冷遇され、虐げられた王女は化け物と呼ばれた王子に恋をする

林檎

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第四章 覚醒編

黒の少年

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バサバサッと翼を羽ばたく音と共に黒い羽根が数本、空から降ってきた。
パシッと羽根をその手で掴み取る。

「この羽根…。」

リーは既視感のあるそれに空を見上げた。
見れば、黒い鴉が飛んでいるのが見えた。あの鴉は…、

「…おいで。」

リーが腕を差し出すと、鴉はバサバサッと羽音を立てながら、降り立ってきた。
鴉は何かカードのような物を口に咥えていた。
それは一枚のトランプカードだった。リーは鴉からカードを受け取り、裏返して、カードを見た。
何の変哲もないただのカードだ。カードにはスペードの六と書かれていた。

「ッ…!」

リーは息を吞み、手が震えた。
これは、以前から決められていた暗号だ。トランプには絵柄と数字でそれぞれに意味がある。
スペードの六…。それが意味することはつまり…、

「やった…!」

リーが歓声の声を上げる。

「ルーファスが覚醒したのね!」

鴉はリーの言葉に答えるようにカアッと鳴き、バサバサとリーの腕から飛び立つと、カアカア、と鳴き、クルクルとリーの周りを迂回した。

「そう…。リスティーナが…、」

リーはグッと拳を握り締める。
やっぱり、私が思っていた通りの子だった。リスティーナもレティアと同じ選択をしたのね。
リーはすぐにシグルドとエレンの元に駆けつけた。

「エレン!シグルド!ルーファスが…、覚醒したわ!」

「何!?」

「ッ!本当に…?」

リーの言葉にシグルドは勢いよく振り返り、エレンは信じられないとでもいいたげに目を見開いた。

「リスティーナよ!あの子が古の契約を使って、ルーファスを助けてくれたのよ。ルーファスは無事に目を覚ましたわ!」

「そうか…!ルーファス…!あいつ…、遂にやりやがったな…。」

「リスティーナが…!そっか…。これで、やっと…、」

エレンは杖を握り締め、深く息を吐いた。

「私達の役目はこれで終わりね。」

「ああ。そうだな。」

そんな会話をしていると、黒い光がフワフワと三人の元に近付いた。
光が岩の上に降り立つと、それは人の姿へと変わった。
背格好はエレンと変わらない。まだ少年といってもいい位の見た目をしている。
足首まで伸びた長い艶やかな黒髪。その色は純粋な黒。
瞳の色も同じ黒…。まるで闇を閉じ込めたような色だ。
髪と瞳が黒を纏っているせいか白い肌が際立って見える。
少年は浮世離れした中性的な美しさを持っていた。
その身体は淡く光っていた。一目見れば、分かる。少年が人間ではないのだということを…。

「ミハイル?」

三人は目の前の少年を知っていた。当然だ。何故なら、この少年こそが自分達を…、

「久しぶり。エレン。シグルド。リー。」

そう言って、黒の少年は微笑んだ。





予想通り、リスティーナは栄養失調と睡眠不足、貧血だと判明した。
それに加えて、雨に打たれたせいで身体が冷えてしまい、熱を出してしまったのだろうと医者からは診断された。
しばらくは絶対安静でしっかりと睡眠をとって休ませて、少しずつ消化のいいものから食べさせるようにと言って、医者は薬を処方した。
医者が帰った後、ルーファスはスザンヌに話しかけた。

「スザンヌ。聞きたいことがある。」

「は、はい!何でしょうか?」

「リスティーナの腕の傷はどうしたんだ?」

「えっ、あ…、それは…、」

スザンヌは言葉に詰まった。
恐らく、ルーファスはあの時の事を覚えてないんだろう。
痙攣を起こしていたのだし、記憶にないのかもしれない。
でも、それを果たして本人に言っていいものか…。スザンヌが答えに詰まっていると、

