冷遇され、虐げられた王女は化け物と呼ばれた王子に恋をする

林檎

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第一章 出会い編

ルーファスの従者

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エルザはカタン、と鏡を机の上に置き、そのままベッドに仰向けになって横たわった。

姫様がルーファス王子に恋をしている?エルザは顔を顰めた。
呪われた王子、化け物王子、人殺し、悪魔のような男。あの王子には碌な呼び名がない。
それにどの噂も悪い噂ばかりだ。そんな王子にあの優しいリスティーナが心を寄せるなんて信じられなかった。

あの方は夫のルーファス王子を頼る以外、自分を守る方法を知らないから、夫を好きになろうと自分に言い聞かせているんだろう。その結果、自分が夫に惹かれているのだと錯覚しているのだ。
そうに違いない。エルザはそう考えた。
例え、錯覚だったとしても、それで姫様が幸せそうなら今はそっとしておこう。
エルザは天井に向かって手を伸ばしながら、呟いた。

「ティナ様…。待っててください。復讐を果たして、全てが終わったら必ず迎えに行きますから…。」

今は辛いかもしれないが必ず迎えに行く。エルザはそう心に決めた。
大丈夫。あの方は呪い殺されることはない。心配なのは、何らかの陰謀や王位継承権の争いに巻き込まれたり、権力者に狙われたり、濡れ衣を着せられたりすることだ。
一番気がかりなのは、リスティーナの秘密を知られることだ。
例の呪われた王子がどんな男なのか知らないがどうかリスティーナ様の秘密に気付かないで。
どうか、その時まで目立たずにいて欲しい。エルザは心の中でそう祈った。




ミー、ミーと鳴きながら、室内をうろついて、誰かを探している黒猫に水色の髪の少年は声を掛けた。

「ノエル。ほら、今日は殿下はいないんだから僕と…、痛ッ!?」

そう言って、抱き上げようとする少年に猫は容赦なく引っ掻き、ピョンと棚の一番上に飛び移った。

「何も引っ掻くことないだろ!ちょっと触ろうとしただけじゃないか!」

思わず猫に抗議する水色の髪の少年…、ルーファスの従者であるルカは主人の飼い猫であるノエルに涙目で叫んだ。ノエルの世話はルカがほとんどしているのにこの黒猫は全然懐いてくれない。
ノエルは主人のルーファスにしか懐かなかないのだ。他の人間には触らせてもくれない。
この警戒心の強さ、主人にそっくりだ。
じんじんと痛む手を消毒しながら、ルカはじっとりと恨めしそうにノエルを睨みつける。

「ノエルは本当、殿下にそっくりだなあ。まあ、それも当たり前か。」

ルカはそう溜息を吐きながら、寂し気に呟いた。

「そろそろ、僕にも心を許してくれたら嬉しいんだけどな。君のご主人様は中々、手強いよ。」

ルカはノエルを見ながら、苦笑した。
今日はルーファスは帰ってこない。数時間前…、ルーファスは珍しく自室で酒を飲んでいた。
身体に悪いからと止めても聞く耳を持たずにルーファスは浴びるように酒を飲み続けた。
普段、酒を飲まないのだから数杯で酔うだろうと思いきや、ワインを数本も空にしていた。

酒だけ飲んでも悪酔いするからと言って、軽食を用意しても一切、手をつけない。
もう諦めて、二日酔いを軽減するための薬を取りに行っている間にルーファスはいなくなっていた。
部屋にルーファスがいないことにルカは仰天した。
すると、後宮から伝言が届き、ルーファスが後宮にいる事が判明した。
そして、その伝言を届けてくれた相手は…、ルーファスの側室からだった。

「リスティーナ様か。どんな人なんだろうな。」

ルーファスの新しい側室。彼女がわざわざ伝言を届けてくれたおかげで主人の居場所が分かり、ホッとしたものだ。
今夜ルーファスはその新しい側室と一緒に夜を過ごしている。
ふと、ルカは初めてルーファスと出会った日の事を思い出した。

ルカは高い魔力と珍しい髪色を持ち、貴族の愛人の子供であることから、周囲の人間からよく虐められていた。おまけに母親似のせいか男の癖に女みたいな顔をしていると目を付けられた。
それは、王宮で働くようになってからも続いていた。

「よお。ルカ。」

「…どうも。」

仕事を頼まれ、人気のない廊下を歩いていると、前方から五人の男達が現れた。
その中央に立っていた男にルカは内心、ゲッとした。
男は以前、ルカを襲おうとした男だった。女顔のせいかルカはそういったトラブルがよくあった。
その時は、得意の水魔法で撃退し、ボコボコにしてやった。
ただ、それを逆恨みされ、毎回毎回陰湿な虐めをするようになったのだ。
男の癖に女々しい奴、とルカは内心毒づいた。

「すみません。僕、急いでいるのでこれで…、」

そう言って、その場を通り過ぎようとしたが…、いきなり腕を掴まれ、そのまま手首に何かが嵌められた。
その瞬間、ルカはガクン、と床に膝をついた。

「ッ!?な…、」

力が抜ける。そんな感覚にルカは愕然と呟いた。そんなルカを男達が嘲笑った。

「ハハッ!油断したな!今日こそは、今までの落とし前をつけさせてもらうぜ!ルカ!」

ルカは男達を睨みつけた。くそっ!何でこんな急に…。こんな奴ら、すぐに魔法で…!
そう考えて、いつものように魔法を使おうと杖を取り出すが…、魔法が使えないことに気が付いた。

