冷遇され、虐げられた王女は化け物と呼ばれた王子に恋をする

林檎

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第二章 相思相愛編

ルーファスとノエル

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「もう…、大丈夫か?」

「はい…。すみません。お見苦しい姿を見せてしまって…、」

彼に泣き顔を見られた事が恥ずかしくて、リスティーナは顔を赤くした。

「い、いや。そんな事は気にしなくていい。」

ルーファスは誤魔化すように咳ばらいをすると、話題を変えた。

「その…、母上は他にも君に何か話したか?」

「あっ、その…、」

言っていいのだろうか。リスティーナは迷ってしまい、口ごもった。

「言われたんだな。何を言われた?隠さずに話してくれ。」

ルーファスに促され、リスティーナはおずおずと口を開いた。

「その…、第五王子の話を聞きました。殿下には…、もう一人弟がいたのだと。」

「!」

ルーファスは息を呑んだ。リスティーナから目を逸らしたルーファスが微かにノエル、と呟いたのをリスティーナは聞き洩らさなかった。辛そうな彼の姿にリスティーナは思わず言った。

「あの…、殿下。無理に話さなくても、私は…、」

「いや。君にもいずれ、話しておきたいと思っていたんだ。」

そう言って、ルーファスはリスティーナに話し始めた。

「君も母上から聞いたかもしれないが、ノエルは第五王子で俺の弟だ。ノエルの母親は平民の女で父上の側室だった。だから、俺とノエルは腹違いの兄弟だ。それは母上も話していたか?」

「はい。陛下の側室の名はマリー様という名前だったとお聞きしています。」

「俺がノエルを殺したことも母上は話していたのだろう。」

「…はい。王妃様の話では、殿下がノエル様の遺体に触れていたのを目撃したと聞きました。
ですが、実際に殺した場面を見た訳ではないのに殿下が弟君を殺したのだと決めつける王妃様の言葉に私は違和感を覚えました。もしかして、殿下はただ現場に居合わせただけなんじゃないかと思って…、」

リスティーナの言葉にルーファスがピクッと反応した。

「君は…、俺がノエルを殺してないと思っているのか?」

ルーファスの目はこちらを窺うように見つめている。それは、どこか恐れている様で…。
リスティーナは彼から目を逸らさずに正直に答えた。

「私は…、何も知りません。でも…、殿下がノエル様のことを今でも忘れられず、大切に思っているのだということは何となく分かります。
そんな殿下が…、ノエル様を殺したなんてどうしても信じられません。」

「何故…?母上から話を聞かされているのにどうして、君はそう思えるんだ?」

「私…、王妃様からノエル様の話を聞く前から、ノエル様のことは知っていたんです。」

「知っていた?ノエルの事を?」

「…はい。実は、私…、以前、殿下の部屋にお邪魔した時にノエル様の肖像画を見てしまったんです。」

リスティーナの言葉にルーファスはハッとしたような表情を浮かべた。

「そうか。あの時に…。」

「勝手な真似をしてしまい、申し訳ありません。」

リスティーナが謝罪をすると、ルーファスはそんな事は気にしなくていいと言ってくれた。
ルーファスはリスティーナに訊ねた。

「ノエルの肖像画を持っているからといって、俺がノエルを殺していないと君は思ったのか?」

「…ノエル様の存在は他国には知られないようにその死も存在も隠されたと聞きました。
きっと、その時にノエル様の私物や肖像画も処分されたのだと思います。
ですが、殿下の部屋にはノエル様の肖像画がありました。自分の部屋にノエル様の肖像画を置く位です。それだけで、殿下がどれだけノエル様を大切に思っていることが分かります。
それに…、私がそう思ったのは肖像画だけじゃありません。ノエル様の話を聞いた時、私は殿下が飼っている猫のノエルを思い出しました。あのノエルという名前は…、亡くなった殿下の弟であるノエル様からとった名前なのではないのですか?」

「っ!」

ルーファスは息を呑んだ。数秒黙り込んだまま何も答えないルーファスだったが…、やがて、溜息を吐くと、

「君の言う通り…。俺にとって、ノエルは特別な存在だった。」

自分の飼い猫にノエルという名前をつけたのも、弟の名前からとったものだとルーファスは答えた。

「ノエルと俺の母親は違う。それでも…、ノエルは俺にとって大切な弟だった。
ノエルはまだ小さくて、善悪の区別もつかない幼い子供だった。
だからこそ…、俺を見て、怯えもしないし、怖がることもなかった。それどころか…、俺を見て、いつも無邪気に笑い、慕ってくれた。俺にそんな風に接してくれたのは爺達以外ではノエルだけだった。」

呪いにかかって暫くして、ルーファスの生活は一変した。
不吉の象徴。呪われた王子。気持ち悪い。化け物。
周囲の人間はそう言って、ルーファスを蔑んだ。
家族も婚約者すらもルーファスに近付こうとしない。

