冷遇され、虐げられた王女は化け物と呼ばれた王子に恋をする

林檎

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第四章 覚醒編

リーの懐中時計

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「ルーファス様。私の我儘を聞いて下さってありがとうございます。」

休憩を終えて、馬車に乗ってすぐにリスティーナはルーファスにお礼を言った。

「我儘だなんて思っていない。少し経路を変更しただけの話だ。」

「ルーファス様…。」

突然、経路を変えろと無茶な事を言ったにも関わらず、ルーファスは嫌な顔一つせずに聞いてくれた。
優しい人…。
その時、ゴロゴロ、と空から音が聞こえた。
その後、すぐに雨がポツポツと降り始め、やがてザアア、と大雨となった。

「やはり、雨が降ったな。」

ルーファスの言葉はリスティーナが雨が降ると言った言葉を信じてくれた証拠に他ならない。
私の事…、信じてくれたんだ。

「また、君に助けられたな。この雨の中、海沿いの道を通っていたら、海が荒れて大変なことになっていたかもしれない。」

「いえ、そんな…。」

リスティーナの脳裏にあの老婆の姿が浮かんだ。
不思議な人だった。あのおばあさんは私の名前もルーファス様の事も知っていた。
一体、あのおばあさんは何者なのだろうか?普通なら気味が悪いと思うはずなのに…、どうしてだろう。
不思議とあのおばあさんが悪い人には見えない。むしろ…、
考え事をしていると、ミャア、と猫の鳴き声がした。
ノエルだ。リスティーナは思わずノエルに視線を向けて、頭を撫でた。

「どうしたの?ノエル。お腹空いたの?」

リスティーナの声に答えるようにノエルはまた鳴いた。
そういえば、馬車の移動中に食べられるようにと思って、焼いたビスケットを持ってきていたんだった。ビスケットの存在を思い出したリスティーナはノエルにビスケットをあげた。

「ルーファス様もビスケット如何ですか?あ…、」

ルーファスに視線を向ければ、彼は目を閉じて眠っていた。
珍しい…。今日のルーファス様はよく眠っている。
不眠症の彼がこうやって寝れるようになったのはいい兆候だ。
リスティーナはルーファスを起こさないようにひざ掛けをそっと彼の身体の上に被せた。




「…ス。起きなさい!ルーファス!」

ゴン!と音と共に強烈な痛みが頭部に走った。
ルーファスはあまりの衝撃にそのまま地面に膝をつき、声にならない呻きを上げて、頭を押さえた。
何とか痛みを堪えて、顔を上げると、そこには革製の黒い服と黒いロングブーツに身を包んだリーが立っていた。
今日は緑がかった黒髪を後頭部で一本に結い上げている。

「リー…。」

「ごめん。ごめん。なかなか起きないから、ちょっと軽く頭を小突いちゃった。痛かった?」

石で頭を殴られたのかと思った…。内心、抗議したい気持ちで一杯だったがそれを何とか胸の内に飲み込んだ。よく考えればリーはサウルスを一撃で倒すような人だ。常人よりも力が強いのは当然の事だ。

「…大丈夫、だ。」

本当は全然大丈夫じゃない。頭が割れるかと思ったし、何ならまだ頭がジンジンする。
が、それは押し隠して、ルーファスはリーに何でもないように振る舞った。

「良かった!私ったら、いつも力加減が上手くできなくて…。エリスからもよく注意されていたのよね。」

「エリス?」

「私の従姉妹よ。すっごく可愛い子なの!何事にも一生懸命で真っ直ぐで優しくて…、おまけに努力家で…、」

ルーファスは聞いたことを後悔した。
エリスとは誰なのかを聞いただけなのに、リーは長々とエリスについて語った。
その内容はほとんどがエリスの自慢話だった。
とりあえず、リーはこのエリスという女性が大好きなのだということはすごくよく分かった。
そういえば、シグルドやエレンもそうだった。シグルドは幼馴染であり、妻のリーナを。
エレンは母親を大切にしている様だった。きっと、リーにとっての大切な存在はその従姉妹であるエリスという女性なのだろう。

「この子がエリスよ。すっごく可愛いでしょ?」

そう言って、リーは懐から懐中時計を取り出し、パカッと蓋を開けて、ルーファスに見せた。
蓋の内側には一人の少女の肖像画が描かれていた。これがリーの従姉妹のエリスか。
金色の髪に青い目の可愛らしい少女だ。
あまり、リーとは似ていないな。
リーはどちらかというと、大人っぽい、色気、艶やかな美女という言葉が似合うがこのエリスという少女は可憐、小動物、愛らしい美少女という言葉が似合いそうなタイプの女性だ。
リーは綺麗もしくは美人系、エリスは可愛い系といったところか。
というか、これ…。

「リー。この懐中時計はその…、」

「エリスと会えない時や離れている時はこうして、懐中時計のエリスを見ては気分を落ち着かせていたの。生身のエリスとは比べようがないけど、肖像画だけでも肌身離さず身に着けていたら、エリスが傍にいるように感じれるでしょ?」

