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第四章 覚醒編
歴代の闇の勇者
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「闇の勇者は歴代でも三人だけ。初代勇者がエレン、二代目がシグルド…、」
何故、こんな子供でも知っているような質問をするのか分からないまま、ルーファスは勇者の名を口にしていく。
そして、気が付いた。今まで靄にかかっていた視界が開けたような錯覚を味わう。
まさか…!
バッ、とミハイルに視線を向けると、ミハイルは口角を上げて、笑った。
「やっと、気づいた?」
「まさか…、あの三人は…、闇の勇者だったのか!?」
信じられなかった。確かにあの三人は化け物並みに強かった。
その正体が勇者だったというのならあの規格外の強さも納得できる。
勇者達の中でも闇の勇者は一番強いと評されている程だ。
だが、まさかあの三人が闇の勇者だなんて気づきもしなかった。
「そんな、馬鹿な…。闇の勇者は千年以上も前に生きていた人だろう?初代の勇者なんて八千年も前の話じゃないか!」
エレン達は過去の人間だと推測したこともあったがさすがに千年以上も前に生きていた人間だなんて想像もしてなかった。というか、そもそもあの三人はどうやって異次元の空間に来れたんだ?
もう死者の筈の彼らが…。
「確かにあの三人はとっくの昔に亡くなってる。だから、僕が冥界の王、ロデス様に頼んで、彼らの魂を呼び寄せて、召喚したんだ。」
冥界の王、ロデス。全能神ゼクスの弟か。
ロデスは22神柱の一人であり、死を司り、冥界を支配する神だ。
冥界は死者の国であり、死後、魂が行き着く世界を指す。
成程…。確かに冥界の王の力を借りれば、死者の魂をこちら側に呼び寄せることも可能だ。
三人共、普通に生身の人間と何ら変わらない姿だったから、気づきもしなかった。
大精霊の手にかかれば、魂だけでもあんなにも完璧な肉体を再現することができるのか。
やはり、人間とは次元が違う。改めて、そう認識する。
それにしても、まさか、エレン達が闇の勇者だったなんて…。
ルーファスは未だに信じられない気持ちで一杯だった。
エレンとシグルドという名は珍しい名前ではないし、三代目の勇者の名はクリームヒルトという名だ。
そもそも、他の勇者と違って、闇の勇者は文献や資料がほとんど残っていない為、闇の勇者の条件や闇魔法については謎に包まれている。知られているのは、闇の勇者の名前とその生涯だけだ。
そのせいか、三人が闇の勇者であるという事実に気付かなかった。
それに、リーだけ名前が違うのはどういうことだ?まさか…、
「まさか、リーはクリームヒルトの愛称か?」
「そう。クリームヒルトだと長いから、皆からはリーって呼ばれてたよ。」
そういう事、だったのか…。
これで全てのピースが嵌まった。
それにしても、シグルド達はどうして、自分達の正体を明かさなかったのだろうか。
すると、ミハイルはルーファスの心を読んだように、
「エレン達が君に自分達の正体を明かさなかったのは、僕が口止めをしていたからだよ。そういう契約だったんだ。」
「契約…?」
「本来、死者をこっちの世界に干渉させるのは禁止されている。でも、ロデス様が特別に条件付きで許可してくれた。その条件が自分達の正体を明かさないこと。自分の正体を明かしたら、その時点で元のいた冥界に連れ戻されることになってたんだ。ま、正直、彼らは冥界に戻った方が喜ぶだろうけど、意外にも三人共、君の事を気に入ったみたいだね。最初は凄く拒否されたし、早く元の場所に戻せって詰め寄られて大変だったけど。」
俺がシグルド達に気に入られていた?
あの三人は基本的に身内以外にしか関心も興味もないタイプだから、いまいち実感が沸かない。
嫌われてはいないだろうが、好かれていただろうか?
