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第一章 出会い編
ルーファスの提案
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結局、彼の言葉に甘えて、リスティーナは先に入浴をすませ、その後に彼が浴室を使った。
本来なら、彼を優先するべきなのに先に入浴してしまうなんて…。
リスティーナはそんな自分が情けなかった。彼の前であんなはしたない姿を見せてしまったことが恥ずかしくて、さっきから目を合わせることができない。ぎこちない動きで長椅子に座り、彼と向かい合って座った。
「君も身体を冷やさないよう飲んだ方がいい。」
「は、はい!」
温めた蜂蜜酒を前にしても、口をつけようとしないリスティーナにルーファスがそう促してくれた。
ルーファスはもう平然としていて、別段怒った様子も不快感を露にしたようにも見えない。
それに少しホッとしながらも、リスティーナは蜂蜜酒を口にした。
「わ…、温かい…。」
じんわりと体の芯から温まるような感覚にリスティーナは表情を和らげた。
ルーファスを見れば、彼は蜂蜜酒を飲みながら、何か考え事をしているかのように見えた。
あ…、殿下のグラスもうすぐ空になりそう。
「殿下。あの…、よろしければ、もう一杯いかがですか?」
「…ああ。」
リスティーナはすぐに彼のグラスに蜂蜜酒のお代わりを注いだ。
が、彼はリスティーナがまだ一杯も飲み切らない内に二杯目の蜂蜜酒を飲み切ってしまう。
三杯目の蜂蜜酒を注ぐが、彼はどう見ても、飲むペースが速い。
四杯目のグラスを飲む時は、グイッと一気に飲んでしまった。
「あ、あの…、殿下。大丈夫ですか?そんなに一気に飲むと、お身体に障るのでは…?」
リスティーナの言葉にルーファスはピタッとグラスを持つ手を止めた。そのまま、カタン、と机の上にグラスを置くと、リスティーナを見つめた。あんなに早いペースで四杯も酒を飲んだというのに頬に赤みもなく、酔った感じは見られなかった。その表情は真剣でどこか思い詰めたような目をしていた。
そんな彼にリスティーナはドキッとした。
「リスティーナ姫。君に大事な話がある。」
「な、何でしょうか?」
リスティーナは居住まいを正して、彼の言葉を待った。が、彼は中々、話そうとしない。
「…隣に座っても構わないか?」
「は、はい。どうぞ。」
わざわざ許可を取るなんて、紳士な方…。
そんな気持ちで少しドキドキしながら、リスティーナは彼が座るのを待った。
ルーファスはリスティーナの隣に移動すると、唐突に口を開いた。
「今日…、使用人から俺の事を何か聞かなかったか?」
「え、あ…、そ、そういえば、あの…、殿下が王妃様に…、イグアス殿下の件で責められたとお聞きしました。私のせいでとんだご迷惑を掛けてしまい、申し訳ありません!」
リスティーナはルーファスに頭を下げて謝った。
「いや。別に君は悪くない。それに、あいつが逆恨みして、俺の悪い噂を流すことは分かっていた。」
「え…、では、殿下はこうなると分かった上で私を庇ってくれたのですか?」
「目の前で強姦されそうになっている女がいて、さすがに見て見ぬ振りはできないだろう。
成り行き上、ああなっただけだ。君のせいじゃない。」
「で、ですが、それでは…、殿下が誤解されたままで…。」
「俺の噂なんて、碌でもないものばかりだ。それが一つ増えた所でどうということはない。」
「でも、イグアス殿下の件で王妃様に責められたとお聞きしました。そのせいでお叱りを受けたりは…、」
「ああ。あれはいつもの事だから気にするな。母上はイグアスの話は何でも信じるからな。
俺が本当の事を話したところで聞く耳は持たない。それを分かっているから、イグアスも母上に告げ口するような真似をしたんだろう。
まあ、その母上も俺の呪いを恐れているから、俺を罰することはできない。
今日は、久々に母上の前でも力を使ったからな。当分の間、俺には近づかないだろう。」
「あ…、そういえば、お身体の具合は大丈夫なのですか?力を使ったという事は…、その…、」
「大丈夫だ。」
