冷遇され、虐げられた王女は化け物と呼ばれた王子に恋をする

林檎

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第一章 出会い編

メイネシア国の変化

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一方、その頃、メイネシア王国では…、
国王は自分が溺愛する娘、レノアを嫁にやらずにすんで満足していた。
レノアの身代わりにリスティーナを嫁がせたことでローゼンハイム神聖皇国の特産品である宝石や上質な絹織物も手に入った。ローゼンハイム神聖皇国の後ろ盾を得られた今、メイネシア国は安泰だ。
顔しか取り柄がない娘だったが役に立ったな。メイネシア国王、グスタフはそうほくそ笑んでいた。
あの化け物王子は呪いのせいで先は長くないといわれている。
そうなれば、あの王家の面汚しはこの国に帰って来るかもしれない。
傷物の王女など利用価値はない。何より、あの呪われた王子の妻だった女を誰が欲しがるだろう。
下手をすれば、呪いが移ってこの国に災いが起こる可能性だってある。
だからこそ、グスタフはリスティーナには国には帰って来るなと言いつけておいた。だが、それは少し早計過ぎたかもしれない。

「まさか、あの公爵があそこまで言うとはな。」

実は、リスティーナには元々、別の男に嫁がせるつもりだった。
相手は友好国であるリフィエ王国のヴァルシア公爵だ。リフィエ王国の中でも筆頭貴族であり、外交に通じた一族であるため、他国の王族や貴族にも顔が広く、有能な男だった。
そんな男がリスティーナを所望した時は驚いた。
公爵は同じ王女でもレノアや他の娘ではなく、リスティーナを名指しで指名したのだから。

公爵は余程、あれを気に入ったのかこちらに有利な好条件を提示した。彼女を妻にくださるのであれば、持参金として多額の金を用意するとまで言った。
どうやら、公爵はリスティーナに初めて出会った時に見初め、妻にしたいと考えていたらしい。
多少の年齢差はあるが王族や貴族の結婚ではそんなことは珍しい事ではない。
公爵から差し出された数々の贈り物を前にしたグスタフは断る気は一切なかった。
グスタフは喜んで公爵の申し出を受け入れた。

が、その直後にルーファス王子との縁談がレノアに申し込まれ、レノアが泣いて嫌がるので代わりにリスティーナを嫁がせることにしたのだ。
公爵の話がなくなったのは残念だが仕方がない。
大陸でも一、二に力を持ったローゼンハイム神聖皇国が相手ではかの国を優先させるしかない。
条件も公爵よりも遥かにいいし、利益がある。

なので、公爵にはリスティーナを嫁がせることができないと断りの手紙を送った。
すると、公爵は手紙が届いてすぐにメイネシア国にやってきた。
その時には既にリスティーナは国を発って、嫁いだ後だった。
公爵は事情を知ると、悔し気に顔を歪ませながらもそれでは仕方ありませんねと引き下がった。
しかし、公爵はその後、もし、リスティーナが夫と死別か離縁することがあれば、今度こそ妻にしたいと尚も願ったのだ。

既に呪われた王子の側室になったリスティーナに利用価値はないと思っていたのだが、公爵が欲しがるのなら話は別だ。彼と繋がりが得られれば心強い。あの娘はまだ使えそうだ。グスタフはそう考え直した。公爵と取引を交わしたグスタフはすぐにリスティーナに手紙を送った。
夫の死後、行く当てもないリスティーナにとって、この話は救いの手に違いない。
きっと、喜んで応じる事だろう。グスタフはそう確信した。

そんな矢先の事だった。メイネシア王国に変化が起こったのは。
作物の成長が低下し、中には作物が枯れてしまうという問題が起こったのだ。
作物どころか、果物も摂れなくなり、あちこちの村で被害が相次いでいる。
おまけに鉱山の鉱石が大幅に減少しているという問題まで発生した。
これまでどれだけ大量に採掘しても全く問題なかったというのに…。
議会で何時間も大臣達と話し合っているが打開策は何も見つからない。