唯一、味方でいてくれたのは執事のロジャーと数人の使用人だったが彼らにも仕事がある。
いつもルーファスの相手ができる訳ではない。だから、ルーファスはいつも一人だった。
外に出るのは人の目が怖かったので部屋に閉じこもっていた。

そんな日々が続き、ルーファスはもう終わりにしようと思った。ルーファスは疲れてしまった。
いつも突然に襲い掛かる身体中の激痛も毎日のように見る悪夢にも…。
もう、心と体はボロボロで限界だった。何より、周囲の冷たい視線と言葉に耐えられなくなった。

どうせ、自分が死んだ所で誰も悲しまない。生きていた所で何もいいことなんてない。
早く楽になりたい。その一心で部屋から出て、久し振りに外に出た。
人気のない裏庭に行き、大きな池に近付いた。

この池は浅く見えるが意外と深い。ルーファスは水面を見つめ、飛び込もうと足を踏み出した。
が、不意にズボンの裾を引っ張られた感触がした。
思わず視線を落として、足元を見下ろすと、そこには茶色い髪をしたまだ一歳位の小さな男の子がズボンの裾を掴んでいて、そのままルーファスの足にしがみついてきた。
その子はルーファスを見上げると、にこっと楽しそうに笑った。
何でこんな所に子供が…?そう思いながら、ルーファスは目の前の幼子が自分に笑いかけたことに驚いた。

「お前…、俺が怖くないのか?」

「うー?」

そうルーファスが言うと、男の子は目をパチクリして、首を傾げた。
じっとルーファスが無表情で見下ろしても、男の子はにぱっと笑い返すだけだった。

「だ!だ!」

そう言って、男の子はルーファスに抱っこをせがむように手を伸ばした。
反射的にルーファスは男の子から離れた。

「俺に触ったら、呪われるぞ。」

ルーファスがそう忠告してもその子はニコニコと楽しそうに笑っている。
その笑顔はまるで大丈夫だよとでも言っているかのようで…。
触れてもいいと。そう許してくれているかのようで…。
ルーファスはそっと幼子に手を伸ばした。すると、男の子はルーファスの手をキュッと握り返した。

「小さいな。お前。」

男の子の手は小さくて、今にも壊れそうだった。柔らかくて、温かい。
男の子はキャッキャッと笑いながら、ルーファスの指から手を離さない。
その無邪気で楽しそうな反応にルーファスは思わず口元が緩んだ。

「ノエル!?ノエルに何をしているの!」

その時、いきなり、目の前に茶色い髪の女性が現れた。
男の子と同じ髪色をしたその女性は血相を変えた表情を浮かべ、ルーファスから奪い返すようにバッと男の子を抱き上げると、キッと睨みつけた。

「わたしの坊やに触らないで!この子も呪い殺すつもり!?」

女はルーファスに敵意を向けた。

「二度と私の子に近付かないで!」

そう言って、肩を上下させながら、女はそう言い放った。
男の子を抱き上げる腕は震えて、ルーファスを見つめるその目には恐怖の色があった。
それでも、子供を守ろうと必死に男の子を庇いながら、女は逃げる様にその場を立ち去った。

ルーファスはようやくあの男の子が第五王子、ノエルであるということに気が付いた。
ノエルの存在は知っていたが母親が違うので会ったことがなかった。あの子が俺の弟なのか。

ルーファスは純粋にノエルが羨ましいと思った。
ノエルの母親の愛情は本物だ。あの子はあんなにも母親から愛されている。
ルーファスの母親はあんな風に自分を愛してくれたことはない。きっと、この先も自分は母に愛されることはないだろう。

ノエルは自分とは違う。呪われて誰からも愛されず、不吉な存在である俺と違ってあの子は陽だまりが似合う愛されるべき存在だ。
近付いてはいけない。自分が近付けば、あの子も不幸になる。
そう思っているのに…、ルーファスはあれからもノエルの姿を目で追うようになった。
もう一度、あの無邪気な笑顔を向けて欲しかった。

だけど、それはノエルの母親や使用人達が許さない。
ルーファスの姿を見かけただけで悲鳴を上げ、ノエルを連れて逃げ出す位だ。
だから、ルーファスはいつも誰にも気づかれないように遠くからノエルの様子を眺めていた。
時々、ノエルが一人の時にそっと近づけば、ノエルはいつも嬉しそうに笑いかけてくれた。
こんな不気味な容姿をした自分を見ても、怖がらずに自分から手を伸ばし、触れてくれた。
その手が心地よくて、温かった。

ノエルはルーファスにとってかけがえのない存在だった。
あの時、ノエルは自分の命を救ってくれた。
どんなに苦しくて、悲しくても…、ノエルの笑顔を見れば耐えることができた。
この子を守りたいと思った。陰ながら、小さい弟の成長を見守っていこうと…。
それなのに…、
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