冷遇され、虐げられた王女は化け物と呼ばれた王子に恋をする

林檎

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第三章 立志編

勝負

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「ふーん。よく分かっているじゃないか。確かにローザは俺に心底、惚れている。俺の頼みなら断わらないだろうな。まあ、仮にローザが渋っても説得する方法は幾らでもある。」

「!ほ、本当ですか!?」

ラシード殿下がこれだけ自信満々に言う位だ。
ローザ様を説得することは彼にとっては容易い事なのだろう。
リスティーナはぱあ、と顔を輝かせて期待を籠めた眼差しでラシードを見つめた。
ラシードは自信たっぷりの笑みを浮かべ、

「俺なら、あいつを説得することは簡単だ。」

「そ、それでは…!」

「けど…、それを受けた所で俺には何の得もないよな。俺からすればルーファスが死のうが死なないがどうだっていい。」

「そんな…!お願いします!ラシード殿下!そこを何とか…、何とか取り計らって下さらないでしょうか!?勿論、お礼はします!あの…、私は個人的な財産はありません。自由になるお金も何一つ持っていないので謝礼金を用意することはできません。ですが…、お金以上に価値のある物をお持ちしました。」

リスティーナはそう言って、懐から小さな袋を取り出した。エルザの魔石が入った袋だ。
袋の紐を少し開け、中を見せるようにして、ラシードに差し出した。

「これを…、殿下に差し上げます。」

「へえ。これは珍しい。魔石か。しかも、こんなに大量に…。」

ラシードは興味が惹かれたように魔石を見つめた。その反応にリスティーナは期待した。
これをラシード殿下にあげればローザ様を説得するのに力を貸してくれるかもしれないと思ったからだ。

「だけど、残念。俺、魔石は腐るほど持っているんだよな。だから、今の俺には魔石は必要のない物なんだ。」

「え…。」

「ついでに言うと、金も有り余るほど持っているから、謝礼金も不要だ。それで?お前はそれ以外で俺に何を差し出してくれるんだ?」

「わ、私は…、」

ど、どうしよう…。もうこれ以外で交渉に使えそうな物は何も持ってない。
どうしよう。どうすれば…!リスティーナは予想外の展開に混乱した。
甘かった…!やっぱり、魔石だけでは駄目なんだ。私は何て浅はかなのだろう。魔石を差し出せば上手くいくかもしれないと安易に考えてしまうなんて…。
断られた時の対処法について何も考えていなかった。リスティーナが言葉に詰まっていると、ラシードは目を細めた。




ルーファスはフッと目を覚ました。

「リス、ティーナ?」

目が覚めると、傍にいた筈のリスティーナがいない。
一体、どこに…?ルーファスは起き上がり、リスティーナを捜した。
…さっきよりも少しだけ身体はマシになったが、まだ歩くと、痛みが走る。ルーファスは痛みを堪えながらも一歩、一歩と前に進んだ。じわり、と冷汗が背中を伝う。
嫌な予感がする。まさか、またハリトに襲われているのでは…、ルーファスは急いでリスティーナの気配を辿った。




「なあ、リスティーナ。一つ、取引をしないか?」

「え…?」

「こう見えても俺は女には優しいんだ。困っている女を見たら、放っておけない性分なんだよ。それに、アーリヤとあんたは同じ側室同士だ。だから、特別に助けてやってもいいぞ。」

「!?ほ、本当ですか…?」

「ただし、条件がある。」

「条件…?」

何だろう?リスティーナはラシードをジッと見上げた。何を言われるのかとドキドキしているリスティーナにラシードは口角を吊り上げて、笑った。

「何。難しい話じゃない。ただ、ちょっとした遊戯に付き合ってほしいだけだ。どうだ?簡単な話だろ?」

「遊戯…ですか?」

予想していた返答と違い、リスティーナは思わず聞き返した。

「そう。遊戯だ。丁度、暇していた所だからな。俺と勝負しないか?リスティーナ。」

「勝負…?」

「ああ。俺とリスティーナで勝負して、俺が勝ったらこの話はなしだ。逆にあんたが勝てば俺はローザを説得するのに力を貸してやる。どうだ?悪い話じゃないだろう?」

「私が勝てば…、ローザ様を説得してくださるのですね!?」

「ああ。勿論だ。俺は勝負には公平な男だからな。俺が負けたら、あんたの願いを叶えてやるよ。その代わり、あんたが負けたら、俺の言う事を一つだけ聞いてもらう。それでいいな?」

