冷遇され、虐げられた王女は化け物と呼ばれた王子に恋をする

林檎

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第三章 立志編

神話の本

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「よ、良かったらもう少しいかがですか?」



「ああ。貰おうか。」



リスティーナはルーファスにもう一度スプーンで粥を掬った。

手ずからルーファスに食事を食べさせていくリスティーナ。

そんなリスティーナにルーファスはフッと笑った。



「…?どうしましたか?ルーファス様。」



「いや…。大したことじゃない。ただ…、君の手でこうやって食べさせて貰うなんてまるで恋人同士のようで…。幸せだなと思っただけだ。」



リスティーナはルーファスの言葉に自分が何をしているのかに気が付き、真っ赤になった。

そ、そうだった。看病をしているつもりでやっていたことだったけど、これはよく聞く恋人同士のスキンシップの一つ。お互いに食べさせ合う行為。「あーん」というやつなんだった!



「す、すみません!ルーファス様!わ、私ったら、つい…!いつも看病する時はこうやって食べるのを手伝ってあげていたもので…!」



ついエルザにした時と同じようにやってしまった。 

今更ながら、すごく恥ずかしい…。

内心、羞恥心に見悶えるリスティーナにルーファスはスッと表情を消した。



「いつも…?君は他の男にも同じことをしていたのか…?」



ぼそり、と低い声で呟かれ、そのあまりの冷たい声と怖い眼差しにリスティーナは背筋がゾクッとした。



「い、いえ…。私、男性にこんな事をしたのはルーファス様が初めてです。私がいつも看病していたのはエルザです。エルザは昔、身体が弱かったので…。」



「…そうか。」



リスティーナが正直に答えると、ルーファスの纏う雰囲気が柔らかくなった。

表情は相変わらずの無表情なのでよく見ないと分かりづらいがリスティーナにはルーファスの顔が一瞬、ホッと安心したように和らいだ気がした。

エルザの名前を出したら、空気が変わった…?



「リスティーナ。」



「は、はい。」



「その…、もし、できることなら…、俺以外の男にはその…、いや。何でもない。忘れてくれ。」



途中まで何かを言いかけたルーファスだったがすぐに口を噤み、顔を背けた。

リスティーナはそんなルーファスに思わず、



「ルーファス様。私…、こうやって食事を食べさせるのはルーファス様だけにしかしません。他の男性にはしませんから。」



「そ、そうか。」



最近、ルーファス様が何を考えているのか分かるようになった気がする。

もしかしたら…、さっき言いかけたのは、ルーファス様以外の男性に「あーん」をしないで欲しいと言いたかったのかもしれない。

嫉妬、してくれたのかな?そうだったら…、嬉しい。



リスティーナは昨夜のラシードの言葉を思い出した。

私はローザ様の代わりなのだと…。

リスティーナはギュッと胸の前で手を握り締めた。

今は…、考えないようにしよう。



「リスティーナ?どうした?」



「あ…、いえ。すみません。まだお食事の途中でしたね。」



リスティーナはルーファスの言葉に慌てて表情を取り繕うと、ルーファスの食事を再開した。

代わりでもいい。一時の気まぐれか気の迷いという感情でも構わない。

こうして、傍に置いてくれて、気遣ってくれて、優しくしてくれる。それだけで十分だ。

リスティーナは心の中でそう自分に言い聞かせると、その気持ちを悟られないように微笑んだ。











「え…!?じゃあ、その事件があったからルーファス様は野菜が嫌いになったの?」



リスティーナは厨房で朝食の片付けの手伝いをしながら、アルマに聞き返した。



「そうなんです。私達も殿下の野菜嫌いを何とかしたいと思ってはいたのですが…、殿下が野菜を嫌うようになった理由も分かるので…。無理に勧める事も出来なくて…、」



「…そうだったの。まさか、そんな事があったなんて…、」



初めて知る事実にリスティーナは呆然と呟いた。

まさか、ルーファス様が野菜を嫌いな理由にそんな背景があったなんて全然知らなかった。

アルマの話によると、ルーファス様は子供の頃に食事に毒を盛られ、その時の食事が茸料理であったことから茸が食べられなくなってしまったようだ。けれど、その後も立て続けに毒を盛られることが増え、野菜全般が苦手になってしまったらしい。

私…、そんな事も知らないでルーファス様にあんな事を…。



「そんな顔をなさらないでください。リスティーナ様。私はリスティーナ様に感謝しているのです。」



「え…?」



リスティーナは俯いていた顔を上げた。アルマはリスティーナに優しく微笑むと、



「きっと、リスティーナ様だからこそ、できたことなのでしょうね。殿下はリスティーナ様と出会われてから変わりました。食事も召し上がるようになって…。リスティーナ様の作ったスープを完食したのを見た時はとても嬉しかったです。…ありがとうございます。リスティーナ様。」



