リスティーナは母の墓に花を手向けにやって来た。墓に眠る母に話しかけ、花を供えた。
「それじゃあ、お母様。また、来ますね。」
リスティーナはそう言って、立ち上がり、離宮に戻った。
リスティーナの住む離宮は王宮から離れ、手入れも管理も十分にされていない朽ち果てた離宮だ。
母は王の側室であったが平民で身分が低い女性だった。
その為、王妃を筆頭に他の側室達から苛烈な虐めを受け、そのせいで精神をすり減らし、身体を壊して亡くなった。
元々、平民だった母親は後ろ盾も何もない。その母も死に自分を守ってくれる存在は侍女と乳母だけになった。父である国王は、平民の血を引くリスティーナの事はどうでもいいのか無関心でいないものとして扱っている。
リスティーナは物心ついた頃からずっとこの離宮で母と信頼のできる乳母と数人の侍女と一緒に慎ましく暮らしている。それは、母の死後も変わらなかった。
「姫様。今、王宮より使いの者がこられまして…、陛下が姫様にお話があるとのことです。」
「え…、陛下が私に?」
あの父が今更、私を呼びつけるなんて…。母が死んでから、ほとんど親子の会話らしい会話もしたことがなく、私には無関心だった父なのに…。疑問に思いながらも支度を整えて王宮に向かった。
「…来たか。」
通された部屋には父が頬杖をついて、玉座に腰掛けていた。その視線は冷たく、とても娘を見る目ではない。父は欠片もリスティーナに愛情を抱いていないのだとよく分かる。
「顔を上げろ。」
父王の言葉にゆっくりと伏せていた顔を上げた。
「…ふん。まあこれなら文句はなかろう。」
王はリスティーナを値踏みするような視線で見下ろし、言った。
「リスティーナ。そなたもそろそろ十七だ。王女であるお前は国の為、王家の為にその身を捧げる義務がある。そうだな?」
「…はい。」
リスティーナは堪えきれそうになる思いを何とか抑えつけ、震える声で頷いた。
「理解しているならいい。リスティーナよ。お前にはローゼンハイム神聖皇国の第二王子に嫁ぐことを命じる。」
リスティーナは思わず目を見開いた。今…、何て?
「元々は、第三王女であるレノア姫にという話なのでしたが…、陛下は第四王女であるリスティーナ様を嫁がせることにしたのです。」
大臣の説明にリスティーナは王妃の隣に座る煌びやかな格好をした王女を見つめた。
レノアはクスッと嘲るような笑みを浮かべた。
ローゼンハイム神聖皇国。それは、この大陸で一、二を争う位に力のある大国の名だ。
元々、歴史が古く領土を広く持ち、特産物も豊富で軍事力もある国ではあったがここ数十年で急速に力をつけてきた。
今の皇帝であるハロルド三世は野心家で好戦的な皇帝であるため、戦争に明け暮れては次々と国を陥落し、支配下に置いてきた。その為、領土を拡大し、権力と富を今以上に発展させてきたのだ。
それに比べて、このメイネシア国は一国の国とはいえ、小国で特産物もこれといって特徴のない国だ。
権力も財産もなく、外交でも貿易でも利がない国。そんな小国がローゼンハイム神聖皇国の要求を拒否できるわけがない。逆らえば、この小国などすぐにでも攻め滅ぼされることだろう。
第一王女と第二王女は既に嫁いでいるので未婚の王女はレノアとリスティーナだけだ。
レノアは正妃の子。父王が溺愛してやまない王女だ。
だが、リスティーナは王女とはいっても、母親は平民。大国は正妃の子であるレノアを要望している。
高貴な血筋を持つレノアを名指しするのは当然だろう。しかし、父王はレイアを嫁にはださないと言う。
「可愛いレノアを大国とはいえ、神聖皇国にやるわけにはいかんだろう。」
王の身勝手な物言いにリスティーナは何も言わない。これは王の決定でリスティーナが拒否をしたところで無駄な事を分かっていたからだ。
「しかし、陛下。神聖皇国はレノア姫をご所望なのです。リスティーナ様は側室の子とはいえ、平民の血を引いているのですぞ。万が一にでも、ハロルド三世の怒りを買ってしまえば…、」
大臣が父王に考え直すように進言している。相手は正妃の子であるレノアを指名したのに血筋の劣る庶民の王女を嫁がせれば皇帝の怒りを買い、戦争の火種になりかねない。そうなれば、この国は終わりだ。大臣はそれを危惧していた。だが、それに対して、父王は…、
「くどいぞ!レノアは絶対に神聖皇国にはやらん。
相手はあの呪われた王子と有名な出来損ないの王子だぞ!
