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第四章 覚醒編
虐殺勇者、クリームヒルト
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フワッと浮遊感がした直後、地面に足が着いたと同時に辺りの風景が一変していた。
ルーファスはいつの間にか古代神殿のような場所にいた。
部屋の奥には、彫刻が施された大きな祭壇があり、その祭壇の上に大きなクリスタルが置かれていた。
ただのクリスタルではない。
青や紫、ピンク、黄色といった様々な色が混じり合い、神秘的な輝きを放っている。
透明感があって、美しい…。あれは…、まさか、聖石?
王宮の宝物庫にある聖石とよく似ている。
クリスタルの美しさに目を奪われていて、気付かなかったがよく見れば、クリスタルの周りには黄金の鎖が巻き付けてある。
聖石に黄金の鎖…。まさか、これは…!
「ここは…、レティアと私達勇者が魔王を封印した場所よ。」
その時、コツコツと足音を鳴らして、神殿の柱の陰から、リーが現れた。
「リー。いや…、クリームヒルト。」
ルーファスの言葉にリーはピーコックグリーンの瞳を細めて、ルーファスに笑いかけた。
「リーでいいわよ。……おめでとう。ルーファス。無事に覚醒できたのね。」
リーはルーファスに歩み寄ると、
「リスティーナが古の契約であなたを助けてくれたそうね。」
「ああ。ミハイルから聞いたのか?」
「ええ。あ、そうそう。ルーファス。これ、あなたにあげるわ。」
差し出されたのは一枚のトランプだった。スペードの六…。特に何の変哲もないただのトランプだ。
「記念に取っておきなさい。」
「このトランプは…?」
「トランプには、数字や柄でそれぞれ意味があるの。スペードの六は…、勝利。ミハイルは私達にトランプを使って、あなたが覚醒したことを教えてくれたの。」
そんなやり取りがあったのか…。ルーファスはリーから渡されたトランプを受け取った。
そして、祭壇に置かれた聖石に視線を戻す。
ここは魔王を封印した場所だったのか。
「確か…、リーは魔王の復活を阻止したんだったな。」
「ええ。魔王が完全に復活する前にレティアの力で魔王を封印することに成功したの。」
「魔王を封印するのも巫女の力なのか?」
「そうよ。封印は巫女にしかできない。私達、勇者は戦う事はできるけど、封印はできないの。」
「だから、いつも魔王と戦う時は巫女がいたのか…。」
巫女は古代ルーミティナ国が滅亡してから、権力者や巫女狩りの手から逃れるため、自身の正体を隠して、表舞台には上がらずにひっそりと暮らしてきた。
しかし、魔王が復活した時や魔王の封印が弱まったりした時にはいつも巫女が現れた。
女神の啓示を受け、巫女は自らの危険を冒して、表舞台に現れ、勇者と協力し合って、魔王の封印に尽力した。
「ルーファス。私、あなたに謝らないといけないことがあるのよ。あなたが呪われた王子だとか、化け物王子だなんて呼ばれたのは…、私のせいなの。ごめんね?」
リーはそう言って、手を合わせてルーファスに謝った。
「何でリーが謝るんだ?リーは別に関係ないだろう。」
「んー。それがそうでもないのよね。ミハイルから、聞いた時、ルーファスは疑問に思わなかった?何で闇の勇者の覚醒条件が文献や資料に残されてないんだろうって。」
「それは…、」
確かに疑問だった。でも、それは、闇の勇者が他の勇者と比べて、圧倒的に少ないせいであまり資料や文献が残っていないからなのでは…?
ルーファスがそう口にすると、
「確かにそれもあるわ。でも、ちゃんと闇の勇者の覚醒条件が記された文献はあったのよ。少なくとも、私の時代にはあったわ。エレンとシグルド、そして、私の証言から基づいて作成された闇の勇者の条件が書かれた資料が教会には保管されていたの。でも、闇の勇者の資料や文献は少ないから、他には出回ってなかったのよ。要するに、闇魔法の貴重な本や書物は教会にしかなかったの。それを私がね…、全部灰にしちゃったのよ。」
「…!まさか…、エリスが攫われたというあの時か?」
「さすが、ルーファス。よく分かったわね。そうそう。あの時に私が破壊した教会の建物がよりにもよって、その闇の勇者の本と書物を保管している場所だったのよ。あの時はそんな事まで頭が回らなくて、ただ怒りのままに暴れ回ってしまって…。後で教会のお偉いさんには滅茶苦茶激怒されたわ。ショックのあまり、泣いていた人もいたわね。」
「…そうだろうな。」
成程な…。だから、俺は呪われた王子だという不名誉な名をつけられたのか。
もし、闇の勇者の覚醒条件が書かれた本や書物が残っていれば、自分が呪われた化け物王子などと呼ばれることはなかったかもしれない。
もっと、早くに自分が闇の勇者として選ばれたのだと知ることができたかもしれない。
そして、今は覚醒前の状態なのだという答えを導き出すことができたかもしれない。
が、肝心の文献や本が残っていないのでは、知ることもできやしない。
リーのやったことに思う所はあるが、理解できる面もある為、責めるに責められない。
例えば、攫われたのがエリスではなく、リスティーナだったら、自分も同じことをしていただろう。
