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第二章 相思相愛編
ダニエラとミレーヌ
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―光の聖女様…。その方の力を借りれば、殿下の呪いが解けるかもしれない!
リスティーナは逸る気持ちで廊下を歩いていた。
早く、殿下にお伝えしたい。あったんだ。ちゃんと呪いを解く方法が!
嬉しい…!呪いが解ければ、殿下は死ぬことはない。
きっと、視力も回復するだろうし、悪夢に魘されることもなくなる。何より、ベッドで寝たきりになる事もないし、病弱な身体から解放される。人並みの健康な体を取り戻せるんだ。
リスティーナは想像するだけで心が弾んだ。
「黙ってないで何とか言いなさいよ!」
突然、パシン!という乾いた音と怒声が聞こえ、リスティーナはビクッとした。
な、何…?
思わず、足を止めて、音がした方向に視線を向けた。中庭の方からだ。
見れば、そこには大勢の侍女を引き連れた豪華な金髪の巻き毛の女性と少数の侍女しか連れていない黒髪の小柄な少女が立っていた。
あれは…、ダニエラ様とミレーヌ様?
ダニエラは怒りを顕わにして、扇を手にしている。
遠目からでも怒っているのが見て分かる。
ミレーヌは俯いていて、表情がよく見えないがその頬は赤く腫れている。
恐らく、扇で叩かれたのだろう。
どう見ても穏やかではない雰囲気にリスティーナは固まった。
「大人しそうな顔をして、とんだ阿婆擦れね!私に刃向かうなんていい度胸しているじゃないの!」
「…。」
ミレーヌは答えない。リスティーナは困惑した。ど、どうしよう…。と、止めに入るべき?
でも、もし、ここで私が割って入ったせいで、ダニエラ様の怒りを買ってしまったらどうしよう。
リスティーナはおろおろした。だ、誰か止めてくれないだろうか。リスティーナは侍女が止めてくれるのではと期待したが、侍女達は全く動かない。
ダニエラ付きの侍女達はクスッと楽しそうに笑っているし、ミレーヌ付きの侍女達は見て見ぬ振りをしている。誰一人、止める人間がいない。その事にリスティーナは愕然とした。
「聞いているの!?」
ダニエラの金切り声にリスティーナはハッとした。
ど、どうしよう。このままじゃ…、リスティーナはギュッと本を持つ手に力を籠めた。
「生意気な女ね!魔法王国の王女だが知らないけど、とっくに落ちぶれた国の王女の癖に!」
ダニエラの言葉に追従するように侍女達が口々に言った。
「そうですわね。エミべス国は昔は魔法王国だと持て囃されていましたけど、今では見る影もありませんもの。」
「所詮は過去の栄光というやつですわ。」
クスクスと侍女達が嘲笑する。
ダニエラ様はこの国の高位貴族の令嬢だ。後宮の中では一番力がある。
ダニエラ様とミレーヌ様。身分でいえば、王女であるミレーヌが上でもここはローゼンハイム国。
他国の王女だろうと権力はないに等しい。
リスティーナよりもダニエラ様の方が力関係が上であるようにミレーヌ様にも同じことがいえる。
アーリヤ様のような大国の王女ならともかく、エミベス国は大国と呼べるほどの国力はない。
それに、ミレーヌ様自身、物静かで大人しい方だ。
あのお茶会でもほとんど話すことはなかったし、ダニエラ様やアーリヤ様と比べると影が薄い。
だから、使用人はミレーヌ様ではなく、この国で権力のあるダニエラ様に味方しているのだ。
でも、ミレーヌ様の侍女ですら誰一人、止めに入らないなんて…。
「あんたなんかただの遊びよ!どうせ、最後は捨てられるに決まっているわ!」
「…。」
ミレーヌは黙ったまま、ぴくりとも反応しない。
リスティーナはその場から動けなかった。
この国に嫁いできた時…、リスティーナは決めていたのだ。
私はひっそりと後宮の隅で目立たないように生きていこうと。
だから、決して立場が上の人間には逆らってはいけない。
