冷遇され、虐げられた王女は化け物と呼ばれた王子に恋をする

林檎

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第三章 立志編

帝国の第五皇子

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「これを取引材料にすれば…、」

エルザの魔石が入った袋を握り締め、リスティーナは心に決めた。
これを使って、ラシード殿下に直談判してみよう。
アーリヤ様にお願いすればラシード殿下と会える場を設けてくれるかもしれない。
あのラシード殿下を説得できるかどうかは正直言って、自信がない。
でも、これは、私一人でやらないと…!

ルーファス様はローザ様との件でラシード殿下とは深い確執がある筈…。
自分の元婚約者を奪った相手だ。会いたくないと思うのが普通だろう。
だから、ルーファス様とラシード殿下は会わせずに私が説得すればいい。
上手くいくかは分からないけど…、もうこれしかない!リスティーナは早速、行動に移そうと、会場に戻ろうとした。
薔薇園を通り抜けて、曲がり角を曲がると、丁度、人がいて、リスティーナはぶつかってしまった。
ぶつかった衝撃でリスティーナは尻餅をついてしまう。

「痛ッ!無礼者!どこを見て歩いている!」

「も、申し訳ありません…!」

リスティーナは床に尻餅をついた状態で座り込んでしまい、慌てて謝った。
打った場所がズキズキと痛い。リスティーナは痛みに堪えながら、頭を下げた。
すると、男が呆けたように固まっているのが見えた。じっと一点を集中して見てる。
視線の先を辿ると、リスティーナの露になった足を見られていた。転んだ際にスカートの裾が捲れてしまったのだ。

「!」

リスティーナは羞恥心から顔を赤くし、バッとスカートで足を隠した。
勢いよく立ち上がり、深く頭を下げた。

「ご、ご無礼をお許しください!お見苦しいものをお見せしてしまい、申し訳ありませんでした!」

そう言って、逃げる様にそのまま立ち去ろうとしたが…、そんなリスティーナの手首を男が掴んだ。

「待て。」

「え…?あの、何か…?ッ!?」

リスティーナは相手の男性の顔を見て、驚愕した。顔が青ざめていくのが分かる。
どうして…、どうして、この人が…?
相手はリスティーナの知っている男だった。
帝国の第五皇子、ハリト。ハリト皇子は第五皇子でありながら、次期皇帝として名が知られている皇子だ。ハリト皇子は国内だけでなく、各国でも有名だ。ただし、悪い意味で。
丸々と太った身体に小さく低い鼻、細い目、分厚くぼってりとした唇はお世辞にも美しいとはいえない。体型も相まってまるで豚のようだと言われ、裏では豚皇子と呼ばれている。
勿論、誰も表立ってそんな事は口にしない。醜いが皇子として優秀であることは確かだからだ。
実績もあるため、容姿は悪くても皇帝としての器は本物だといわれている。
そんなハリト皇子が今、リスティーナの目の前にいる。
リスティーナは心臓がドクドクと嫌な音を立てた。
思い出す…。あの時の恐ろしい記憶を…、薄暗い中で無理矢理押し倒され、ドレスを引き裂かれたあの時の恐怖を…。でも、あの時は…、

『姫様…?』

目の前の光景が信じられないとでも言いたげな表情で深緑の目がリスティーナを見つめる。エルザはリスティーナを見て、状況を理解した途端、その目が殺気に染まった。

『私の姫様に…、何してんのよ!この、下衆野郎がああああ!』

瞬間、巨大な蔓がハリト皇子に襲い掛かった。あの時はエルザが助けてくれた。でも、今は…、私一人…。

「お前、確かメイネシアの王女だな?母親が踊り子の下賤な女の娘じゃないか。」

「…て、帝国の皇太子殿下。お、お久しぶりでございます。」

我に返ったリスティーナは慌てて片手でスカートの裾を持ち、深々と頭を下げた。
手首を掴まれたままなので片手でしかスカートの裾を持つことしかできない。
こ、怖い…。また、あの時と同じような目に遭ったらと思うと…、震えが止まらない。
その時もハリト皇子は今のようにまるで身体を舐め回すような視線で不躾にリスティーナを見つめ、厭らしい笑みを浮かべていた。そう。今のように…、

「名前は確か…、リスティーナだったか?」

「は、はい…。」

息が上がる。声が震えて…、上手く話せない。
ハリト皇子の目を見ると…、怖くて動けない。視線を逸らすことすらできなくなる。
この目だ…。あの時も彼は私をこんな目で見ていた。欲望を含んだ視線…。この目を見ると、ゾッとする。
私に乱暴しようとした人達はいつもこんな目をしていた。
逃げたいのに…!足が竦んで動かない。

「前よりも随分といい女になったじゃないか。…悪くない。」

ハリトは厭らしく笑い、愉快そうに呟いた。
どうしてだろうか。この人に褒められても全然嬉しくない。むしろ、怖かった。
早く…、早くここから逃げ出したい…!
そんなリスティーナを嘲笑うようにハリトは傲慢な態度で言い放った。

