冷遇され、虐げられた王女は化け物と呼ばれた王子に恋をする

林檎

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第三章 立志編

男装王女

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「な、何だ…?い、今の…。貴様!一体、俺に何をした!?」

ハリトは気絶することなく、すぐに起き上がった。
どうやら、太っているせいでそこまでダメージを受けなかった様だ。が、ハリトはルーファスの顔を見た途端、悲鳴を上げた。

「ヒッ…!?な、なんだ?その痣…。ば、化け物…!」

そして、ハッと何かに気付いたようにルーファスを指差した。

「その黒い痣…。ま、まさか、噂の化け物王子…?」

「ルーファス様は化け物なんかじゃ…、」

リスティーナは思わずハリト皇子の言葉に反論しようとするが、ルーファスが手でリスティーナの言葉を制した。そして、ルーファスはチラッとハリトに視線を向ける。ハリトはあからさまにビクッとした。

「お前の言う化け物王子が誰の事を指すかは知らないが…、ローゼンハイムの呪われた第二王子なら、俺の事だ。そういえば、まだ名乗っていなかったな。ルーファス・ド・ローゼンハイムだ。こうして、会うのは初めてだな。ハリト皇子。」

「る、る、ルーファス王子い!?で、では、やはり、貴様があの呪われた王子か!」

ハリトは顔を青褪め、慌ててルーファスから目を逸らした。

「人の妻に手を出したんだ。それなりの覚悟はあるのだろうな?」

「な、何の事だ?み、ミレーヌなんて女は俺は知らない!」

「誰もミレーヌだなんて一言も言っていない。」

「うぐっ!」

完全に墓穴を掘ったハリトにリスティーナはハッとした。
思い出した。さっき、ミレーヌ様と一緒にいた男性…。あれは、ハリト皇子だったんだ。
顔を見ていないから気付かなかった。思い返せばあの時、ミレーヌ様といた男性の体格と声はハリト皇子のものだった。

「あ、あの女が先に誘ったんだ!そ、それに!ミレーヌはお前とは身体の関係はないと言っていたぞ!しょ、所詮は形ばかりの夫の癖に嫉妬とは見苦しい…!」

「ミレーヌの事はどうでもいい。あの女と関係がないのは事実だ。俺が言っているのは、彼女の事だ。」

「はあ…?そ、その女はメイネシアの王女だろ!お前とは無関係ではないか!」

「無関係じゃない。彼女は俺の妻だ。帝国の皇子の癖にそんな事も知らないのか?」

「な、何い!?う、嘘だ!で、出鱈目だ!そんなの!」

「信じられないなら、会場にいる貴族達に聞いてみるといい。俺の新しい側室がメイネシアの王女であることは周知の事実だ。」

「ば、馬鹿な…!貴様!何故、それを黙っていた!」

ハリトは突然、リスティーナに怒りの矛先を変えた。ハリトに睨まれ、リスティーナはビクッとしながらも困惑した。
リスティーナだってルーファス様の側室だって言おうとしたのにハリト皇子が無理矢理髪を掴んだから言えなかっただけなのに…。

「まさか、その化け物と寝たのか!?そんな穢れた身体で俺に近付くとは何て女だ!それだったら、最初から相手にもしなかったのに…!」

「ちょ、ちょっと待って下さい。私は決して、自分からは…、」

「黙れ!この淫売が!呪いで穢れた女なんてこっちから願い下げ…!」

「黙るのはお前だ。」

リスティーナを罵倒するハリト皇子だったが不意にルーファスがブン、と手招きするように手を動かした。

「うわあああああ!」

すると、ハリト皇子の身体が勝手に動き、ルーファスの目の前まで身体が移動した。
それは、まるで何かに引き寄せられているかのようだった。
そのままルーファスの手がハリトの首を掴んだ。

「そんなに死にたければ、今すぐ殺してやる。」

ルーファスがそう言った直後、黒い霧がハリト皇子の顔面を覆った。

「ぐぎゃああああああ!」

黒い霧に包まれているせいでハリトの顔が見えない。が、手足をばたつかせ、苦しそうな声を上げている姿は異常だった。リスティーナは慌ててルーファスを止めた。

「駄目です!ルーファス様!」

ルーファスの腕を掴んでリスティーナは必死になって止めた。
ハリト皇子はこれでも、帝国の皇太子。何かあれば国際問題になってしまう。
ローゼンハイムは大陸でも一、二を争う位に力のある大国ではあるがそのローゼンハイムと同程度の力を持つ国が帝国だ。その為、ローゼンハイムと帝国が衝突してしまえば、各国を巻き込んだ大戦争となる恐れがある。何より、力を使ったらルーファスの様の身体に負担がかかってしまう。
リスティーナの言葉にルーファスは手を止め、そのままパッと手を放した。
黒い霧が消えていく。ハリトはそのまま地面に仰向けに転がった。
ピクピクと痙攣しながら、白目を剥き、泡を吹いているハリトは気を失っていた。