「俺がリスティーナの腕を噛んだから…。そうだな?」

「ッ!ど、どうして、それを?まさか、殿下…。覚えていたのですか?」

「……。」

数秒、ルーファスは押し黙ったがやがて、ああ、と短く答えると、

「…薄っすらとだがな。だが、はっきりとは覚えていない。あの時、一体、何があった?」

「じ、実は…、」

スザンヌは恐る恐る話した。あの時に起こった出来事を…。
ルーファスは無表情のままスザンヌの話を聞き終えると、

「リスティーナの腕の傷は…、治るのか?」

「その…、医者の診たてだと、傷は残ってしまうそうです…。でも、あの…、光魔法か白魔法で治療すればあるいは消えるかもしれないと…。」

「そうか。分かった。…スザンヌ。リスティーナを頼んだぞ。」

「え?あ、はい…。」

スザンヌの言葉に頷いたルーファスはそう言うと、スタスタと歩いて部屋から出て行った。
その態度にスザンヌは内心、ムッとした。
何、あれ…。殿下はリスティーナ様の傍で看病してあげないの?
リスティーナ様はあんなに献身的に尽くしてくれたのに…。
いくらなんでもちょっと冷たすぎない?てっきり、殿下もリスティーナ様を看病すると思っていたのに…。
もしかして、看病なんて使用人に任せておけばいいって思ってるのかしら?
何て人なのかしら!見損なったわ!
リスティーナ様が殿下を想っている様に殿下もリスティーナ様に同じくらいの想いを抱いているのかと思っていたのに…!
スザンヌはルーファスの態度に不満を抱いた。
その時、リスティーナが苦しそうな寝息を上げた。

「リスティーナ様!」

スザンヌは慌ててリスティーナに駆け寄った。



「びっくりしたなあ。まさか、殿下の素顔があんなに美形だったなんて…。」

ルカはそう呟きながら、廊下を歩いていた。
王族や貴族は美形が多いって聞くけど、それでも、ルーファスの容姿は抜きんでている。
美形集団として有名な勇者達と張り合えるレベルなんじゃないかとルカは思った。
何せ、王宮勤めで美形に慣れているルカでも見惚れてしまった位だ。
正統派美形とはちょっと違うけど、ああいうミステリアスな雰囲気のある影のある美形も人気がありそうだ。

きっと、王都に戻ったら、皆、仰天するだろうな。
自分達が今まで醜い化け物だと蔑んでいた貴族達が今のルーファスを見て、どんな反応をするのか考えるだけでちょっとワクワクする。
我ながら、性格悪いと思うがあいつらよりは全然マシだろう。
呪いが解けたルーファスがあんな美形だと知ったら、きっと、皆びっくりするだろうなあ。
ルーファスを化け物と呼んでいた王妃やマウントを取ってくるイグアス殿下にも見せてやりたい。
格下だと思っていた相手が自分よりも遥かに美しいのだと知ったら、地団太を踏んで悔しがりそうだ。
早く王都に帰ってその表情を見てみたいものだ。
そんな思いでルカは上機嫌でルーファスの部屋の扉をノックした。
が、返事がない。

「殿下ー?入りますよー?」

もしかして、寝てるのかな?
そう思い、中に入ると、そこには誰もいなかった。
どこ行ったんだろ?庭にでも散歩に行ったのかな?そんな思いでキョロキョロと室内を見回すルカの視界に机の上に置かれた手紙が目に入った。
ルカは手紙を取って、それに目を通す。

「ええ!?」

手紙を読み終えたルカはギョッとして目を剥いた。
手紙はルーファスが書いたものだった。男の字とは思えない達筆した繊細な文字で簡潔に少し出かけてくると書かれていた。その間に地下室の部屋を整理しておくようにという指示も書かれている。
状況を理解したルカは部屋を飛び出した。





冷たい水でタオルを浸して、それを絞っているスザンヌの元にルカがノックもなしに勢いよくバン!と扉を開けて、飛び込んできた。

「スザンヌさん!殿下を見ませんでしたか!?」

「わ!びっくりした!殿下なら随分前に部屋から出て行ったきり、見てないわよ。どうしたの?」

「殿下が…、殿下がいないんです!置き手紙がありますけど、少し出かけてくるってことと地下室の部屋を整理しておくようにってことしか書かれてなくて…!」

「何ですって?殿下ったら…、この状況で出かけたの?」

リスティーナ様が熱で寝込んでるのに出かけたですって?
スザンヌは怒りを抱いた。
まさか、あの男、呪いが解けたのをいいことに街に出かけて、遊び惚けているの!?
思わずスザンヌはリスティーナの額の上に乗せていた濡れタオルをギュッと握りしめた。
ルーファスがリスティーナを放置して出かけている事実に憤慨したスザンヌは最後の地下室の部屋を整理するという指示を聞き逃していた。
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