204 / 222
第四章 覚醒編
エレンとペネロペ
しおりを挟む
穴を通った先には、森が広がっていた。振り向けば、黒い穴は消えていた。
目の前には、白い墓があり、赤い薔薇が供えられていた。
墓にはエレーナ・ド・ミナス。ブラッドリー・ド・ミナスと記されていた。
ミナス国…。歴史の本で読んだことがある。確か、八千年前に経済大国として名を馳せた鎖国国家の名だ。ミナス国は後に魔族によって国が滅びたといわれている。
ミナスという国が姓ということは、この墓に眠っている人物はミナス国の王族か?
「その墓には…、僕の父と母が眠っているんだよ。」
背後からかけられた声に振り向けば、そこには月を模った大きな杖を手にしたエレンが立っていた。
首にはあの鈴のチョーカーが巻かれている。
「エレン…。」
エレンは墓に近付き、ルーファスの隣に立った。
「…黙ってて、ごめん。ミハイルとの契約で僕らが勇者であることは明かせないことになっていたんだ。」
「ああ。ミハイルから、話は聞いている。エレンは…、闇の勇者だったんだな。」
「うん。ルーファスも僕と同じ闇の勇者になったんでしょ?」
エレンはルーファスの右手の甲に刻まれた紋章を見て、そう言った。ルーファスは頷いた。
「エレンはミナス国の出身者だったのか?エレンの父がミナス国の王子だということは…、エレンは王族の…、」
「元、だよ。あんな蛆虫が沸いたような腐った奴らと同じ血が流れているなんて、反吐が出る。」
エレンは憎悪と嫌悪に顔を歪め、吐き捨てるように言った。
いつもあまり動揺せず、表情を変えないエレンにしては、珍しいことだった。
「確か、ミナス国は…、昔から生贄の儀式があったと聞いたことがあるが…、前に話していたエレンの母親が生贄にされそうになったのはその儀式の事なのか?」
「そう…。僕の両親は…、二人共、人間を生贄にする風習に反対していた。それだけで、異端者扱いだよ。
だから、父も母も家族からは嫌われていたんだ。本当に狂ってるのはミナス国の方なのにね。まともなのは、僕の両親だけだった。皆が国に洗脳されて、奴らの操り人形と化していた。」
「奴ら…?裏で牛耳っていた何者かがいたということか?」
「ミナス国は表向き、王政となってたけど、実際に国を操っていたのは魔族だったんだよ。ミナス国は元々、弱小国家だったけど、その魔族と契約したことで大国にのし上がる事ができたんだ。」
「魔族と契約を…?何故、魔族はそんな真似を?そもそも、魔族が人間に手を貸すなんて有り得るのか?
何か裏があるとしか思えないが…。第一、魔族は人間を食べたければ、その国を蹂躙して人間を好きなだけ食う事だってできる筈だ。
それをしないで契約を持ちかけるだなんてあまりにも不自然だな。力の弱い魔族が力を蓄える為に中繋ぎで利用しようとするならともかく…、」
そこまで考えて、ルーファスはハッとした。まさか、ミナス国が滅びたのは…、
「察しがいいね。ルーファス。その様子だと、気付いたみたいだね。ミナス国が滅んだ原因が何なのかを。」
「まさか…、魔族は最初からミナス国を乗っ取るつもりで?」
「その、まさかだよ。契約を持ち掛けた当初、魔族はまだ弱かった。でも、人間からすれば強者に見えた。魔族はそれを逆手にとって取引したんだ。力を手に入れて、自分の眷属を増やしたら、人間を滅ぼして、ミナス国を支配するつもりだった。魔力の高い特に純潔の女は魔族にとっては大きな糧になった。」
要するにミナス国の人間は魔族にいいように利用されたという訳か。
魔族と契約なんかするから、そんな末路を辿る羽目に…。
ご丁寧にも、生贄なんて捧げて、魔族を強くする餌を与えて、自分達の首を絞めるような真似をするとは…。
「ミナス国の王は…、そこまで愚かだったのか?そもそも、契約を持ち掛けられた時点で怪しむなり、魔族に裏切られた場合の対策や予防策を考えたりすれば、国が滅びる事もなかっただろうに…。まさか、それすらもしなかったと?」
「しなかったから、ミナス国は滅びたんだよ。ミナス国の王も王族も全員、無能ばかりだったから。
僕の父はその可能性に気付いて、国王と貴族達にも魔族の危険性を説いて、彼らに裏切られた場合の対策を取るべきだと進言したらしいけど、全く聞く耳を持たなかった。本当、馬鹿だよね。
魔族が言葉巧みに心象操作したといっても、僕の両親のようにこの国の異常に気づく機会は幾らでもあった。
