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第二章 相思相愛編
ミレーヌと赤い薔薇
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リスティーナは庭のベンチに座って、ルーファスが戻ってくるのを待っていた。すると、不意に薔薇園の方から音が聞こえた。
「…?何かしら?」
リスティーナは気になって、薔薇園に足を向けた。
確か、こっちの方から…。すると、赤い薔薇が咲いている花壇の前に黒髪の少女の後姿が見えた。
リスティーナよりも背が低く、華奢で折れてしまいそうな身体をした少女。あれは…、ミレーヌ様?
あんな所で何を…?
ミレーヌは素手で薔薇に触れ、それを乱暴に散らしていく。
一本だけじゃない。何本もの薔薇を毟り取っている。
手当たり次第に薔薇を鷲掴みにし、握りつぶしていた。
そして、千切りとった薔薇を地面に打ちつけるように投げ捨てるとそれを足で踏みつぶした。
美しい真紅の薔薇が無惨に朽ち果てていく。
異様な光景にリスティーナは呆然とし、その場に立ち尽くした。
ミレーヌはリスティーナが見ているのにも気付かず、一心不乱に薔薇を毟り取っていく。
その目は怒りに染まっていて、憎々し気に薔薇を睨みつけていた。
嫌悪と憎悪に塗れたその目はまるで憎い宿敵を前にしているかのような表情だった。
どんどん薔薇が散らされていき、庭師が丹精を込めて育てたであろう薔薇が毟り取られていく。リスティーナはハッとして、慌ててミレーヌに駆け寄った。
「ミレーヌ様!お止め下さい!」
「ッ…!?」
リスティーナがミレーヌの手を掴んで止めた。ミレーヌはリスティーナを見て、驚いたように目を見開く。
ミレーヌの手の中にあった薔薇の花弁がヒラヒラと舞って、地面に落ちていく。
「あなたは…、」
「折角、庭師が丹精込めて育てた薔薇なのです。そのように毟り取るのはよくありません。それに、ミレーヌ様もお怪我を…、」
ミレーヌはリスティーナを見て、忌々しそうに睨みつけた。その敵意のある視線に一瞬、たじろぐが今はそんな場合じゃないと考え直す。
ミレーヌの白い手は素手で薔薇を触ったせいか棘が刺さったり、掠ってしまったようであちこちから血が滲んでいる。よく見れば、手に薔薇の棘が刺さったままだった。痛々しい傷だらけの手にリスティーナは眉を顰めた。
「ミレーヌ様。手に薔薇の棘が刺さったままです。」
「…いいよ。別に。後で自分で抜くから。」
「だ、駄目ですよ!薔薇の棘が原因で感染することもあるのですから…!こういうのは早く処置をしないと後で大変な事になります。今、抜きますから少々お待ちください。」
「え…。」
あまりにも危機感のないミレーヌの言葉にリスティーナは思わず声を上げた。
このままミレーヌを放置したら、本当に大変な事になりそうな気がする。
リスティーナは急いでミレーヌの手に刺さった棘を抜いた。
よし。もう棘は刺さってない。後は、傷口を洗い流さないと…。
確か、あっちの方に噴水があった筈。あの噴水には魔石を使った浄水魔法が常時作動されている。
普通の噴水の水とは違って、清潔な水だから、消毒しても大丈夫そう。
リスティーナはミレーヌの手を引き、
「ミレーヌ様。とりあえず、あそこにある水で傷を洗いましょう。菌が入って、病気になったら大変ですから。」
いつもなら相手の反応を窺って出しゃばった真似はしないように心がけるのにそんな余裕は今のリスティーナにはなかった。とにかく、早く手当てをしないといけないという思いで一杯だった。
ミレーヌは一瞬、煩わしそうに眉を顰めたがリスティーナに手を引かれてもその手を振り払う事はなく、そのまま無言で後に続いた。
噴水にはすぐに辿り着き、リスティーナはミレーヌの手の傷口をすぐに洗い流した。ハンカチで傷口を抑えて一時的に圧迫止血をする。よし。血は止まったみたい。リスティーナはホッとした。
「まだ痛みますか?」
「……。」
「ミレーヌ様?」
何も答えないミレーヌにリスティーナは不思議そうに声を掛けた。
ミレーヌはハッとして、リスティーナから目を逸らすと、
「っ!…平気。」
