冷遇され、虐げられた王女は化け物と呼ばれた王子に恋をする

林檎

文字の大きさ
3 / 222
第二章 相思相愛編

第五王子

しおりを挟む
「ルーファスの妻が殺されたと聞いてもわらわはそこまで驚かなかったがのお。何せ、実の弟ですら平気で殺すような男じゃ。妻だろうと躊躇なく殺すじゃろう。本当に血も涙もない男よ。」

「え…!?」

リスティーナは王妃の言葉に思わず顔を上げた。弟?でも、殿下の弟は…、

「殿下の弟はイグアス殿下とアンリ殿下のお二人しかいないのでは?お二人共ご存命ではありませんか。」

「ああ。そうか。そなたは他国から来たから知らないのじゃな。そなたが知らぬのも無理はない。
これは、この国の貴族と王族しか知らないことなのじゃが…、我が王家にはもう一人、王子がいたのじゃよ。」

もう一人の王子?ということは、この国には五人の王子がいたということ?

「第五王子、ノエル。まあ、王子とはいえ、所詮は側室の子。しかも、平民の出の侍女に孕ませた子じゃ。王位継承権はないに等しい。」

ノエルという名にリスティーナはあの肖像画に描かれていた少年の絵姿を思い出した。まさか、あの子は殿下の弟?じゃあ、あの茶色い髪をしたマリーという女性は…、

「あ、あの…、その側室の名は何と仰るのでしょうか?」

「さて…、何という名だったかのう?あのような下賤な女の名など覚えておらぬのでな。」

王妃は嫌悪の色を強く滲ませ、吐き捨てるように言った。すると、侍女の一人が

「確か、マリーという名ではありませんでしたか?」

「ああ。確かそんな名前じゃったかのお。」

侍女の言葉にどうでもよさそうに呟く王妃。
やっぱり、あの肖像画の二人は親子だったんだ。殿下の妻と子供だと思っていたけど違った。
マリー様はハロルド三世の側室だったのだ。

「ノエルがまだ一歳になった時だったかのお。裏庭でノエルが遺体となって発見されたのじゃ。その時、ルーファスがノエルを抱えていたそうじゃ。全身血塗れの姿でな。」

「…!」

リスティーナは息を呑んだ。

「ノエルは身体の半分を食われたような姿に変わり果てておったそうじゃ。ノエルを殺したのはルーファスじゃ。それを隠蔽するためにあやつは弟を食ったのじゃよ!まさしく、あれは悪魔じゃ!人間を食らうなどおぞましい!ましてや、それが実の弟なのじゃからな!」

何て惨い…。ノエルの死は聞いているだけでも痛ましいものだった。子供がそのような死を迎えたと知り、マリーはどんな気持ちだったのだろうか。

「マリー様は…、ノエル殿下の死にどれだけ悲しんだことでしょうね。」

母親を亡くすのも辛いが子供を亡くすのも同じように辛い筈だ。私だって、母が死んだ時はとても悲しく、辛かったのだから。

「あの女は息子の死を知り、狂ったように泣いていたそうじゃ。息子の仇だと言って、ルーファスを殺そうとした位にな。」

「なっ…!」

殿下を殺そうとした?リスティーナは思わず声を上げた。

「当然じゃろう?自分の子を殺した殺人鬼じゃぞ。復讐に駆られるのも無理はない。」

「それは…、」

マリーの気持ちは分かる。でも、それは本当にルーファスがノエルを殺したのならばの話だ。
だって、王妃の話はおかしい。確かに話しだけ聞くと、ルーファスが疑われるかもしれない。
でも、ルーファスがノエルを実際に殺していた姿を見た訳じゃない。血で汚れていたのだってノエルを触った時についただけかもしれない。もしかして、彼が最初にノエルを発見したのでは?
それで、ノエルの生死を確認しようと近づいて触った時に別の誰かがその現場を見て、彼がノエルを殺したのだと誤解したのではないだろうか?

