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第一章 出会い編
ルーファスと王妃
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あの夜会から数日経ったがルーファスの身体は特に異変はなく、比較的順調に過ごせていた。
寝込むこともなく、立って歩ける程度には体調がいい。
ルーファスは珍しく、部屋から出て、王族専用の図書室で本を読んでいた。
ここなら、誰も来ないから、周囲の人間の煩わしい視線も感じないし、陰口も聞かずにすむ。
王族のみしか立ち入れない部屋だが、父は政務で忙しいし、ダグラスは勉学よりも肉体派だから、読書を好まない。イグアスは今は風邪で寝込んでいるし、アンリはそもそも研究室に籠りっぱなしでほとんど部屋から出てこない。ここは実質、ルーファスだけの貸し切り部屋に等しい。そう思っていたのだが…、
「ルーファス!」
金切り声と共にノックもなく、扉が乱暴に開く音がした。カツカツとヒールの靴音と複数の足音が聞こえる。
「お、王妃様!お待ちください!」
「いけません!ルーファス殿下のお邪魔をしては…!」
やはり、きたか…。こちらに近付く足音と甲高い声にルーファスは溜息を吐いた。
視線を上げれば、丁度、そこには煌びやかなドレスを着た金髪の美女と侍女達が立っていた。
「ルーファス!」
美女はルーファスの姿を見かけた途端、眦を吊り上げた。
折角の美貌であるにも関わらず、その顔は憤怒で赤く染まっていた。
あんなヒステリックな性格でよくも王妃など務まるな。
ルーファスは心の中でそう呟きながら、冷ややかな目で金髪の美女…、実の母親であるヨランダ王妃を見つめた。
「そなた、よくもイグアスをあのような目に…!わらわの大事な息子に何てことを…!」
「何の事でしょうか?」
とぼけるルーファスにヨランダはギロッと睨みつけた。なまじ顔が整っているだけに迫力がある。
しかし、長年、母にそういった目を向けられた続けたルーファスからすれば、恐ろしくも何ともない。
「しらばっくれるでない!そなたがイグアスを池に突き落としたのじゃそうだな!?
可哀想にイグアスはあれから熱を出して寝込んでいるのじゃぞ!今日という今日はもう許せぬ!
今までは大目に見てあげたが今日こそはそなたを…!」
「できるんですか?あなたが俺に罰を与えるなんて。」
ルーファスは頬杖をついて、ヨランダを見据えた。それだけで、王妃はギクッと顔を強張らせた。
ルーファスは嘲笑うように口角を上げた。
「てっきり、母上が俺に何もしないのは俺を怖がっているだけかと思っていましたが…。
勘違いだったようですね。まさか、いつも俺を邪険にする母上がそのような寛大な心をお持ちだったとは思いもよりませんでした。」
「わらわを母上と呼ぶでない!わらわの子はイグアスだけじゃ!」
ヨランダは忌々しそうにルーファスを睨みつけた。
「二度とその汚れた口でわらわを母上と呼ぶな!けがらわしい!」
「お、王妃様!」
王妃専属の侍女達はオロオロして、今にも卒倒しそうな位に顔を青褪めている。
王妃はルーファスを見て、汚い物を見るかのような蔑んだ視線を向け、扇で口元を覆った。
「ああ!醜い…!顔だけでなく、心も醜い奴じゃ!実の弟にあのような非道な真似をするなどそなたには心がないのか!美しくて、優秀な弟を妬むなど本当にどうしようもない奴じゃ!」
ルーファスはヨランダ王妃の言葉に答えず、手にしていた本に視線を落とした。
そのままぱらり、とページを捲る。
「そなた、聞いておるのか!相変わらず、可愛げのない態度を取りおって…!謝る素振りでも見せればまだ可愛げがあったものを…!」
「何故、俺が謝らなければならないのです?そもそも、俺はイグアスに手を出した覚えはありませんが?池に落ちたのは彼の自業自得ですよ。先に手を出した挙句、勝手に自分で池に落ちたんですから。」
「イグアスは何も悪くない!悪いのは全部、そなたじゃ!」
ルーファスは母の言葉に溜息を吐いた。相変わらず、話が通じない。
「そもそも、イグアスはそなたの側室と少し戯れただけであろう?嫉妬など見苦しい。」