メイネシア国にいた頃と同じように…、従順に大人しくしていようと…。
わざわざ争いの中に飛び込むような真似はしてはいけない。
そんな事すれば、自分の身が危ない。目を付けられたりすれば、どんな目に遭わされるか分からない。
それは、身を持って知っている。あの人達は容赦がない。
「ちょっと顔がいいからって調子に乗るんじゃないわよ!そんな貧相な体で男を誘惑しようだなんて…!」
ダニエラの声が…、顔が…、別の人達の顔に見えてしまう。
そうだ…。今のダニエラ様は…、あの人達と同じ顔をしている。
リスティーナの脳裏に王妃やレノアを筆頭としたかつて自分を虐げた人達の顔が浮かび上がった。
「ッ…!」
リスティーナはカタカタと身体が震えた。
今のミレーヌ様は…、昔の私だ…。
「何とか言いなさいよ!」
ダニエラが扇を振り上げて、ミレーヌを叩いた。
ミレーヌはその衝撃に少しよろめくが一言も口を発さなかった。
「何よ!その目は!?」
無言でダニエラをジッと見つめるミレーヌの態度にカッとなったダニエラが再度、手を振り上げて、扇で叩いた。それも、何回も…。
バシッ!バシッ!と乾いた音が中庭に響いた。
ミレーヌは声一つ洩らさず、黙ったままその暴力に耐えていた。
それはまるで、昔の私を見ているかのようだった。
メイネシア国にいた頃、レノアから暴力を受けた時の私と同じ…。
痛い、止めてと叫んでも誰も助けてくれなかった。泣いて懇願しても容赦なく振り下ろされる暴力…。
リスティーナは手に持っていた本を落とし、駆け出していた。
「お止め下さい!ダニエラ様!」
「ッ!?な…!?」
リスティーナはダニエラが扇を持つ手を掴んで止めた。
ダニエラは目を見開いた。
「何があったか存じませんが、これ以上は…!」
そこまで言いかけた所でダニエラはギッ!とリスティーナを睨みつけ、
「放しなさい!」
「ッ、きゃあ!?」
ダニエラに突き飛ばされ、リスティーナは地面に尻餅をついてしまう。
ダニエラはリスティーナを蔑んだ視線で見下ろした。
「触らないで頂戴!呪いが移ったらどうしてくれるの!?」
ダニエラは鳥肌が立ったようにリスティーナに掴まれた腕を摩り、汚らわしいとでも言いたげに顔を歪めた。
「え…?」
「ああ…!早く身を清めないと…!穢れる…!」
リスティーナは言っている意味が分からず、呆然とした。
「へ、部屋に戻るわ!」
そう言って、ダニエラは逃げる様に背を向け、足早に立ち去っていく。
リスティーナは地面に座り込んだまま唖然とダニエラの後姿を見つめた。
今のはどういう意味…?呪いが移るって…。
あ。そういえば、ダニエラ様にはルーファス王子と私が一緒にいる所を見られていたんだ。
もしかして、私が殿下と一緒にいたから、呪いが移ったも同然だとかそんな風に思ってしまったのだろうか。
ルーファス殿下に近付いたり、触ると呪われるという噂はあるがそんなの全部、出鱈目なのに…。
リスティーナは悔しい気持ちで一杯になった。
リスティーナはハッとした。
そうだ!ミレーヌ様が…!
リスティーナは慌ててミレーヌに目をやった。
立ったまま微動だにしていないミレーヌは視線を感じたのかリスティーナにツイ、と顔を向けた。
叩かれたせいか頬が腫れて、唇は切れている。それでも、ミレーヌの美貌は損なわれていなかった。
儚げで今にも消えてしまいそうな繊細な美少女…。
ミレーヌは自分が叩かれたというのに無表情だった。悲壮感や苦しそうな様子は欠片も見当たらない。
黒曜石の瞳がじっとリスティーナを見つめた。
「あ、あの…、大丈夫ですか?ミレーヌ様。」
「…平気。」
「ち、血が出ています。あの…、よろしかったら、これお使いください。」
リスティーナは慌てて立ち上がってミレーヌにハンカチを差し出した。
ミレーヌはハンカチをチラッと見下ろすが…、フイッと顔を背けた。
「いらない。」
「え…、」
素っ気ない態度のミレーヌに戸惑いながらもリスティーナは近づいた。
「で、では、せめて手当てを…、」