「いや。でも…、普通、こんな物を持っていると知られたら、嫌がるんじゃ…、」

「エリスは笑って許してくれたわ。お姉様が私の肖像画を持ってくれるなんて嬉しいです、なんて言ってくれたのよ!その時の笑顔ときたらもう…!」

「そ、そうか…。」

自分の肖像画を肌身離さず持っていると知ったら、普通引きそうなものだが…。
そのエリスという子も大概、変わっているな。

「あら、やだ。あたしったら、エリスの事になると、つい…。今は稽古の時間だったわね。」

我に返ったリーがそう言ってくれたのでルーファスは内心、ホッとした。
あのままだとエリスについて延々と話を聞く羽目になっていたかもしれない。



「さあ、かかってきなさい。」

リーは剣を持ったルーファスにそう促した。
対して、リーは剣も武器も持っていない。素手でルーファスに対峙していた。
ルーファスは足を地面で蹴って、リーに近付いた。が、剣を振り翳した瞬間に胸倉を掴まれ、そのまま空中に放り投げられる。何度、向かっても蹴り飛ばされるか、拳で叩き落とされて、地面に転がってしまう。
リーは軍人と名乗るだけあって、身体能力が異常に高かった。
体術も心得ているリーはルーファスが剣で向かっても素手で返り討ちにしてしまった。
おまけにその細い腕のどこにそんな力があるのかと思う程に力が強い。平均男性より細いとはいえ、成人男性であるルーファスを軽々と放り投げてしまうのだ。

そして、一番すごいのはあの巧みな鞭使いだ。リーの振るう鞭は早く、動きが追えない。
その上、当たると、岩を粉々に砕いてしまう威力があるのだ。当たったら、骨折どころじゃすまない。
そのせいで迂闊に近寄れなかった。
リーに出された課題は自分に触れることができたら、ルーファスの勝ち。ただそれだけだった。
なのに、たったそれだけのことがルーファスにはできない。現にルーファスがまだ一回もリーに触れる事すらできないでいる。



「はい。ルーファス。」

「これは?」

リーに渡されたのは林檎だった。
これをどうしろと?困惑するルーファスにリーが笑顔で言った。

「じゃ、その林檎を手で潰してみて。」

「は?」

潰す?林檎を?ルーファスは一瞬、聞き間違いかと思った。固まるルーファスにリーは

「そうだったわ。こういうのは、ちゃんと見本を見せないとね。」

リーは籠に入った林檎を二つ両手に持つと、

「こうやって…、」

ぐしゃり、と音を立てて、林檎が握り潰された。汁が飛び散り、ポタポタと地面に滴り落ちる。
素手で林檎を潰した!?一体、この人の握力はどうなっているんだ。

「じゃ、とりあえずやってみましょうか。最初は一個を潰すだけでいいから。」

あっけらかんと言い放つリーにルーファスは口元が引き攣った。
最初は…?つまり、林檎を一個潰すことができたら、さっきのように両手にそれぞれ林檎を持って潰せという事か。
無理だ…。できる気がしない。試しに両手で持って、林檎に力を籠めるがビクともしない。

「んー。最初はやっぱり難しいかしらね。それじゃ、やり方を変えましょう。まずは、基礎訓練からね。手始めに腹筋百回、背筋百回、腕立て伏せ百回してみて。」

「ひゃ、百回…。」

青褪めるルーファスにリーは笑顔で言った。

「ルーファスは初心者だもの。初めは少ない回数で始めていきましょうね。」

リーの基準は色々とおかしい。これのどこが初心者向けなのだろうか。
そう思いながらも、リーの指示に従った。今までリーの指導の下で訓練をする中で彼女に逆らってはいけないと学んだからだ。
エレンやシグルドと比べると、リーは穏やかなタイプなのだが、戦いとなると、人が変わったように豹変するのだ。
恐らく、リーは戦闘狂なのだろう。戦うのが楽しくて仕方ないとでもいいたげに嬉々として、次々と遭遇する魔物と戦っていく。

魔物の返り血を浴びて、楽しそうに笑うリーの顔はトラウマになりそうだった。
リスティーナと出会う前にリーと出会っていたら、女嫌いではなく、女性恐怖症になっていたかもしれない。
初めて見た時はそれ位、恐ろしかった。
が、慣れというものは恐ろしいもので、何度もその場面を見ていく内に然程の恐怖感を抱かなくなった。お蔭でちょっとやそっとのことでは動揺しなくなった。
魔物よりもリーの方が余程怖い。そういう経緯もあって、リーにどれだけ無茶な要求をされても、ルーファスは反論せずに従うしかない。
逆らって、リーを怒らす方が余程怖いからだ。林檎を素手で潰す握力を持つリーを怒らしたらと想像するだけでゾッとする。
ルーファスは腕立て伏せをするために地面に手をついた。
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