リスティーナのせいで悪い噂を流され、誤解されているのにルーファスは一切、責めることはなく、淡々としていた。そんな彼にリスティーナは申し訳ない気持ちで一杯になった。
「俺の話はここからが本題だ。…イグアスが君に目を付けている。今後、また同じように手を出してくるかもしれない。」
「え!?」
ルーファスの言葉にリスティーナはサア、と顔を青褪めた。思わず手が震える。
「俺があの時、止めに入ったせいだ。あいつは、昔から俺の物を奪うのが楽しいという悪趣味な奴だった。大人になった今でもそれは変わっていない。ダニエラに手を出したのも半分は俺への嫌がらせのようなものだったからな。」
「え!?殿下はお二人の関係をご存じだったのですか!?」
リスティーナはダニエラとイグアスが不義密通をしていることは知っていたが、まさかルーファスがそれを知っているとは思わず、仰天した。
「あれだけあからさまに逢引きをしていたら気付くに決まっているだろう。そもそも、イグアスもダニエラも隠す気がないからな。」
殿下はお二人の関係を知っていた。それなら、どうして何も言わないのだろう。
ダニエラはルーファスの正妃なのに…。そう疑問に思っていると、ルーファスはぽつりと独り言のように呟いた。
「あれも、可哀想な女だからな。王命で無理矢理俺と結婚させられたんだ。恋愛位、好きにさせてやるべきだろう。それに…、正直、ダニエラの事はどうでもいいんだ。」
「え…?あの、それはどういう…?」
ルーファスはリスティーナに視線を合わせると、フッと笑った。その穏やかな笑みにリスティーナは思わずドキッとした。
「君が…、俺の妻になれて良かったと言ってくれたから。だから、ダニエラ達が俺をどう思うが、他の男と浮気しようがどうだっていい。君が俺の妻でいるなら、それだけで、十分だ。」
「…!?」
突然の彼の言葉にリスティーナは頬を赤く染めた。
不意にルーファスは顔を曇らせた。
「だが…、きっと、あいつはそれを許しはしない。イグアスは俺への嫌がらせで君に手を出そうとしてくるだろう。君に矛先が向かわないようにとわざと突き放した態度を取ったつもりだったが…、あいつには効かなかったらしい。あの時、俺が間に入って止めたせいで君に執着していると確信したようだ。」
リスティーナはハッとした。あの時、イグアスから助けてくれたルーファスはいつも以上に冷たくて、リスティーナが何をしようが関係ないと言い、他人事のような態度だった。
イグアスの挑発にも乗らずに好きにしろ。と突き放した物言いにリスティーナは深く傷ついた。
でも、あれは…、イグアス殿下から私の身を守る為?だから、わざとあんな態度を…?
リスティーナはルーファスを見上げた。ルーファスは真剣な眼差しでリスティーナを見つめる。
「だから、イグアスには気を付けてくれ。それから、母上にも十分、注意しろ。」
「殿下のお母様…。王妃様にも?」
「母上は昔から、イグアスを溺愛していた。イグアスが絡むと、母上も関わってくる筈だ。
とはいえ…、幾ら君が気を付けた所で、あの二人には権力がある。命令されれば、君は逆らう事ができないだろう。
それにイグアスはダニエラと繋がっている。ダニエラの手引きで後宮内に侵入して、君に夜這いする可能性だって考えられる。」
「よ、夜這い!?」
リスティーナはギョッとした。後宮内にいれば安全だと思っていたのに…。
そういえば、イグアスはこの後宮内でダニエラと密会していた。つまり、イグアスにとって、後宮内に侵入する位、簡単にできることなのかもしれない。
もし、そうなったら…、逃げられない。顔を青褪めるリスティーナにルーファスが話しかけた。
「その事で提案がある。リスティーナ姫。君さえ嫌でなければ…、暫く、夜は君の部屋に俺が来ても構わないか?」
「え…?」
「さっきも言ったようにあいつは、俺の力を恐れている。だから、俺と一緒にいれば君は安全だ。
さすがのあいつも人目がつく昼間に行動を起こす馬鹿な真似はしないだろう。行動を起こすなら、夜だ。俺と一緒にいるのは嫌かもしれないが、イグアスが諦めるまで我慢して…、」
「そ、そんな事ありません!嫌だなんてそんな…、殿下のお気持ちは嬉しいです。でも…、それでは殿下にご迷惑が…、」
