冷遇され、虐げられた王女は化け物と呼ばれた王子に恋をする

林檎

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第四章 覚醒編

闇の大精霊

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真っ暗闇の中…、ルーファスはポツン、と一人で立っていた。
ここはどこだ?何も見えない…。ルーファスは辺りを見回すが、灯りらしきものは何もない。
その時、背後からペタ、と素足で歩く足音がした。
振り返れば、そこには十二、十三歳位の少年が立っていた。見た目からして、エレンと同じ位の年齢に見える。長い黒髪と同色の瞳に透き通るような白い肌を持つ美しい少年…。
暗闇の中なのに、少年の姿が見えるのは少年の身体が淡い光を纏っているからだ。この少年は一体…?
少年はニコニコと邪気のない笑みを浮かべているが、明らかに人間じゃない。ルーファスは本能的にそう思った。

「やあ。ルーファス。久しぶり。僕の事覚えてる?」

「…は?」

初対面の少年にそう言われ、ルーファスは怪訝な顔をした。

「その反応は覚えてないみたいだね。まあ、そうだよね。あの時のルーファスは熱で朦朧としていたもんね。」

少年はそう言って、フウ、と溜息を吐いた。
…?この声…。どこかで聞いた気がする。

「じゃあ、改めて自己紹介するね。僕はミハイル。闇の大精霊だよ。」

「闇の…、大精霊?」

今、凄い発言を聞いた気がする。闇の大精霊?この子供が?

「信じられない?じゃあ、これなら、信じられるかな?」

少年、ミハイルは髪を掻き上げて、額を見せた。額には黒い紋章が刻まれていた。
伝承によれば、大精霊は額に紋章が刻まれている。文献や伝承に残されている紋章とミハイルの紋章は一致している。間違いない。これは大精霊の紋章だ。

「何故…、闇の大精霊がここに…?」

「君に伝えたいことがあったから。」

闇の大精霊…、ミハイルはそう言って、言葉を区切るとルーファスを見つめ、

「君に真実を伝えにきたんだよ。ルーファス。君はずっと自分が呪いにかけられていたと思っていた。
だけどね、それは違うんだ。まずは根本から間違っているんだよ。君の身に起きたのは呪いなんかじゃない。大精霊である僕が君に試練を与えたからなんだ。」

「!?何、だって…?」

呪いじゃない?俺は…、呪われたのではなかったのか?それに、試練とは一体…?
スッとミハイルは何もない空間に手を翳し、指を振った。
すると、ミハイルの指先からポワッ、と白い光が現れ、七個の光を生み出した。

「僕が君に与えた試練は七つ。一つ目は、高熱。君が幼い頃に熱病に侵された日のことだよ。」

一つ目の光をミハイルが触れると、映像が浮かび上がった。これは…!?
ルーファスは見覚えのある光景に目を見開いた。この映像に映っているのは過去のルーファスだった。
苦しそうに息をし、意識が朦朧している幼い自分の姿が…。
そして、高熱に苦しむ中、黒い影のようなものがルーファスの身体の中に入ってくる。
『見つけた…。』
その声に聞き覚えがある。この声…!ルーファスは反射的にミハイルに視線を向けた。
思い出した!あの謎の声の持ち主は…、ミハイルだ。ルーファスは確信した。

「思い出してくれた?あの時が僕らの初対面だったんだよ。」

「ッ…!何故、俺にこんな真似を…!いくら闇の大精霊だからってこんな仕打ちが…!」

全ての元凶がこいつだと思うと、怒りが湧き上がり、カッとして怒鳴りつけるがミハイルが黙って、というように手を上げた。

「まだ話は終わってないよ。君だって、自分の身に何が起こっていたのか知りたいんでしょ?だったら、最後まで話を聞いて。」

「ッ…!」

ルーファスはミハイルの言葉に押し黙る。今まで俺を蝕んでいた正体不明の呪い…。
いや。ミハイルの話だと、呪いではない。それをようやく知る機会ができた。
確かに…。俺はずっとそれが知りたかった。自分の身に何が起きたのかを…。
言いたいことは山ほどあるが、今はそれをぶつける時ではない。ルーファスは黙ったまま耳を傾けた。