一体、何がどうなっているのだ。こんな事は自分が在位してから初めての事だった。
グスタフは苛つきを隠せずに顔を歪めた。

「へ、陛下!大変です!」

その時、家臣が慌てた様子で執務室に飛び込んできた。



メイネシア国の王宮ではある噂が広がっていた。

「ねえ、聞いた?最近、あちこちで鼠が大量発生しているって話。」

「聞いた!聞いた!町中、噂になっているもの!」

「嫌だー!気持ち悪い!一匹だけでも最悪なのに、鼠の群れなんて絶対、無理!」

「さすがに王宮で鼠は出ないでしょ。騎士団も鼠の駆除に駆り出されているみたいだし、すぐにおさまるわよ。」

「それにしても、何でこんなにも立て続けによくないことばかり起こるのかしら?」

「たまたまでしょう。」

「そうかなあ。」

侍女達の噂話を耳にして、その場を通り過ぎた女はクスッと笑みを浮かべた。

「エルザ?どうしたの?急に笑ったりして、何かいい事でもあった?」

そんな女の様子に一緒に歩いていた同僚の侍女は不思議そうに訊ねた。エルザと呼ばれた女は微笑みながら、答えた。

「大したことじゃないのよ。ただ、明日の狩猟会が楽しみだなって思って。」

「楽しみ?どうして?あたし達は仕事で行くだけだし、面白い事なんて何もないじゃない。」

「あら、そんな事ないわ。仕留めた獲物を目にすることができるなんて、中々ない機会よ。
それに…、姫様に献上される美しい狐の毛皮を拝見できるかと思うととても楽しみだわ。」

「ああ。そういえば、レノア殿下の婚約者候補の方達は自分が殿下に一番美しい狐の毛皮を献上しようと言い合っているらしいわね。いいわよねえ。私もあんな素敵な人達に取り合いされてみたいわー。エルザもそう思わない?」

「私は別にそういうのはいいわ。…どちらかというと、姫様に献上された狐の毛皮で作られた襟巻を見るのが何よりも楽しみ。」

「ええ?羨ましいの間違いじゃなくて?」

同僚の言葉にエルザは微笑んだまま頷き、目を細めた。

「ええ。私は…、姫様が美しく着飾っている姿を見るのが何よりも好き。」

「エルザは本当にレノア殿下がお好きなのね。でも、それだけお慕いしているのに何であんな日陰王女の侍女なんてしていたの?さっさとこっちに乗り換えればよかったのに。」

「…だって、可哀想じゃない。」

エルザはぽつりと呟いた。哀れむようにクスッと笑い、

「リスティーナ様ったら、あまりにも惨めだったものだから…。それに、一応はリスティーナ様の乳母が私の母だったし…、突き放すなんて可哀想でしょう?」

「あら、エルザは優しいのねえ。まあ、確かに…、あのお姫様ときたら、本当可哀想な人よね。
母親が平民だからって散々虐められて、挙句の果てに生贄みたいな形で呪われた化け物王子に嫁がされるなんて…。心底、同情するわ。でも、正直、あの人を見ていたら、あたし達はまだマシだなあ、って思えるのよね。」

「…そうね。」

一歩前を先に歩いていた同僚は気付かなかった。
エルザが何かに耐えるようにそっと自分の腕を強く握り締めていることに。





「ただいま。母様。」

「エルザ、お帰りなさい。」

家に戻ったエルザをニーナは出迎えた。エルザは母親をじっと見上げ、

「…前より、顔色よくなったね。」

「もう力を使わなくなったからね。」

血色が戻り、痩せていた頬も少しだけふっくらとしてきている。食欲が戻ってきた証拠だ。
エルザは王宮で貰った食材を食卓机の上に並べた。

「それはどうしたんだい?」

「王宮の騎士の人達に貰ったの。あたしに気があるみたい。少し愛想よくして、同情を誘ったらたくさん差し入れをくれるのよ。本当、男って単純よね。」

クスッとおかしそうに笑うエルザにニーナは呆れた。

「また、そんな事をして…、エルザ。お前も年頃の娘なのだから、もう少し警戒心を持ちなさい。」

「大丈夫よ。母様だって分かっているでしょう?あたしが男の扱いが得意だってこと。」

エルザはシュルッと髪を結んでいた紅いリボンを解いた。
金色の長い髪を下ろしたエルザはフフッと楽しそうに笑った。そんな娘にニーナはハーと溜息を吐いた。

「無理をしてはいけないよ。やり過ぎるとお前自身が傷つくのだから。」

「ええ。分かっているわ。母様。」

母の言葉に笑って頷きながらエルザはオレンジを手に取った。
オレンジを見つめて、エルザはフッと柔らかい笑みを浮かべる。その笑みはいつも人前で愛想よく笑っている顔とは違い、優しくて、愛おし気な表情だった。

「これ…、ティナ様に食べさせてあげたいな。」

エルザの言葉にニーナはピクッと肩を跳ねさせた。リスティーナの好物は柑橘類なのだ。
物心ついた時からずっと一緒にいたエルザだからこそ、リスティーナの好みはよく分かっていた。
ニーナは口を開きかけるが結局、グッと唇を噛み締め、別の話題を切り出した。

「それで王宮の様子は?」

「また、新しい噂が広まっているわ。鼠が大量発生したっていうね。」

オレンジを手の中で弄びながら、エルザは他人事のように答えた。
だが、ニーナは気付いていた。例の噂を広げた元凶が目の前の娘であるということに。
エルザはオレンジに向けていた視線を母親に戻し、愉快な笑みを浮かべた。

「フフッ…、鼠が大量発生して、民衆は不安と混乱を抱くでしょうね。
彼らは鼠による被害を目の当たりにし、その犠牲となる。あの小さな生き物がどれだけ人間を脅かす存在であるかを彼らはまだ知らない。」

エルザは無邪気な子供の様に笑いながら、残酷な言葉を口にする。

「鼠の恐ろしい所は強い伝染病を持っている所。素手で触ったり、正しく対処しなければあっというまに感染してしまう。鼠が持っている菌が人間へと感染すれば、人から人へとどんどん感染が広がっていく。そうすれば、瞬く間にこの国は伝染病が蔓延する。
国民達の不安と恐怖は膨れ上がる。そして、考える。どうして、急に鼠が増えたのだろうか?
そんな時に…、鼠が増えた原因が噂として広まればどうなると思う?当然、国民たちは信じるでしょうね。それに、あながち間違ってはいないのだし。」

「エルザ…?お前、一体、何を…?」

エルザはニコッと男ならば誰でも見惚れるような美しい笑みを浮かべて、小首を傾げた。
その仕草でサラッと金色の髪が小さく揺れた。

「あの屑王は鉱山開発の為に森を伐採し、環境を破壊した。そのせいで森に住む生き物は住処を奪われ、生態系が狂ってしまった。例えば…、山猫とかね。」

エルザの言う糞王というのは、この国の王であり、リスティーナの実の父親でもあるグレハム国王の事だ。自国の王を糞、と言い切るエルザに対して、ニーナは娘を咎めることはしなかった。

「猫だけじゃない。狐の毛皮は美しくて、高価な物だからとあの性悪王妃と馬鹿王女が欲しがって、狐狩りが流行した。貴族達もそれを真似して、たくさんの狐が狩られた。鼠を餌にする天敵が減ったことで鼠が増えたと知って、それが王族と貴族のせいだと知ったら…、彼らはどう思うかしらね?」

王妃とレノア王女を性悪と馬鹿と呼ぶエルザの目は氷の様に冷ややかで嫌悪と憎悪に満ちていた。
だが、不意にエルザはクスリと口元を歪めて笑い、

「フフッ…、明日の狩猟会が楽しみだわ!貴族達はこぞって狐を狩るでしょうね。鼠が大量発生しているというこの時期に。…あの馬鹿王女が狐の毛皮を目にして、喜ぶ姿が目に浮かぶわ。きっと、狐の襟巻でも作ってはしゃぐことでしょうね。」

エルザは足首を回して、クルッとターンをした。その場で踊り出してしまいたい位におかしくて仕方がないとでもいうかのようだった。
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