「迷惑だなんて思ってない。俺のせいでこんな事になっているのだから、遠慮をする必要はない。」
「…あ、ありがとうございます…。」
リスティーナは赤くなった頬を隠すように俯きながら、お礼を言った。
「ただ…、そうすることで君には悪い噂が広がるかもしれない。俺と関係を持った女だとして見られ、呪いが移ったとか、穢れた女だと言われるだろう。」
「わ、私…、そんな事、気にしません!噂とか、評判なんて…、どうでもいいです。」
そうだ。噂なんて当てにならない。目の前の彼がまさにそうだった。化け物王子、人殺しだの、見た目も心も醜い悪魔のような男だとか呼ばれているが、全然そんな事ない。
彼は…、誰よりも優しくて、誠実な人だ。
「殿下がお嫌でなければ…、私をお傍に置いて下さい。お願いします…!」
リスティーナは頭を下げて、彼に懇願した。
すると、フッと影ができたと思ったら…、そのままギュッと抱き締められた。
リスティーナは一瞬、何が起こったのか分からず、固まった。
少しずつ、状況を理解し、ルーファスに抱き締められているのだと気付いたら、リスティーナは思わず悲鳴を上げた。
「で、殿下!?あ、あの…、あの…!」
混乱するリスティーナをルーファスはそのままギュッと抱き締めたまま、低い声で囁いた。
「嫌か?俺にこうされるのは。」
「い、嫌ではないですけど…!」
リスティーナは慌てて彼の言葉に否定した。そうか、と安堵したように呟き、そのまま彼はリスティーナを抱き締めたまま無言だった。ドキドキしながら、リスティーナは自分の心臓の音と格闘していると、
「君を誰にも…、渡したくない。」
そう言って、彼はリスティーナの肩に頭を乗せた。彼の吐息がリスティーナの首筋にかかり、思わず、ピクッと反応してしまう。
「っ…、ん…。」
お酒を飲んで身体が温まったせいだろうか?いつもより、感覚が敏感になっている気がする。
「イグアスにも、他の男にも…、誰にも触れさせたくない。」
彼の腕は微かに震えていた。まるで縋ってくるかのよう…。そんな彼にリスティーナはそっとその背中に手を回した。
「わ、私は殿下の側室です。ですから…、私は殿下の物です。」
ピクッとルーファスの腕が震えた。ギュッとリスティーナはルーファスを強く抱き締める。
「本当か…?」
「はい。」
ルーファスの震える声にリスティーナは頷いた。
「君を…、もう一度抱きたいと言っても…、君は許してくれるか?」
リスティーナは彼の言葉に目を見開いたが、おずおずと頷いた。
「あ、あの…、殿下がお望みでしたら…、」
リスティーナがそう言うと、少しだけ身体が離された。彼と向き合うように視線を合わせる。
彼はじっとリスティーナを見つめた。その熱を孕んだ眼差しにリスティーナはドキドキした。
彼はリスティーナの顎にそっと手をかけ、そのままそっと優しく唇を重ねた。
リスティーナは抵抗せずに彼の口づけを受け入れる。
彼との初めての口づけ…。イグアスに乱暴に奪われた口づけとは違う。優しくて、啄ばむような口づけ。
彼が私を気遣ってくれているのがよく分かる。嬉しい…。触れるだけの口づけをして、彼は唇を離した。
リスティーナはそれが何だか寂しく思えてしまった。
「!?キャッ…!?」
そのまま、膝裏と肩に手を回され、リスティーナはルーファスに抱き上げられた。
「で、殿下…!?」
リスティーナが声を上げるがそのまま彼は何も答えずにスタスタとベッドまで直行した。
ベッドに下ろされ、ギシッと音を立てて、彼がリスティーナに覆いかぶさった。
仮面で覆われた彼の顔が暗闇の中でもはっきりと見える。そのまま、もう一度、リスティーナに唇を重ねる。触れるだけの唇ではなく、深く、濃厚な大人の口づけ…。
「ん…、ふっ…、あっ…、っ…、」
口の中に舌を入れられ、そのまま舌が絡まった。はあ…、熱い息を吐きながら、涙目で彼を見上げる。
口の端から唾液が零れるがそれを拭う事もしないで、彼の口づけに夢中になった。
気持ちいい。口づけがこんなにも甘くて、気持ちがいいものだなんて…。知らなかった。
段々と息苦しくなり、リスティーナは苦しそうに彼の服の袖を握り締めた。
彼の唇が離れ、銀色の糸が引いた。