ミハイルは二つ目の光に触れた。また、別の映像が浮かび上がった。
高熱の後遺症で赤い痣ができ、やがて黒い痣へと変わっていく。痣は黒い紋様の形に変わっていった。
痣に苦しむ幼い自分の姿がそこには映し出されていた。

「二つ目は黒い紋様。三つ目は、身体の異変。主に身体症状のことだね。君が病弱になったのはそのせいだ。」

三つ目の映像は全身の激痛や咳、嘔吐、弱視に苦しむ自分の姿があった。
四つ目の映像では、幻覚や幻聴…。他人の心の声が聞こえたり、亡霊の悪夢を見るようになった自分の姿が映し出された。
当時の状況が映像として浮かび上がり、次々と移り変わる。
過去の記憶を見たことで忘れていたと思っていた傷が疼く。それでも…、ルーファスは目を背ける訳にはいかなかった。
それに、過去は過去。今は今だ。今の俺にはリスティーナがいる。そう思うと、不思議と心が軽くなった。
ミハイルが五つ目の光に触れると、魔物と戦う自分の姿が映し出された。

「五つ目は、異次元空間の世界で敵を倒し、ひたすら戦闘能力を上げる事。」

異次元空間の世界…。あれは実在したのか。異次元空間の世界とは魔物が住む世界の事だ。
全能神、ゼクスが世界を創造した時、クリスタルを割って、今の大陸を創造したといわれている。
その時、クリスタルを割ったことで空間が発生した。それが異次元の世界だった。
下界の隙間にできた空間で一度できたその空間は消える事がなかった。
創造当初は何もない空間だった。

異次元の世界が魔物の巣窟になったのはそのずっと後の話だ。
魔王が誕生したと同時に魔物が現れ、人間を襲い、村や街、国を蹂躙した。
魔王は人間を滅ぼし、人間が住むこの大陸を支配しようと目論んだ。
しかし、魔王は敗れた。巫女と勇者達の手によって…。
完全に魔王を消滅することはできなかったが、勇者との戦いで力が消耗した魔王を巫女が封印することに成功したのだ。

残った魔王の残党軍…、魔物は別の場所に閉じ込められた。
その場所が異次元空間の世界だ。一か所に封印してしまえば、封印の力が弱まり、すぐに魔王が復活してしまう為、力を分散させる目的で魔王と魔物を封印する場所を分けたのだ。
魔王の直属の部下である四天王もそれぞれ別の場所に封印した。

人間界では魔王と四天王…。それぞれ、五つの場所に封印した。そして、魔物を異次元空間の世界に閉じ込めた。
更に、異次元空間から魔物が人間界に出てこられないように巫女が封印の力を使って、外に出てこられないようにした。
異次元空間はかつてはそのゲートが開かれ、人間なら誰でも出入りすることができたが、今は完全に閉ざされ、異次元空間の世界の存在は忘れ去られている。

伝承によればどこぞの国の王子が魔物を操り、大陸を制覇しようと目論んだらしい。
人間如きが魔物を従えられる筈もないのに、その王子は本気でそれが可能だと考えていたらしい。
秘密裏に実験をして完成した薬を使い、魔物を操ろうとしたらしいが、結果は失敗。
首謀者の王子が巫女が施した封印を破壊したことで人間の世界に誘き出された魔物が暴れ、街を破壊し、人々を襲った。
計画を失敗した事を知った王子は部下と市民を見捨てて、さっさと逃げたらしい。
巫女と聖騎士、勇者達が駆けつけて、街を蹂躙する魔物を討伐し、ゲートの扉を閉じて、完全に封鎖したことで被害を最小限に防ぐことができた。
また、王子のような人間が現れるかもしれないと危惧した巫女は二度とこのような悲劇が起こらないように異次元空間の世界の扉を完全に閉ざした。
その後、逃げた例の王子は王位継承権を剥奪され、平民の身分に落とされた上、教会で裁判にかけられ、火刑に処された。