「そうですか。良かったです。とりあえず、血は止まりましたけど、部屋に帰ったらきちんと手当てをして下さいね。」
ミレーヌは不快そうに顔を歪めると、リスティーナに握られた手をバッと振り払った。
「昨日、あたしが言った言葉をもう忘れたの?あたし、言ったよね。余計な事はしないでって。どうして、あたしに構うの?」
責められるような口調で言われ、リスティーナはたじろいだ。
「ご、ごめんなさい。ただ、あのまま棘が刺さったままでいると、病気に罹ってしまうのではないかと思って…。それで、ついミレーヌ様の意思も聞かずに勝手な真似をしてしまいました。」
リスティーナはミレーヌに謝るが、ミレーヌは不機嫌そうな表情を浮かべたまま、
「…そうやって、すぐ謝る所もそっくり。」
「え?あの…、今何て?」
ミレーヌはぽつりと何かを呟いたような気がした。
あまりにも小さい声だったのでよく聞き取れず、リスティーナはもう一度聞き返すが、
「別に。何でもないよ。」
「そ、そうですか。」
フイッと顔を背けるミレーヌにリスティーナは困惑したがそれ以上、聞くことはしなかった。
「こんなあたしにも優しくして、点数稼ぎをするなんてリスティーナ様も大変だね。でも、あたしに良くしてもいいことなんて一つもないよ。どうせなら、ダニエラ様とかアーリヤ様に気に入られるように努力したらいいのに。」
ミレーヌはリスティーナを見ることなく、皮肉気な笑みを浮かべて、そう言った。
「私は別にそんなつもりは…、」
「そんなつもりはないって?嘘ばっかし。人間っていうのは、欲深い生き物しかいないんだよ。
立場が上の人間も下の人間もやることや考えることは皆、一緒。自分が高みに上がるためなら他人を利用したりもするし、平気で人を陥れる。そんなどうしようもなく、浅はかで身勝手な生き物が人間なんだから。
あなただって、そう。偽善者ぶっていても、結局は自分の事しか考えていない。昨日、あたしを庇ったのだって何か理由があるんでしょう?何が欲しいの?ドレス?宝石?それとも…、」
ミレーヌは段々と滑舌になっていく。物静かで大人しい普段のミレーヌとは別人のようだった。
人間について語るミレーヌはまるでそれが正しいと思い込んでいるかのようで…。
そういった人達を見たことがあるかのような言い方だった。
「ミレーヌ様は…、今までそういった人達に囲まれて生きてきたのですか?」
リスティーナがそう言うと、ミレーヌは目を見開いた。が、すぐにギロッとリスティーナを忌々しそうに睨みつけると、
「どういう意味?今の…、」
「あ、いえ。ただ何となくそう思っただけです。…その、私の周りにもそういった人達は多くいたので…。」
「ッ!一緒にしないで!」
リスティーナの言葉に突然、ミレーヌが声を荒げた。あまりの迫力にリスティーナはビクッとした。
「あたしとあなたが似ているとでも言いたいの!?馬鹿にするのもいい加減にして!あたしとあなたは違うの!」
「み、ミレーヌ様?」
突然の豹変にリスティーナは困惑した。ミレーヌは口元に歪んだ笑みを浮かべると、
「ああ。もしかして…、あたしを仲間だとでも思ったの?弱くて、一人じゃ何もできない典型的な女のやりそうな手口だよね。だから、嫌いなんだよね。群れる女って。」
「あ、あの…、」
仲間?どういう意味?
「あたし、知っているんだから。あなたが側室の子で母親が踊り子だってことも、母国では散々、虐げられてたってことも。王族と貴族どころか使用人にすらも馬鹿にされていたんでしょう?可哀想にね。仮にも一国の王女が文句の一つも言えず、泣き寝入りするしかできないだなんて。惨めで哀れだね。」
ミレーヌ様は私の出生も境遇も知っていたんだ…。リスティーナはミレーヌの嘲笑から逃れるように俯いた。
「…あなたって本当、つまらない女。どうせ、命令に逆らう事もできず、言われるがままにこの国に嫁いだんでしょ。あたしはあなたみたいに弱くもないし、意気地なしでもない。勘違いしないで。あたし、あなたみたいな女、大っ嫌い。見ていて、苛々する。」
ミレーヌはそう言って、リスティーナを睨みつけた。
ここまで嫌悪の眼差しを向けられるとは思わず、リスティーナは困惑した。
どうして…?どうして、ミレーヌ様はそこまで私の事を…。
どうして、私をそんな目で見るのだろうか?
