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第一章 出会い編
スザンヌとエルザの密談
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スザンヌは自室で銀の手鏡を手に取った。
これは、スザンヌがリスティーナの輿入れの時に持ってきた所持品だ。
これは、ただの鏡ではなく、魔道具の一種であった。
スザンヌは鏡を手に持ち、じっと待った。すると、不意に鏡がぼやけ、淡く光った。
「スザンヌ。お待たせ。待った?」
鏡の中にはエルザが映っていた。ニコニコと上機嫌に笑っている。が、その頬には何やら殴られたような跡があった。
「エルザ。どうしたの?その傷。」
「ああ。これ?大したことじゃないのよ。ちょっとしたやっかみで絡まれただけ。」
ケラケラと笑うエルザにスザンヌは呆れた目を向けた。
「またわざと殴られたの?」
「あら、さすがスザンヌ!よく分かったわね。」
エルザは歌うような口調で楽し気に語った。
「ほら!あたしって、騎士団のアイドル的存在でしょう?それに嫉妬した面倒臭い女達がいてね。
フフッ…、あたしが顔のいい騎士達と話していると凄い目で睨みつけてきてね。面白そうだったから、ちょっと煽ってやったの。」
「あなたって、本当顔に似合わず、えげつない性格をしているわよね。」
スザンヌは呆れた。思わず、その女達に同情する。
エルザは一見、儚げでほんわかした柔らかい雰囲気の美少女だが、その性格は見た目と違い、かなり毒がある。例えるなら、ふわふわした兎と見せかけた大蛇である。
恐らく、エルザを虐めた女達はこう思っていた筈だ。
顔は可愛くても、男に守られていないと何もできない女。ちょっと脅しつければ泣き出すような気の弱い女だと。
とんでもない。エルザはそんな可愛らしい女じゃない。舐めてかかったら、手酷いしっぺ返しを食らう。何せ、こういった事は今回が初めてじゃないのだから。
「それで?今度は何をやらかしたの?」
聞かなくてもある程度の予想はしていたが一応は聞いておこうと思い、スザンヌは訊ねた。すると、
「あたしはただ騎士の人達と楽しくお喋りしてただけなのに、彼らと別れた直後に、絡まれちゃったの。
男好きだの、尻軽だの、散々罵倒してきてね。あたしは本当の事言っただけなのに、逆切れして、叩かれちゃった。そこを、たまたま通りがかった騎士達が見つけて、助けてくれたのよ。スザンヌにも見せたかったわー。」
やっぱり。スザンヌはハーと溜息を吐いた。
「それも全部、あなたの計算なんでしょう。」
「当たり前じゃない。何の為にあたしがわざわざ痛い思いしたと思っているの?」
エルザはクスクスと楽しそうに笑い、
「あたしが意地悪な女達に虐められる可哀想な女アピールをしたおかげで、騎士達からはあたしを守ってあげなきゃ!ってなったわ。男って、単純よね。ちょっと弱々しく泣き真似するだけで騙されるんだもの。」
「あなたって、本当顔面詐欺にも程があるわよね。」
スザンヌは口元が引き攣った。
エルザがこういう女だとは分かっているが何度見ても慣れない。
この本性をエルザに熱を上げている男達に教えたらどうなるだろうか。
きっと、淡い恋心と憧れは木っ端微塵に打ち砕かれることだろう。
勿論、絶対に言わないが。そんな事しようものなら、エルザにどんな目に遭わされるか分からない。
「何でわざわざそんな回りくどい方法を?もう、姫様はいないのだから、騎士達に媚びを売る必要はないじゃない。」
スザンヌは思わず疑問を口にした。エルザが他人に愛想を振りまいていたのは、全てリスティーナの為だった。
騎士団に近付いたのもリスティーナに何かあった時に彼らを使って、すぐに助けられるようにする為だ。見た目だけは可愛らしいエルザはすぐに彼らに気に入られ、よく差し入れを貰っていた。
碌な給料も貰っていないし、食事は黒パンと具の少ない冷たいスープだけ。
たまには、美味しい物が食べたいなあ。とエルザが涙ぐんで言えば、騎士達はエルザに同情し、肉やら果物やら精のつく食材を分けてくれのだ。
その食材をエルザはリスティーナ達の食事に使っていたのだ。
基本的にエルザの行動力はリスティーナを中心に回っている。