はあはあ、と呼吸を整えるリスティーナにルーファスは首筋に唇を寄せた。
リスティーナは思わずビクッと身体を震わせる。私…、このまま、殿下と…。
期待と不安を抱きながらもリスティーナはそっと目を瞑った。
本来なら、彼を優先するべきなのに先に入浴してしまうなんて…。
リスティーナはそんな自分が情けなかった。彼の前であんなはしたない姿を見せてしまったことが恥ずかしくて、さっきから目を合わせることができない。ぎこちない動きで長椅子に座り、彼と向かい合って座った。
「君も身体を冷やさないよう飲んだ方がいい。」
「は、はい!」
温めた蜂蜜酒を前にしても、口をつけようとしないリスティーナにルーファスがそう促してくれた。
ルーファスはもう平然としていて、別段怒った様子も不快感を露にしたようにも見えない。
それに少しホッとしながらも、リスティーナは蜂蜜酒を口にした。
「わ…、温かい…。」
じんわりと体の芯から温まるような感覚にリスティーナは表情を和らげた。
ルーファスを見れば、彼は蜂蜜酒を飲みながら、何か考え事をしているかのように見えた。
あ…、殿下のグラスもうすぐ空になりそう。
「殿下。あの…、よろしければ、もう一杯いかがですか?」
「…ああ。」
リスティーナはすぐに彼のグラスに蜂蜜酒のお代わりを注いだ。
が、彼はリスティーナがまだ一杯も飲み切らない内に二杯目の蜂蜜酒を飲み切ってしまう。
三杯目の蜂蜜酒を注ぐが、彼はどう見ても、飲むペースが速い。
四杯目のグラスを飲む時は、グイッと一気に飲んでしまった。
「あ、あの…、殿下。大丈夫ですか?そんなに一気に飲むと、お身体に障るのでは…?」
リスティーナの言葉にルーファスはピタッとグラスを持つ手を止めた。そのまま、カタン、と机の上にグラスを置くと、リスティーナを見つめた。あんなに早いペースで四杯も酒を飲んだというのに頬に赤みもなく、酔った感じは見られなかった。その表情は真剣でどこか思い詰めたような目をしていた。
そんな彼にリスティーナはドキッとした。
「リスティーナ姫。君に大事な話がある。」
「な、何でしょうか?」
リスティーナは居住まいを正して、彼の言葉を待った。が、彼は中々、話そうとしない。
「…隣に座っても構わないか?」
「は、はい。どうぞ。」
わざわざ許可を取るなんて、紳士な方…。
そんな気持ちで少しドキドキしながら、リスティーナは彼が座るのを待った。
ルーファスはリスティーナの隣に移動すると、唐突に口を開いた。
「今日…、使用人から俺の事を何か聞かなかったか?」
「え、あ…、そ、そういえば、あの…、殿下が王妃様に…、イグアス殿下の件で責められたとお聞きしました。私のせいでとんだご迷惑を掛けてしまい、申し訳ありません!」
リスティーナはルーファスに頭を下げて謝った。
「いや。別に君は悪くない。それに、あいつが逆恨みして、俺の悪い噂を流すことは分かっていた。」
「え…、では、殿下はこうなると分かった上で私を庇ってくれたのですか?」
「目の前で強姦されそうになっている女がいて、さすがに見て見ぬ振りはできないだろう。
成り行き上、ああなっただけだ。君のせいじゃない。」
「で、ですが、それでは…、殿下が誤解されたままで…。」
「俺の噂なんて、碌でもないものばかりだ。それが一つ増えた所でどうということはない。」
「でも、イグアス殿下の件で王妃様に責められたとお聞きしました。そのせいでお叱りを受けたりは…、」
「ああ。あれはいつもの事だから気にするな。母上はイグアスの話は何でも信じるからな。
俺が本当の事を話したところで聞く耳は持たない。それを分かっているから、イグアスも母上に告げ口するような真似をしたんだろう。
まあ、その母上も俺の呪いを恐れているから、俺を罰することはできない。
今日は、久々に母上の前でも力を使ったからな。当分の間、俺には近づかないだろう。」
「あ…、そういえば、お身体の具合は大丈夫なのですか?力を使ったという事は…、その…、」
「大丈夫だ。」
リスティーナのせいで悪い噂を流され、誤解されているのにルーファスは一切、責めることはなく、淡々としていた。そんな彼にリスティーナは申し訳ない気持ちで一杯になった。