ミレーヌはイラっとした表情でリスティーナを見据えた。
「口答えもしないんだ。あなたって、ずっと他人に虐げられて、いいように利用されてきたんでしょ。
そういう人間は、何を言われても何をされても言い返さない。ただ黙って耐えるだけ。何だかそれって、人間じゃないみたいだよね。意思のないただのお人形さんみたい。」
「ッ!」
リスティーナはヒュッと息を呑んだ。
意思のない人形…。その言葉はリスティーナの胸に突き刺さる。
「自分の意思も持たないのにただ息をしているだけなら…、さっさと死んでしまえばいいのに。何であなたは生きてるの?」
「わ、私は…、」
何か答えないと…。そう思うのに、リスティーナの口からは何も言葉が出てこなかった。
私は…、今までずっと誰かに支配されて生きていた。弱くて、無力な私はその支配から逃れることもできず、ただ流されるままに…。
それは十分に自覚している。だからこそ、他人にそれを指摘されると胸が痛い。
こんな弱い自分が嫌になる。
「何をしている。」
突然、割って入った声に反射的に顔を上げると、そこにはルーファスが立っていた。
「ルーファス殿下…。」
ミレーヌはルーファスを見て、顔を顰めた。
「ミレーヌ。ここで何をしているんだ?」
「…別に何もしていません。偶然、リスティーナ様と会ってお話ししていただけです。それじゃあ、私はこれで。」
ミレーヌはそう言って、ルーファスに背を向け、そのままその場を立ち去っていく。
リスティーナはそんなミレーヌに何も言う事はできなかった。
ルーファスはミレーヌの後姿を警戒したように睨みつけていたが、姿が見えなくなると、すぐにリスティーナに向き直った。
「リスティーナ。一体、何があった?…何もされていないだろうな?」
「あ、大丈夫です。本当にただ偶然お会いしただけで…、ミレーヌ様が薔薇の棘に刺さって怪我をしていたのでその手当てをしていただけです。」
リスティーナはそう言って、ルーファスに微笑んで誤魔化した。
「その割には、随分と暗い顔をしている。あの女に何か言われたのか?」
「ち、違います。」
リスティーナは咄嗟に否定した。
「……。まあ、いい。前から言おうと思っていたがミレーヌには関わらない方がいい。あの女はイグアスだけではなく、不特定多数の男とも関係を持っているんだ。関われば、君も余計なトラブルに巻き込まれる危険がある。だから、十分に気を付けろ。」
「え、ミレーヌ様が?」
イグアス殿下ではなく、他の男性とも?
リスティーナは驚きを隠せなかった。
それにしても、どうしてミレーヌ様はあんなことをしたのだろうか?あの時、ミレーヌ様が薔薇を見つめる目は憎悪と嫌悪に満ち溢れていた。その視線だけで人を殺してしまうかのような…。そんな目をしていた。
「君がミレーヌにそこまで肩入れするのは境遇が似ているからなのかもしれないが、だからといって、必要以上に関わるのは…、」
「…?ミレーヌ様と私の境遇が似ているとはどういう…?」
「もしかして、知らなかったのか?」
リスティーナの言葉にルーファスは目を瞠った。そして、失言だったとでも言いたげに口を噤んだ。
「あの…、ミレーヌ様の境遇についてルーファス様は何かご存じなのですか?」
「いや。別に詳しく知っている訳ではない。ただ…、ミレーヌがこの国に嫁ぐ時にどんな王女なのかを爺から聞かされた。ミレーヌはエミベス国の第一王女だが、王妃だった母親が亡くなり、側室の女が王妃になったことで冷遇されていたらしい。」
「ミレーヌ様が?」
知らなかった…。
ミレーヌ様も私と同じように虐げられていたなんて…。
「元々、父上は俺の側室には、ミレーヌの妹の第二王女を指名していた。ただ、その王女は突然、亡くなってしまった。その代わりに姉であるミレーヌが嫁ぐことになったんだ。」
「亡くなられた?」
「詳しくは知らないが…、不幸な事故により亡くなったらしい。」
「そんな事が…。」
ミレーヌ様は王妃様の子。私は側室の子。立場や血筋は違っても、その境遇は確かに似ている。
もしかして、ミレーヌ様は過去に触れられたくなくて、あんなに激しく怒っていたのだろうか?