そんなリスティーナ至上主義のエルザが未だに騎士達に愛想を振りまく行動をする理由が分からなかった。
「あいつらは、まだ使えるわ。噂を広げていくためにも、彼らにはもっと踊ってもらわなきゃ。」
「噂…?」
エルザは何かを企んだような黒い笑みを浮かべ、
「そろそろ、次の段階に移ろうかと思うの。その為には、まずは騎士団から噂を広めようと思ってね。」
「今度は何をするつもり?」
スザンヌはエルザの目的を知っている。
リスティーナには知らせていないが、エルザが自国にあえて残ったのは今までヘレネとリスティーナを虐げてきた人達に復讐をする為だ。復讐の実行はエルザ達が担い、スザンヌはリスティーナの傍にいて守る。あらかじめ、そう話し合って決めていたのだ。
リスティーナから母国の状況を聞いた時にスザンヌは確信した。
漸く目に見える形で変化が現れたのだと。だが、あれはエルザがしたことではない。
幾らエルザが優秀な魔術師でもそこまで大きな力はない。
作物や鉱石がとれなくなったのは別の原因にある。その原因をスザンヌは知っている。
そして、その問題を解決する方法も知っている。だが、それをあの国王に教える気はない。
スザンヌはエルザがその状況を利用して、噂を広めているのは知っている。
だが、次の段階とは…?そんなスザンヌにエルザはにっこりと笑うと、
「フフッ…、騎士団の間にまた新しい噂の種を仕込んでおいたの。直に新しい噂が流れるわ。この国はアミニア王国と同じ末路を辿るんじゃないかってね。」
「アミニア王国?聞いたことない国ね。同じ末路ってどういう意味?」
「大昔に滅んだ国の名前よ。鼠の大量発生が原因で伝染病が蔓延したせいで最終的に国が滅んでしまったみたい。間抜けな話よね。でも、実在した国の話なのだから、すごく使えると思わない?」
「そんな国があったなんて初めて知ったわ。でも、そんなにうまくいくかしら?」
「そうね。確かに必ずしも成功するとは限らないわ。確率は五分五分って所かしら。
でも、多分、大丈夫。今の状況に不安と焦りを抱いているのは皆、同じだもの。
少し突くだけであっというまに噂は広まるわ。」
「大丈夫なんでしょうね?もし、噂の出処がバレたりしたら…、」
「あたしを誰だと思っているの?そんなヘマはしないわ。あたしはただ、誘導しただけ。不用意な発言はしていないわ。ただ、憶測を物語って勝手に盛り上がったのはあいつらの方。それをただ聞いていただけのあたしを罰せられるわけないじゃない。」
うふふ、と笑うエルザにスザンヌは寒気を覚えた。この子は本当、末恐ろしい女だ。全てがエルザの計画通りというわけだ。
「つくづく、あんたを敵に回すのだけはしたくないわ。」
「こんなに可憐でか弱い乙女に対して、そんな言い方はないじゃない。あたし、悲しくて泣いちゃう。」
クスン、と泣き真似するエルザにスザンヌは冷めた目を向ける。こんなことで一々、傷つくような軟な根性をエルザは持ち合わせていない。
「さて、あたしからの話は以上!」
エルザはパン!と手を叩き、改めてスザンヌに向き直ると、
「それより、ティナ様はどうしているの!?ちゃんと食事は食べれている?寝れない毎日を過ごしていない?後宮の女に虐められてない?侍女達に軽んじられたりしてない?もし、姫様を虐めている奴らがいたら、ちゃんと顔と名前を覚えておいてね!そいつらにはちゃんとお返しを…、」
「ちょ、ちょっと落ち着いて!エルザ!そんなに一遍に言われても分からないわよ!」
一気に質問するエルザにスザンヌは待ったをかけた。ああ。もう。この子は姫様が絡むといつもこうなんだから。
姫様の事となると、すぐに暴走するエルザに今からあの事を伝えないといけないのか…。
正直言うと、黙っていた方がいいのではないかと思うがそうも言ってられない。スザンヌは覚悟を決めて、重たい口を開いた。
「ええっと、エルザ。落ち着いて聞いてね。いい?落ち着いて聞くのよ。」
しつこいがスザンヌは二度も同じことを言った。
「どうしたのよ?スザンヌ。」
「実は、姫様の事で報告があるの。この間、話した時は姫様は初夜の日に殿下から拒否されて、手は出されなかったって言ったけど…、」
「ええ。ちゃんとこの耳で聞いたわ。全く!姫様を振るなんて見る目のない男もいたものね!