でも、それを言ったところで異端者扱いするような国だ。どっちにしろ、ミナス国が滅びるのは時間の問題だった。」
確かに…。ミナス国が滅んだのは自業自得としかいいようがない。
エレンの両親は逃げて、正解だった。だが、エレンの父親は…、
「確かエレンの父親は…、追っ手の戦闘で負った傷が原因で亡くなったと言っていたな。」
「うん…。僕の父は王子だったけど、母様を連れて逃げたことで国王の怒りを買って、王族から除籍されたんだ。国王は父を殺して、生贄の母を連れ戻すように命令した。国王にとって、第七王子なんて特に価値もなかったんだろうね。あっさりと子供を切り捨てた。あんな屑から何で父様みたいな真っ当な人が生まれたのかが不思議で仕方ないよ。」
「だからじゃないのか。子供は親の背中を見て育つというから…、恐らく、反面教師にして、自分はこうはならないと律して、真っ当な人間になろうとしたんじゃないのか。」
ルーファスは自分の境遇に似たものを感じた。
実の両親を見て、ルーファスはああはなりたくないと心底、思ったものだ。
「ああ。そういえば…、君の両親も結構、性質の悪い毒親だったね。」
「否定はしない。」
エレンの言葉にルーファスは頷いた。
ルーファスは昔、読んだ勇者の歴史と古代ルーミティナ国史の内容を思い出した。
初代の闇の勇者、エレン。歴代の中でも最年少で勇者に選ばれた人物。
十二歳で勇者として、覚醒し、初代巫女ペネロペと共に魔王の討伐に貢献した勇者の一人。
ペネロペと出会った経緯は不明だが、エレンは古代ルーミティナ国に身を寄せ、後にペネロペの妹、ルヴィアと結婚したと歴史書には記されている。
古代ルーミティナ国史によれば、ペネロペには実の弟と妹がいた。弟のルークは古代剣術の基礎と型を作り上げ、国一番の剣術の使い手と呼ばれ、軍の総司令官を務めていた。後にルークは軍神の加護を得たといわれている。
妹のルヴィアは莫大な魔力を持ち、火の属性に特化した宮廷魔術師長だった。
後に初代の火の勇者に選ばれたと聞く。ルヴィアは女性初の勇者でもあった。
ルヴィアは夫のエレンと共に古代魔法の基礎を築いたともいわれている。
「エレンの妻はペネロペの妹、ルヴィアだったんだな。」
「そ。だから、ペネロペは僕の義理の姉に当たる。」
そうだったのか。やはり、歴史書に記されている通り、エレンはルヴィアと結婚していたんだな。
漸くあの時のエレンの言葉の意味が分かった気がする。リスティーナとは遠い親戚になるとはそういう意味だったんだな。
「エレンはペネロペとどうやって知り合ったんだ?やはり、勇者の繋がりか?」
「まあ、そうだね。僕が勇者として覚醒した後、すぐにペネロペが僕に会いに来たんだ。
ペネロペは女神様から勇者を集めるようにってお告げを受けたらしくて、自分と一緒に古代ルーミティナ国に来て欲しいってお願いしたんだ。勿論、お母様も一緒に、ってペネロペは言ってくれたんだけど…。
当時の僕は母様以外の人間を皆、敵だと思っていたからさ。
結構、ひどい事言って、ペネロペを邪険にして、追い払ったんだ。
でも、ペネロペは何度も僕を説得しに足を運んできた。そんな時だった。僕の村を魔族が襲ってきたのは…、」
「!魔族が?」
そうか。確か八千年前は魔王が誕生して、魔物と魔族がいた時代だ。
魔族が村を襲ってもおかしくはない。
「僕はその時、丁度、家を留守にしていたんだ。母様の誕生日が近いから、贈り物を買いに街に出かけてた。でも、帰ったら…、」
エレンは杖をギュッと握りしめた。
「まさか…、エレンの母親は…、」
「僕が帰った時には、母様の身体は魔族に食われて、ほとんど残っていなかった。残されていたのは母様の手首だけだった。薬指に銀の指輪をしていたから、すぐに分かったよ。この手が母様のモノだって。亡くなった父が母に贈った唯一の形見だからね…。」
エレンの母親は魔族に食われて…。
そんな最期を遂げているとは思わず、ルーファスは絶句した。
「母様の死を目の当たりにした僕は魔力が暴走してしまった。」
「魔力暴走…!?よく、無事だったな。」
エレン程の魔力の持ち主が暴れれば、大惨事になったことだろう。術者のエレンが命を落としてもおかしくない。魔力暴走の末路は魔力切れを起こすか、自身の魔法で命を落とすというケースが多い。