「結局、あの側室は子を亡くしたショックのあまり、心を病んでしまったのじゃ。そして、最後は塔から身を投げて自殺した。哀れな女よのお。」

王妃はそっと目を伏せ、口元を扇で覆った。

「そんな…、そんな事が…、」

「あまりにも痛ましい事件だった上、犯人が王族であったのもあり、陛下が圧力をかけたのじゃ。
このような王家の醜聞を他国に知られるわけにはいかないじゃろう?だから、この話は自国の王族と貴族しか知らないのじゃ。」

「…そうでしたか…。」

リスティーナは何とかそれだけ答えるのが精いっぱいでそのまま黙り込んでしまう。
まさか、そんな事件があったなんて知らなかった…。

「ああ。怖がらせてしまったかのお?すまぬな。そなたも今までの妻達と同様に殺されるのではと思い、つい余計な事まで喋ってしもうたな。」

「…い、いえ。大丈夫です。お気遣い感謝いたします。王妃様。」

リスティーナは青褪めた顔で何とかそう答えた。顔色が悪いのは王妃の話を聞いたからではない。
亡くなった正妃や側室達の死の原因を考えたからだ。まさか、彼女達は…、
そんなリスティーナに王妃は囁くように言った。

「のう、リスティーナよ。そなたとて死にたくないであろう?」

王妃は口元に笑みを浮かべると、

「ルーファスは半分とはいえ血を分けた弟ですら殺す残忍な男じゃ。妻だろうと関係ない。次はそなたの番かもしれぬぞ。」

リスティーナは王妃の言葉に目を見開いた。

「私が…?」

「リスティーナ。わらわがそなたの力になろう。」

そう言うと、王妃の背後から侍女が現れ、スッと小さな箱を差し出した。

「これは…?」

「何。ただの茶葉じゃ。ただし、普通の茶葉ではない。わらわが用意した特別な茶葉じゃぞ。これをルーファスに飲ませるのじゃ。そうすれば、全てうまくいく。」

「えっ…、」

リスティーナはドクン、と心臓が音を立てた。どういう意味…?
まさか、この方…。

「あ、あの…、王妃様。」

「受け取るがよい。義理の母であるわらわからの贈り物じゃ。宝石は無理でも茶葉なら受け取ってくれるであろう?まさかとは思うが、わらわの贈り物が気に入らないとは言うまいな?」

スッと目を細め、低い声を出す王妃にリスティーナはビクッとした。冷たく、鋭い眼差し…。
ここで拒否すれば私は…、リスティーナはスッと箱を受け取ると、ニコッと微笑んだ。

「ありがとうございます。王妃様。お心遣い、感謝いたします。」

口元が引き攣っていないだろうか。手が震えていないだろうか。そんな不安と恐怖を隠して、リスティーナは表面上はにこやかにお礼を言った。そんなリスティーナに王妃は満足げに笑った。

「フフッ…、わらわは物分かりのいい女は好きじゃ。安心せい。そなたを悪い様にはせぬ。何かあってもわらわが守ってやろう。」

「…ありがとうございます。」

リスティーナは王妃の言葉に深々と頭を下げた。





「殿下。リスティーナ様は素敵な方ですな。あの方は他の方々と違って殿下をきちんと見てくれている方です。大切にしないといけませんぞ。」

ロジャーの言葉にルーファスは黙ったまま答えない。ロジャーはそんなルーファスを微笑ましく見つめ、

「安心しました。リスティーナ様が殿下の妻になられて。爺は嬉しいですぞ。分かっていましたとも。いつか、殿下の素晴らしさに気付いてくれる女性が現れると。わたしは信じておりました。こんなに喜ばしい事はありません!」

「…爺。彼女は別に俺に好意を寄せている訳じゃない。」

喜びを露にするロジャーにルーファスは即座に否定する。

「そのようなことはありません。リスティーナ様の目を見れば分かります。あの方は本当に殿下を慕っているご様子です。現に殿下の誘いを受けられたではありませんか。」

「それは…、立場上、断れなかっただけだ。それに、イグアスの件もあるから不安なのだろう。」

「そうでしょうか?少なくともわたしの目には心から嬉しそうに見えましたが。」

「それは…、」

言葉に詰まるルーファスにロジャーは溜息を吐いた。

「いいですか?殿下。あなたが他人に心を許せないのも相手を信じることができないのもよく分かります。あのような事があったのですから当然です。人を…、特に女性不信になるのも当然です。ですが、このままではいつまで経っても前に進めません。時には人を信じることも必要です。リスティーナ様は今までの女性とは違います。あの方は信頼できるお方です。」