でも、例の王子って本当に不気味な見た目をした怖い男なんでしょう?だったら、良かったじゃない。
つまり、姫様はまだ処女だってことでしょう?」
「いや。それがね…、エルザ。」
「本当、良かったわ!ずっと、それが気がかりだったのよ!姫様は本当に惚れ惚れする程美しいし、性格だってとてつもなく優しいからその王子に目を付けられたらどうしようって思ってたの。」
「あの、だから…、」
「だから、その王子が姫様に手を出さなかったって聞いた時はどれだけホッとした事か…。スザンヌ!このまま姫様をその冷酷王子から遠ざけてちゃんと姫様を守るのよ!」
「だから!話を聞いて!もう、姫様は処女じゃないのよ!」
何度も説明しようとするのに全く話を聞かずに一人で話を進めるエルザにスザンヌは声を張り上げ、真実を暴露した。数秒、シン、と沈黙が走った。
「は?」
低い声がエルザの口から発せられた。あなた、普段高い声なのにそんな声出せるのねとスザンヌは心の中で突っ込みながら、冷や汗を流した。
エルザの真顔が怖い。この顔はガチで怒っている時の顔だ。目が怖すぎる。
ギョロリ、と冷徹な光を宿した目がこちらを見据える。スザンヌは顔を青褪めた。
「…相手は誰?」
「る、ルーファス王子よ。」
「そう…。」
エルザは顔を伏せた。スザンヌはゴクッと唾を飲み込みながら、エルザの反応を待った。
不意にエルザの手に何かが握られた。スザンヌはエルザの手に握られた物にギョッとした。
それは、鋭利に研ぎ澄まされたナイフだった。
「ねえ、スザンヌ。次に王子が来るのはいつ?後、後宮に侵入するためにいい抜け道とかないかしら?」
「ちょ、ちょ、ちょっと待って!さすがに王族暗殺はまずいから!っていうか、あんた呪い殺されたいの!?」
ヤバい。目が本気だ。エルザは本気でルーファス王子を暗殺しようとしている。スザンヌは焦って止めた。
「王族だろうが関係ないわ!よくも、あたしの大事な姫様に…!呪いが何よ!そんなの、あたしの魔力で跳ね返してやるわ!」
「馬鹿な真似は止めて!そんなことしたら、姫様に迷惑がかかるのよ!最悪、あなたに命じて、姫様がルーファス王子を殺そうとしたって疑われたらどうするのよ!何より、あなたに何かあったら姫様が悲しむわ!」
エルザはスザンヌの言葉にハッとした。ギリッと悔し気に歯を噛み締め、
「だからって…!このまま、何もせずにいろって?冗談じゃないわ!
そもそも、姫様が純潔を奪われたのだって合意じゃないんでしょう?それとも、何?姫様が喜んでその王子に身体を差し出したとでもいうの?」
「い、いや…。それはない、けど…、」
「やっぱり…!」
「でも!姫様はルーファス王子を恨んだりしてないの!どちらかというと、彼を庇ったりしてた位だもの。」
「はあ?そんなの、当たり前じゃない。姫様は元々、人を恨んだり憎んだりしないように育てられたんだから。きっと、いつものように自分にそう言い聞かせて…、」
「でも、今までとは様子が違うのよ!何というか…、他の人とは違う感情をあの王子に抱いている。
そんな気がするの。だって、姫様は言っていたのよ。殿下はお父様とは違うって。」
「え…。」
「そ、それに…、その後、殿下からの贈り物をすごく喜んでいたの。その時の姫様がとても幸せそうで…、あんな風に笑っている姫様は久し振りに見たわ。ヘレナ様が亡くなってから初めて見る表情だった。」
「まさか、姫様がその王子に恋をしていると言いたいの?あの、姫様が?」
エルザはスザンヌを睨みつけ、
「姫様が男に心を許すなんてある訳ないじゃない!だって、あんなにも男を警戒していたのに…!」
「あたしには姫様の気持ちは分からないわ。でも…、姫様を見ていると、何となく感じるの。姫様は…、殿下に惹かれているんじゃないかって。」
エルザは黙り込んだ。
「…そう。姫様がそれでいいのなら、あたしは何も言わないわ。」
エルザはナイフを仕舞い、無表情でそう言った。
「悪いけど、スザンヌ。あたし用事を思い出したから、一回切るわね。また、何か変わったことがあれば連絡を頂戴。」
「わ、分かったわ。」
いつもニコニコとしているエルザが無表情でいると、怖い。スザンヌは反論することなく、頷いた。