「ペネロペが僕を助けてくれたんだよ。闇の妖精がペネロペに助けを求めて、ペネロペはすぐに僕の所に駆けつけてくれた。だけど、もうその時には、僕は魔力暴走の真っ只中にあった。」
感情のコントロールができなくなり、絶望の淵に突き落とされたエレンは自身の魔力に取り込まれそうになっていた。
ペネロペの言葉も最初はエレンの耳に入らなかった。
魔力暴走状態になると、周囲を見境なく攻撃し、術者に近付けば、その攻撃をまともに受ける為、迂闊に近づけない。それでも、ペネロペは全身傷だらけになりながらもエレンに近付くと、その小柄な身体を抱き締めた。
そして、エレンの耳に囁いた。
あなたのお母様はこんな事、望んでいない、と…。
その温もりと優しい声は…、エレンの母親にそっくりで…。
理性を失ったエレンの頭の中に母の思い出が怒涛のように流れ込んできた。
そして、ペネロペがエレンの手に鈴のチョーカーをそっと握らせた。
気付いたら、エレンの目から涙が流れ、感情が崩壊したように泣き叫んだ。
ペネロペはそんなエレンをずっと抱き締めてくれた。
エレンは母の名を呼び、何度も何度も謝った。守ってあげられなくて、ごめんなさい。僕が傍を離れたりしなければよかった。家を留守にしなければよかった。僕が僕が…、僕が守らないといけなかったのに。
ごめんなさい!ごめんなさい!約束…、守れなかった。母様を守るって…、幸せにするって約束したのに…!
泣きじゃくりながら、そう叫ぶエレンの頭を撫でて、ペネロペは優しい声で囁いた。
「そんな事ない…。エレン。あなたは何も悪くない。」
「あなたのお母様だって、それはちゃんと分かっている。」
「あなたのような母親思いの優しい子供がいて…、お母様は幸せだったと思うわ。」
魔力暴走がおさまり、エレンもペネロペも無事だった。
その後、エレンはペネロペの提案を受け、王宮で宮廷魔術師として、迎えられた。
一人ぼっちになってしまったエレンをペネロペは家族のように接し、弟のように可愛がってくれた。
それ以来、エレンはペネロペを姉のように慕った。
ルヴィアはエレンの上司になり、関わる機会が多かったため、その縁で仲を育み、二人は後に結婚したらしい。
ちなみに、ルヴィアは重度の姉至上主義者だったので、母親至上主義のエレンとは似通ったものを感じたのも結婚の決め手だったらしい。
「初対面では殴り掛かられそうになった位、印象が悪かったのによくルヴィアと結婚できたな…。」
「まあ、色々あってね…。話すと長くなるんだけど…、」
エレンは少しだけ照れたように頬を掻いた。
エレンって、照れたりもするんだな。二人の間に何があったか知らないが、この表情を見ると、何だかんだでいい夫婦関係を築いたようだ。
エレンがルヴィアとの馴れ初めを語り終えると、不意にエレンはぽつり、と呟いた。
「僕ね…。正直…、ルーファスが覚醒するとは思わなかった。君は僕達よりも遥かに条件が厳しかったから…。」
「それは一体、どういう…?」
「目が覚めれば分かるよ。」
エレンはそう言って、答えは教えてくれなかった。
「でも、君は…、そんな状況でも、無事に闇の勇者として覚醒することができた。」
「…それは、俺の実力じゃない。リスティーナが…、」
「そうだね。でも、それは君が努力したからこそ、だ。自信を持っていい。僕は君のような弟子を持って、誇りに思うよ。」
「エレン…。俺も…、エレンが師匠で良かったと思う。」
ルーファスの言葉にエレンはニコッと笑い、スッと手を差し出した。
ルーファスが手を握り締める。
「さようなら。ルーファス。」
エレンがそう告げた途端、フッとエレンの姿が掻き消えた。
エレンの気配が消え、その場にはルーファス一人だけが取り残された。
無事に冥界に戻ったのだろう。
ピシッと何かが割れるような音がして、空に亀裂が走る。
パリン!と音がしたと思ったら、辺りはまた闇に包まれ、ルーファスの身体が浮遊した。
目の前には、白い墓があり、赤い薔薇が供えられていた。
墓にはエレーナ・ド・ミナス。ブラッドリー・ド・ミナスと記されていた。
ミナス国…。歴史の本で読んだことがある。確か、八千年前に経済大国として名を馳せた鎖国国家の名だ。ミナス国は後に魔族によって国が滅びたといわれている。
ミナスという国が姓ということは、この墓に眠っている人物はミナス国の王族か?
