冷遇され、虐げられた王女は化け物と呼ばれた王子に恋をする

林檎

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第三章 立志編

太陽の刺繍のハンカチ

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トントン、と軽快な音を立てて、野菜を刻んでいくリスティーナを見て、横で作業していた料理長のアルマが感心した。

「リスティーナ様、随分と慣れてらっしゃいますね。最初、リスティーナ様が料理をしたいと言われた時は驚きましたが…、これなら安心ですわ。正直、言ってリスティーナ様が怪我をしないかが心配で…。」

「無理を言ってしまってごめんね。アルマ。」

「とんでもありませんわ!むしろ、わたしは嬉しいのです。リスティーナ様が自ら厨房に立って、殿下の為に料理を作って下さるだなんて…!きっと、殿下も喜びますわ。」

感激するアルマにリスティーナは微笑んだ。
そうだといいな。ルーファス様…。食べてくれるかな?そんな期待を胸に抱きながら、リスティーナは料理を続けた。
ルーファスが回復したことでリスティーナは彼の為に栄養のある食事を作ってあげたいと思った。
そこで料理長であるアルマに頼んで厨房を貸して貰ったのだ。
アルマは最初、リスティーナが料理をすることに戸惑い、ハラハラした表情で見守っていたが手際よく料理しているリスティーナを見て、安心した表情を浮かべた。

「それにしても、驚きました。まさか、リスティーナ様が料理ができるとは思わなくて…、」

「料理は母に教えて貰ったの。何かあった時の為に役立つからって言って…。」

メイネシアでは使用人はニーナとエルザ、スザンヌとエルザの四人しかいなかった。
掃除、洗濯、料理、薪の調達、庭の手入れ…。四人だけではとても手が足りなかった。
だから、リスティーナは自分の身の回りの事は自分でやっていたし、率先して、掃除や料理も手伝った。
もし、城を追い出されて平民として生きることになったとしても、一人で生きていけるように母とニーナ達はリスティーナに生きる術を教えてくれた。

「そうでしたか。リスティーナ様のお母様はとても素晴らしい女性だったのでしょうね。」

アルマの言葉にリスティーナは微笑んだ。母が褒められた事が嬉しかった。
何かあったら、いつでも声を掛けて下さいと言われ、アルマも自分の作業に戻った。

母から、料理を習っておいて良かった。
しみじみとリスティーナはそう思った。
メイネシアでは、王妃の嫌がらせで用意された食事が腐っていたり、異物や虫が混入していたりして、食べられないことが多かった。
だから、食材を調達して、母と一緒に料理を作ったりもした。
母とニーナも料理上手だが、エルザも料理が得意だった。
何でも器用にこなすエルザは料理の腕前も完璧で、まるでプロの料理人のようにどれも美味しい。

リスティーナはエルザ程、料理は上手くないし、凝った物は作れない。
でも、それでも…、ルーファス様が喜んでくれるなら作って差し上げたい。そう思った。
ルーファス様は病み上がりだから、食べやすいスープにしよう。
ルーファス様は野菜が苦手だから、しっかりと野菜を細かく刻んですり潰しておかないと…。
できるだけ栄養のある食事を摂って欲しくて、リスティーナは料理に工夫をした。

「できた!」

リスティーナは完成した料理を味見する。
良かった…。久しぶりに作ったけどちゃんと母から教えてもらったレシピ通りにできている。リスティーナは早速、皿にスープを移した。サラだとパン、果物もお盆に載せる。

「あ…、リスティーナ様。それ、もしかして、殿下のお食事ですか?」

「ルカ。」

リスティーナが食事を運んでいると、ルカに会った。
手には、何か小さな箱を持っている。ルーファスに届いた物らしい。

「聞きましたよ。殿下の為にリスティーナ様が料理を作っているって。凄いですね。料理ができるなんて。王女様って、侍女や使用人に傅かれているイメージだったので一人じゃ何もできないのかなって思って…、あ。すみません!こんな言い方、失礼ですよね。」

「いいのよ。普通の王女様は皆、そうだと思うわ。私は母が平民出身だったから、掃除や料理とか裁縫とか教えてもらっていたし、使用人が少なかったからできるだけ自分の事は自分でやっていたの。」

「へえ。だから、料理もできるんですか。凄いですね。」

「そんな事ないわ。簡単な物しか作れないし…。」

行先が同じなので一緒にルーファスの部屋に向かいながら、ルカと会話をする。

「そういえば、リスティーナ様は何を作ったんですか?」

スープが冷めないように蓋をされた皿を見て、ルカがそう訊ねた。

「カリフラワーのポタージュスープよ。」

「カリフラワーのポタージュスープ?へえ。初めて知りました。でも、何でカリフラワーなんですか?」

「カリフラワーは栄養価が高くて、豊富なビタミンと抗酸化物質が含まれているの。私も風邪で寝込んで食欲がない時は、お母様が作ってくれたのよ。」

「そうなんですかー。リスティーナ様のお母様って料理上手だったんですね。」

「フフッ…、」

ルカの言葉にリスティーナは嬉しそうに笑った。

「きっと、殿下なら、リスティーナ様が作った物なら、何でも食べますよ。きっと。」

「さすがに何でもは食べないと思うけど…。でも、ルーファス様が喜んでくれたら嬉しいわ。」

ルーファス様…。美味しいと言ってくれるといいな。
彼が野菜嫌いなのは知っているけど、だからといって偏食はよくないし…。
今は病み上がりだから、肉料理や魚料理は食べるのは難しいかもしれないけど、スープなら食べれるかもしれない。リスティーナはルーファスが喜んでくれることを願いながら、ルーファスの部屋に向かった。