「最初は君たちの後輩だから、しっかり指導してあげて欲しいってお願いしたんだけど、あの子達ったら、全然協力してくれなくて…。
まあ、僕が召喚したタイミングも悪かったからね。エレンは母親に膝枕して貰っていた途中だったし、シグルドはリーナと散歩中だったし、リーはエリスに花冠を作ってあげている所だったらしくて…。
三人を召喚したら、すごいブチぎられちゃった。」
「…そうだろうな。」
安易に想像できる。
というか、あの三人相手によくそんな真似ができたな。
そんな事しようものなら、エレンは無表情のまま無言で魔法を連発してくるだろうし、シグルドからはぶん殴られるだろうし、リーはニコニコと笑顔を浮かべながら、あの黒い鞭が容赦なく、飛んできそうだ。
しかし、さすがは闇の大精霊。あの三人の怒気を受け止めて、平然と笑っているだなんて普通はできない。これが人間か魔物相手だったら、絶対半殺しにされていただろう。…勿論、自分も。
「そこまで嫌がっていたのにどうしてシグルド達は俺の前に現れたんだ?」
「ああ。それは…、リスティーナの…。君の奥さんの名前を出したからだよ。最初は断固拒否って感じで、そんなのどうでもいいから、早く元の場所に戻せって詰め寄られてしまったけど…。
でも、リスティーナの名前を出して、あの子がペネロペの子孫だって知ったら、コロッと態度が変わってね。」
そうか…。リスティーナが巫女の末裔だと知ったから…。
そういえば、リーもエレンも巫女と親しい間柄だ。シグルドから巫女の話は聞いたことないが、もしかして、彼も巫女と関わりがあったのだろうか?
ということは…、あの三人が俺に稽古をつけてくれたのも全てはリスティーナの…、
「ルーファスはいい嫁さんを見つけたね。」
あの三人がどうして、俺を気に入ってくれたのか分かった。
俺がリスティーナの夫だったからだったんだな。
きっと、三人は巫女に何かしらの恩を感じていて、その恩返しの為にあそこまで親身になって稽古をつけてくれたのだろう。俺がリスティーナを守れるようにと…。
リスティーナ…。俺はいつも君に助けられているな。
「君はエレンから古代魔法を、シグルドから古代剣術を、リーから魔拳法や格闘技、体術を教わってそれを全て習得した。あの三人に一回でも勝てば最後の試練へと進むことができる。」
六回目の試練はあの三人に勝つことが条件なのだということは分かった。
とすると…、最後の試練は…、
「最後の試練とは…、もしや…、」
さっきの、あの地獄で味わうかのような激痛の事だろうか。
まるで全身を鋭い刃物でズタズタに切り裂かれるかのような、地獄の炎で焼かれるような耐え難い苦痛…。今でも身体がその痛みを覚えている。
「そう。あの地獄の業火で焼かれるような痛みのことだよ。あの苦痛と比べれば、今までの試練で受けた痛みなんて、比べ物にもならなかったでしょ?あの苦痛に耐えるには痛みに対する耐性と訓練をつける必要があったんだ。だから、僕は君に七段階に分けて、試練を与えた。」
「何故、そんな真似を?」
「君の肉体を作り替える為に器を作る必要があったんだよ。ルーファス。君の体はね…、魔力が強すぎて、肉体に大きな負担がかかっていたんだ。あの身体では器にはなれない。それだけじゃない。君の体は魔力を受け止めきれず、いずれ、必ず限界を迎える。その前に、器を作る必要があったんだよ。」
「器…?」
「そう。君が生き残る方法は一つだけ…。その身に宿る莫大な魔力を受け止めて、それを上手く使いこなすことができる強靭な肉体と精神力を手に入れる。その為には器を作る過程が必要不可欠になってくる。」
俺の魔力はそんなにも強かったのか?命を落とす危険がある程に…?