まさか、自分がその異次元空間にいたとは思わなかった。

「あれは夢ではなかったのか?だが、俺はあの戦闘の中で何度も…、」

「夢じゃないよ。全部、君の身に起こったことだ。まあ、肉体には影響はないけどね。僕の魔法で一時的に君の魂と肉体を切り離したから。」

「肉体を切り離す…?」

「普通はできないけどね。通常、肉体と魂ってのは切っても切り離せないものだから。でも、大精霊の僕だったらできる。」

つまり、身体が眠っている間、魂は異次元の空間に送り込まれていたという事か。

「異次元の世界と現実の俺の世界ではどうして、あんなにも差があったんだ?現実の俺の身体ではあんなに戦う事はできない。」

「だからだよ。現実の君をあんな魔物の巣窟に放り込めば、君はあっという間に食い殺される。君の現実の肉体ではあの苦痛には耐えられない。だから、魂だけを送り込んだんだ。
肉体的に損傷はないけど、君の魂にはしっかりとその時の痛みと戦った経験が刻まれた。そうでしょう?」

「それは確かに…。だが、結局、それは魂だけだろう?肉体的に鍛えられていないのでは意味が…、」

「意味があるんだよ。あれは、君に必要な下準備なんだ。あれ位の苦痛に耐えられる精神力がないと、最後の試練に耐える事なんてできないからね。」

「最後の試練…?」

「それは後で説明するよ。…話を戻すね。この五段階目の試練は他と違って少し特殊でね。これをクリアするには条件があるんだ。勝ち負け関係なく、一万回戦うこと。この条件を満たせば、次の試験に進めるんだ。」

「一万回!?俺はそんなに戦っていたのか?」

「そうだよ。一万回なんて、途方もない数だから、普通は数えないよね。そもそも、ほとんどの子達はこの試練で脱落してたからね。肉体は傷つけられていないけど、あの空間にいる君は魂と直結していたから、生身の身体に受ける傷と同じ苦痛を味わう。それに耐えられる人間なんて中々いないよ。」

身体に傷一つついていないのに、あんなにも生々しく、まるで現実に起こったかのように感じたのはそのせいか。

「脱落者がいたということは…、俺以外にも同じ目に遭った人がいたのか?」

「そうだよ。皆、僕が認めた素質のある子達だった。…でも、駄目だった。」

ミハイルは暗い声でそう呟いた。悔しさと悲しみが混ざり合った声だった。

「でも、君は一万回も魔物と戦って、次の試練への扉を開いた。」

「次の試練…?」

「三人に会ったでしょ?あれは、君が魔物と一万回戦ったことの証だよ。その条件を達成しないと、あの三人の元に辿り着くことはできない。」

そんな条件があったのか。からくりはよく分からないが、一万回戦わないと、あの三人に会うことはできないのか。
おかしいと思ったんだ。今まで人間に遭遇したことはないのに、突然、あの三人は俺の前に現れた。
やっと、その意味を分かった気がする。ルーファスはミハイルにずっと気になっていたことを聞いた。

「あの三人は…、何者なんだ?」

「ルーファスはどう思う?」

ミハイルに質問を返され、ルーファスは数秒考えた末に

「俺は…、あの三人は過去の世界から来た人間ではないかと思う。
エレンもリーもシグルドも…、まるで昔の人間であるかのような話をしていたし、巫女の存在を知っていた。リーは巫女をシャーマンと呼んでいたが、確か過去には巫女をそのように呼んでいたと聞いたことがある。
巫女はその世代でたった一人しか選ばれないのに、リーはリスティーナではなく、レティアという女を巫女だと言っていた。
だから、恐らく、リーの話していた巫女は過去の歴代巫女の一人で、リーはその時代に生きていたのではないかと…。あの三人は巫女についてよく知っていた。もしかしたら…、三人共、巫女と関係がある人間なのではと…。」

「んー。いい線いっているんだけど、不正解。あの三人が過去の人間であることは合っているし、巫女と親交があったのも事実だけど、それだけじゃないんだよ。あの三人の共通点は。そうだね…。じゃあ、ヒントをあげる。」

そう言って、ミハイルはビシッとルーファスの目の前で指を突き立てると、

「ここで問題です。歴代の闇の勇者の名前を知っていますか?」

子供にするクイズのようなノリで言うミハイル。
何か…、大精霊ってもっとこう…、神聖で厳かなイメージだったが…。
そう思いながら、ルーファスは答えを口にした。
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