次期皇帝ならまだしも、あの王子が皇帝になる望みは薄いし、そんな王子に嫁がせられるレノアが可哀想ではないか。」
父王はレノアを溺愛している。とはいえ、それは一国の王として正しい判断とはいえない。
国の為を思うのなら私情を殺して、レノアを嫁がせるのが最善の道だ。
相手は、強大な軍事力を持つ神聖皇国。神聖皇国にとっても価値があるのは正妃の娘であるレノアだ。なのに、正妃の子でない平民の血が流れているリスティーナを嫁がせるというのだ。
これが国にとって危険な判断であることを果たして父は分かっているのだろうか。
この判断に皇帝の不興を買ってしまうかもしれないというのに。
「しかも、その王子には既に三人の妻がいる。正妃ならまだしも、レノアは側室だということではないか!レノアはこの国の王女で王女の中では一番高貴な血筋の姫なのだぞ。
正妃でもなく、ただの側室としてあんな醜い化け物に嫁がされるなど…、そのような穢れた男に可愛いレノアを嫁がせられん。」
結局、父はレノア可愛さに身代わりとして、リスティーナを嫁がせることにした。リスティーナがどうなろうと父王にとってはどうでもいいことなのだろう。
「嬉しい。お父様。私、化け物に嫁がなくてすむのね。」
「おお。勿論だとも。可愛いレノアよ。」
「ああ。良かった。あんな醜い男の妻になるだなんて、おぞましくて、ゾッとするわ。」
「王女なら他にもいるのだ。ならば、リスティーナでもいいだろう。」
自分はレノアの身代わりにされたのだ。レノアが相手が気に入らないから嫁ぎたくないが為に。
リスティーナはこみ上げる感情を抑えつけるようにグッと唇を引き結び、頭を下げた。
「…承知いたしました。メイネシア国の王女として恥じないように努めます。」
「ああ。くれぐれも余の顔に泥を塗ることがないようにな。」
「…はい。」
思いやりの欠片もない冷淡な声にリスティーナは目を伏せながらも頷いた。
まるで人形だ。意思を持たないお人形。けれど、私はこんな生き方しかできない。
冷遇され、虐げられるだけの人生。命令に逆らう事もできず、流されるままに生きる。そうすることでしか生きる術を持たない哀れな生き物。それが自分だ。
そして、それは、きっとこの先も同じなのだろう。
私にできることは心を無にして全てを受け入れる。ただそれだけだ。
もしかしたら、私はこの故郷に二度と戻ってこれないかもしれない。
リスティーナは窓の外の景色を見上げた。いいえ。最悪…、私は殺されてしまうかもしれない。
正妃の子でない血筋の劣る私を嫁がせたと皇帝が知れば、神聖皇国を侮辱したとしてそのまま…、リスティーナはギュッと胸の前で手を握り締めた。
この時、リスティーナは死を覚悟していた。
でも、仕方ない。それが私の運命なのだから。無力な私は運命に逆らうことはできない。
リスティーナはとっくに自分の人生を諦めていた。どうせ、私には生きる目的も希望も何もない。
最愛の母だって、もういない。生きることに未練などなかった。むしろ、死者の国で先に逝っていた母に会えるならそれも悪くないかもしれない。なら、この景色もしっかりと目に焼き付けておこう。きっと、もう見ることは叶わないのだから。
母はリスティーナの頭を撫でながら、優しく微笑んだ。
「ティナ。どんな時でも優しさを忘れないで。どんなに辛かったり、苦しくても、相手を思いやる心を持ちなさい。」
「はい。お母様。」
母との大切な約束…。リスティーナは今でもその約束は忘れていない。
「お母様。お元気ですか?」
リスティーナは母の墓に花を手向けにやって来た。墓に眠る母に話しかけ、花を供えた。
「それじゃあ、お母様。また、来ますね。」
リスティーナはそう言って、立ち上がり、離宮に戻った。
リスティーナの住む離宮は王宮から離れ、手入れも管理も十分にされていない朽ち果てた離宮だ。
母は王の側室であったが平民で身分が低い女性だった。