そのままフッとエルザの姿が消えたかと思うと、鏡は普通の鏡に戻り、自分の顔が映っているだけだった。
これは、スザンヌがリスティーナの輿入れの時に持ってきた所持品だ。
これは、ただの鏡ではなく、魔道具の一種であった。
スザンヌは鏡を手に持ち、じっと待った。すると、不意に鏡がぼやけ、淡く光った。
「スザンヌ。お待たせ。待った?」
鏡の中にはエルザが映っていた。ニコニコと上機嫌に笑っている。が、その頬には何やら殴られたような跡があった。
「エルザ。どうしたの?その傷。」
「ああ。これ?大したことじゃないのよ。ちょっとしたやっかみで絡まれただけ。」
ケラケラと笑うエルザにスザンヌは呆れた目を向けた。
「またわざと殴られたの?」
「あら、さすがスザンヌ!よく分かったわね。」
エルザは歌うような口調で楽し気に語った。
「ほら!あたしって、騎士団のアイドル的存在でしょう?それに嫉妬した面倒臭い女達がいてね。
フフッ…、あたしが顔のいい騎士達と話していると凄い目で睨みつけてきてね。面白そうだったから、ちょっと煽ってやったの。」
「あなたって、本当顔に似合わず、えげつない性格をしているわよね。」
スザンヌは呆れた。思わず、その女達に同情する。
エルザは一見、儚げでほんわかした柔らかい雰囲気の美少女だが、その性格は見た目と違い、かなり毒がある。例えるなら、ふわふわした兎と見せかけた大蛇である。
恐らく、エルザを虐めた女達はこう思っていた筈だ。
顔は可愛くても、男に守られていないと何もできない女。ちょっと脅しつければ泣き出すような気の弱い女だと。
とんでもない。エルザはそんな可愛らしい女じゃない。舐めてかかったら、手酷いしっぺ返しを食らう。何せ、こういった事は今回が初めてじゃないのだから。
「それで?今度は何をやらかしたの?」
聞かなくてもある程度の予想はしていたが一応は聞いておこうと思い、スザンヌは訊ねた。すると、
「あたしはただ騎士の人達と楽しくお喋りしてただけなのに、彼らと別れた直後に、絡まれちゃったの。
男好きだの、尻軽だの、散々罵倒してきてね。あたしは本当の事言っただけなのに、逆切れして、叩かれちゃった。そこを、たまたま通りがかった騎士達が見つけて、助けてくれたのよ。スザンヌにも見せたかったわー。」
やっぱり。スザンヌはハーと溜息を吐いた。
「それも全部、あなたの計算なんでしょう。」
「当たり前じゃない。何の為にあたしがわざわざ痛い思いしたと思っているの?」
エルザはクスクスと楽しそうに笑い、
「あたしが意地悪な女達に虐められる可哀想な女アピールをしたおかげで、騎士達からはあたしを守ってあげなきゃ!ってなったわ。男って、単純よね。ちょっと弱々しく泣き真似するだけで騙されるんだもの。」
「あなたって、本当顔面詐欺にも程があるわよね。」
スザンヌは口元が引き攣った。
エルザがこういう女だとは分かっているが何度見ても慣れない。
この本性をエルザに熱を上げている男達に教えたらどうなるだろうか。
きっと、淡い恋心と憧れは木っ端微塵に打ち砕かれることだろう。
勿論、絶対に言わないが。そんな事しようものなら、エルザにどんな目に遭わされるか分からない。
「何でわざわざそんな回りくどい方法を?もう、姫様はいないのだから、騎士達に媚びを売る必要はないじゃない。」
スザンヌは思わず疑問を口にした。エルザが他人に愛想を振りまいていたのは、全てリスティーナの為だった。
騎士団に近付いたのもリスティーナに何かあった時に彼らを使って、すぐに助けられるようにする為だ。見た目だけは可愛らしいエルザはすぐに彼らに気に入られ、よく差し入れを貰っていた。
碌な給料も貰っていないし、食事は黒パンと具の少ない冷たいスープだけ。
たまには、美味しい物が食べたいなあ。とエルザが涙ぐんで言えば、騎士達はエルザに同情し、肉やら果物やら精のつく食材を分けてくれのだ。
その食材をエルザはリスティーナ達の食事に使っていたのだ。
基本的にエルザの行動力はリスティーナを中心に回っている。
そんなリスティーナ至上主義のエルザが未だに騎士達に愛想を振りまく行動をする理由が分からなかった。