「ッ!はい!ありがとうございます!ラシード殿下!」

リスティーナはぱああ、と顔を輝かせて、笑顔でお礼を言った。そんなリスティーナにラシードは口角を吊り上げ、笑った。
この勝負…、絶対に負けられない!何としても勝たないと…!リスティーナはグッと拳を握りしめた。

「あ、あの…、それで…、何で勝負するのでしょうか?」

「簡単だ。このコインを五つのコップの内、どれかに入れておく。コップは逆さまにした状態で置いて、五つのコップの中からどれにコインが入っているかを当てる。単純なルールだろ?」

ラシードはそう言って、金色の金貨をリスティーナに見せた。
成程…。確かにルールは簡単だけど…。完全に運勝負だ。
でも…、大丈夫。私は頭脳戦に特化した勝負は弱いけど、運勝負だけは強い。
いつもの通りにやれば大丈夫。リスティーナはそう自分に言い聞かせた。

「勝負は五回。その中でどれだけコインを当てられるかで勝ち負けが決まる。つまり、コインを当てた回数が多い方が勝ちってわけだ。理解したか?」

「は、はい。大丈夫です。」

リスティーナはルールを聞き、コクンと頷いた。
大丈夫…。いつものようにやれば大丈夫…。リスティーナは一度、深呼吸をして心を落ち着かせた。
失敗は許されない。何としてでも勝たないと…!勝負は五回だけなんだから、慎重に選ばないと…!

「先手と後手どちらがいい?好きな方を選ばせてやる。」

「で、では…、後手でお願いします。」

リスティーナは始めにラシードがどれ位、当てられるかを確認しておきたかった。
リスティーナの言葉にラシードは余裕な態度で頷き、勝負に挑んだ。
ラシードの従者、カリルがコインを受け取り、コップに被せた。
そのまま目にも素早い動きでコップを左右に動かし、移動させていく。
は、早い…。全然目視できない…。リスティーナは唖然とした。

「右から二番目だ。」

ラシードは即決でコップを指差した。カリルが右から二番目のコップを手に取る。コップを持ち上げれば、そこには金色の金貨が入っていた。

「当たった!凄いわ!お兄様!」

アーリヤが手を叩いて、称賛した。ラシードはフッと満足げに笑った。
凄い…。一発目で当ててしまった。二回目、三回目もラシードはコインを当てた。
こんなに連続で…。リスティーナは不安からギュッと胸を握りしめた。
私…、ラシード殿下に勝てるのだろうか?ううん。弱気になっては駄目!絶対に勝たないと…!
ルーファス様の為にも…!リスティーナは挫けそうになる心を叱咤し、自分を奮い立たせた。

「右だ。一番右端。」

四回目の勝負だ。カリルが右端のコップを持ち上げた。コインは入っていなかった。

「あら、残念。外れたわね。ここで当てれば連続四発的中だったのに。」

「ま。こういう事もあるさ。」

アーリヤの言葉にラシードは肩を竦めた。
ラシードは既に三発も的中しているため、その態度には余裕がある。
そして、最後の五回目の勝負では…、コインを当てた。結果、ラシードは五回中、四回当てたことになる。
凄い…。まさか、四回も当てるなんて思わなかった。一発当てるだけでも凄いのに…。
リスティーナは唇をキュッと引き結んだ。怖気ついちゃ駄目。心を落ち着かせないと…。焦っても失敗するだけなのだから…。リスティーナはそう自分に言い聞かせた。