「あの、ルーファス様…。」

大丈夫ですか?と訊ねようとしたその時、

「兄上?」

その時、足音共に誰かが現れた。銀髪碧眼の美しい貴公子…。リスティーナはあっ、と声を上げた。さっき、廊下で会った方だ。

「兄上!?一体何が…?あれ。君はさっきの…?」

銀髪の青年は白目を剥いて気絶しているハリトに駆け寄り、焦った表情を浮かべた。
そして、リスティーナを見て、彼も気付いたように首を傾げる。
リスティーナの横にいたルーファスに視線を移すと、彼はギクリ、と顔を強張らせた。

「あなたは…、もしかして、ルーファス殿下?」

銀髪の青年が恐る恐る訊ねる。ルーファスは無言だが、冷ややかな目で青年を一瞥した。
その反応で察知したのだろう。彼はすぐに頭を下げると、

「失礼しました。ローゼンハイムの第二王子、ルーファス殿下にご挨拶申し上げます。ジェレミア・ド・アルゲヴィアと申します。」

「…ジェレミア。聞いたことがある名だ。帝国には女の身で男装をしている王女がいると聞いたことがある。」

ルーファスの言葉にジェレミアはピクッと反応し、フッと口角を上げると、

「さすがです。よくご存じでしたね。殿下の仰る通り、私がその変わり者の王女でございます。」

「ええ!?じょ、女性!?」

リスティーナは驚きの事実に驚愕し、声を上げ、思わずまじまじと目の前にいるジェレミアを見つめる。
う、嘘…!どこからどう見ても、ジェレミアは凛々しい男性そのものといった感じに見える。
まさか、女性だったなんて…!全然気付かなかった…。
リスティーナと目が合ったジェレミアは申し訳なさそうに眉を寄せ、苦笑する。

「申し訳ない。騙すつもりはなかったのですが…、お気を悪くされたのなら謝ります。」

「い、いえ!私の方こそ、勘違いをしてしまい、申し訳ありません!」

リスティーナは慌ててジェレミアにペコッと頭を下げる。そして、気になっていたことをおずおずと訊ねた。

「あ、あの…、ですが、どうしてジェレミア様は男装などをして…?」

「ああ。これは、私の趣味のようなものです。私は昔からドレスを着るよりもこうした男の格好をしている方が落ち着く性分なのですよ。」

ジェレミアはそう言って、ニコッと爽やかに微笑んだ。
月の光を連想させる銀髪に鮮やかな青い瞳…。肌理細やかな白い肌に薄い唇、整った目鼻立ち…。まるで人形のように整った容姿は男の格好をしていても、その美しさは損なわれない。むしろ、その辺の男性よりも凛々しく、美しい。
男の格好をしても、ジェレミアの美しさは隠しきれていない。
きっと、ドレスを着て着飾ればもっと美しく、多くの男性を魅了することだろう。
リスティーナは思わずジェレミアに見惚れる。

「あの…、それより、一体何があったのでしょうか?もしや兄が何か…、!」

ジェレミアはリスティーナの乱れた髪や服装、殴られた頬を見て、何かを察知したような表情を浮かべた。

「まさか…!」

「…どうやら、お前は兄と違って察しはいいみたいだな。見ての通り、この男が俺の妻に手を出そうとしたから、罰を与えた。それだけだ。何か言いたいことがあるのなら聞くが?」

「ッ、も、申し訳ありません!殿下!何とお詫びしていいのやら…!」

ジェレミアは顔を真っ青にし、慌てて、地面に膝をつき、頭を下げた。

「二度とこのような事がないよう兄にはわたしからよく言って聞かせます!後日、改めて謝罪をさせて頂きたく…!」

「結構だ。早く、これを連れてここから立ち去れ。謝罪も不要だ。」

「!しかし…!」

「聞こえなかったのか?早くここから立ち去れと言ったんだ。今、見たことは決して誰にも言うな。兄の醜聞を晒したければ止めはしないがな。」

「ッ…!寛大な処置に痛み入ります。」

ジェレミアはそう言って、頭を下げ、気絶したハリト皇子を抱えた。
女の身でハリト皇子の身体を軽々と背負うジェレミア。彼女は一瞬、リスティーナを見て、何かを言いたげな表情を浮かべたが振り切るように背を向けた。

「待て。」

ルーファスがジェレミアを呼び止める。ジェレミアは振り返った。

「そいつが目を覚ましたら、言っておけ。…呪いには気を付けろとな。」

「!」

ジェレミアは息を吞んだ。

「行け。」

ルーファスの命令にジェレミアは何も言い返すことなく、その場を立ち去った。
ジェレミアの姿が見えなくなったと同時にルーファスはふらっと身体がふらついた。

「ルーファス様!?」

リスティーナは慌てて、ルーファスの身体を支える。


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