「え、何で…、グッ!」

杖を持っていた手を踏みつけられ、ルカは痛みに顔を顰めた。
そのまま杖が手から離れ、カラン、と床に転がった。

「残念だったなあ!今のお前に魔法は使えねえよ!その手錠は魔力を封じ込める魔道具だからな。」

「なっ…、」

「つまり、今のお前は赤子同然って事だ。魔法が使えなかったら、今のお前には何もできやしない。」

ルカは顔色を変えた。魔法が使えない。それは、ルカにとって最悪な事態だった。
ルカは男だが腕力がないから喧嘩や体力には全く自信がない。
男達はルカよりも背が高く、体格がガッシリしている。腕力では勝ち目がない。
だからこそ、ルカはいつもそれを魔法でカバーしていたのだ。でも、その魔法が使えないとなると…、
まずいと思った。手錠を外したくても、鍵がないと外せない。そんなルカを男達が床に押さえつけた。

「うっ…!」

「今まで散々、手こずらせやがって…。」

「は、放せ!この…!」

ルカは必死に暴れるが五人も男達に押さえつけられていては、びくともしない。そのまま服に手がかけられる。
じょ、冗談じゃない!初めてが男だなんて…!くそ!この手錠さえ外せればこんな奴ら…!

「おい。」

その時、低い声がした。掛けられた声に男達が「ああ?」と睨みつけながら、視線を向ける。
男達の余裕そうな表情が瞬時に青ざめた顔へと変わった。

「ッ!?る、ルーファス殿下!?」

「ヒ、ヒイイ!?」

男達は目の前に佇む人物を見て、悲鳴を上げた。ルカはうつ伏せになった状態でそっと顔を上げた。
逆光でよく見えない。でも、声をかけた人物が男で背が高い人であることは分かった。

「邪魔だ。退け。」

「ヒッ!も、申し訳ありませんでしたー!」

その言葉に男達は我先にと逃げ出した。ルカは唖然とした。
すげえ。この人、魔法も使わずにたった一言であいつらを追い払った。
ルカは起き上がりながら、そっと頭上の人物を見上げた。
黒髪に黒い仮面を被った男はルカをチラッと一瞥しただけでそのまま通り過ぎた。
声を掛ける間もなく、振り返ることなくその場を立ち去る男の後姿を見つめながら、ルカは呟いた。

「あの人が…、ルーファス殿下…?」

第二王子、ルーファス。
実際に見たのは初めてだった。でも、確かに噂通り、黒い仮面を着けている。
あの仮面は醜い傷を隠す為だと聞いているが仮面以外は案外、普通の見た目だな。ルカはそう思った。
ふと、男達が落としていった鍵を見つけた。ルカは鍵を拾って手錠を外した。

手首を擦りながら、ぼんやりとルーファス王子の事を思い出した。
あの人…、僕を助けてくれた…。
その後、何とかルーファス王子にお礼を言いたいと思い、機会を窺ったが中々、会えなかった。
それはそうだ。ルカは貴族とはいえ、下級貴族の出だ。しかも、使用人という立場。
王族のルーファスにそう簡単に会える筈がない。それに、ルーファスは人前にはほとんど姿を現さず、自室に閉じこもっていると聞く。

今日も会えなかった…。と落ち込んでいると、食堂で同僚達がある事を話していた。
ルーファス王子の従者がまた辞めたらしいという内容だった。
ルーファス王子という単語に思わず反応した。
従者が辞めたせいで至急、殿下の従者を募集しているらしいと知ったルカは迷わず、ルーファス王子の従者に立候補した。誰もやりたがらない仕事だったのですぐにルカはルーファスの従者に任命された。

ルーファスに従者として、挨拶をする日、ルカは早速お礼を言った。
が、当のルーファスはあの日の事を覚えていなかった。
詳しく話せば漸く思い出してくれたがルーファスは一言だけこう返しただけだった。

「何か勘違いしているようだが、俺は別に助けた覚えはない。道を塞がれて邪魔だったから声を掛けただけだ。」

ルカはそれから従者としてルーファスに仕えるようになった。そして、彼の傍にいる内に段々とその人柄を知った。
ルーファスに仕える使用人達はほとんどが行き場のない人か幼い頃から仕えている人達ばかりが多かった。ルーファスの使用人は入れ替わりや立ち替わりが激しいやら、関わると不幸に見舞われるから辞める使用人が続出したとよく聞くがそれは一部の人間だけだった。
単に新入りの使用人達が勝手に怖がって、辞めていく人間が多かっただけの話で古参の使用人達は変わらずルーファスに仕え続けていた。
ルーファスに仕える使用人は一部を除けば皆、いい奴ばかりだ。弱者な立場で虐げられた身だからかルカにも親身になって接してくれる。

ルカはルーファスに仕える数少ない使用人の中では一番の新入りだが短い間でもルーファスが噂と違って、誰にでも平等で優しい人であることはよく分かった。
呪いと噂のせいでほとんどの人間はルーファスを嫌悪し、忌避している。後宮の女達ですらも。
いつか噂や外見に惑わされずに彼を見てくれる女性が現れたら…。

「リスティーナ様か…。確か、メイネシア国の王女様なんだっけ?」

ルカはあまり王女や貴族令嬢にいいイメージを抱いていなかった。
よく言えば、美しくて、上品。悪く言えば、気位が高くて、我儘。
正直、ルカは後者のイメージが強かった。
でも…、その側室は今までの女の人達とは違う。そんな気がした。
ルーファスの体調が悪化した時に気にかけて、見舞いの品を贈ってくれたのはリスティーナだけだった。
ルカはまだ会ったことのないその側室に期待した。
その側室が王子を好きになってくれたらいいのに。
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