「その墓には…、僕の父と母が眠っているんだよ。」
背後からかけられた声に振り向けば、そこには月を模った大きな杖を手にしたエレンが立っていた。
首にはあの鈴のチョーカーが巻かれている。
「エレン…。」
エレンは墓に近付き、ルーファスの隣に立った。
「…黙ってて、ごめん。ミハイルとの契約で僕らが勇者であることは明かせないことになっていたんだ。」
「ああ。ミハイルから、話は聞いている。エレンは…、闇の勇者だったんだな。」
「うん。ルーファスも僕と同じ闇の勇者になったんでしょ?」
エレンはルーファスの右手の甲に刻まれた紋章を見て、そう言った。ルーファスは頷いた。
「エレンはミナス国の出身者だったのか?エレンの父がミナス国の王子だということは…、エレンは王族の…、」
「元、だよ。あんな蛆虫が沸いたような腐った奴らと同じ血が流れているなんて、反吐が出る。」
エレンは憎悪と嫌悪に顔を歪め、吐き捨てるように言った。
いつもあまり動揺せず、表情を変えないエレンにしては、珍しいことだった。
「確か、ミナス国は…、昔から生贄の儀式があったと聞いたことがあるが…、前に話していたエレンの母親が生贄にされそうになったのはその儀式の事なのか?」
「そう…。僕の両親は…、二人共、人間を生贄にする風習に反対していた。それだけで、異端者扱いだよ。
だから、父も母も家族からは嫌われていたんだ。本当に狂ってるのはミナス国の方なのにね。まともなのは、僕の両親だけだった。皆が国に洗脳されて、奴らの操り人形と化していた。」
「奴ら…?裏で牛耳っていた何者かがいたということか?」
「ミナス国は表向き、王政となってたけど、実際に国を操っていたのは魔族だったんだよ。ミナス国は元々、弱小国家だったけど、その魔族と契約したことで大国にのし上がる事ができたんだ。」
「魔族と契約を…?何故、魔族はそんな真似を?そもそも、魔族が人間に手を貸すなんて有り得るのか?