そう言って、ミレーヌに手を伸ばすが…、バシッ!とその手は弾かれた。
ミレーヌがリスティーナの手を拒絶したのだ。ミレーヌは冷ややかな目でこちらを見上げた。
「触らないで。」
「あ…、も、申し訳ありません…。」
リスティーナは慌てて、手を下ろし、許可なく、勝手に触れようとしたことを謝った。
しまった…。早く手当てをした方がいいと思って、つい…。
ミレーヌはグイッと唇を乱暴に拭った。
「あ…!ミレーヌ様。そんなに強く擦ったら傷が…!」
ミレーヌが煩わしそうに眉を顰めた。
「別にあなたに関係ないでしょ。」
「で、でも…、」
「何で私を助けたの?」
「え…?」
ミレーヌはじっとこちらを見透かすような目で見つめ、質問した。
「理由は何?」
「い、いえ…。私はただ…、騒ぎが聞こえたから気になって…、そ、それで…、その…、」
「ふうん。じゃあ、あなたはただの善意で私を助けたんだ。」
「そ、それは…、」
善意とかそんな綺麗な物じゃない。私はただ…、昔の自分と同じ姿をこれ以上見ていたくなかっただけ…。
リスティーナは後ろめたさから俯いた。
「偽善者。あたし、あなたみたいな偽善者、大っ嫌い。」
「ッ!?」
静かな同時にとても冷ややかで温度のない声で吐き捨てるミレーヌの目は…、強い嫌悪の色があった。
同時にその瞳の奥には…、別の感情の色が見え隠れしている気がした。
ミレーヌはそのまま、パッとリスティーナから目を逸らした。
「助けてくれて、ありがとう。でも、もう余計なおせっかいはしないでね。」
何の感情も籠っていない声でそれだけ言うと、スッとそのままリスティーナの横を通り過ぎた。
「あの…!」
リスティーナは咄嗟に手を伸ばすがそれ以上、声を掛けることはできなかった。
ミレーヌの背中からは明確な拒絶を感じたからだ。
結局、リスティーナはそのままミレーヌの後を追うことなく、その場に立ち尽くした。
―ミレーヌ様は何を言いたかったのだろう?
リスティーナは本を拾いながら、ぼんやりとそんな事を考えた。
それにしても、どうして、ダニエラ様はあんな酷い事を…?
二人の間に何があったのだろう。会話の内容的に異性が絡んだ問題の様に聞こえたけど…。
ダニエラ様が懇意にしている異性はイグアス殿下。もしかして…、この件はイグアス殿下が関わっている?
まさか、ミレーヌ様も私の時と同じようにイグアス殿下に無理矢理…?
それが運悪くダニエラ様にバレてしまったんじゃ…、
もし、そうだとしたら、ミレーヌ様はただの被害者だ。
ミレーヌ様…。大丈夫かしら…?
リスティーナは思わずミレーヌの身を案じた。
リスティーナは逸る気持ちで廊下を歩いていた。
早く、殿下にお伝えしたい。あったんだ。ちゃんと呪いを解く方法が!
嬉しい…!呪いが解ければ、殿下は死ぬことはない。
きっと、視力も回復するだろうし、悪夢に魘されることもなくなる。何より、ベッドで寝たきりになる事もないし、病弱な身体から解放される。人並みの健康な体を取り戻せるんだ。
リスティーナは想像するだけで心が弾んだ。
「黙ってないで何とか言いなさいよ!」
突然、パシン!という乾いた音と怒声が聞こえ、リスティーナはビクッとした。
な、何…?
思わず、足を止めて、音がした方向に視線を向けた。中庭の方からだ。
見れば、そこには大勢の侍女を引き連れた豪華な金髪の巻き毛の女性と少数の侍女しか連れていない黒髪の小柄な少女が立っていた。
あれは…、ダニエラ様とミレーヌ様?
ダニエラは怒りを顕わにして、扇を手にしている。
遠目からでも怒っているのが見て分かる。
ミレーヌは俯いていて、表情がよく見えないがその頬は赤く腫れている。
恐らく、扇で叩かれたのだろう。
どう見ても穏やかではない雰囲気にリスティーナは固まった。
「大人しそうな顔をして、とんだ阿婆擦れね!私に刃向かうなんていい度胸しているじゃないの!」
「…。」
ミレーヌは答えない。リスティーナは困惑した。ど、どうしよう…。と、止めに入るべき?
でも、もし、ここで私が割って入ったせいで、ダニエラ様の怒りを買ってしまったらどうしよう。
リスティーナはおろおろした。だ、誰か止めてくれないだろうか。リスティーナは侍女が止めてくれるのではと期待したが、侍女達は全く動かない。
ダニエラ付きの侍女達はクスッと楽しそうに笑っているし、ミレーヌ付きの侍女達は見て見ぬ振りをしている。誰一人、止める人間がいない。その事にリスティーナは愕然とした。
「聞いているの!?」
ダニエラの金切り声にリスティーナはハッとした。
ど、どうしよう。このままじゃ…、リスティーナはギュッと本を持つ手に力を籠めた。
「生意気な女ね!魔法王国の王女だが知らないけど、とっくに落ちぶれた国の王女の癖に!」
ダニエラの言葉に追従するように侍女達が口々に言った。
「そうですわね。エミべス国は昔は魔法王国だと持て囃されていましたけど、今では見る影もありませんもの。」
「所詮は過去の栄光というやつですわ。」
クスクスと侍女達が嘲笑する。
ダニエラ様はこの国の高位貴族の令嬢だ。後宮の中では一番力がある。
ダニエラ様とミレーヌ様。身分でいえば、王女であるミレーヌが上でもここはローゼンハイム国。
他国の王女だろうと権力はないに等しい。
リスティーナよりもダニエラ様の方が力関係が上であるようにミレーヌ様にも同じことがいえる。
アーリヤ様のような大国の王女ならともかく、エミベス国は大国と呼べるほどの国力はない。
それに、ミレーヌ様自身、物静かで大人しい方だ。
あのお茶会でもほとんど話すことはなかったし、ダニエラ様やアーリヤ様と比べると影が薄い。
だから、使用人はミレーヌ様ではなく、この国で権力のあるダニエラ様に味方しているのだ。
でも、ミレーヌ様の侍女ですら誰一人、止めに入らないなんて…。
「あんたなんかただの遊びよ!どうせ、最後は捨てられるに決まっているわ!」
「…。」
ミレーヌは黙ったまま、ぴくりとも反応しない。
リスティーナはその場から動けなかった。
この国に嫁いできた時…、リスティーナは決めていたのだ。
私はひっそりと後宮の隅で目立たないように生きていこうと。
だから、決して立場が上の人間には逆らってはいけない。
メイネシア国にいた頃と同じように…、従順に大人しくしていようと…。
わざわざ争いの中に飛び込むような真似はしてはいけない。
そんな事すれば、自分の身が危ない。目を付けられたりすれば、どんな目に遭わされるか分からない。
それは、身を持って知っている。あの人達は容赦がない。
「ちょっと顔がいいからって調子に乗るんじゃないわよ!そんな貧相な体で男を誘惑しようだなんて…!」
ダニエラの声が…、顔が…、別の人達の顔に見えてしまう。
そうだ…。今のダニエラ様は…、あの人達と同じ顔をしている。
リスティーナの脳裏に王妃やレノアを筆頭としたかつて自分を虐げた人達の顔が浮かび上がった。
「ッ…!」
リスティーナはカタカタと身体が震えた。
今のミレーヌ様は…、昔の私だ…。
「何とか言いなさいよ!」
ダニエラが扇を振り上げて、ミレーヌを叩いた。
ミレーヌはその衝撃に少しよろめくが一言も口を発さなかった。
「何よ!その目は!?」
無言でダニエラをジッと見つめるミレーヌの態度にカッとなったダニエラが再度、手を振り上げて、扇で叩いた。それも、何回も…。
バシッ!バシッ!と乾いた音が中庭に響いた。
ミレーヌは声一つ洩らさず、黙ったままその暴力に耐えていた。
それはまるで、昔の私を見ているかのようだった。
メイネシア国にいた頃、レノアから暴力を受けた時の私と同じ…。
痛い、止めてと叫んでも誰も助けてくれなかった。泣いて懇願しても容赦なく振り下ろされる暴力…。
リスティーナは手に持っていた本を落とし、駆け出していた。
「お止め下さい!ダニエラ様!」
「ッ!?な…!?」
リスティーナはダニエラが扇を持つ手を掴んで止めた。
ダニエラは目を見開いた。
「何があったか存じませんが、これ以上は…!」
そこまで言いかけた所でダニエラはギッ!とリスティーナを睨みつけ、
「放しなさい!」
「ッ、きゃあ!?」
ダニエラに突き飛ばされ、リスティーナは地面に尻餅をついてしまう。
ダニエラはリスティーナを蔑んだ視線で見下ろした。
「触らないで頂戴!呪いが移ったらどうしてくれるの!?」
ダニエラは鳥肌が立ったようにリスティーナに掴まれた腕を摩り、汚らわしいとでも言いたげに顔を歪めた。
「え…?」
「ああ…!早く身を清めないと…!穢れる…!」
リスティーナは言っている意味が分からず、呆然とした。
「へ、部屋に戻るわ!」
そう言って、ダニエラは逃げる様に背を向け、足早に立ち去っていく。
リスティーナは地面に座り込んだまま唖然とダニエラの後姿を見つめた。
今のはどういう意味…?呪いが移るって…。
あ。そういえば、ダニエラ様にはルーファス王子と私が一緒にいる所を見られていたんだ。
もしかして、私が殿下と一緒にいたから、呪いが移ったも同然だとかそんな風に思ってしまったのだろうか。
ルーファス殿下に近付いたり、触ると呪われるという噂はあるがそんなの全部、出鱈目なのに…。
リスティーナは悔しい気持ちで一杯になった。
リスティーナはハッとした。
そうだ!ミレーヌ様が…!