「お前を気に入ったぞ。喜べ。俺の妻にしてやる。」

「!?」

リスティーナは固まった。つ、妻…?私がこの方の…?思わず鳥肌が立った。
そんなリスティーナにハリトは脂ぎった手で無遠慮に触れた。
うっ…!強い口臭にリスティーナは顔を背けた。
ひ、ひどい臭い…!嗅いでいるだけで気持ち悪くなりそう…。

「その前に身体の相性を確かめないとな…。どれ…、」

「ッ!い、嫌!放して!」

あまりにも強い生理的嫌悪を抱いたせいかあんなにも身体が震えて指一本動かせなかったのに、リスティーナは弾かれたようにパンッ!とハリトの手を叩いてしまった。

「あ…、」

リスティーナは自分のした行動に顔を青褪めた。やってしまった…!あまりにも気持ち悪くて、つい…!
ハリトは一瞬、何が起こったのか分からず、呆気にとられた様子だったが状況を理解すると、怒りで顔を真っ赤に染め、リスティーナを睨みつけた。

「き、貴様あ!ふざけるな!よくも、この俺様を叩いたな!このっ…!」

「きゃあ!?」

バシッと頬に強い衝撃が走った。ハリトがリスティーナを叩いたのだ。
大の男の力で殴られたリスティーナはまたしても地面に倒れ込んでしまう。
ぶたれた頬が痛い。ジンジンする。リスティーナは思わず頬を押さえた。

「たかが、小国の王女の分際でこの俺を拒むとはどういうつもりだ!帝国の皇子であり、次期皇帝の俺が妻にしてやると言っているのに…!俺様はお前なんかよりも高貴でずっと偉い存在なんだぞ!そこは、泣いて喜ぶのが普通だろう!」

「わ、私は…、殿下とは結婚できません!わ、私はもう…、きゃあ!?」

「ふざけるな!この俺に恥を掻かせやがって…!もう、お前など妻にもしてやらん!この俺を拒んだことを後悔させてやる!」

ハリトに髪を掴まれ、リスティーナはそのまま無理矢理どこかへ連れて行かれそうになる。
抵抗したいのに、抵抗ができない。ハリトに引っ張られるままについていく事しかできない。
痛い…!ブチブチと髪が抜かれる音がした。思いやりの欠片もない乱暴な手…。リスティーナはじわり、と涙が滲んだ。
そのまま人気のない場所に連れて行かれ、ドン!と突き飛ばされる。
次いで、ハリトがリスティーナの上に馬乗りに圧し掛かった。
お、重い…!あまりの重さにリスティーナは顔を顰めた。
ガッと顎を強く掴まれ、無理矢理上を向かせられる。

「泣いて、許しを乞うてももう遅い。俺に逆らったらどうなるか思い知らせてやる!」

ハリトの脂ぎった手がリスティーナの身体を弄る。
嫌…!嫌…!ルーファス様以外に触られるなんて嫌…!ルーファス様…!
リスティーナは心の中でルーファスに助けを求めた。ギュッと目を瞑る。涙が頬を伝った。

「その手を放せ。」

「ッ!誰だ!?グッ…!」

え…?この声…。
低く、聞き覚えのある声にリスティーナはおそるおそる目を開いた。
ハリト皇子の背後から肩を掴んでいる人物にリスティーナは目を見開いた。
そこには、夜会に参加していない筈のルーファスが立っていた。

ルーファス様…!?一瞬、ルーファスがリスティーナに視線をやった。
リスティーナの姿を見た瞬間、ルーファスは目を見開いた。
やがて、スッと目を細めたルーファスはハリト皇子に視線を向けた。さっきとは比にならない位に怖い表情を浮かべたルーファスがいた。
そして、ルーファスはハリトに手を翳すと、あの黒い霧のようなものが放たれた。

「ぼへえ!?」

そのまま地面に倒れ込むハリト皇子をリスティーナは呆然と見つめた。

「リスティーナ。…来るのが遅くなって悪かった。大丈夫か?」

そう言って、ルーファスは膝をついて、リスティーナに話しかける。

「る、ルーファス様…!」

リスティーナは思わず彼にしがみついた。
ルーファスはそっと優しく抱き締め返してくれる。そのぬくもりにリスティーナはホッとした。
また、私を助けてくれた…。

「その頬…。殴られたのか?あの男に?」

「あっ、これは…、」

「こ、このッ…!よ、よくもこの俺様を殴ってくれたな!」

「ッ!ルーファス様!」

その時、ハリトがルーファスに襲い掛かった。リスティーナは思わず声を上げる。
ルーファスが振り返ると、ハリトの拳が当たった。が、その直後に吹き飛んだのはハリトの方だった。
しかし、ハリトの手がルーファスの仮面に当たったせいで仮面が地面に落ちて、ルーファスの素顔が露になった。
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