その為、王妃を筆頭に他の側室達から苛烈な虐めを受け、そのせいで精神をすり減らし、身体を壊して亡くなった。
元々、平民だった母親は後ろ盾も何もない。その母も死に自分を守ってくれる存在は侍女と乳母だけになった。父である国王は、平民の血を引くリスティーナの事はどうでもいいのか無関心でいないものとして扱っている。
リスティーナは物心ついた頃からずっとこの離宮で母と信頼のできる乳母と数人の侍女と一緒に慎ましく暮らしている。それは、母の死後も変わらなかった。
「姫様。今、王宮より使いの者がこられまして…、陛下が姫様にお話があるとのことです。」
「え…、陛下が私に?」
あの父が今更、私を呼びつけるなんて…。母が死んでから、ほとんど親子の会話らしい会話もしたことがなく、私には無関心だった父なのに…。疑問に思いながらも支度を整えて王宮に向かった。
「…来たか。」
通された部屋には父が頬杖をついて、玉座に腰掛けていた。その視線は冷たく、とても娘を見る目ではない。父は欠片もリスティーナに愛情を抱いていないのだとよく分かる。
「顔を上げろ。」
父王の言葉にゆっくりと伏せていた顔を上げた。
「…ふん。まあこれなら文句はなかろう。」
王はリスティーナを値踏みするような視線で見下ろし、言った。
「リスティーナ。そなたもそろそろ十七だ。王女であるお前は国の為、王家の為にその身を捧げる義務がある。そうだな?」
「…はい。」
リスティーナは堪えきれそうになる思いを何とか抑えつけ、震える声で頷いた。
「理解しているならいい。リスティーナよ。お前にはローゼンハイム神聖皇国の第二王子に嫁ぐことを命じる。」
リスティーナは思わず目を見開いた。今…、何て?
「元々は、第三王女であるレノア姫にという話なのでしたが…、陛下は第四王女であるリスティーナ様を嫁がせることにしたのです。」
大臣の説明にリスティーナは王妃の隣に座る煌びやかな格好をした王女を見つめた。
レノアはクスッと嘲るような笑みを浮かべた。
ローゼンハイム神聖皇国。それは、この大陸で一、二を争う位に力のある大国の名だ。
元々、歴史が古く領土を広く持ち、特産物も豊富で軍事力もある国ではあったがここ数十年で急速に力をつけてきた。
今の皇帝であるハロルド三世は野心家で好戦的な皇帝であるため、戦争に明け暮れては次々と国を陥落し、支配下に置いてきた。その為、領土を拡大し、権力と富を今以上に発展させてきたのだ。
それに比べて、このメイネシア国は一国の国とはいえ、小国で特産物もこれといって特徴のない国だ。
権力も財産もなく、外交でも貿易でも利がない国。そんな小国がローゼンハイム神聖皇国の要求を拒否できるわけがない。逆らえば、この小国などすぐにでも攻め滅ぼされることだろう。
第一王女と第二王女は既に嫁いでいるので未婚の王女はレノアとリスティーナだけだ。
レノアは正妃の子。父王が溺愛してやまない王女だ。
だが、リスティーナは王女とはいっても、母親は平民。大国は正妃の子であるレノアを要望している。
高貴な血筋を持つレノアを名指しするのは当然だろう。しかし、父王はレイアを嫁にはださないと言う。
「可愛いレノアを大国とはいえ、神聖皇国にやるわけにはいかんだろう。」
王の身勝手な物言いにリスティーナは何も言わない。これは王の決定でリスティーナが拒否をしたところで無駄な事を分かっていたからだ。
「しかし、陛下。神聖皇国はレノア姫をご所望なのです。リスティーナ様は側室の子とはいえ、平民の血を引いているのですぞ。万が一にでも、ハロルド三世の怒りを買ってしまえば…、」
大臣が父王に考え直すように進言している。相手は正妃の子であるレノアを指名したのに血筋の劣る庶民の王女を嫁がせれば皇帝の怒りを買い、戦争の火種になりかねない。そうなれば、この国は終わりだ。大臣はそれを危惧していた。だが、それに対して、父王は…、
「くどいぞ!レノアは絶対に神聖皇国にはやらん。
相手はあの呪われた王子と有名な出来損ないの王子だぞ!