ルーファスはピクッと微かに指先が震えた。
「本来なら、わらわの手でそなたを罰してやりたいところじゃが、イグアスが止めるのじゃ。
ほんに優しい子じゃ。そういう事じゃから、わらわの可愛い息子に免じて、今回の件は見逃してやろう。感謝するがよい。」
また、いつものイグアス自慢が始まった。ルーファスは聞く気はないが、好きなだけ言わせておけばいいと考えた。母は気が済むまで自分の言いたいことを言ったら、それで満足するからだ。
上から目線の態度を取る母ではあるが結局は呪いの反動が怖くて、ルーファスに手を出せない。
それを分かっているから、ルーファスもあえて波風を立てることはしなかった。
そう思っていたのだ。次の言葉を聞くまでは。
「今なら、そなたが誠心誠意に謝り、詫びの印に例の側室を夜伽の相手として差し出すなら、許してやってもいいと言っておるのじゃ。
ルーファスよ。そういう事だから、今すぐイグアスに謝り、その側室とやらを…、」
「……今、何て言った?」
ルーファスはヨランダを睨みつけ、椅子から立ち上がった。
「もう一度、言ってみろ。」
低い声で問い返すルーファスにヨランダは苛ただし気に睨みつけた。
「何じゃ。その目は?まさか、嫌などと言う訳ではあるまいな?たかが側室を一晩貸すだけではないか。」
ザワッ、と何かが蠢いたような空気に変わった。
一瞬で室内が薄暗くなり、カタカタと本棚や机が揺れ始めた。まるで地震でも起こる前触れのような…。
侍女達はその異変にすぐに気づき、悲鳴を上げた。
彼女達は知っているのだ。感情を抑えきれなくなったルーファスがどんな状態になるのかを…。
いつもは溢れ出そうになる力を理性で抑えているルーファスだが感情が抑えられなくなると力が暴走する。それこそ、自身ではコントロールができない位に…。
「ヒッ…!?る、ルーファス!ま、まさか…、そなた…、また暴走を…!?」
ヨランダが顔を引き攣らせるがもう遅い。既にルーファスは抑えきれない怒りを感じていた。
ざわり、とルーファスを中心に風が流れた。先程よりも揺れが強くなった。
彼女はあの時、演技ではなく、本気で嫌がっていた。
嫌!止めて!と叫び、泣いていた。怖かったかと訊ねれば、はい。と短く答えただけだったがその震える声だけで彼女がどれだけ怖がっていたかが伝わった。
それなのに…、彼女を差し出せ?
「た、たかが側室ではないか!それなのに、何をそんなに怒っ…!」
「ふざけるな…。」
低い声で吐き捨てるルーファスにヨランダは顔を青褪め、後退った。
「そう言われて、俺が素直に差し出すとでも?…随分と舐められたものだな。どうやら、池に落ちただけでは物足りなかったと見える。」
「ま、待つのじゃ!ルーファス!そ、それ以上、わらわに何かしようとすれば…!」
必死に虚勢を張るヨランダの声は最早、ルーファスの耳には届かない。
凍り付くような冷たい眼差しでヨランダを睨みつける。
「母上もイグアスも…、その側室が誰の妻なのかお忘れか?」
その瞬間、パリン!と音がして、窓が割れた音と同時に強風が巻き起こり、振動に耐えられなくなった本棚が大きな物音を立てて、落下した。
「きゃあああ!?お、王妃様!は、早くこちらへ!」
侍女達が悲鳴を上げ、ヨランダの腕を引いた。
「彼女は俺の側室だ。…決して、それを忘れるな。」
低く呟かれた言葉にヨランダはビクッと肩が跳ね上がった。
「クッ…!」
ヨランダはルーファスを睨みつけるがそのままバッと背を向けて慌ただしく部屋から出て行った。
ドサッとルーファスは倒れ込むようにして、椅子に深く身を沈めた。
ルーファスはぼんやりと割れた窓を見つめた。
あそこまでするつもりではなかった。それなのに…、
「何をしているんだ。俺は…、」
思わず溜息が出てしまう。
こんなに強い怒りを抱いたのはいつ振りだろうか。
ルーファスはあの時、怒りの感情に支配されそうになった。
今までも理不尽な要求や言いがかりをつけられることは何度もあった。
だが、ルーファスはどれだけ罵倒されても何を言われても動揺することはなかったし、面倒だから反論もせずに黙っているだけだった。
勝手に言わせておけばいい。煩わしいなら、相手にしなければいいし、無視をすればいいだけのこと。