「…。」

ルーファスは黙ったまま俯いた。

「わたしはこれでも人を見る目はあるのです。殿下。一度だけでいいのでリスティーナ様を信じて差し上げて…、」

「…彼女が嘘を吐くような女じゃないことは分かっている。今まで会った女達と違う事も。」

ルーファスはぽつりと呟いた。

「だが…、俺は彼女に好かれる程の事はしていない。むしろ、嫌われることしかしていない。」

「ですが、見た所、リスティーナ様は殿下を怖がっている様子も嫌悪している様子もありませんでしたよ。どちらかというと、好意を寄せているように見受けられます。」

「そんな筈は…、」

「殿下。」

ロジャーが強くルーファスの名を呼んだ。顔を上げると、ロジャーが真剣な表情でこちらを見つめた。

「殿下が御自分に自信がないのはよく分かっております。ですが、殿下はもっとご自分に自信を持つべきです。あなたは素晴らしい方なのですから。きっと、リスティーナ様はそれを分かっておられるのです。あの姫君は見る目がありますな。」

「…そう思うか?」

ぽつりとか細く呟いたルーファスにロジャーは勿論でございますと頷いた。
ルーファスは一度、考え込むように俯いたその時、

「た、大変です!殿下!」

いきなり部屋の扉を勢いよく開けたルカが飛び込んできた。

「ルカ。ノックもなく、入るとは何事だ。」

ロジャーが厳しい目をして注意をするが、ルカはぜえぜえと息を切らしながら、そんな事言っている場合じゃないとでも言いたげに必死の形相で叫んだ。

「り、リスティーナ様が…!王妃様の部屋に連れて行かれたみたいなんです!この事、殿下は知らないですよね?」

ルカの言葉にルーファスは反射的に立ち上がると、そのままルカの横を通り過ぎて部屋を飛び出した。





「姫様!大丈夫でございましたか?」

戻ってきたリスティーナを見て、スザンヌが駆け寄った。

「スザンヌ…。」

「顔色が悪いですわ。姫様。」

「王妃様の前だから緊張してしまって…。もう、大丈夫よ。」

「本当ですか?お辛いならいつでもこのスザンヌに仰ってくださいね。」

「ありがとう。スザンヌ。」

「あら?姫様。その箱は?」

スザンヌはリスティーナの手の中にある小さな箱に目を留めた。

「王妃様が下さったの。」

「まあ、王妃様がわざわざ?気位が高くて、我儘だとお聞きしていましたのに意外といい方なんですね。」

「…。」

スザンヌは意外そうに呟くがリスティーナは黙ったまま俯いた。

「姫様?」

「スザンヌ。お願いがあるの。」

リスティーナは真剣な表情を浮かべ、スザンヌにある頼みごとをした。

しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

虐げられた出戻り姫は、こじらせ騎士の執愛に甘く捕らわれる

無憂
恋愛
旧題:水面に映る月影は――出戻り姫と銀の騎士 和平のために、隣国の大公に嫁いでいた末姫が、未亡人になって帰国した。わずか十二歳の妹を四十も年上の大公に嫁がせ、国のために犠牲を強いたことに自責の念を抱く王太子は、今度こそ幸福な結婚をと、信頼する側近の騎士に降嫁させようと考える。だが、騎士にはすでに生涯を誓った相手がいた。

義兄に甘えまくっていたらいつの間にか執着されまくっていた話

よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。大好きな推しであるユリウスと自分が結ばれることはない。ならば義妹として目一杯甘えまくって楽しもうと考えたのだが、気づけばユリウスにめちゃくちゃ執着されていた話。 「義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話」のifストーリーですが繋がりはなにもありません。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる

しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。 いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに…… しかしそこに現れたのは幼馴染で……?

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

辺境伯と幼妻の秘め事

睡眠不足
恋愛
 父に虐げられていた23歳下のジュリアを守るため、形だけ娶った辺境伯のニコラス。それから5年近くが経過し、ジュリアは美しい女性に成長した。そんなある日、ニコラスはジュリアから本当の妻にしてほしいと迫られる。  途中まで書いていた話のストックが無くなったので、本来書きたかったヒロインが成長した後の話であるこちらを上げさせてもらいます。 *元の話を読まなくても全く問題ありません。 *15歳で成人となる世界です。 *異世界な上にヒーローは人外の血を引いています。 *なかなか本番にいきません

処理中です...