冷遇され、虐げられた王女は化け物と呼ばれた王子に恋をする

林檎

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第四章 覚醒編

ポーション作り

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タンッ!タンッ!
ルーファスは木から木を飛び移りながら、森の中を移動していた。
その素早い動きは常人離れしていて、目視できない速度だった。
かろうじて、黒い影が残像のように見えた、といった程度だ。

ルーファスはシュタッ!と軽やかな足音と共に地面に着地する。

「これか…。」

カサッ、と音を立てて、三つ葉状の濃緑色の葉に触れる。
イルド草。傷口や傷跡に効果的だといわれている薬草だ。
葉の色と形からして、間違いないだろう。
ルーファスは目当ての薬草を見つけ、それを摘み取っていく。
後は…、ルーファスは周りを見回し、他にも使えそうな薬草はないかと視線を巡らした。

「これは、剣草か…。珍しい。」

スッと細長く伸び、先端が鋭い剣状をした薄緑色の葉。
剣草。少し触れただけで、本物の剣のように切れることからこの名前がついたといわれている。
取り扱いには注意が必要だ。
剣草の葉は殺傷力があるが、確か、剣草の茎は薬になる筈だ。
手に硬化魔法をかけた状態で剣草に触れ、根元から抜いていく。
珍しい草だから、少し多めに摘んでおこう。他にも使えるかもしれない。

次に見つけたのは紅葉色をした葉だ。エルファイン草。
鮮やかな赤色の葉は美しいが、この葉は熱を吸収する成分があるので触れるだけで火傷してしまう。
素手で触れるのは厳禁だ。一般的にこの葉は危険な植物として知られているが、根には皮膚組織の再生に効果があると以前にリスティーナが話していた。
これも持って帰るか。

花やハーブ、植物が好きなリスティーナは薬草と毒草の知識が豊富でルーファスの知らないような事まで知っていて、とても興味深かった。
最初は驚いた。薬草ならともかく、何故あそこまで毒草に詳しいのだろうと…。
リスティーナには毒草なんて物騒なものとイメージが結びつかない。が、理由はすぐに判明した。
リスティーナの乳姉妹のエルザがよく有毒植物や毒草の本を読み漁っていたからその影響でリスティーナも詳しいのだそうだ。
リスティーナの為に取り寄せた植物図鑑の中に毒草の本が紛れていたこともあったらしい。

風と土魔法の使い手で毒草に詳しい侍女。そんな侍女聞いたことがない。
会ったことはないが、そのエルザという女はリスティーナとは正反対のタイプみたいだな。
リスティーナはエルザを可愛くて、明るくて、社交的で誰からも好かれるとても優しい子だと言っていたが…。
多分、そのエルザはリスティーナのいうようなただの可愛いいい子ではなさそうだ。
ルーファスは直感的にそう思った。何せ、リスティーナがエルザの事を楽しそうに話していると、スザンヌは口元が引き攣っていたからだ。あれは、エルザの性格に何か問題がありそうだな。
そんな事を考えながら、ルーファスは魔法を使って、薬草を採集していく。

ーこれだけあれば、十分だろう。そろそろ、戻るか。早く帰って、リスティーナに…。

その時、ルーファスは気配を感じた。

振り返れば、数メートル先に熊がいた。二メートル以上はありそうな大きな熊だ。
その熊がこちらに狙いを定め、牙を剥き出しにして、突進してくる。
ルーファスはサッと後ろに退いた。熊が振り上げた爪が空振りする。

「ぐおおおおおお!」

獲物を仕留め損ねた怒りか咆哮の声を上げながら、熊はルーファスに襲い掛かる。
二度目の攻撃もルーファスは躱していく。三度目も四度目も動きを見切って全て躱す。
ルーファスは熊の動きを見ながら、内心、首を捻った。
熊って…、こんなに動きが鈍かっただろうか?
何というか…、すごく遅く感じる。何故だ?俺の目がおかしいのか?
熊に襲われてもルーファスは冷静だった。何なら、考え事をできる余裕すらあった。

そういえば、ここに来る前も違和感があった。
ルーファスは熊の攻撃を避けながら、そう思った。
妙に身体が軽いし、足も速くなった気がする。
それに、周りの風景が…、やけに鮮明に見えるのだ。鳥や虫の動きもゆっくりに見えるし、葉を伝う水の雫までもはっきりと見える。これは、一体…?
その時、ルーファスの懐からハンカチが落ちてしまう。それは、リスティーナがくれた太陽の刺繍がされた青いハンカチだった。
ルーファスを追った熊がハンカチに気付かずそのまま踏みつけようとする。

ザワッとルーファスの中で何かがざわついた。
衝動のままに手に込めた魔力を熊に放った。
黒い魔力の塊が熊に直撃し、物凄い衝撃音と共に数メートル先に熊が吹っ飛んだ。
一瞬、何が起こったか分からなかった。俺は今、何を…?
その時、視界にリスティーナのハンカチが目に入った。

―ッ!そうだ…!リスティーナのハンカチを…!