何か裏があるとしか思えないが…。第一、魔族は人間を食べたければ、その国を蹂躙して人間を好きなだけ食う事だってできる筈だ。
それをしないで契約を持ちかけるだなんてあまりにも不自然だな。力の弱い魔族が力を蓄える為に中繋ぎで利用しようとするならともかく…、」
そこまで考えて、ルーファスはハッとした。まさか、ミナス国が滅びたのは…、
「察しがいいね。ルーファス。その様子だと、気付いたみたいだね。ミナス国が滅んだ原因が何なのかを。」
「まさか…、魔族は最初からミナス国を乗っ取るつもりで?」
「その、まさかだよ。契約を持ち掛けた当初、魔族はまだ弱かった。でも、人間からすれば強者に見えた。魔族はそれを逆手にとって取引したんだ。力を手に入れて、自分の眷属を増やしたら、人間を滅ぼして、ミナス国を支配するつもりだった。魔力の高い特に純潔の女は魔族にとっては大きな糧になった。」
要するにミナス国の人間は魔族にいいように利用されたという訳か。
魔族と契約なんかするから、そんな末路を辿る羽目に…。
ご丁寧にも、生贄なんて捧げて、魔族を強くする餌を与えて、自分達の首を絞めるような真似をするとは…。
「ミナス国の王は…、そこまで愚かだったのか?そもそも、契約を持ち掛けられた時点で怪しむなり、魔族に裏切られた場合の対策や予防策を考えたりすれば、国が滅びる事もなかっただろうに…。まさか、それすらもしなかったと?」
「しなかったから、ミナス国は滅びたんだよ。ミナス国の王も王族も全員、無能ばかりだったから。
僕の父はその可能性に気付いて、国王と貴族達にも魔族の危険性を説いて、彼らに裏切られた場合の対策を取るべきだと進言したらしいけど、全く聞く耳を持たなかった。本当、馬鹿だよね。
魔族が言葉巧みに心象操作したといっても、僕の両親のようにこの国の異常に気づく機会は幾らでもあった。
でも、それを言ったところで異端者扱いするような国だ。どっちにしろ、ミナス国が滅びるのは時間の問題だった。」
確かに…。ミナス国が滅んだのは自業自得としかいいようがない。
エレンの両親は逃げて、正解だった。だが、エレンの父親は…、
「確かエレンの父親は…、追っ手の戦闘で負った傷が原因で亡くなったと言っていたな。」
「うん…。僕の父は王子だったけど、母様を連れて逃げたことで国王の怒りを買って、王族から除籍されたんだ。国王は父を殺して、生贄の母を連れ戻すように命令した。国王にとって、第七王子なんて特に価値もなかったんだろうね。あっさりと子供を切り捨てた。あんな屑から何で父様みたいな真っ当な人が生まれたのかが不思議で仕方ないよ。」
「だからじゃないのか。子供は親の背中を見て育つというから…、恐らく、反面教師にして、自分はこうはならないと律して、真っ当な人間になろうとしたんじゃないのか。」
ルーファスは自分の境遇に似たものを感じた。
実の両親を見て、ルーファスはああはなりたくないと心底、思ったものだ。
「ああ。そういえば…、君の両親も結構、性質の悪い毒親だったね。」
「否定はしない。」
エレンの言葉にルーファスは頷いた。
ルーファスは昔、読んだ勇者の歴史と古代ルーミティナ国史の内容を思い出した。
初代の闇の勇者、エレン。歴代の中でも最年少で勇者に選ばれた人物。
十二歳で勇者として、覚醒し、初代巫女ペネロペと共に魔王の討伐に貢献した勇者の一人。
ペネロペと出会った経緯は不明だが、エレンは古代ルーミティナ国に身を寄せ、後にペネロペの妹、ルヴィアと結婚したと歴史書には記されている。
古代ルーミティナ国史によれば、ペネロペには実の弟と妹がいた。弟のルークは古代剣術の基礎と型を作り上げ、国一番の剣術の使い手と呼ばれ、軍の総司令官を務めていた。後にルークは軍神の加護を得たといわれている。
妹のルヴィアは莫大な魔力を持ち、火の属性に特化した宮廷魔術師長だった。
後に初代の火の勇者に選ばれたと聞く。ルヴィアは女性初の勇者でもあった。
ルヴィアは夫のエレンと共に古代魔法の基礎を築いたともいわれている。
「エレンの妻はペネロペの妹、ルヴィアだったんだな。」
「そ。だから、ペネロペは僕の義理の姉に当たる。」
そうだったのか。やはり、歴史書に記されている通り、エレンはルヴィアと結婚していたんだな。
漸くあの時のエレンの言葉の意味が分かった気がする。リスティーナとは遠い親戚になるとはそういう意味だったんだな。
「エレンはペネロペとどうやって知り合ったんだ?やはり、勇者の繋がりか?」
「まあ、そうだね。僕が勇者として覚醒した後、すぐにペネロペが僕に会いに来たんだ。