それなのに…、何故だろうか。いつもなら聞き流せる母の言葉を聞き流すことができず、過剰に反応してしまった。それは、何故か。その答えはルーファス自身も何となく、分かっていた。
母に謝罪を要求されたからではない。リスティーナを差し出せと言われたからだ。
普通、兄の妻を一晩だけ貸せ、などという無茶苦茶な要求が通る訳がない。
だが、イグアスが望めば、それが許される。何故なら、イグアスは王族だから。
次期皇帝として名が挙がっているイグアスが望めばそんな要求も通ってしまう。
それが権力というものだった。
これがもし、ダニエラや他の側室だったとしても、ルーファスは別に怒りを抱くこともなかった。
けれど…、あの時、イグアスがリスティーナを所望していると言われた瞬間、許さないと思った。
あの時は権力だとか、面倒事だとか全てがどうでもよくなった。
思い出すのはあの日の夜の出来事…。イグアスに襲われたことで彼女は震えていた。泣いていた。
また、傷つけるつもりか。
まるで彼女を物か道具の様に扱い、娼婦のような真似をさせようとするやり方も…、全てが許せなかった。
何より…、イグアスが彼女に触れると考えただけで吐き気がした。
彼女は、俺の物だと一瞬だけそんな風に考えた自分がいた。
何を勘違いしている。彼女は俺の物ではないというのに…。
そう思っていると、ズキッ、と心臓に痛みが走った。
「うっ…!」
ルーファスは苦痛の声を上げて、胸を抑えた。力を使ったせいで身体に負担がかかったのだろう。
必死に歯を食い縛りながら、ルーファスは心臓の痛みに耐えた。
暫くすると、痛みは治まった。少し落ち着いた所でルーファスは段々と冷静さを取り戻してきた。
そして、気が付いた。あの時、自分がした行動は失敗であったと。
ルーファスが過剰に反応し、牽制したことでイグアスは気付く筈だ。
ルーファスにとって、リスティーナが他の女とは違う存在であるということに。
そうなれば、あいつは確実にリスティーナを狙ってくる。
元々、リスティーナを無理矢理犯そうとした位だ。手に入れられなければ余計に欲しがることだろう。
そうなれば、リスティーナは逃げられない。立場上、拒否ができないからだ。
このままだと…、彼女は…、
ルーファスはギュッと拳を握り締めた。
寝込むこともなく、立って歩ける程度には体調がいい。
ルーファスは珍しく、部屋から出て、王族専用の図書室で本を読んでいた。
ここなら、誰も来ないから、周囲の人間の煩わしい視線も感じないし、陰口も聞かずにすむ。
王族のみしか立ち入れない部屋だが、父は政務で忙しいし、ダグラスは勉学よりも肉体派だから、読書を好まない。イグアスは今は風邪で寝込んでいるし、アンリはそもそも研究室に籠りっぱなしでほとんど部屋から出てこない。ここは実質、ルーファスだけの貸し切り部屋に等しい。そう思っていたのだが…、
「ルーファス!」
金切り声と共にノックもなく、扉が乱暴に開く音がした。カツカツとヒールの靴音と複数の足音が聞こえる。
「お、王妃様!お待ちください!」
「いけません!ルーファス殿下のお邪魔をしては…!」
やはり、きたか…。こちらに近付く足音と甲高い声にルーファスは溜息を吐いた。
視線を上げれば、丁度、そこには煌びやかなドレスを着た金髪の美女と侍女達が立っていた。
「ルーファス!」
美女はルーファスの姿を見かけた途端、眦を吊り上げた。
折角の美貌であるにも関わらず、その顔は憤怒で赤く染まっていた。
あんなヒステリックな性格でよくも王妃など務まるな。
ルーファスは心の中でそう呟きながら、冷ややかな目で金髪の美女…、実の母親であるヨランダ王妃を見つめた。
「そなた、よくもイグアスをあのような目に…!わらわの大事な息子に何てことを…!」
「何の事でしょうか?」
とぼけるルーファスにヨランダはギロッと睨みつけた。なまじ顔が整っているだけに迫力がある。
しかし、長年、母にそういった目を向けられた続けたルーファスからすれば、恐ろしくも何ともない。
「しらばっくれるでない!そなたがイグアスを池に突き落としたのじゃそうだな!?
可哀想にイグアスはあれから熱を出して寝込んでいるのじゃぞ!今日という今日はもう許せぬ!