ルーファスは急いでハンカチを拾った。
良かった。破れてないな。だが、土がついてしまったな。洗浄魔法で綺麗にして…、
ハンカチに洗浄魔法をかける。
元通り綺麗になったハンカチを見てルーファスはよし、と満足げに頷いた。
リスティーナがくれたハンカチだ。大切に扱わないと…。
今度は落とさないようにハンカチを仕舞ったルーファスはそういえば…、と熊が吹っ飛んだ方向を見た。

さっきの熊もう攻撃してこないな。まさか、さっきの一撃で伸びたのか?
熊が飛んだ方向に目を向ければ、数メートル先に熊が倒れていた。熊はピクリとも動かない。
思ったよりも飛んだな。見た目のわりに軽かったのか?
そう思いながら、倒れている熊に近付くと、熊は絶命していた。

―死んでいる?まさか、さっきの攻撃で?

ルーファスは記憶を辿りながら、さっき自分が放った魔力をもう一度掌に集めた。
黒い魔力がルーファスの掌を覆う。
そういえば、これの扱い方には気を付けろと言われていたんだった。
ルーファスの脳裏に黒を纏った少年の姿が思い浮かんだ。

「忠告するなら、説明位、ちゃんとしてくれればいいものを…。」

溜息を吐きながら、ルーファスはスルッと黒い手袋を外した。
ルーファスの右手の手の甲には黒い紋章のようなものが刻まれていた。
まだ身体が慣れていないから、加減が分からない。
早く、この力をコントロールできるようにしないと…。
でも、今はそれよりも優先するべきことがある。
ルーファスはキュッと手袋を装着し直した。





「殿下!?ああ。良かった!帰ってきてたんですね!すぐに戻るってのは嘘じゃなかったんだ。一体、どこに行ってたんですか?」

「森で必要な薬草を採りに行っていた。それより、ルカ。地下室の部屋はもう使えるか?」

「は、はい。凄い散らかっていたし、埃被っていたので掃除して、とりあえず綺麗にはしましたが…。」

「そうか。なら、すぐにでも取りかかれるな。」

「はい?あの、取りかかるって一体何の…、」

「ルカ。俺はこれから、地下の部屋に暫く籠もる。」

「ええ!?ど、どういうことですか?」

「錬金術でポーションを作ってくる。リスティーナの容態に変化があれば教えてくれ。」

「つ、作るって…。あれって、勇者と聖女と専門家しか作れないものですよ!?素人が作れるものじゃ…、ちょっと!殿下!?」

そのままルーファスはルカの言葉を最後まで聞かず、スタスタと地下室に向かった。
そして、本当に地下室の部屋に閉じこもってしまった。誰も入ってこないようにガチャリ、と鍵をかける。
室内を見回せば、あれだけ蜘蛛の巣が張り、埃を被っていた部屋が綺麗になっていた。
言われた通り、ルカがちゃんと掃除をしてくれたんだな。
これなら、すぐに始められるな。ルーファスは収納魔法で保管していた薬草を取り出し、机の上に並べる。さて、どれから、試すか…。

「ちょっとー!?殿下―!?」

ドンドン!と扉を叩く音が聞こえるが、今は説明する時間も惜しい。
ルーファスは指を振って、防音魔法をかける。これで、静かになったな。
錬金術は少しでも配合を間違えたり、材料を間違えたりすれば取り返しのつかない事故を起こす危険性がある。錬金術をする上で大切なのはまずは集中力だ。注意力が散漫になれば失敗してしまう。
気を付けて、取り掛からないと…。
万が一、失敗した時用の為にこの部屋に防壁魔法をかけておこう。
ルーファスは息をするようにスッ、スッと指を振って、魔法を発動する。

前に錬金術の専門書を読んだことがあるから、あれを参考にして、作ってみるか。
錬金術の仕組みは頭に入っているが、さすがにレシピまでは載っていなかった。
とりあえず、使えそうな素材はあるだけ集めたから、これを使ってひたすら試薬を重ねていくか。
ルーファスは黙々と試薬作りに挑戦した。
試薬を作る度に自分の身体を傷つけ、飲んでその効果を試していく。

「これも駄目か。それなら、次は…、」

「こっちは効果が弱いな。」

傷つけた身体は魔法で傷口を塞いだ。
何度も試行錯誤して、遂にルーファスは試薬に成功した。

「よし…!できた。」

効果は検証済みだし、副作用もない。リスティーナに飲ませても問題ないだろう。
ルーファスは作ったポーションを持って、リスティーナの元へ急いだ。




「スザンヌ。リスティーナは?」

「で、殿下!?」

ノックもなく、現れたルーファスの姿にスザンヌは驚いて振り返った。
あれから、ルーファスは丸二日も顔を出していなかった。今更、何の用?
スザンヌは思わず心の中で呟いた。

「リスティーナ様はまだ熱が下がりません。ずっとあれから寝込んだままです。」

スザンヌは刺々しい声を出しながら、そう説明した。
今まで一回もリスティーナ様を見舞いに来なかった癖に…!
リスティーナ様はずっと苦しそうにしていたというのにこの男ときたら…!
スザンヌがキッ、とルーファスを睨みつけた。
すると、ルーファスがスッと白い液体が入った小瓶を差し出した。

「スザンヌ。ポーションが完成した。これをリスティーナに飲ませてあげてくれ。」

「ぽ、ポーション!?こんな高価な物、どうやって…!」

ポーションは貴重な物で貴族でも入手するのが困難だと言われている。
スザンヌは渡されたポーションを見て、どうやって手に入れたのか、と聞こうとした。
が、さっきのルーファスの言葉を思い出し、ピタッと口が止まった。
待って。今、殿下はポーションが完成したと言わなかった?
え、つまり、このポーションは買った訳じゃなくて、殿下が作ったということ?