ルーファスにはミレーヌに関わるなと言われたが、リスティーナはどうしてかミレーヌの事が気になってしまった。
「…?何かしら?」
リスティーナは気になって、薔薇園に足を向けた。
確か、こっちの方から…。すると、赤い薔薇が咲いている花壇の前に黒髪の少女の後姿が見えた。
リスティーナよりも背が低く、華奢で折れてしまいそうな身体をした少女。あれは…、ミレーヌ様?
あんな所で何を…?
ミレーヌは素手で薔薇に触れ、それを乱暴に散らしていく。
一本だけじゃない。何本もの薔薇を毟り取っている。
手当たり次第に薔薇を鷲掴みにし、握りつぶしていた。
そして、千切りとった薔薇を地面に打ちつけるように投げ捨てるとそれを足で踏みつぶした。
美しい真紅の薔薇が無惨に朽ち果てていく。
異様な光景にリスティーナは呆然とし、その場に立ち尽くした。
ミレーヌはリスティーナが見ているのにも気付かず、一心不乱に薔薇を毟り取っていく。
その目は怒りに染まっていて、憎々し気に薔薇を睨みつけていた。
嫌悪と憎悪に塗れたその目はまるで憎い宿敵を前にしているかのような表情だった。
どんどん薔薇が散らされていき、庭師が丹精を込めて育てたであろう薔薇が毟り取られていく。リスティーナはハッとして、慌ててミレーヌに駆け寄った。
「ミレーヌ様!お止め下さい!」
「ッ…!?」
リスティーナがミレーヌの手を掴んで止めた。ミレーヌはリスティーナを見て、驚いたように目を見開く。
ミレーヌの手の中にあった薔薇の花弁がヒラヒラと舞って、地面に落ちていく。
「あなたは…、」
「折角、庭師が丹精込めて育てた薔薇なのです。そのように毟り取るのはよくありません。それに、ミレーヌ様もお怪我を…、」
ミレーヌはリスティーナを見て、忌々しそうに睨みつけた。その敵意のある視線に一瞬、たじろぐが今はそんな場合じゃないと考え直す。
ミレーヌの白い手は素手で薔薇を触ったせいか棘が刺さったり、掠ってしまったようであちこちから血が滲んでいる。よく見れば、手に薔薇の棘が刺さったままだった。痛々しい傷だらけの手にリスティーナは眉を顰めた。
「ミレーヌ様。手に薔薇の棘が刺さったままです。」
「…いいよ。別に。後で自分で抜くから。」
「だ、駄目ですよ!薔薇の棘が原因で感染することもあるのですから…!こういうのは早く処置をしないと後で大変な事になります。今、抜きますから少々お待ちください。」
「え…。」
あまりにも危機感のないミレーヌの言葉にリスティーナは思わず声を上げた。
このままミレーヌを放置したら、本当に大変な事になりそうな気がする。
リスティーナは急いでミレーヌの手に刺さった棘を抜いた。
よし。もう棘は刺さってない。後は、傷口を洗い流さないと…。
確か、あっちの方に噴水があった筈。あの噴水には魔石を使った浄水魔法が常時作動されている。
普通の噴水の水とは違って、清潔な水だから、消毒しても大丈夫そう。
リスティーナはミレーヌの手を引き、
「ミレーヌ様。とりあえず、あそこにある水で傷を洗いましょう。菌が入って、病気になったら大変ですから。」
いつもなら相手の反応を窺って出しゃばった真似はしないように心がけるのにそんな余裕は今のリスティーナにはなかった。とにかく、早く手当てをしないといけないという思いで一杯だった。
ミレーヌは一瞬、煩わしそうに眉を顰めたがリスティーナに手を引かれてもその手を振り払う事はなく、そのまま無言で後に続いた。
噴水にはすぐに辿り着き、リスティーナはミレーヌの手の傷口をすぐに洗い流した。ハンカチで傷口を抑えて一時的に圧迫止血をする。よし。血は止まったみたい。リスティーナはホッとした。
「まだ痛みますか?」
「……。」
「ミレーヌ様?」
何も答えないミレーヌにリスティーナは不思議そうに声を掛けた。
ミレーヌはハッとして、リスティーナから目を逸らすと、
「っ!…平気。」
「そうですか。良かったです。とりあえず、血は止まりましたけど、部屋に帰ったらきちんと手当てをして下さいね。」
ミレーヌは不快そうに顔を歪めると、リスティーナに握られた手をバッと振り払った。