深々と頭を下げるアルマにリスティーナは慌てた。



「あ、アルマ!そんな…、頭を上げて。私は大したことはしていないのだから…、」



「リスティーナ様は…、謙虚な方ですね。」



アルマはそう言って、リスティーナを見て、笑った。

アルマは女の身で料理人を志していたのだが、同じ料理人の男達から女という理由で差別され、嫌がらせを受けていた所をルーファスに助けられた過去があるらしい。

その後、アルマはルーファス専属の料理人として、志願し、以来ずっとここで働いているのだそうだ。それを聞いた時、リスティーナはルーファス様らしいなと思ったものだ。



「それにしても、リスティーナ様は色んなレシピをご存じなのですね。今日作られたミルク粥のレシピもとても興味深かったです。ところで、味付けに使っていたハーブと調味料なんですが、あれは一体何を使っていたのですか?」



料理人の血が騒ぐのかアルマはリスティーナにミルク粥のレシピについて聞いてきた。

リスティーナがミルク粥を作っている時も熱心に観察して、メモを取っていた位だ。

アルマは根っからの料理人なのね。

リスティーナは勿論、と頷いた。



「えっとね…、塩と黒胡椒とパセリに…、」



リスティーナはアルマに味付けを教えると、お茶の準備をして、ルーファスの元に向かった。







「ルーファス様。お待たせしてすみません。今、お茶を淹れますね。」



「リスティーナ。…ああ。頼む。」



リスティーナはお茶を淹れて、ルーファスの目の前にカップを置いた。

机の上に置かれた本が開いたままになっている。何気なく視線を向ければそのページには女神の絵が載っていた。あ…、この女神様知っている。昔、お母様が読んでくれた神話の本で見たことがある。



「これ…、アリスティア女神様の絵ですよね?珍しいですね。ルーファス様が神話の本を読まれるなんて。」



ルーファス様って、神話の本も読むんだ。いつも経済学書や歴史書を読むことが多いのに珍しい。



「ああ。昔、読んだことがあったからまた読みたくなってな。」



「分かります。私も時々、子供の頃に読んだ童話とか妖精のお伽噺の本とか読みたくなりますから。神話も面白いですよね。子供の頃、母がよく寝る前に聞かせてくれました。」



「君の母親は神話についても詳しかったのか?」



「はい。私、神話に登場する神様の中でアリスティア女神様が一番好きだったので母によくせがんでアリスティア女神様の話を聞かせてもらいました。」



「そうなのか。確かにアリスティア女神は美しいだけでなく、心根も清らかで慈愛深い女神だったと言い伝えられているからな。」



「はい。それに、他の女神様は性に奔放な方が多いんですけど、アリスティア女神様は一途な女性で太陽神である夫だけに生涯の愛を捧げていたといわれていて…。そういう健気で一途な所が素敵だなと思って…。」



「ああ。確かに…。他の女神と比べると、アリスティア女神は珍しいタイプの女神だな。愛や美の女神は百人以上の男と寝たことがあるというエピソードもあるし、狩猟の女神や嫉妬の女神も大層な男好きだったといわれているからな。」



「よく知っていますね。ルーファス様は神話も詳しいんですか?」



「子供の時に少しだけ神話の本を読んだことがあるだけだ。そういえば、メイネシアの国教はバロン神だったな。ということは…、君はバロン神信仰者なのか?」



「あ…、いえ。確かにメイネシアはバロン神を崇拝しているのですけど…。母は元々、メイネシア国の出身ではなかったのでバロン神は信仰していなかったんです。それに、母はアリスティア女神信教者だったので…。母の一族は代々、アリスティア女神様を信仰していた家系だったみたいなんです。それで、私も母と同じようにアリスティア女神様を信仰していて…。」



ルーファスは一瞬、ピクッと反応するが、すぐに何事もなかったような表情に戻り、



「そうだったのか…。代々、信仰を受け継ぐなんて凄いな。」



「でも、私は母みたいに信仰熱心ではないんです。母はアリスティア女神様の伝統的な行事や儀式を欠かさず行っていたんですけど、私はあまり…、」



そう言って、リスティーナは言葉を濁し、目を伏せた。



「何かあったのか?」



ルーファスの言葉にリスティーナはドキッとした。

思わず、顔を上げれば、真剣な表情をしたルーファスと目が合った。



「リスティーナ。もしかして、君は女神に対して信仰を失いかけているんじゃないのか?でも、それは…、何か理由があったんだろう?」



「ど、どうして…?」



どうして、分かったのだろう。私は何も言っていないのに…。

心の中を見透かされた気がした。



「気づいていないのか?さっき、君は一瞬だけ泣きそうな顔をしていたんだ。だから、そう思った。それだけのことだ。…君さえ良ければ話してくれないか?俺の話を聞いてくれたように俺も君の力になりたいんだ。」



「ルーファス様…。」



リスティーナはルーファスの言葉に胸が温かくなった。

リスティーナはキュッと唇を噛み、意を決して口を開いた。
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