リスティーナは慌ててミレーヌに目をやった。
立ったまま微動だにしていないミレーヌは視線を感じたのかリスティーナにツイ、と顔を向けた。
叩かれたせいか頬が腫れて、唇は切れている。それでも、ミレーヌの美貌は損なわれていなかった。
儚げで今にも消えてしまいそうな繊細な美少女…。
ミレーヌは自分が叩かれたというのに無表情だった。悲壮感や苦しそうな様子は欠片も見当たらない。
黒曜石の瞳がじっとリスティーナを見つめた。
「あ、あの…、大丈夫ですか?ミレーヌ様。」
「…平気。」
「ち、血が出ています。あの…、よろしかったら、これお使いください。」
リスティーナは慌てて立ち上がってミレーヌにハンカチを差し出した。
ミレーヌはハンカチをチラッと見下ろすが…、フイッと顔を背けた。
「いらない。」
「え…、」
素っ気ない態度のミレーヌに戸惑いながらもリスティーナは近づいた。
「で、では、せめて手当てを…、」
そう言って、ミレーヌに手を伸ばすが…、バシッ!とその手は弾かれた。
ミレーヌがリスティーナの手を拒絶したのだ。ミレーヌは冷ややかな目でこちらを見上げた。
「触らないで。」
「あ…、も、申し訳ありません…。」
リスティーナは慌てて、手を下ろし、許可なく、勝手に触れようとしたことを謝った。
しまった…。早く手当てをした方がいいと思って、つい…。
ミレーヌはグイッと唇を乱暴に拭った。
「あ…!ミレーヌ様。そんなに強く擦ったら傷が…!」
ミレーヌが煩わしそうに眉を顰めた。
「別にあなたに関係ないでしょ。」
「で、でも…、」
「何で私を助けたの?」
「え…?」
ミレーヌはじっとこちらを見透かすような目で見つめ、質問した。
「理由は何?」
「い、いえ…。私はただ…、騒ぎが聞こえたから気になって…、そ、それで…、その…、」
「ふうん。じゃあ、あなたはただの善意で私を助けたんだ。」
「そ、それは…、」
善意とかそんな綺麗な物じゃない。私はただ…、昔の自分と同じ姿をこれ以上見ていたくなかっただけ…。
リスティーナは後ろめたさから俯いた。
「偽善者。あたし、あなたみたいな偽善者、大っ嫌い。」
「ッ!?」
静かな同時にとても冷ややかで温度のない声で吐き捨てるミレーヌの目は…、強い嫌悪の色があった。
同時にその瞳の奥には…、別の感情の色が見え隠れしている気がした。
ミレーヌはそのまま、パッとリスティーナから目を逸らした。
「助けてくれて、ありがとう。でも、もう余計なおせっかいはしないでね。」
何の感情も籠っていない声でそれだけ言うと、スッとそのままリスティーナの横を通り過ぎた。
「あの…!」
リスティーナは咄嗟に手を伸ばすがそれ以上、声を掛けることはできなかった。
ミレーヌの背中からは明確な拒絶を感じたからだ。
結局、リスティーナはそのままミレーヌの後を追うことなく、その場に立ち尽くした。
―ミレーヌ様は何を言いたかったのだろう?
リスティーナは本を拾いながら、ぼんやりとそんな事を考えた。
それにしても、どうして、ダニエラ様はあんな酷い事を…?
二人の間に何があったのだろう。会話の内容的に異性が絡んだ問題の様に聞こえたけど…。
ダニエラ様が懇意にしている異性はイグアス殿下。もしかして…、この件はイグアス殿下が関わっている?
まさか、ミレーヌ様も私の時と同じようにイグアス殿下に無理矢理…?
それが運悪くダニエラ様にバレてしまったんじゃ…、
もし、そうだとしたら、ミレーヌ様はただの被害者だ。
ミレーヌ様…。大丈夫かしら…?
リスティーナは思わずミレーヌの身を案じた。
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