「昨日、あたしが言った言葉をもう忘れたの?あたし、言ったよね。余計な事はしないでって。どうして、あたしに構うの?」
責められるような口調で言われ、リスティーナはたじろいだ。
「ご、ごめんなさい。ただ、あのまま棘が刺さったままでいると、病気に罹ってしまうのではないかと思って…。それで、ついミレーヌ様の意思も聞かずに勝手な真似をしてしまいました。」
リスティーナはミレーヌに謝るが、ミレーヌは不機嫌そうな表情を浮かべたまま、
「…そうやって、すぐ謝る所もそっくり。」
「え?あの…、今何て?」
ミレーヌはぽつりと何かを呟いたような気がした。
あまりにも小さい声だったのでよく聞き取れず、リスティーナはもう一度聞き返すが、
「別に。何でもないよ。」
「そ、そうですか。」
フイッと顔を背けるミレーヌにリスティーナは困惑したがそれ以上、聞くことはしなかった。
「こんなあたしにも優しくして、点数稼ぎをするなんてリスティーナ様も大変だね。でも、あたしに良くしてもいいことなんて一つもないよ。どうせなら、ダニエラ様とかアーリヤ様に気に入られるように努力したらいいのに。」
ミレーヌはリスティーナを見ることなく、皮肉気な笑みを浮かべて、そう言った。
「私は別にそんなつもりは…、」
「そんなつもりはないって?嘘ばっかし。人間っていうのは、欲深い生き物しかいないんだよ。
立場が上の人間も下の人間もやることや考えることは皆、一緒。自分が高みに上がるためなら他人を利用したりもするし、平気で人を陥れる。そんなどうしようもなく、浅はかで身勝手な生き物が人間なんだから。
あなただって、そう。偽善者ぶっていても、結局は自分の事しか考えていない。昨日、あたしを庇ったのだって何か理由があるんでしょう?何が欲しいの?ドレス?宝石?それとも…、」
ミレーヌは段々と滑舌になっていく。物静かで大人しい普段のミレーヌとは別人のようだった。
人間について語るミレーヌはまるでそれが正しいと思い込んでいるかのようで…。
そういった人達を見たことがあるかのような言い方だった。
「ミレーヌ様は…、今までそういった人達に囲まれて生きてきたのですか?」
リスティーナがそう言うと、ミレーヌは目を見開いた。が、すぐにギロッとリスティーナを忌々しそうに睨みつけると、
「どういう意味?今の…、」
「あ、いえ。ただ何となくそう思っただけです。…その、私の周りにもそういった人達は多くいたので…。」
「ッ!一緒にしないで!」
リスティーナの言葉に突然、ミレーヌが声を荒げた。あまりの迫力にリスティーナはビクッとした。
「あたしとあなたが似ているとでも言いたいの!?馬鹿にするのもいい加減にして!あたしとあなたは違うの!」
「み、ミレーヌ様?」
突然の豹変にリスティーナは困惑した。ミレーヌは口元に歪んだ笑みを浮かべると、
「ああ。もしかして…、あたしを仲間だとでも思ったの?弱くて、一人じゃ何もできない典型的な女のやりそうな手口だよね。だから、嫌いなんだよね。群れる女って。」
「あ、あの…、」
仲間?どういう意味?
「あたし、知っているんだから。あなたが側室の子で母親が踊り子だってことも、母国では散々、虐げられてたってことも。王族と貴族どころか使用人にすらも馬鹿にされていたんでしょう?可哀想にね。仮にも一国の王女が文句の一つも言えず、泣き寝入りするしかできないだなんて。惨めで哀れだね。」
ミレーヌ様は私の出生も境遇も知っていたんだ…。リスティーナはミレーヌの嘲笑から逃れるように俯いた。
「…あなたって本当、つまらない女。どうせ、命令に逆らう事もできず、言われるがままにこの国に嫁いだんでしょ。あたしはあなたみたいに弱くもないし、意気地なしでもない。勘違いしないで。あたし、あなたみたいな女、大っ嫌い。見ていて、苛々する。」
ミレーヌはそう言って、リスティーナを睨みつけた。
ここまで嫌悪の眼差しを向けられるとは思わず、リスティーナは困惑した。
どうして…?どうして、ミレーヌ様はそこまで私の事を…。
どうして、私をそんな目で見るのだろうか?