「俺の話はここからが本題だ。…イグアスが君に目を付けている。今後、また同じように手を出してくるかもしれない。」
「え!?」
ルーファスの言葉にリスティーナはサア、と顔を青褪めた。思わず手が震える。
「俺があの時、止めに入ったせいだ。あいつは、昔から俺の物を奪うのが楽しいという悪趣味な奴だった。大人になった今でもそれは変わっていない。ダニエラに手を出したのも半分は俺への嫌がらせのようなものだったからな。」
「え!?殿下はお二人の関係をご存じだったのですか!?」
リスティーナはダニエラとイグアスが不義密通をしていることは知っていたが、まさかルーファスがそれを知っているとは思わず、仰天した。
「あれだけあからさまに逢引きをしていたら気付くに決まっているだろう。そもそも、イグアスもダニエラも隠す気がないからな。」
殿下はお二人の関係を知っていた。それなら、どうして何も言わないのだろう。
ダニエラはルーファスの正妃なのに…。そう疑問に思っていると、ルーファスはぽつりと独り言のように呟いた。
「あれも、可哀想な女だからな。王命で無理矢理俺と結婚させられたんだ。恋愛位、好きにさせてやるべきだろう。それに…、正直、ダニエラの事はどうでもいいんだ。」
「え…?あの、それはどういう…?」
ルーファスはリスティーナに視線を合わせると、フッと笑った。その穏やかな笑みにリスティーナは思わずドキッとした。
「君が…、俺の妻になれて良かったと言ってくれたから。だから、ダニエラ達が俺をどう思うが、他の男と浮気しようがどうだっていい。君が俺の妻でいるなら、それだけで、十分だ。」
「…!?」
突然の彼の言葉にリスティーナは頬を赤く染めた。
不意にルーファスは顔を曇らせた。
「だが…、きっと、あいつはそれを許しはしない。イグアスは俺への嫌がらせで君に手を出そうとしてくるだろう。君に矛先が向かわないようにとわざと突き放した態度を取ったつもりだったが…、あいつには効かなかったらしい。あの時、俺が間に入って止めたせいで君に執着していると確信したようだ。」
リスティーナはハッとした。あの時、イグアスから助けてくれたルーファスはいつも以上に冷たくて、リスティーナが何をしようが関係ないと言い、他人事のような態度だった。
イグアスの挑発にも乗らずに好きにしろ。と突き放した物言いにリスティーナは深く傷ついた。
でも、あれは…、イグアス殿下から私の身を守る為?だから、わざとあんな態度を…?
リスティーナはルーファスを見上げた。ルーファスは真剣な眼差しでリスティーナを見つめる。
「だから、イグアスには気を付けてくれ。それから、母上にも十分、注意しろ。」
「殿下のお母様…。王妃様にも?」
「母上は昔から、イグアスを溺愛していた。イグアスが絡むと、母上も関わってくる筈だ。
とはいえ…、幾ら君が気を付けた所で、あの二人には権力がある。命令されれば、君は逆らう事ができないだろう。
それにイグアスはダニエラと繋がっている。ダニエラの手引きで後宮内に侵入して、君に夜這いする可能性だって考えられる。」
「よ、夜這い!?」
リスティーナはギョッとした。後宮内にいれば安全だと思っていたのに…。
そういえば、イグアスはこの後宮内でダニエラと密会していた。つまり、イグアスにとって、後宮内に侵入する位、簡単にできることなのかもしれない。
もし、そうなったら…、逃げられない。顔を青褪めるリスティーナにルーファスが話しかけた。
「その事で提案がある。リスティーナ姫。君さえ嫌でなければ…、暫く、夜は君の部屋に俺が来ても構わないか?」
「え…?」
「さっきも言ったようにあいつは、俺の力を恐れている。だから、俺と一緒にいれば君は安全だ。
さすがのあいつも人目がつく昼間に行動を起こす馬鹿な真似はしないだろう。行動を起こすなら、夜だ。俺と一緒にいるのは嫌かもしれないが、イグアスが諦めるまで我慢して…、」
「そ、そんな事ありません!嫌だなんてそんな…、殿下のお気持ちは嬉しいです。でも…、それでは殿下にご迷惑が…、」
「迷惑だなんて思ってない。俺のせいでこんな事になっているのだから、遠慮をする必要はない。」
「…あ、ありがとうございます…。」