確かに俺は生まれた時から魔力量が人よりも多く、子供の頃から魔力のコントロールができず、部屋にある物を壊し、建物を半壊にしたこともあった。そのせいか、周囲の大人は恐れて、俺に近寄ろうとしなかった。
「弱い人間の体にいきなり器を与えれば、ショック状態を起こして、確実に死んでしまう。だから、あの試練の中で君の体を少しずつ慣らしていく必要があったんだ。」
すぐに器を与えなかったのはそういうことだったのか。
確かにあの試練を乗り越えなければ、俺は最後の試練であの激痛に耐えることはできなかっただろう。
どうして、試練を七段階にまで分けたのかその理由が分かった気がする。
「君の精神力と忍耐力は凄かった。あそこまでよくやったと思ったよ。普通の人間なら、発狂してる。」
ミハイルはどこか遠くを見つめるような目でそう口にした。
まるであの試練を与えられて、発狂した人間を見てきたかのような口ぶりだ。
「何を…、」
「本当はエレン達の所に辿り着く前に君の体はもう大分、限界がきていたんだ。こればっかりはどうしようもなかった。君は生きる希望を失ってたし、既に生に対して執着心もなくなっていた。いつ死んでもおかしくなかった。」
つまり、俺は五回目の試練で死んでいたかもしれなかったという事か。
それなのに、どうして俺は死ななかったんだろうか。
「でも…、リスティーナが君を変えた。リスティーナと出会ってから、君の心にも変化が現れた。リスティーナを守る為に強くなるという気持ちが原動力になって、試練に挑むようになった。」
「あ…、」
ルーファスは思い当たることがあった。
そうだ。俺は何度もリスティーナに助けられていた。
そうか…。俺はもう既にあの時、死んでもおかしくなかったんだな。五回目ですら、死にそうな状態だったとしたら…、
「俺は…、最後の試練で死んでしまったのか?」
闇の大精霊であるミハイルがここにいるということは、もしかしたら、ここは死後の世界なのではないか。自分は最後の試練に耐えられずに死んでしまったのではないか。
俺は…、リスティーナとの約束を守れなかったのか…?何も、できなかった…。
ルーファスは俯き、ギュッと胸の前で拳を握り締めると、唇を噛み締めた。
「いいや。君はまだ死んでないよ。今の君は仮死状態になっているんだ。」
仮死状態…?なら、俺の体は今も眠っているだけなのか?
「仮死状態の君はとても危険な状態だ。いつ死んでもおかしくない。今の君は僕が作り出した空間魔法で意識のみを切り取って会話をしているんだよ。
本来、君はあの激痛に耐えきれずに力尽きてしまった。だけど、リスティーナが巫女の古の契約を使って、アリスティア様に願ったんだ。君を助けて下さい、ってね…。」
「ッ!リスティーナが…?」
巫女の古の契約。それはルーファスでも知っている。
巫女伝説にも書かれていたからだ。
初代巫女、ペネロペが魔王を封印し、世界を救ったことでアリスティアはペネロペと新たな契約を結んだ。巫女の力を一代限りではなく、その娘と孫、一族の間で代々に渡って受け継がれるようにしたのだ。
そして、太陽のペンダントの力もペネロペだけに限らず、巫女であれば生涯に一度だけ願いを叶えることができるように契約を結んだ。それが巫女の古の契約だ。
だから、太陽のペンダントの継承は重要な意味を持つ。太陽のペンダントが直系の巫女だけに引き継がれていたのはそういう背景があるからだ。
「本来、死者を蘇らせるのは禁忌だけど、巫女の願いなら話は別。それだけ、巫女はアリスティア様の…、天界の神々から深い信頼と寵愛を受けているからね。巫女の願いは悪意あるものであったり、世界の秩序を乱すような願いでない限りは叶えられる。それが例え、死者を蘇らせることであったとしてもね…。」
「待ってくれ!それなら、何故…、リスティーナの母親は亡くなったんだ?」
リスティーナは母が病で倒れた時、母を助けてくれるようにペンダントに願ったと言っていた。
だけど、それは叶えられなかった。これは、一体、どういうことなのか?
「何故、リスティーナの願いは聞き届けられなかったんだ?リスティーナの願いは母親の命を救うというものだった。世界の秩序を乱す行為でもないのに…。」
「あの契約には幾つか条件があるんだよ。その条件を達成していなければ、古の契約は使えないんだ。」
「条件だと?その条件とは一体、何だ?」
「お互いが同意の上で祈願する。…どちらか一方がそれを望まなければ、その願いは叶えられない。つまり、そういう事だよ。」
願いを叶えるには、お互いの同意が必要。どちらが一方がその願いを拒んでしまえば、叶えることはできない。ということは…、リスティーナの母親は…、
「リスティーナの母親は…、娘の願いを拒んだというのか?一体、何故?」
何故、リスティーナの母親はそんな決断を?分からない。リスティーナの母、ヘレネの真意が掴めない。
リスティーナがどれだけ母親を慕っていたか、愛していたか…。
母の死後から五年経った今でもリスティーナは母親の思い出を大切にしている位だ。
きっと、亡くなる前もリスティーナは母親に泣いて縋った筈だ。
死なないで、置いていかないでと言ったことだろう。そんな風に泣いて縋る娘の願いを…、どうして、ヘレネは拒んだ?
最愛の娘を残して逝く事に何も思わなかったのだろうか?自分の命が助かる機会をどうして、自ら潰した?
「アリスティア様だって何度もヘレネに確認したよ。でも、当のヘレネが強く拒否したんだ。理由は分からない。ただ…、ヘレネはリスティーナにたった一回しか使えない古の契約を自分の為に使わせたくなかったんだと思う。」
「!」
そうか。ヘレネはこれから、リスティーナに何かあった時の為に…。
ヘレネは…、本当にリスティーナを愛していたんだな。
例え、自分が死ぬことになろうと、リスティーナの今後の人生の為にと彼女は死を受け入れたのだろう。
強い人だと思った。
「まあ、多分、それだけじゃないけどね…。」
「え…?」
ミハイルの言葉にルーファスは思わず視線を向けた。どういう意味だ?
だけど、ミハイルはそれ以上は何も教えてくれなかった。
何故、こんな子供でも知っているような質問をするのか分からないまま、ルーファスは勇者の名を口にしていく。
そして、気が付いた。今まで靄にかかっていた視界が開けたような錯覚を味わう。
まさか…!
バッ、とミハイルに視線を向けると、ミハイルは口角を上げて、笑った。
「やっと、気づいた?」
「まさか…、あの三人は…、闇の勇者だったのか!?」
信じられなかった。確かにあの三人は化け物並みに強かった。
その正体が勇者だったというのならあの規格外の強さも納得できる。
勇者達の中でも闇の勇者は一番強いと評されている程だ。
だが、まさかあの三人が闇の勇者だなんて気づきもしなかった。
「そんな、馬鹿な…。闇の勇者は千年以上も前に生きていた人だろう?初代の勇者なんて八千年も前の話じゃないか!」
エレン達は過去の人間だと推測したこともあったがさすがに千年以上も前に生きていた人間だなんて想像もしてなかった。というか、そもそもあの三人はどうやって異次元の空間に来れたんだ?
もう死者の筈の彼らが…。
「確かにあの三人はとっくの昔に亡くなってる。だから、僕が冥界の王、ロデス様に頼んで、彼らの魂を呼び寄せて、召喚したんだ。」
冥界の王、ロデス。全能神ゼクスの弟か。
ロデスは22神柱の一人であり、死を司り、冥界を支配する神だ。
冥界は死者の国であり、死後、魂が行き着く世界を指す。
成程…。確かに冥界の王の力を借りれば、死者の魂をこちら側に呼び寄せることも可能だ。
三人共、普通に生身の人間と何ら変わらない姿だったから、気づきもしなかった。
大精霊の手にかかれば、魂だけでもあんなにも完璧な肉体を再現することができるのか。
やはり、人間とは次元が違う。改めて、そう認識する。
それにしても、まさか、エレン達が闇の勇者だったなんて…。
ルーファスは未だに信じられない気持ちで一杯だった。
エレンとシグルドという名は珍しい名前ではないし、三代目の勇者の名はクリームヒルトという名だ。
そもそも、他の勇者と違って、闇の勇者は文献や資料がほとんど残っていない為、闇の勇者の条件や闇魔法については謎に包まれている。知られているのは、闇の勇者の名前とその生涯だけだ。
そのせいか、三人が闇の勇者であるという事実に気付かなかった。
それに、リーだけ名前が違うのはどういうことだ?まさか…、
「まさか、リーはクリームヒルトの愛称か?」
「そう。クリームヒルトだと長いから、皆からはリーって呼ばれてたよ。」
そういう事、だったのか…。
これで全てのピースが嵌まった。
それにしても、シグルド達はどうして、自分達の正体を明かさなかったのだろうか。
すると、ミハイルはルーファスの心を読んだように、
「エレン達が君に自分達の正体を明かさなかったのは、僕が口止めをしていたからだよ。そういう契約だったんだ。」
「契約…?」
「本来、死者をこっちの世界に干渉させるのは禁止されている。でも、ロデス様が特別に条件付きで許可してくれた。その条件が自分達の正体を明かさないこと。自分の正体を明かしたら、その時点で元のいた冥界に連れ戻されることになってたんだ。ま、正直、彼らは冥界に戻った方が喜ぶだろうけど、意外にも三人共、君の事を気に入ったみたいだね。最初は凄く拒否されたし、早く元の場所に戻せって詰め寄られて大変だったけど。」
俺がシグルド達に気に入られていた?
あの三人は基本的に身内以外にしか関心も興味もないタイプだから、いまいち実感が沸かない。
嫌われてはいないだろうが、好かれていただろうか?
「最初は君たちの後輩だから、しっかり指導してあげて欲しいってお願いしたんだけど、あの子達ったら、全然協力してくれなくて…。
まあ、僕が召喚したタイミングも悪かったからね。エレンは母親に膝枕して貰っていた途中だったし、シグルドはリーナと散歩中だったし、リーはエリスに花冠を作ってあげている所だったらしくて…。
三人を召喚したら、すごいブチぎられちゃった。」
「…そうだろうな。」
安易に想像できる。
というか、あの三人相手によくそんな真似ができたな。
そんな事しようものなら、エレンは無表情のまま無言で魔法を連発してくるだろうし、シグルドからはぶん殴られるだろうし、リーはニコニコと笑顔を浮かべながら、あの黒い鞭が容赦なく、飛んできそうだ。
しかし、さすがは闇の大精霊。あの三人の怒気を受け止めて、平然と笑っているだなんて普通はできない。これが人間か魔物相手だったら、絶対半殺しにされていただろう。…勿論、自分も。
「そこまで嫌がっていたのにどうしてシグルド達は俺の前に現れたんだ?」
「ああ。それは…、リスティーナの…。君の奥さんの名前を出したからだよ。最初は断固拒否って感じで、そんなのどうでもいいから、早く元の場所に戻せって詰め寄られてしまったけど…。
でも、リスティーナの名前を出して、あの子がペネロペの子孫だって知ったら、コロッと態度が変わってね。」
そうか…。リスティーナが巫女の末裔だと知ったから…。
そういえば、リーもエレンも巫女と親しい間柄だ。シグルドから巫女の話は聞いたことないが、もしかして、彼も巫女と関わりがあったのだろうか?
ということは…、あの三人が俺に稽古をつけてくれたのも全てはリスティーナの…、
「ルーファスはいい嫁さんを見つけたね。」
あの三人がどうして、俺を気に入ってくれたのか分かった。
俺がリスティーナの夫だったからだったんだな。
きっと、三人は巫女に何かしらの恩を感じていて、その恩返しの為にあそこまで親身になって稽古をつけてくれたのだろう。俺がリスティーナを守れるようにと…。
リスティーナ…。俺はいつも君に助けられているな。
「君はエレンから古代魔法を、シグルドから古代剣術を、リーから魔拳法や格闘技、体術を教わってそれを全て習得した。あの三人に一回でも勝てば最後の試練へと進むことができる。」
六回目の試練はあの三人に勝つことが条件なのだということは分かった。
とすると…、最後の試練は…、
「最後の試練とは…、もしや…、」
さっきの、あの地獄で味わうかのような激痛の事だろうか。
まるで全身を鋭い刃物でズタズタに切り裂かれるかのような、地獄の炎で焼かれるような耐え難い苦痛…。今でも身体がその痛みを覚えている。
「そう。あの地獄の業火で焼かれるような痛みのことだよ。あの苦痛と比べれば、今までの試練で受けた痛みなんて、比べ物にもならなかったでしょ?あの苦痛に耐えるには痛みに対する耐性と訓練をつける必要があったんだ。だから、僕は君に七段階に分けて、試練を与えた。」
「何故、そんな真似を?」
「君の肉体を作り替える為に器を作る必要があったんだよ。ルーファス。君の体はね…、魔力が強すぎて、肉体に大きな負担がかかっていたんだ。あの身体では器にはなれない。それだけじゃない。君の体は魔力を受け止めきれず、いずれ、必ず限界を迎える。その前に、器を作る必要があったんだよ。」
「器…?」
「そう。君が生き残る方法は一つだけ…。その身に宿る莫大な魔力を受け止めて、それを上手く使いこなすことができる強靭な肉体と精神力を手に入れる。その為には器を作る過程が必要不可欠になってくる。」
俺の魔力はそんなにも強かったのか?命を落とす危険がある程に…?
確かに俺は生まれた時から魔力量が人よりも多く、子供の頃から魔力のコントロールができず、部屋にある物を壊し、建物を半壊にしたこともあった。そのせいか、周囲の大人は恐れて、俺に近寄ろうとしなかった。
「弱い人間の体にいきなり器を与えれば、ショック状態を起こして、確実に死んでしまう。だから、あの試練の中で君の体を少しずつ慣らしていく必要があったんだ。」
すぐに器を与えなかったのはそういうことだったのか。
確かにあの試練を乗り越えなければ、俺は最後の試練であの激痛に耐えることはできなかっただろう。
どうして、試練を七段階にまで分けたのかその理由が分かった気がする。
「君の精神力と忍耐力は凄かった。あそこまでよくやったと思ったよ。普通の人間なら、発狂してる。」
ミハイルはどこか遠くを見つめるような目でそう口にした。
まるであの試練を与えられて、発狂した人間を見てきたかのような口ぶりだ。
「何を…、」
「本当はエレン達の所に辿り着く前に君の体はもう大分、限界がきていたんだ。こればっかりはどうしようもなかった。君は生きる希望を失ってたし、既に生に対して執着心もなくなっていた。いつ死んでもおかしくなかった。」
つまり、俺は五回目の試練で死んでいたかもしれなかったという事か。
それなのに、どうして俺は死ななかったんだろうか。
「でも…、リスティーナが君を変えた。リスティーナと出会ってから、君の心にも変化が現れた。リスティーナを守る為に強くなるという気持ちが原動力になって、試練に挑むようになった。」
「あ…、」
ルーファスは思い当たることがあった。
そうだ。俺は何度もリスティーナに助けられていた。
そうか…。俺はもう既にあの時、死んでもおかしくなかったんだな。五回目ですら、死にそうな状態だったとしたら…、
「俺は…、最後の試練で死んでしまったのか?」
闇の大精霊であるミハイルがここにいるということは、もしかしたら、ここは死後の世界なのではないか。自分は最後の試練に耐えられずに死んでしまったのではないか。
俺は…、リスティーナとの約束を守れなかったのか…?何も、できなかった…。
ルーファスは俯き、ギュッと胸の前で拳を握り締めると、唇を噛み締めた。
「いいや。君はまだ死んでないよ。今の君は仮死状態になっているんだ。」
仮死状態…?なら、俺の体は今も眠っているだけなのか?