「次はリスティーナ様の番です。準備はよろしいですか?」

「はい。お願いします。」

カリルに促され、リスティーナはドキドキしながら、勝負に臨んだ。
緊張で手が震える。上手くできるかな?と、とにかく…!コインを入れたコップから目を離さないでカリルさんの手の動きを見れば、当たる筈…!そんな思いでリスティーナはジッとコインを入れたコップを凝視する。

「では、参ります。」

カリルがそう言い終わると同時にサッサッと手を目にも止まらぬ速さで動かした。
…み、見えない。早くもコインを入れたコップを見失ってしまった。カリルの手の動きはあまりにも早くて目視できないのだ。呆然としている間にカリルの手が止まった。

「では、選んでください。」

「え、ええと…、」

どれ?どれにコインが入っているのだろう?駄目だ。全然分からない。
リスティーナは焦って、じんわりと手に汗を掻いた。…これで外したら、もう次は外せない。ここで当てないと…!リスティーナは5つのコップをじっと見つめた。数秒コップを見つめていると、だんだんとコップの輪郭がぼやけてきた。
この感覚…。コップを見つめ続けていると、小さいコイン状の形をした何かが薄ぼんやりと見えてくる。
一番左端のコップの下だ。反射的にリスティーナは左端のコップを指差した。

「ひ、左です。一番左端のコップです。」

カリルがリスティーナを見て、息を吞んだ。

「あの…?」

「ッ、し、失礼しました。左ですね。」

カリルがコップを持ち上げる。そこには、確かにコインがあった。当たった!リスティーナはホッと胸を撫で下ろした。

「お兄様…。」

アーリヤは動揺した様子でラシードに声を掛ける。そんなアーリヤにラシードは唇に指を当てた。
…?どうしたのだろう?リスティーナが不思議そうに二人を見つめると、ラシードはくつり、と笑った。
その笑みは獲物を狙う猛禽類を彷彿とさせて、リスティーナはゾクッとした。

「では、次の勝負に移ります。よろしいでしょうか?」

カイルの問いにリスティーナは慌てて、勝負に意識を戻し、頷いた。
大丈夫…。さっきの感覚を忘れないようにすれば…。
リスティーナはジッとコップに視線を注いだ。…ラシード達からすごい視線を感じる。居心地の悪さを感じながらもリスティーナは勝負に集中した。

「真ん中のコップです。」

リスティーナが真ん中のコップを指差した。カリルがコップを持ち上げると、コインがあらわれた。
当たった!良かった!これで二回連続だ。後、もう二連続できれば…、

「左から二番目です。」

コップを上げると、そこにはコインがあった。三回目の勝負も無事に当てることができた。
四回目の勝負では…、

「右です。一番右端のコップです。」

スッとコップが上がる。中からはコインが出てきた。やった!四回連続。これでラシード殿下と引き分けになった。最後当てることができれば…!リスティーナはグッと拳を握りしめた。
希望が見えた。これで勝てば、ルーファス様を呪いから解放してあげられるかもしれない!
リスティーナが期待に胸を弾ませている間にカリルがチラッとラシードに視線を向けた。ラシードが微かに頷いたのを確認し、カリルはスッと視線を戻した。僅か数秒の時間だったため、リスティーナはそのやり取りに全く気が付かなかった。

「では…、行きます。」

カリルがコップを忙しなく動かし、動きを止めた。リスティーナに選ぶように視線で促した。
ジッと周囲から視線を注がれる。ラシードやカリルだけじゃない。アーリヤやカーラからも視線の圧を感じる。リスティーナはドキドキしながら、ジッとコップを見つめた。
コイン…。コインはどこ?リスティーナは視線を走らせるがふと、違和感を抱いた。
…コインが見えない。どうして?さっきまで確かに見えたのに…。どれだけ目を凝らしてみても何も見えない。

「リスティーナ様?」

「あの…、すみません。このコップの中に…、本当にコインが入っているんですか?」

リスティーナは自分が感じた疑問をそのまま言葉にして、問いかけた。

『ッ…!』

カリルが目を見開き、息を吞む音が周囲から聞こえる。
…?さっきから、どうしたのだろうか。皆さんの様子が…。
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