ペネロペは女神様から勇者を集めるようにってお告げを受けたらしくて、自分と一緒に古代ルーミティナ国に来て欲しいってお願いしたんだ。勿論、お母様も一緒に、ってペネロペは言ってくれたんだけど…。
当時の僕は母様以外の人間を皆、敵だと思っていたからさ。
結構、ひどい事言って、ペネロペを邪険にして、追い払ったんだ。
でも、ペネロペは何度も僕を説得しに足を運んできた。そんな時だった。僕の村を魔族が襲ってきたのは…、」
「!魔族が?」
そうか。確か八千年前は魔王が誕生して、魔物と魔族がいた時代だ。
魔族が村を襲ってもおかしくはない。
「僕はその時、丁度、家を留守にしていたんだ。母様の誕生日が近いから、贈り物を買いに街に出かけてた。でも、帰ったら…、」
エレンは杖をギュッと握りしめた。
「まさか…、エレンの母親は…、」
「僕が帰った時には、母様の身体は魔族に食われて、ほとんど残っていなかった。残されていたのは母様の手首だけだった。薬指に銀の指輪をしていたから、すぐに分かったよ。この手が母様のモノだって。亡くなった父が母に贈った唯一の形見だからね…。」
エレンの母親は魔族に食われて…。
そんな最期を遂げているとは思わず、ルーファスは絶句した。
「母様の死を目の当たりにした僕は魔力が暴走してしまった。」
「魔力暴走…!?よく、無事だったな。」
エレン程の魔力の持ち主が暴れれば、大惨事になったことだろう。術者のエレンが命を落としてもおかしくない。魔力暴走の末路は魔力切れを起こすか、自身の魔法で命を落とすというケースが多い。
「ペネロペが僕を助けてくれたんだよ。闇の妖精がペネロペに助けを求めて、ペネロペはすぐに僕の所に駆けつけてくれた。だけど、もうその時には、僕は魔力暴走の真っ只中にあった。」
感情のコントロールができなくなり、絶望の淵に突き落とされたエレンは自身の魔力に取り込まれそうになっていた。
ペネロペの言葉も最初はエレンの耳に入らなかった。
魔力暴走状態になると、周囲を見境なく攻撃し、術者に近付けば、その攻撃をまともに受ける為、迂闊に近づけない。それでも、ペネロペは全身傷だらけになりながらもエレンに近付くと、その小柄な身体を抱き締めた。
そして、エレンの耳に囁いた。
あなたのお母様はこんな事、望んでいない、と…。
その温もりと優しい声は…、エレンの母親にそっくりで…。
理性を失ったエレンの頭の中に母の思い出が怒涛のように流れ込んできた。
そして、ペネロペがエレンの手に鈴のチョーカーをそっと握らせた。
気付いたら、エレンの目から涙が流れ、感情が崩壊したように泣き叫んだ。
ペネロペはそんなエレンをずっと抱き締めてくれた。
エレンは母の名を呼び、何度も何度も謝った。守ってあげられなくて、ごめんなさい。僕が傍を離れたりしなければよかった。家を留守にしなければよかった。僕が僕が…、僕が守らないといけなかったのに。
ごめんなさい!ごめんなさい!約束…、守れなかった。母様を守るって…、幸せにするって約束したのに…!
泣きじゃくりながら、そう叫ぶエレンの頭を撫でて、ペネロペは優しい声で囁いた。
「そんな事ない…。エレン。あなたは何も悪くない。」
「あなたのお母様だって、それはちゃんと分かっている。」
「あなたのような母親思いの優しい子供がいて…、お母様は幸せだったと思うわ。」
魔力暴走がおさまり、エレンもペネロペも無事だった。
その後、エレンはペネロペの提案を受け、王宮で宮廷魔術師として、迎えられた。
一人ぼっちになってしまったエレンをペネロペは家族のように接し、弟のように可愛がってくれた。
それ以来、エレンはペネロペを姉のように慕った。
ルヴィアはエレンの上司になり、関わる機会が多かったため、その縁で仲を育み、二人は後に結婚したらしい。
ちなみに、ルヴィアは重度の姉至上主義者だったので、母親至上主義のエレンとは似通ったものを感じたのも結婚の決め手だったらしい。
「初対面では殴り掛かられそうになった位、印象が悪かったのによくルヴィアと結婚できたな…。」
「まあ、色々あってね…。話すと長くなるんだけど…、」
エレンは少しだけ照れたように頬を掻いた。
エレンって、照れたりもするんだな。二人の間に何があったか知らないが、この表情を見ると、何だかんだでいい夫婦関係を築いたようだ。
エレンがルヴィアとの馴れ初めを語り終えると、不意にエレンはぽつり、と呟いた。
「僕ね…。正直…、ルーファスが覚醒するとは思わなかった。君は僕達よりも遥かに条件が厳しかったから…。」