「あいつらは、まだ使えるわ。噂を広げていくためにも、彼らにはもっと踊ってもらわなきゃ。」
「噂…?」
エルザは何かを企んだような黒い笑みを浮かべ、
「そろそろ、次の段階に移ろうかと思うの。その為には、まずは騎士団から噂を広めようと思ってね。」
「今度は何をするつもり?」
スザンヌはエルザの目的を知っている。
リスティーナには知らせていないが、エルザが自国にあえて残ったのは今までヘレネとリスティーナを虐げてきた人達に復讐をする為だ。復讐の実行はエルザ達が担い、スザンヌはリスティーナの傍にいて守る。あらかじめ、そう話し合って決めていたのだ。
リスティーナから母国の状況を聞いた時にスザンヌは確信した。
漸く目に見える形で変化が現れたのだと。だが、あれはエルザがしたことではない。
幾らエルザが優秀な魔術師でもそこまで大きな力はない。
作物や鉱石がとれなくなったのは別の原因にある。その原因をスザンヌは知っている。
そして、その問題を解決する方法も知っている。だが、それをあの国王に教える気はない。
スザンヌはエルザがその状況を利用して、噂を広めているのは知っている。
だが、次の段階とは…?そんなスザンヌにエルザはにっこりと笑うと、
「フフッ…、騎士団の間にまた新しい噂の種を仕込んでおいたの。直に新しい噂が流れるわ。この国はアミニア王国と同じ末路を辿るんじゃないかってね。」
「アミニア王国?聞いたことない国ね。同じ末路ってどういう意味?」
「大昔に滅んだ国の名前よ。鼠の大量発生が原因で伝染病が蔓延したせいで最終的に国が滅んでしまったみたい。間抜けな話よね。でも、実在した国の話なのだから、すごく使えると思わない?」
「そんな国があったなんて初めて知ったわ。でも、そんなにうまくいくかしら?」
「そうね。確かに必ずしも成功するとは限らないわ。確率は五分五分って所かしら。
でも、多分、大丈夫。今の状況に不安と焦りを抱いているのは皆、同じだもの。
少し突くだけであっというまに噂は広まるわ。」
「大丈夫なんでしょうね?もし、噂の出処がバレたりしたら…、」
「あたしを誰だと思っているの?そんなヘマはしないわ。あたしはただ、誘導しただけ。不用意な発言はしていないわ。ただ、憶測を物語って勝手に盛り上がったのはあいつらの方。それをただ聞いていただけのあたしを罰せられるわけないじゃない。」
うふふ、と笑うエルザにスザンヌは寒気を覚えた。この子は本当、末恐ろしい女だ。全てがエルザの計画通りというわけだ。
「つくづく、あんたを敵に回すのだけはしたくないわ。」
「こんなに可憐でか弱い乙女に対して、そんな言い方はないじゃない。あたし、悲しくて泣いちゃう。」
クスン、と泣き真似するエルザにスザンヌは冷めた目を向ける。こんなことで一々、傷つくような軟な根性をエルザは持ち合わせていない。
「さて、あたしからの話は以上!」
エルザはパン!と手を叩き、改めてスザンヌに向き直ると、
「それより、ティナ様はどうしているの!?ちゃんと食事は食べれている?寝れない毎日を過ごしていない?後宮の女に虐められてない?侍女達に軽んじられたりしてない?もし、姫様を虐めている奴らがいたら、ちゃんと顔と名前を覚えておいてね!そいつらにはちゃんとお返しを…、」
「ちょ、ちょっと落ち着いて!エルザ!そんなに一遍に言われても分からないわよ!」
一気に質問するエルザにスザンヌは待ったをかけた。ああ。もう。この子は姫様が絡むといつもこうなんだから。
姫様の事となると、すぐに暴走するエルザに今からあの事を伝えないといけないのか…。
正直言うと、黙っていた方がいいのではないかと思うがそうも言ってられない。スザンヌは覚悟を決めて、重たい口を開いた。
「ええっと、エルザ。落ち着いて聞いてね。いい?落ち着いて聞くのよ。」
しつこいがスザンヌは二度も同じことを言った。
「どうしたのよ?スザンヌ。」
「実は、姫様の事で報告があるの。この間、話した時は姫様は初夜の日に殿下から拒否されて、手は出されなかったって言ったけど…、」
「ええ。ちゃんとこの耳で聞いたわ。全く!姫様を振るなんて見る目のない男もいたものね!