今までは大目に見てあげたが今日こそはそなたを…!」
「できるんですか?あなたが俺に罰を与えるなんて。」
ルーファスは頬杖をついて、ヨランダを見据えた。それだけで、王妃はギクッと顔を強張らせた。
ルーファスは嘲笑うように口角を上げた。
「てっきり、母上が俺に何もしないのは俺を怖がっているだけかと思っていましたが…。
勘違いだったようですね。まさか、いつも俺を邪険にする母上がそのような寛大な心をお持ちだったとは思いもよりませんでした。」
「わらわを母上と呼ぶでない!わらわの子はイグアスだけじゃ!」
ヨランダは忌々しそうにルーファスを睨みつけた。
「二度とその汚れた口でわらわを母上と呼ぶな!けがらわしい!」
「お、王妃様!」
王妃専属の侍女達はオロオロして、今にも卒倒しそうな位に顔を青褪めている。
王妃はルーファスを見て、汚い物を見るかのような蔑んだ視線を向け、扇で口元を覆った。
「ああ!醜い…!顔だけでなく、心も醜い奴じゃ!実の弟にあのような非道な真似をするなどそなたには心がないのか!美しくて、優秀な弟を妬むなど本当にどうしようもない奴じゃ!」
ルーファスはヨランダ王妃の言葉に答えず、手にしていた本に視線を落とした。
そのままぱらり、とページを捲る。
「そなた、聞いておるのか!相変わらず、可愛げのない態度を取りおって…!謝る素振りでも見せればまだ可愛げがあったものを…!」
「何故、俺が謝らなければならないのです?そもそも、俺はイグアスに手を出した覚えはありませんが?池に落ちたのは彼の自業自得ですよ。先に手を出した挙句、勝手に自分で池に落ちたんですから。」
「イグアスは何も悪くない!悪いのは全部、そなたじゃ!」
ルーファスは母の言葉に溜息を吐いた。相変わらず、話が通じない。
「そもそも、イグアスはそなたの側室と少し戯れただけであろう?嫉妬など見苦しい。」
ルーファスはピクッと微かに指先が震えた。
「本来なら、わらわの手でそなたを罰してやりたいところじゃが、イグアスが止めるのじゃ。
ほんに優しい子じゃ。そういう事じゃから、わらわの可愛い息子に免じて、今回の件は見逃してやろう。感謝するがよい。」
また、いつものイグアス自慢が始まった。ルーファスは聞く気はないが、好きなだけ言わせておけばいいと考えた。母は気が済むまで自分の言いたいことを言ったら、それで満足するからだ。
上から目線の態度を取る母ではあるが結局は呪いの反動が怖くて、ルーファスに手を出せない。
それを分かっているから、ルーファスもあえて波風を立てることはしなかった。
そう思っていたのだ。次の言葉を聞くまでは。
「今なら、そなたが誠心誠意に謝り、詫びの印に例の側室を夜伽の相手として差し出すなら、許してやってもいいと言っておるのじゃ。
ルーファスよ。そういう事だから、今すぐイグアスに謝り、その側室とやらを…、」
「……今、何て言った?」
ルーファスはヨランダを睨みつけ、椅子から立ち上がった。
「もう一度、言ってみろ。」
低い声で問い返すルーファスにヨランダは苛ただし気に睨みつけた。
「何じゃ。その目は?まさか、嫌などと言う訳ではあるまいな?たかが側室を一晩貸すだけではないか。」
ザワッ、と何かが蠢いたような空気に変わった。
一瞬で室内が薄暗くなり、カタカタと本棚や机が揺れ始めた。まるで地震でも起こる前触れのような…。
侍女達はその異変にすぐに気づき、悲鳴を上げた。
彼女達は知っているのだ。感情を抑えきれなくなったルーファスがどんな状態になるのかを…。
いつもは溢れ出そうになる力を理性で抑えているルーファスだが感情が抑えられなくなると力が暴走する。それこそ、自身ではコントロールができない位に…。
「ヒッ…!?る、ルーファス!ま、まさか…、そなた…、また暴走を…!?」
ヨランダが顔を引き攣らせるがもう遅い。既にルーファスは抑えきれない怒りを感じていた。
ざわり、とルーファスを中心に風が流れた。先程よりも揺れが強くなった。
彼女はあの時、演技ではなく、本気で嫌がっていた。
嫌!止めて!と叫び、泣いていた。怖かったかと訊ねれば、はい。と短く答えただけだったがその震える声だけで彼女がどれだけ怖がっていたかが伝わった。
それなのに…、彼女を差し出せ?