「で、殿下がこのポーションを作ったのですか!?」

「ああ。聖女が作ったポーションには劣るが、この近くで採れた薬草で作ったポーションだ。身体に害はないから安心しろ。それより、早くリスティーナに飲ませてやれ。」

「は、はい!」

スザンヌは慌てて頷き、リスティーナにポーションを飲ませようとした。

「リスティーナ様。薬です。飲めますか?」

そう言って、スザンヌが小瓶を口元に差し出すがリスティーナは飲む力がないのか熱でぐったりしている。ど、どうしよう。どうすれば…、スザンヌが考えあぐねていると、

「貸せ。」

ルーファスが手を伸ばして、スザンヌの手からポーションを抜き取る。

「あっ…!?」

ルーファスはポーションをグイッと一気に煽ると、そのままリスティーナの頭を支えて、そっと口づける。口移しで飲ませると、リスティーナはコクンと飲み込んだ。
それを確認したルーファスはそっとリスティーナを寝台に寝かせる。
徐々にリスティーナの呼吸が落ち着き、穏やかな寝息へと変わった。

「リスティーナ様…!」

スザンヌはリスティーナの顔色に血色が戻ったのを見て、ホッとした。

「スザンヌ。リスティーナの傍には俺がついているから、お前は少し休め。」

「え?で、ですが…、殿下もあまり寝ていらっしゃらないのでは…?」

「俺は平気だ。リスティーナが目覚めるまでここにいる。…俺はまだリスティーナに感謝の言葉も伝えていないからな。」

そう言って、ルーファスは寝台の傍にあった椅子に腰掛けた。

「……。」

スザンヌはギュッとスカートの裾を握り締めた。

「殿下…。申し訳ありませんでした。」

スザンヌは深々と頭を下げた。

「何がだ?」

「わたし…、殿下を誤解していました。わたしはてっきり、殿下がリスティーナ様を放置しているものだと思って…。リスティーナ様が寝込まれてから、一度も見舞いに来られないのも遊び歩いているからなのではないかと勘違いをしてしまって…。」

だけど、違った。彼は自分の知らないところでリスティーナの為にここまでしてくれていたのだ。

「いや…。俺の態度を見たら、そう思うのも当然だ。説明をしなかった俺にも非はある。悪かったな。」

「そ、そんな…!殿下が謝る必要は…!」

「お前が俺に対して、怒ったのは、リスティーナの為を思ってのことだろう?主人の為にそこまでできる使用人はなかなかいない。…スザンヌ。俺はお前を買っているんだ。主人が傷つけられ、粗末に扱われても平然としている使用人では信頼できないからな。…これからも、リスティーナを頼んだぞ。」

「ッ!は、はい!勿論です!」

ルーファスの言葉にスザンヌは力強く頷いた。
やっぱり、殿下はリスティーナ様が言っていた通りの方だった。
私が思っている以上にこの方はリスティーナ様を想ってくださっている。
その事実がスザンヌは嬉しかった。この方になら…、リスティーナ様を安心して任せられる。
スザンヌは感謝を込めて、深々と礼をし、自分の部屋へと戻った。

「……。」

スザンヌが退出したのを確認し、ルーファスはリスティーナの腕に巻かれた包帯を外していく。
実証済みだといえ、やはり、実際にこの目で見ないと安心はできない。
もし、ポーションの効果がちゃんと現れていなかったら?リスティーナの腕に傷が残ったままだったら…、
ルーファスは内心、緊張しながら、包帯を解いた。
その腕には傷跡一つ残っていなかった。傷が消えている…。
ルーファスはハー、と息を吐いた。

ーポーションが効いたみたいだな。

ルーファスはそっとリスティーナの腕に触れる。
肌理細やかな白い肌…。この肌に傷が残らなくて、本当に良かった。
ルーファスはチュッとリスティーナの手の甲に唇を落とした。

「リスティーナ…。」

これまで、俺はずっとリスティーナに守られ、支えられてばかりだった。
リスティーナは我が身を犠牲にしてまで、俺を救ってくれた。
そんな彼女に今の俺は何ができるだろう?
きっと、彼女は見返りなんて求めない。それでも…、俺は彼女に恩を返したい。
ルーファスはリスティーナの寝顔を見つめる。
目が覚めたら、彼女に伝えたい。
俺を助けてくれた彼女に感謝の言葉を…。
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