でも、例の王子って本当に不気味な見た目をした怖い男なんでしょう?だったら、良かったじゃない。
つまり、姫様はまだ処女だってことでしょう?」
「いや。それがね…、エルザ。」
「本当、良かったわ!ずっと、それが気がかりだったのよ!姫様は本当に惚れ惚れする程美しいし、性格だってとてつもなく優しいからその王子に目を付けられたらどうしようって思ってたの。」
「あの、だから…、」
「だから、その王子が姫様に手を出さなかったって聞いた時はどれだけホッとした事か…。スザンヌ!このまま姫様をその冷酷王子から遠ざけてちゃんと姫様を守るのよ!」
「だから!話を聞いて!もう、姫様は処女じゃないのよ!」
何度も説明しようとするのに全く話を聞かずに一人で話を進めるエルザにスザンヌは声を張り上げ、真実を暴露した。数秒、シン、と沈黙が走った。
「は?」
低い声がエルザの口から発せられた。あなた、普段高い声なのにそんな声出せるのねとスザンヌは心の中で突っ込みながら、冷や汗を流した。
エルザの真顔が怖い。この顔はガチで怒っている時の顔だ。目が怖すぎる。
ギョロリ、と冷徹な光を宿した目がこちらを見据える。スザンヌは顔を青褪めた。
「…相手は誰?」
「る、ルーファス王子よ。」
「そう…。」
エルザは顔を伏せた。スザンヌはゴクッと唾を飲み込みながら、エルザの反応を待った。
不意にエルザの手に何かが握られた。スザンヌはエルザの手に握られた物にギョッとした。
それは、鋭利に研ぎ澄まされたナイフだった。
「ねえ、スザンヌ。次に王子が来るのはいつ?後、後宮に侵入するためにいい抜け道とかないかしら?」
「ちょ、ちょ、ちょっと待って!さすがに王族暗殺はまずいから!っていうか、あんた呪い殺されたいの!?」
ヤバい。目が本気だ。エルザは本気でルーファス王子を暗殺しようとしている。スザンヌは焦って止めた。
「王族だろうが関係ないわ!よくも、あたしの大事な姫様に…!呪いが何よ!そんなの、あたしの魔力で跳ね返してやるわ!」
「馬鹿な真似は止めて!そんなことしたら、姫様に迷惑がかかるのよ!最悪、あなたに命じて、姫様がルーファス王子を殺そうとしたって疑われたらどうするのよ!何より、あなたに何かあったら姫様が悲しむわ!」
エルザはスザンヌの言葉にハッとした。ギリッと悔し気に歯を噛み締め、
「だからって…!このまま、何もせずにいろって?冗談じゃないわ!
そもそも、姫様が純潔を奪われたのだって合意じゃないんでしょう?それとも、何?姫様が喜んでその王子に身体を差し出したとでもいうの?」
「い、いや…。それはない、けど…、」
「やっぱり…!」
「でも!姫様はルーファス王子を恨んだりしてないの!どちらかというと、彼を庇ったりしてた位だもの。」
「はあ?そんなの、当たり前じゃない。姫様は元々、人を恨んだり憎んだりしないように育てられたんだから。きっと、いつものように自分にそう言い聞かせて…、」
「でも、今までとは様子が違うのよ!何というか…、他の人とは違う感情をあの王子に抱いている。
そんな気がするの。だって、姫様は言っていたのよ。殿下はお父様とは違うって。」
「え…。」
「そ、それに…、その後、殿下からの贈り物をすごく喜んでいたの。その時の姫様がとても幸せそうで…、あんな風に笑っている姫様は久し振りに見たわ。ヘレナ様が亡くなってから初めて見る表情だった。」
「まさか、姫様がその王子に恋をしていると言いたいの?あの、姫様が?」
エルザはスザンヌを睨みつけ、
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「あたしには姫様の気持ちは分からないわ。でも…、姫様を見ていると、何となく感じるの。姫様は…、殿下に惹かれているんじゃないかって。」
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「…そう。姫様がそれでいいのなら、あたしは何も言わないわ。」
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