「ルーファス様。リスティーナです。入ってもよろしいですか?」

ルーファスはリスティーナの声に慌てて読んでいた本を奥の本棚に戻し、手帳を引き出しの中に仕舞った。入室の許可を貰ったリスティーナは扉を開けて、中に入った。





「え…?このスープ、君が作ったのか?」

「はい。あの…、お口に合うか分からないのですけど…、」

そう言って、リスティーナはおずおずとルーファスにスープを差し出した。

「食べてくれますか?」

「ああ。頂こう。」

その言葉にリスティーナはパッと顔を輝かせた。ルーファスはスプーンを手に取り、スープを掬って口の中に入れる。ドキドキしながら、ルーファスの顔色を窺っていると、

「…美味い…。」

「!ほ、本当ですか!?味付けが濃かったり、薄かったりしませんか?」

「いや…。丁度いい。このスープ、優しい味がするな。」

そう言って、ルーファスはスープを残さず食べてくれた。
良かった…!全部、食べてくれた。完食したスープを見て、リスティーナはホッとした。
嬉しくて、頬が緩んでしまう。ふと、ルーファスはデザート用に用意された果物の中にオレンジがあるのを見つけ、オレンジをリスティーナに差し出した。

「リスティーナ。これは君が食べろ。」

「え?で、でも、それはルーファス様の分で…、」

「オレンジが好きなんだろう?いいから、食べるといい。」

「あ、ありがとうございます。」

そう言って、リスティーナはオレンジを受け取ろうとするが、

「ほら、口を開けろ。」

「ええ!?」

ルーファスはオレンジをリスティーナに渡すことなく、リスティーナの口元に運んだ。
こ、これって…、もしかして、恋人同士がするあーん?アリアがよく婚約者としているというあの!?
リスティーナはかああ、と顔が赤くなった。

「どうした?食べないのか?」

「い、いえ!頂きます。」

リスティーナはおずおずと口を開けた。オレンジの甘い香りが口の中に広がる。
ルーファスの指が少しだけリスティーナの舌に触れた。

「どうだ?」

「お、美味しいです…。」

もぐもぐと咀嚼するリスティーナは胸をドキドキさせながら何とかそう答えた。
る、ルーファス様の指がく、唇に触れた…。どうしてだろう。ルーファス様とは何回も口づけをしたことがあるのに何だか急に恥ずかしくなってきた。
ハッ!そうだ。あーんをされたら、必ず相手にも同じことをしないといけないんだった。
確か、アリアがそんな事を言っていた気がする。
リスティーナは果物の皿から、葡萄を手に取った。皮を剥いて、彼に差し出す。

「る、ルーファス様も…、良かったら、どうぞ…。」

確か彼と一緒に朝食を食べた時、葡萄を食べていた。きっと、これなら、食べられる筈。
そう思い、リスティーナはルーファスに葡萄を食べさせようとした。ルーファスは目を見開いたが、口を開いて、葡萄を口にした。彼の唇に指が触れる。リスティーナはさっき以上に胸が高鳴った。

「う、美味いな…。」

「そ、それは良かったです。」

「汁がついている。」

「え、あ…、」

ルーファスの指摘にリスティーナは自分の手が葡萄の汁でべたべたしていることに気が付いた。
ナプキンで拭こうとしたリスティーナだったが…、不意にルーファスがリスティーナの手を掴み、指を舐めた。

「ッ!?る、ルーファス様!?あ、あの…!」

「ん…。甘いな…。」

リスティーナの指を舐めて、ルーファスはそう呟き、ぺろっと唇を舌で舐めた。
その仕草に男の色気を感じ、ドキッとした。
どうしよう…。ルーファス様といると、ドキドキが止まらない。
今でも信じられない。彼と私が両想いだなんて…。リスティーナはチラッとルーファスを見つめた。
柔らかな表情で見つめ返してくれるルーファスにリスティ―ナも笑った。
この時間がとっても幸せ…。
この時間がずっと続けばいいのに…。リスティーナは心からそう願った。



「そうだ。君にこれを返さないとな。」

朝食が終わり、ゆったりとした時間を過ごしていると、ルーファスはリスティーナに太陽のペンダントを渡した。

「あ…、」

そういえば、私…、母の形見の肩掛けを北の森で落としてしまったんだった。リスティーナはそれを思い出し、落ち込んでしまった。

「どうした?」

「い、いえ…!何でもないんです。ありがとうございます。」

リスティーナはそう微笑んでペンダントを受け取った。ペンダントを握り締めてホッとする。せめて、これだけはなくさないようにしよう。

「あ、あの…、ルーファス様。実は…、私、ルーファス様に渡したい物があって…、」

そう言って、リスティーナはおずおずと包装した小箱を彼に渡した。色々とあったせいで渡しそびれてしまっていたが太陽の刺繍をしたハンカチだ。やっと渡すことができた。

「開けてもいいか?」

「はい。」

ルーファスは丁寧に包装のリボンを解いていく。中に入っていた太陽の刺繍がされたハンカチを見て、手が止まった。

「これは…、あの太陽の刺繍…?」

「はい。あの…、母が教えてくれた刺繍で…。その時、母が言ってたんです。私に大切な人ができたら、この刺繍をした贈り物をあげなさいって。だ、だから、その…、私…、」

「リスティーナ…。」

ルーファスはリスティーナの手をギュッと握りしめた。真剣な表情を浮かべるルーファスは優しい笑みを浮かべた。

「ありがとう…。大切にする。」

「ルーファス様…。」

嬉しい…。リスティーナはルーファスが喜んでくれたことに安心した。
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