冷遇され、虐げられた王女は化け物と呼ばれた王子に恋をする

林檎

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第一章 出会い編

スザンヌの決意

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「出て行きなさい!」

掃除が終わり、箒を片付けようとと廊下を歩いていると、
突然、ヘレネ様の声が聞こえた。聞いているだけで怒っているのが分かる大きな声にビクッとする。
ヘレネ様はいつも優しく微笑み、穏やかな気性の女性だ。
あんな風に声を荒げたことは一度もない。娘を叱る時ですら、大声を上げずにやんわりと注意する位だった。そんなヘレネ様があんなにお怒りになるなんて…。
気になったスザンヌはそっとヘレネの部屋に近付いた。

「二度と私の前に姿を現さないで!」

ヘレネは部屋の前で誰かに向かって怒りを顕わにして、叫んでいた。
相手の顔はこちらに背を向けているのでよく見えない。何かを言い合った後に相手はあっさりとヘレネに背を向けて帰って行く。スザンヌは思わず柱の陰に隠れた。
一瞬だけ見えた男の顔はスザンヌも知っている顔だった。

あの人…、確か最近、よくリスティーナ様に会いに来る他国の貴族の方だ。
外交を担う役目を持った一族らしく、今回も外交の為にメイネシア国に訪れているのだとか…。
確か、爵位は公爵で、外交に特化している為、他国との繋がりも強いらしい。
彼は、夜会でレノアから虐められていたリスティーナ様を助けてくれたらしい。
その境遇に同情し、とても親切にしてくれたようだ。リスティーナ様も優しい方だったと嬉しそうに話していた。

その後、滞在中も公爵はリスティーナ様の元に訪れては、自分が住む国の話を聞かしてくれたり、王都でも有名な菓子を手土産に持ってきてくれたり、個人的にリスティーナ様へ贈り物をくれたりもした。
貴族でもこんないい人もいるのだなとスザンヌはその男に好感を抱いた。
そんな人があのヘレネ様を怒らせるなんて…。スザンヌは信じられなかった。

「ヘレネ様!落ち着いて下さい!」

「これが落ち着いていられる!?」

乳母、ニーナの言葉にヘレネは未だに興奮したまま声を荒げた。

「よりにもよって、ティナを妻にしたいですって!?冗談ではないわ!そんな事、私が絶対に許さない!あんな男に私のティナを渡してなるものですか!」

姫様を妻に!?スザンヌは驚いて、手にした箒を落としてしまった。
その物音にヘレネとニーナが誰!?と声を上げた。

「スザンヌ…?」

「も、申し訳ありません!その…、ヘレネ様の声が聞こえたのでつい…、」

スザンヌはすぐに柱から出てきて、謝罪した。暫く黙ったままのヘレナは

「いいえ。いいの。…私にも落ち度はあったわ。それに、そろそろあなたにも話そうかと思っていたの。」

「ヘレネ様。よろしいのですか?」

「ええ。」

ニーナの言葉にヘレネは頷いた。スザンヌは不思議そうに顔を上げた。

「とりあえず、中に入って。あまり、人には聞かれたくない話なの。…ニーナ。あなたは、ティナの所へ。」

「畏まりました。」

ニーナはそのままリスティーナの元に行き、ヘレネはスザンヌを部屋に招き入れた。
訳が分からないまま、部屋に入り、そこでヘレネから驚愕の事実を伝えられた。
ヘレネは娘のリスティーナにすらその秘密を隠していた。それ程に重大な秘密だった。

「そ、それが本当なら…、姫様は…、」

「あの子は一族の最後の末裔。これがもし、知られればあの子の運命は悲惨な未来しか残されていない。だから、何としても、隠さなければならないのよ。ナディアのような最後を迎えない為にも。
だから、スザンヌ。もし、私の身に何かあったら、どうか、私の代わりにティナを守って。」

「ヘレネ様…。はい。約束いたします。命に代えても私が姫様をお守りします!」

「…ありがとう。」

ヘレネはそっと目を伏せ、憂いを帯びた表情でぽつりと呟いた。

「いつか、ティナの血の運命を知った上であの子を受け入れてくれる人が現れればいいのだけれど…。」

「ヘレネ様!大丈夫です。きっと、姫様を大切にしてくれる方は見つかります!
秘密を知った上で姫様を守ってくれる。そんな方がいつか、きっと…!」

スザンヌの言葉にヘレネは悲しげな表情で頭を振った。

「それは難しいかもしれないわ。」

「そんな事ありません!姫様はあんなに素晴らしい女性ですもの!」

「そんなに単純な問題ではないの。ただ、あの子を愛して大切にしてくれるだけでは駄目なのよ。
…力がなければあの子を守り切ることはできない。」

ヘレネはそう呟いて、切なげな眼差しで窓の外を見下ろした。
そこには、花の世話をしているリスティーナの姿があった。
リスティーナを愛おしそうに見つめるヘレネは母親の顔をしていた。
彼女は心の底から、娘の幸せを願っていた。
困難だと知りながらも、いつかリスティーナを守ってくれる男性が現れることを願っていた。

「スザンヌ…。あの子に全てを伝えるのはまだ早い。あの子には私と同じ運命を背負わせたくないの。
できることなら、あの子には何も知らずに幸せになって欲しい。平凡でどこにでもある普通の…、」

ヘレネはグッと唇を噛み締め、スザンヌを真っ直ぐ見据えた。

「でも、もしも…、どうしても逃げられなくなった時…、全てを知るべき時がきてしまったら…、スザンヌ。その時はあなたがリスティーナに教えてあげて。」

あの時、私はヘレネ様と約束した。
その時が来るまで、姫様には秘密を明かさないでおこうと。今はまだ、その時じゃない。
できれば、伝えずにこのまま墓場まで持って行けたらいい。スザンヌはそう思った。
姫様の幸せを願いながらも結局、私は何のお力にもなれていない。
この婚姻だって止めることもできなかった。私ができるのはただ傍にいる事だけ。
何の役にも立てていないかもしれないが、せめて…、姫様の秘密は私が守ろう。そうスザンヌは心に誓った。
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