ミレーヌはイラっとした表情でリスティーナを見据えた。
「口答えもしないんだ。あなたって、ずっと他人に虐げられて、いいように利用されてきたんでしょ。
そういう人間は、何を言われても何をされても言い返さない。ただ黙って耐えるだけ。何だかそれって、人間じゃないみたいだよね。意思のないただのお人形さんみたい。」
「ッ!」
リスティーナはヒュッと息を呑んだ。
意思のない人形…。その言葉はリスティーナの胸に突き刺さる。
「自分の意思も持たないのにただ息をしているだけなら…、さっさと死んでしまえばいいのに。何であなたは生きてるの?」
「わ、私は…、」
何か答えないと…。そう思うのに、リスティーナの口からは何も言葉が出てこなかった。
私は…、今までずっと誰かに支配されて生きていた。弱くて、無力な私はその支配から逃れることもできず、ただ流されるままに…。
それは十分に自覚している。だからこそ、他人にそれを指摘されると胸が痛い。
こんな弱い自分が嫌になる。
「何をしている。」
突然、割って入った声に反射的に顔を上げると、そこにはルーファスが立っていた。
「ルーファス殿下…。」
ミレーヌはルーファスを見て、顔を顰めた。
「ミレーヌ。ここで何をしているんだ?」
「…別に何もしていません。偶然、リスティーナ様と会ってお話ししていただけです。それじゃあ、私はこれで。」
ミレーヌはそう言って、ルーファスに背を向け、そのままその場を立ち去っていく。
リスティーナはそんなミレーヌに何も言う事はできなかった。
ルーファスはミレーヌの後姿を警戒したように睨みつけていたが、姿が見えなくなると、すぐにリスティーナに向き直った。
「リスティーナ。一体、何があった?…何もされていないだろうな?」
「あ、大丈夫です。本当にただ偶然お会いしただけで…、ミレーヌ様が薔薇の棘に刺さって怪我をしていたのでその手当てをしていただけです。」
リスティーナはそう言って、ルーファスに微笑んで誤魔化した。
「その割には、随分と暗い顔をしている。あの女に何か言われたのか?」
「ち、違います。」
リスティーナは咄嗟に否定した。
「……。まあ、いい。前から言おうと思っていたがミレーヌには関わらない方がいい。あの女はイグアスだけではなく、不特定多数の男とも関係を持っているんだ。関われば、君も余計なトラブルに巻き込まれる危険がある。だから、十分に気を付けろ。」
「え、ミレーヌ様が?」
イグアス殿下ではなく、他の男性とも?
リスティーナは驚きを隠せなかった。
それにしても、どうしてミレーヌ様はあんなことをしたのだろうか?あの時、ミレーヌ様が薔薇を見つめる目は憎悪と嫌悪に満ち溢れていた。その視線だけで人を殺してしまうかのような…。そんな目をしていた。
「君がミレーヌにそこまで肩入れするのは境遇が似ているからなのかもしれないが、だからといって、必要以上に関わるのは…、」
「…?ミレーヌ様と私の境遇が似ているとはどういう…?」
「もしかして、知らなかったのか?」
リスティーナの言葉にルーファスは目を瞠った。そして、失言だったとでも言いたげに口を噤んだ。
「あの…、ミレーヌ様の境遇についてルーファス様は何かご存じなのですか?」
「いや。別に詳しく知っている訳ではない。ただ…、ミレーヌがこの国に嫁ぐ時にどんな王女なのかを爺から聞かされた。ミレーヌはエミベス国の第一王女だが、王妃だった母親が亡くなり、側室の女が王妃になったことで冷遇されていたらしい。」
「ミレーヌ様が?」
知らなかった…。
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「元々、父上は俺の側室には、ミレーヌの妹の第二王女を指名していた。ただ、その王女は突然、亡くなってしまった。その代わりに姉であるミレーヌが嫁ぐことになったんだ。」
「亡くなられた?」
「詳しくは知らないが…、不幸な事故により亡くなったらしい。」
「そんな事が…。」
ミレーヌ様は王妃様の子。私は側室の子。立場や血筋は違っても、その境遇は確かに似ている。
もしかして、ミレーヌ様は過去に触れられたくなくて、あんなに激しく怒っていたのだろうか?
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