「た、たかが側室ではないか!それなのに、何をそんなに怒っ…!」
「ふざけるな…。」
低い声で吐き捨てるルーファスにヨランダは顔を青褪め、後退った。
「そう言われて、俺が素直に差し出すとでも?…随分と舐められたものだな。どうやら、池に落ちただけでは物足りなかったと見える。」
「ま、待つのじゃ!ルーファス!そ、それ以上、わらわに何かしようとすれば…!」
必死に虚勢を張るヨランダの声は最早、ルーファスの耳には届かない。
凍り付くような冷たい眼差しでヨランダを睨みつける。
「母上もイグアスも…、その側室が誰の妻なのかお忘れか?」
その瞬間、パリン!と音がして、窓が割れた音と同時に強風が巻き起こり、振動に耐えられなくなった本棚が大きな物音を立てて、落下した。
「きゃあああ!?お、王妃様!は、早くこちらへ!」
侍女達が悲鳴を上げ、ヨランダの腕を引いた。
「彼女は俺の側室だ。…決して、それを忘れるな。」
低く呟かれた言葉にヨランダはビクッと肩が跳ね上がった。
「クッ…!」
ヨランダはルーファスを睨みつけるがそのままバッと背を向けて慌ただしく部屋から出て行った。
ドサッとルーファスは倒れ込むようにして、椅子に深く身を沈めた。
ルーファスはぼんやりと割れた窓を見つめた。
あそこまでするつもりではなかった。それなのに…、
「何をしているんだ。俺は…、」
思わず溜息が出てしまう。
こんなに強い怒りを抱いたのはいつ振りだろうか。
ルーファスはあの時、怒りの感情に支配されそうになった。
今までも理不尽な要求や言いがかりをつけられることは何度もあった。
だが、ルーファスはどれだけ罵倒されても何を言われても動揺することはなかったし、面倒だから反論もせずに黙っているだけだった。
勝手に言わせておけばいい。煩わしいなら、相手にしなければいいし、無視をすればいいだけのこと。
それなのに…、何故だろうか。いつもなら聞き流せる母の言葉を聞き流すことができず、過剰に反応してしまった。それは、何故か。その答えはルーファス自身も何となく、分かっていた。
母に謝罪を要求されたからではない。リスティーナを差し出せと言われたからだ。
普通、兄の妻を一晩だけ貸せ、などという無茶苦茶な要求が通る訳がない。
だが、イグアスが望めば、それが許される。何故なら、イグアスは王族だから。
次期皇帝として名が挙がっているイグアスが望めばそんな要求も通ってしまう。
それが権力というものだった。
これがもし、ダニエラや他の側室だったとしても、ルーファスは別に怒りを抱くこともなかった。
けれど…、あの時、イグアスがリスティーナを所望していると言われた瞬間、許さないと思った。
あの時は権力だとか、面倒事だとか全てがどうでもよくなった。
思い出すのはあの日の夜の出来事…。イグアスに襲われたことで彼女は震えていた。泣いていた。
また、傷つけるつもりか。
まるで彼女を物か道具の様に扱い、娼婦のような真似をさせようとするやり方も…、全てが許せなかった。
何より…、イグアスが彼女に触れると考えただけで吐き気がした。
彼女は、俺の物だと一瞬だけそんな風に考えた自分がいた。
何を勘違いしている。彼女は俺の物ではないというのに…。
そう思っていると、ズキッ、と心臓に痛みが走った。
「うっ…!」
ルーファスは苦痛の声を上げて、胸を抑えた。力を使ったせいで身体に負担がかかったのだろう。
必死に歯を食い縛りながら、ルーファスは心臓の痛みに耐えた。
暫くすると、痛みは治まった。少し落ち着いた所でルーファスは段々と冷静さを取り戻してきた。
そして、気が付いた。あの時、自分がした行動は失敗であったと。
ルーファスが過剰に反応し、牽制したことでイグアスは気付く筈だ。
ルーファスにとって、リスティーナが他の女とは違う存在であるということに。
そうなれば、あいつは確実にリスティーナを狙ってくる。
元々、リスティーナを無理矢理犯そうとした位だ。手に入れられなければ余計に欲しがることだろう。
そうなれば、リスティーナは逃げられない。立場上、拒否ができないからだ。
このままだと…、彼女は…、
ルーファスはギュッと拳を握り締めた。
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