「それは一体、どういう…?」
「目が覚めれば分かるよ。」
エレンはそう言って、答えは教えてくれなかった。
「でも、君は…、そんな状況でも、無事に闇の勇者として覚醒することができた。」
「…それは、俺の実力じゃない。リスティーナが…、」
「そうだね。でも、それは君が努力したからこそ、だ。自信を持っていい。僕は君のような弟子を持って、誇りに思うよ。」
「エレン…。俺も…、エレンが師匠で良かったと思う。」
ルーファスの言葉にエレンはニコッと笑い、スッと手を差し出した。
ルーファスが手を握り締める。
「さようなら。ルーファス。」
エレンがそう告げた途端、フッとエレンの姿が掻き消えた。
エレンの気配が消え、その場にはルーファス一人だけが取り残された。
無事に冥界に戻ったのだろう。
ピシッと何かが割れるような音がして、空に亀裂が走る。
パリン!と音がしたと思ったら、辺りはまた闇に包まれ、ルーファスの身体が浮遊した。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
巨乳令嬢は男装して騎士団に入隊するけど、何故か騎士団長に目をつけられた
狭山雪菜
恋愛
ラクマ王国は昔から貴族以上の18歳から20歳までの子息に騎士団に短期入団する事を義務付けている
いつしか時の流れが次第に短期入団を終わらせれば、成人とみなされる事に変わっていった
そんなことで、我がサハラ男爵家も例外ではなく長男のマルキ・サハラも騎士団に入団する日が近づきみんな浮き立っていた
しかし、入団前日になり置き手紙ひとつ残し姿を消した長男に男爵家当主は苦悩の末、苦肉の策を家族に伝え他言無用で使用人にも箝口令を敷いた
当日入団したのは、男装した年子の妹、ハルキ・サハラだった
この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
辺境伯と幼妻の秘め事
睡眠不足
恋愛
父に虐げられていた23歳下のジュリアを守るため、形だけ娶った辺境伯のニコラス。それから5年近くが経過し、ジュリアは美しい女性に成長した。そんなある日、ニコラスはジュリアから本当の妻にしてほしいと迫られる。
途中まで書いていた話のストックが無くなったので、本来書きたかったヒロインが成長した後の話であるこちらを上げさせてもらいます。
*元の話を読まなくても全く問題ありません。
*15歳で成人となる世界です。
*異世界な上にヒーローは人外の血を引いています。
*なかなか本番にいきません
襲われていた美男子を助けたら溺愛されました
茜菫
恋愛
伯爵令嬢でありながら公爵家に仕える女騎士イライザの元に縁談が舞い込んだ。
相手は五十歳を越え、すでに二度の結婚歴があるラーゼル侯爵。
イライザの実家であるラチェット伯爵家はラーゼル侯爵に多額の借金があり、縁談を突っぱねることができなかった。
なんとか破談にしようと苦慮したイライザは結婚において重要視される純潔を捨てようと考えた。
相手をどうしようかと悩んでいたイライザは町中で言い争う男女に出くわす。
イライザが女性につきまとわれて危機に陥っていた男ミケルを助けると、どうやら彼に気に入られたようで……
「僕……リズのこと、好きになっちゃったんだ」
「……は?」
ムーンライトノベルズにも投稿しています。
義兄に甘えまくっていたらいつの間にか執着されまくっていた話
よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。大好きな推しであるユリウスと自分が結ばれることはない。ならば義妹として目一杯甘えまくって楽しもうと考えたのだが、気づけばユリウスにめちゃくちゃ執着されていた話。
「義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話」のifストーリーですが繋がりはなにもありません。
虐げられた出戻り姫は、こじらせ騎士の執愛に甘く捕らわれる
無憂
恋愛
旧題:水面に映る月影は――出戻り姫と銀の騎士
和平のために、隣国の大公に嫁いでいた末姫が、未亡人になって帰国した。わずか十二歳の妹を四十も年上の大公に嫁がせ、国のために犠牲を強いたことに自責の念を抱く王太子は、今度こそ幸福な結婚をと、信頼する側近の騎士に降嫁させようと考える。だが、騎士にはすでに生涯を誓った相手がいた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる