冷遇され、虐げられた王女は化け物と呼ばれた王子に恋をする

林檎

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第四章 覚醒編

闇の勇者

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「さて…、ルーファス。さっきも説明した通り、リスティーナはアリスティア様に君を助けて欲しいと願った。だけど、この契約は双方の同意がないと、叶えられない。だから、ルーファス。今、ここで決めるんだ。このまま死ぬか、それとも、生きるか。」

「ッ!」

生きるか、死ぬか…。そんなの…、決まっている。
神でも悪魔でも構わない。何でもいい。誰でもいい。もう一度、リスティーナに会う事ができるのなら…!
ルーファスは迷わずに答えを決めた。

「俺は…、こんな所では死ねない。約束したんだ。リスティーナと…。」

一緒に生きると…。約束、した…。

「生きたい…!俺はまだ…、死にたくない。」

「そうか。分かった。君は生きたいと望むんだね。」

ミハイルは嬉しそうに笑うと、それなら…、とルーファスに手を差し出した。

「ルーファス。僕と契約しない?」

「契約?何の?」

「大精霊の契約っていったら、一つしかないでしょ?古の契約を使ったとはいえ、これで君は、僕の試練に最後まで耐え抜いた。合格だよ。ルーファス。」

合格…?一体、何の話だ?
ミハイルはルーファスの瞳をジッと見つめ、ニコッと微笑んだ。

「僕の加護を君に与えよう。つまりね…、僕は君を闇の勇者として認めようと思うんだ。」

「は…?」

ミハイルの言葉をルーファスは呆然と呟く。俺が…、闇の、勇者?
一瞬、幻聴かと思った。だけど、今、確かにミハイルは言った。俺を闇の勇者として認めると…。
有り得ない…。俺が勇者になんてなれる訳がない。

「な、何を言っているんだ?俺が勇者…?俺が勇者なんて何かの間違いだろう。俺より、力の強い魔力保持者なんて他にも…、」

動揺のあまり、声が震えた。
そうだ。俺以外にも強い魔力持ちなんてたくさんいる。
そんなルーファスの言葉をミハイルがいいや、と首を横に振った。

「いいや。君以外には有り得ないよ。…ルーファス。君は強くなった。試練を乗り越え、覚醒した君は誰よりも強くなった。大精霊の僕が言うんだ。自信を持つといい。」

「俺は…、勇者なんて器じゃない。」

ルーファスは思わず視線を下に落とした。
俺には勇者なんて肩書きは重すぎる。その責務を果たせる自信がない。

「まあ、嫌ならいいよ。でも、勇者にならないというのなら…、君はどっちにしろ、死ぬよ?それでも、いいの?」

「ッ!?」

ルーファスは思わずバッと顔を上げて、ミハイルを見た。

「な、何故?さっき、お互いの同意があれば願いは叶うと…。」

「そうだね。確かに君の命は助かるよ。でも、それは一時的なものだ。勇者にならずに、今の身体のまま生き返った所ですぐに死んでしまう。さっきも説明したように君の古い肉体はもうボロボロなんだ。
そのままの身体で生き続けるのは限界がある。
折角、リスティーナが古の契約を使ってまで君を助けても、それじゃ意味がないでしょ?」

「あっ…、」

そうか。このまま助かったとしても、今までと同じ体のままだと、どちらにしろ、俺はまたすぐに死ぬ。
この先もずっとリスティーナと生きるためには、勇者になるしか道はない。その事実に気付かされた。
どうやら、俺には最初から勇者になるという選択肢しか残されていないようだ。
勇者という地位に興味はないが、生き残るにはもうこれしか道はない。

「勇者になれば、君はこの先も生き続けられる。新しい肉体に作り替えられて、器を手に入れた君は最強だ。体力のなさに悩むこともないし、ベッドで寝たきりになる事もない。好きな子と太陽の下で散歩することだってできるし、湖に行く事だってできる。旅行に行く事だってできる。好きな子を守る事だってできるんだ。」

確かに…。ミハイルの言う通りだ。
勇者になれば、リスティーナを守れる力が手に入るし、これからもリスティーナと生きることができる。
そう考えれば、勇者になるのも悪くない。
やってやろうじゃないか。ルーファスは覚悟を決めた。

「闇の勇者になる申し出…、受け入れよう。」

ルーファスの言葉にミハイルは嬉しそうに笑うと、

「じゃあ…、契約を交わそう。ルーファス。手を出して。」

そう促され、ルーファスは右手を差し出した。
ミハイルはルーファスに向かって、スッと指差すと、声を張り上げた。

「闇の大精霊、ミハイルの名にかけて、ここに宣言する。ルーファス・ド・ローゼンハイム。君こそが僕の加護と寵愛を受ける者。七番目の最後の勇者、闇の勇者として認める!第四代目の闇の勇者の誕生をここに宣言する!」

そう宣言した直後、ミハイルの指から黒い光が放たれ、ルーファスの右手の甲にシュルシュル、と黒い紋章が刻まれる。闇の勇者の証である紋章だ。

「これで、君は名実ともに闇の勇者となった。おめでとう。ルーファス。これで、君は勇者の仲間入りだ。きっと、近い内に魔法省や教会から召集がかかるだろうから、それまでは…、」

「待ってくれ。一つ、頼みがある。俺が勇者であることを…、暫くの間、伏せて貰うことはできないか?」

「ん?構わないけど…、そんなに長期間は無理だよ。せいぜい、一週間が限度だ。」

「十分だ。」

周囲に勇者だと知られる前に、俺にはやるべくことがある。

「覚醒したばかりだから、まだ魔力のコントロールが難しいと思うけど…、練習を重ねていけば、魔力に身体が馴染んで使いこなしていくようになると思うから、頑張って。」

「ああ。分かった。」

できるかどうかは分からないが…、やってみよう。だが…、まだ実感が沸かないな。
紋章を刻まれたが、まだ自分の体の変化が分からない。
そういえば、ここは意識だけを刈り取られた空間だといっていたな。分からないのも当然か。

「あ、そうだ。実は、君が飼っているあの黒猫の事だけど…。あれは、ただの猫じゃなくて、君の魔力が具現化した存在だから、目が覚めたら、一度身体に取り込んでね。」

「は?」

ミハイルの言葉にルーファスは思わずポカンとした。
ノエルは猫ではない?ノエルは俺の魔力が形になったもの?
そんなことが可能なのか?

「覚えてないかな?ノエルが殺された時、君は感情が抑制できずに魔力が暴走してしまったんだ。」

「!あの時の…!」

忘れたことなんて一度もない。今でも脳裏に焼き付いている程、覚えている。
その後、弟殺しの濡れ衣を着せられ、死刑にされそうになった所を暴風が巻き起こり、王の間が滅茶苦茶な惨状になった。あれは、俺の魔力が暴走してしまって起こったことだったのか?

「周りは呪いだ何だって言ってたけど、あれはよくある魔力事故だ。冷静に考えれば、分かりそうなことなんだけどね。人間って突拍子もない事が起こると、すぐに冷静さを失って、混乱状態に陥るから。
だから、誰もあの現象が魔力暴走だと気付かなかった。」

確かにそうだ。感情の乱れで魔力が暴走してしまうという事例は多く存在する。
魔力暴走すると、命を落とす危険性もある。
周囲の人間を巻き込んで多数の死者を出したという魔力事故も過去にはあった位だ。
魔力暴走とはそれ位、恐ろしい事件として認知されている。

「でも、本能的に自分の身は守ってたんだね。だから、あの時、ルーファスだけは傷一つなかったんだよ。本来、試練を与えた君は魔力が使えないようになってたんだけど…、君は魔力が強すぎて、感情が乱れると、無意識に魔法を使ってしまったんだ。あのまま魔力を君の体に留まらせていたら、いずれ取り返しがつかないことになる。かといって、全ての魔力を取り出してしまえば、君は魔力切れを起こして、死んでしまう。だから、一時的に魔力を半分外に出したんだ。」

「俺の魔力を外に出してできたものが、ノエル…なのか?」

「正解。いってしまえば、ノエルは君の魔力の分身みたいなもんだよ。だから、ノエルは君と同じ色を持っているでしょう?」

「た、確かに…。」

そうだ。ノエルは俺と同じオッドアイで目の色も一致している。毛色だって俺の髪と同じ黒だ。
偶然かと思っていたが、そうではなかったのか。
まさか、ノエルが俺の魔力の分身だなんて考えもしなかった。

「もしかして、シグルド達にも…?」

「うん。シグルド達も魔力の分身があったよ。そうそう。この魔力の分身は鍛えていけば、進化して成長していくから、試してみるといいよ。ただし、やり過ぎは禁物だよ。」

「鍛えるとは具体的に何をすればいいんだ?」

「とりあえず、一度、魔力を全部身体に取り込んで、身体に馴染ませる。まずはそこからだね。そもそも、魔力の分身を作るのってかなり難しい術式だから、最初からできるもんじゃないよ。ああ。安心して。魔力を取り込むのはその対象に触れるだけだから、簡単だよ。
とにかく、最初は、魔力をコントロールして、ひたすら魔法の訓練をすることだ。使える魔法が増えれば増える程、どんどんレベルアップしていくから、その後で魔力の分身を作ってみるといいよ。エレン達もそうやってきたからさ。」

「エレン達も…、そうか…。」

エレン達も鍛錬して、あそこまで強くなったんだな。
彼らは無事に冥界に戻れただろうか?
せめて、最後に挨拶をしておきたかった。

「そうそう。エレン達なら、まだあの場所にいるよ。最後に挨拶をしてくるといいよ。」

「…え。いいのか?」

「うん。いいよ。あの三人も最後に君に伝えたいことがあるだろうし…。」

そう言って、ミハイルは何もない空間に手を翳した。
すると、大きな穴が現れ、穴の向こうには、森に囲まれた白い墓が見えた。

「ここを通って行けば、向こう側に行けるよ。」

「…ああ。ありがとう。」

ルーファスは穴に向かい、一歩、足を踏み出した。

「ルーファス。」

その時、背後から声を掛けられ、振り向いた。

「きっと、君は…、歴代史上最強の勇者になる。でも…、一つだけ僕から忠告するよ。」

漆黒の瞳がルーファスの目を見据えた。

「君は勇者になった。だけど、勇者というのは光にもなるし、影にもなる。高みを目指すか、身の破滅か。そのどちらか一つだ。特に闇の勇者は他の勇者と違って特殊な存在だ。勇者達の中で一番強いけど、同時に脆い。そんな両極端な一面を持っている。闇の勇者は勇者達の中で一番闇落ちしやすい傾向にあるんだ。闇魔法は精神に左右するものが多いからね。つまり、精神的に強くないと、この魔法は使いこなせない。だから、ルーファス。使い方には十分に気を付けるんだよ。この力は君を守る盾でもあり、自らを貫く剣にもなる。それを決して、忘れないで。」

高みを目指すか、身の破滅…。
元より、勇者の道を選んだ時点で真っ当な人生を送れるとは思っていない。
勇者というものは決して、綺麗なだけの世界ではないことは容易に想像がつく。
そんな事はとっくに覚悟の上だ。それでも、俺は…、リスティーナと共に生きていきたい。

「…ああ。分かった。忠告に感謝する。」

ルーファスの返答にミハイルはフッと安心したように笑った。
ミハイルはそのまま闇に溶け込んで消えていった。
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