「仮死状態の君はとても危険な状態だ。いつ死んでもおかしくない。今の君は僕が作り出した空間魔法で意識のみを切り取って会話をしているんだよ。
本来、君はあの激痛に耐えきれずに力尽きてしまった。だけど、リスティーナが巫女の古の契約を使って、アリスティア様に願ったんだ。君を助けて下さい、ってね…。」
「ッ!リスティーナが…?」
巫女の古の契約。それはルーファスでも知っている。
巫女伝説にも書かれていたからだ。
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そして、太陽のペンダントの力もペネロペだけに限らず、巫女であれば生涯に一度だけ願いを叶えることができるように契約を結んだ。それが巫女の古の契約だ。
だから、太陽のペンダントの継承は重要な意味を持つ。太陽のペンダントが直系の巫女だけに引き継がれていたのはそういう背景があるからだ。
「本来、死者を蘇らせるのは禁忌だけど、巫女の願いなら話は別。それだけ、巫女はアリスティア様の…、天界の神々から深い信頼と寵愛を受けているからね。巫女の願いは悪意あるものであったり、世界の秩序を乱すような願いでない限りは叶えられる。それが例え、死者を蘇らせることであったとしてもね…。」
「待ってくれ!それなら、何故…、リスティーナの母親は亡くなったんだ?」
リスティーナは母が病で倒れた時、母を助けてくれるようにペンダントに願ったと言っていた。
だけど、それは叶えられなかった。これは、一体、どういうことなのか?
「何故、リスティーナの願いは聞き届けられなかったんだ?リスティーナの願いは母親の命を救うというものだった。世界の秩序を乱す行為でもないのに…。」
「あの契約には幾つか条件があるんだよ。その条件を達成していなければ、古の契約は使えないんだ。」
「条件だと?その条件とは一体、何だ?」
「お互いが同意の上で祈願する。…どちらか一方がそれを望まなければ、その願いは叶えられない。つまり、そういう事だよ。」
願いを叶えるには、お互いの同意が必要。どちらが一方がその願いを拒んでしまえば、叶えることはできない。ということは…、リスティーナの母親は…、
「リスティーナの母親は…、娘の願いを拒んだというのか?一体、何故?」
何故、リスティーナの母親はそんな決断を?分からない。リスティーナの母、ヘレネの真意が掴めない。
リスティーナがどれだけ母親を慕っていたか、愛していたか…。
母の死後から五年経った今でもリスティーナは母親の思い出を大切にしている位だ。
きっと、亡くなる前もリスティーナは母親に泣いて縋った筈だ。
死なないで、置いていかないでと言ったことだろう。そんな風に泣いて縋る娘の願いを…、どうして、ヘレネは拒んだ?
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「!」
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例え、自分が死ぬことになろうと、リスティーナの今後の人生の為にと彼女は死を受け入れたのだろう。
強い人だと思った。
「まあ、多分、それだけじゃないけどね…。」
「え…?」
ミハイルの言葉にルーファスは思わず視線を向けた。どういう意味だ?
だけど、ミハイルはそれ以上は何も教えてくれなかった。
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乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。大好きな推しであるユリウスと自分が結ばれることはない。ならば義妹として目一杯甘えまくって楽しもうと考えたのだが、気づけばユリウスにめちゃくちゃ執着されていた話。
「義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話」のifストーリーですが繋がりはなにもありません。
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