次期皇帝ならまだしも、あの王子が皇帝になる望みは薄いし、そんな王子に嫁がせられるレノアが可哀想ではないか。」
父王はレノアを溺愛している。とはいえ、それは一国の王として正しい判断とはいえない。
国の為を思うのなら私情を殺して、レノアを嫁がせるのが最善の道だ。
相手は、強大な軍事力を持つ神聖皇国。神聖皇国にとっても価値があるのは正妃の娘であるレノアだ。なのに、正妃の子でない平民の血が流れているリスティーナを嫁がせるというのだ。
これが国にとって危険な判断であることを果たして父は分かっているのだろうか。
この判断に皇帝の不興を買ってしまうかもしれないというのに。
「しかも、その王子には既に三人の妻がいる。正妃ならまだしも、レノアは側室だということではないか!レノアはこの国の王女で王女の中では一番高貴な血筋の姫なのだぞ。
正妃でもなく、ただの側室としてあんな醜い化け物に嫁がされるなど…、そのような穢れた男に可愛いレノアを嫁がせられん。」
結局、父はレノア可愛さに身代わりとして、リスティーナを嫁がせることにした。リスティーナがどうなろうと父王にとってはどうでもいいことなのだろう。
「嬉しい。お父様。私、化け物に嫁がなくてすむのね。」
「おお。勿論だとも。可愛いレノアよ。」
「ああ。良かった。あんな醜い男の妻になるだなんて、おぞましくて、ゾッとするわ。」
「王女なら他にもいるのだ。ならば、リスティーナでもいいだろう。」
自分はレノアの身代わりにされたのだ。レノアが相手が気に入らないから嫁ぎたくないが為に。
リスティーナはこみ上げる感情を抑えつけるようにグッと唇を引き結び、頭を下げた。
「…承知いたしました。メイネシア国の王女として恥じないように努めます。」
「ああ。くれぐれも余の顔に泥を塗ることがないようにな。」
「…はい。」
思いやりの欠片もない冷淡な声にリスティーナは目を伏せながらも頷いた。
まるで人形だ。意思を持たないお人形。けれど、私はこんな生き方しかできない。
冷遇され、虐げられるだけの人生。命令に逆らう事もできず、流されるままに生きる。そうすることでしか生きる術を持たない哀れな生き物。それが自分だ。
そして、それは、きっとこの先も同じなのだろう。
私にできることは心を無にして全てを受け入れる。ただそれだけだ。
もしかしたら、私はこの故郷に二度と戻ってこれないかもしれない。
リスティーナは窓の外の景色を見上げた。いいえ。最悪…、私は殺されてしまうかもしれない。
正妃の子でない血筋の劣る私を嫁がせたと皇帝が知れば、神聖皇国を侮辱したとしてそのまま…、リスティーナはギュッと胸の前で手を握り締めた。
この時、リスティーナは死を覚悟していた。
でも、仕方ない。それが私の運命なのだから。無力な私は運命に逆らうことはできない。
リスティーナはとっくに自分の人生を諦めていた。どうせ、私には生きる目的も希望も何もない。
最愛の母だって、もういない。生きることに未練などなかった。むしろ、死者の国で先に逝っていた母に会えるならそれも悪くないかもしれない。なら、この景色もしっかりと目に焼き付けておこう。きっと、もう見ることは叶わないのだから。
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