リスティーナは赤くなった頬を隠すように俯きながら、お礼を言った。
「ただ…、そうすることで君には悪い噂が広がるかもしれない。俺と関係を持った女だとして見られ、呪いが移ったとか、穢れた女だと言われるだろう。」
「わ、私…、そんな事、気にしません!噂とか、評判なんて…、どうでもいいです。」
そうだ。噂なんて当てにならない。目の前の彼がまさにそうだった。化け物王子、人殺しだの、見た目も心も醜い悪魔のような男だとか呼ばれているが、全然そんな事ない。
彼は…、誰よりも優しくて、誠実な人だ。
「殿下がお嫌でなければ…、私をお傍に置いて下さい。お願いします…!」
リスティーナは頭を下げて、彼に懇願した。
すると、フッと影ができたと思ったら…、そのままギュッと抱き締められた。
リスティーナは一瞬、何が起こったのか分からず、固まった。
少しずつ、状況を理解し、ルーファスに抱き締められているのだと気付いたら、リスティーナは思わず悲鳴を上げた。
「で、殿下!?あ、あの…、あの…!」
混乱するリスティーナをルーファスはそのままギュッと抱き締めたまま、低い声で囁いた。
「嫌か?俺にこうされるのは。」
「い、嫌ではないですけど…!」
リスティーナは慌てて彼の言葉に否定した。そうか、と安堵したように呟き、そのまま彼はリスティーナを抱き締めたまま無言だった。ドキドキしながら、リスティーナは自分の心臓の音と格闘していると、
「君を誰にも…、渡したくない。」
そう言って、彼はリスティーナの肩に頭を乗せた。彼の吐息がリスティーナの首筋にかかり、思わず、ピクッと反応してしまう。
「っ…、ん…。」
お酒を飲んで身体が温まったせいだろうか?いつもより、感覚が敏感になっている気がする。
「イグアスにも、他の男にも…、誰にも触れさせたくない。」
彼の腕は微かに震えていた。まるで縋ってくるかのよう…。そんな彼にリスティーナはそっとその背中に手を回した。
「わ、私は殿下の側室です。ですから…、私は殿下の物です。」
ピクッとルーファスの腕が震えた。ギュッとリスティーナはルーファスを強く抱き締める。
「本当か…?」
「はい。」
ルーファスの震える声にリスティーナは頷いた。
「君を…、もう一度抱きたいと言っても…、君は許してくれるか?」
リスティーナは彼の言葉に目を見開いたが、おずおずと頷いた。
「あ、あの…、殿下がお望みでしたら…、」
リスティーナがそう言うと、少しだけ身体が離された。彼と向き合うように視線を合わせる。
彼はじっとリスティーナを見つめた。その熱を孕んだ眼差しにリスティーナはドキドキした。
彼はリスティーナの顎にそっと手をかけ、そのままそっと優しく唇を重ねた。
リスティーナは抵抗せずに彼の口づけを受け入れる。
彼との初めての口づけ…。イグアスに乱暴に奪われた口づけとは違う。優しくて、啄ばむような口づけ。
彼が私を気遣ってくれているのがよく分かる。嬉しい…。触れるだけの口づけをして、彼は唇を離した。
リスティーナはそれが何だか寂しく思えてしまった。
「!?キャッ…!?」
そのまま、膝裏と肩に手を回され、リスティーナはルーファスに抱き上げられた。
「で、殿下…!?」
リスティーナが声を上げるがそのまま彼は何も答えずにスタスタとベッドまで直行した。
ベッドに下ろされ、ギシッと音を立てて、彼がリスティーナに覆いかぶさった。
仮面で覆われた彼の顔が暗闇の中でもはっきりと見える。そのまま、もう一度、リスティーナに唇を重ねる。触れるだけの唇ではなく、深く、濃厚な大人の口づけ…。
「ん…、ふっ…、あっ…、っ…、」
口の中に舌を入れられ、そのまま舌が絡まった。はあ…、熱い息を吐きながら、涙目で彼を見上げる。
口の端から唾液が零れるがそれを拭う事もしないで、彼の口づけに夢中になった。
気持ちいい。口づけがこんなにも甘くて、気持ちがいいものだなんて…。知らなかった。
段々と息苦しくなり、リスティーナは苦しそうに彼の服の袖を握り締めた。
彼の唇が離れ、銀色の糸が引いた。
はあはあ、と呼吸を整えるリスティーナにルーファスは首筋に唇を寄せた。
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