「もう終わったことだ。それに、元はといえば、エリスを陥れようとした連中が諸悪の根源だろう。別にリーだけが悪いとは思わない。」
「ありがとう!ルーファス!あなたなら、そう言ってくれると思ってたわ。さすが、私の愛弟子ね!」
リーはケロッとした顔でニコニコとルーファスに微笑んだ。
この人…、本当は最初から全然反省してないんじゃ…、
そう思いつつも、もう過ぎたことだし、今更、言ってもしょうがないと思い直し、何も言わないことにした。それに…、あの呼び名のお蔭でリスティーナと出会えて、結婚できたのだ。
呪われた化け物王子という異名も悪い事ばかりではなかった。今では、そう思える。
「せめてものお詫びに…、あなたが知りたいことを教えてあげる。」
「じゃあ…、巫女のレティアについて教えてくれ。」
「いいわよ。何から話せばいいかしら…。レティアはそもそも…、」
ルーファスはリーからレティアについて話を聞いた。
魔王を封印した後、レティアがどんな人生を送ったのか。
リーがレティアから聞いたという巫女の一族の歴史、神聖力、巫女の縁の国や土地…。
レティアについて、話を聞き終えたルーファスは隣にいるクリームヒルトの横顔を窺った。
ルーファスはもう一つだけ、リーに確かめたいことがあった。
ミハイルからリーの正体があのクリームヒルトだと知った時、驚いたと同時に疑問を抱いた。
先代の勇者、クリームヒルト。基本的に大精霊の加護持ちは男が大半だ。光の加護持ちは女が選ばれることが多いが、それ以外の属性では男が選ばれることが多い。
特に女の勇者は歴代勇者の中でも珍しいとされる。クリームヒルトはその珍しい女勇者の一人だ。
その上、闇の勇者で女が選ばれたのは初めてだったため、クリームヒルトは当時、世間の注目を浴びた。
ただ、女勇者となったクリームヒルトは決して、勇者として人々から好かれていた訳ではない。
むしろ、どちらかというと、恐れられていた。
クリームヒルトは美しいが残酷で血と殺戮を好むような女だと歴史書でも語られている。
勇者というよりも、悪魔のような女。魔女、妖婦、淫婦…。
クリームヒルトを指す言葉はそんなものばかりだ。
クリームヒルトがそういわれているのは、勿論理由がある。
魔王を封印して、世界が平和になったと思った矢先、クリームヒルトが村や教会を襲い、住民を虐殺するという事件を起こしたのだ。
皇帝や教会がクリームヒルトを呼び出し、その件について、追及すると、クリームヒルトは悪びれもせずに目障りな虫けらを駆除しただけだと言い放ったという。
クリームヒルトの悪女としての評判が広まったのはこれが始まりだ。
以来、クリームヒルトは虐殺勇者と呼ばれるようになる。
だけど…、どうしてもルーファスはクリームヒルトがそんな悪女には思えない。
確かに…、リーは従姉妹であるエリスに対する溺愛が凄まじいし、エリスの為なら国一つどころか、世界を滅ぼしたって構わないと思っている節がある。
訓練の中でも笑顔で無理難題を突き付けてくるし、かなりのスパルタ指導で鬼のような女だとも思ったことは一度や二度じゃない。
だけど、リーは筋は通す人間だ。男女平等主義者で性別は問わず、実力を重視する。
相手が女だろうと敵には容赦はするなとルーファスに言っていたが、弱者を甚振るような趣味はない。
実際、リーの気迫に戦意喪失した魔物は相手にしなかった。
そんなリーが…、村人を大量虐殺するとは思えない。何か、深い理由があったのではないか。
そんな気がしてならないのだ。
「ルーファス。他にも何か聞きたいことがあるんじゃないの?」
ルーファスは図星を突かれ、ドキリ、とした。何故、分かった?
「可愛い愛弟子の考えていること位、分かるわよ。」
リーはうふふ、と悪戯っぽい笑みを浮かべた。
ルーファスは迷った末に訊ねた。
「リーは…、どうして、村や教会を襲ったりしたんだ?」
ルーファスの言葉にリーはスッと笑みを消した。
感情が読み取れない目でルーファスをジッと見つめる。
「俺はリーが村人や聖職者を虐殺するような人には思えない。もし、それが事実だったとしても…、何か理由があったのだと思う。一体、何があったんだ?」
「随分と私を高く評価してくれるのね。でも、本当は私、勇者って柄のタイプじゃないのよ。あなたも知ってるでしょ?私はエリス以外の人間には興味ないの。博愛主義でもないし、正義感に溢れた聖人君子でもない。自己中心的で独善的な思考を持った我儘な女なのよ。」
「それでも…、リーは理由もなく、他人を傷つける真似はしない。それだけは分かる。リーが容赦なく他人を攻撃する時は…、エリスか大切な誰かを守ろうとする時だろう。…もしかして、エリスに何かあったんじゃないのか?」
ルーファスの言葉にリーは無表情のまま数秒、黙ったままだった。
やがて、フウ―、と長い溜息を吐くと、
「違うわ。この件はエリスは関係ない。でも、私は…、あの選択を後悔していないわ。」
違う…?
てっきり、エリスが関係しているのだと思っていた。エリスを助けるために教会を半壊したという位だし…。
「ルーファス。私はね…、あの日、レティアに誓ったのよ。レティアの望みは家族と幸せに暮らすことだった。だから、決めたの。レティアが家族と幸せに暮らせるように、私にできる事をしようって…。
その為なら、例え、他人から、悪女だと罵倒されようが魔女だと非難されようが構わなかった。」
「リー?」
「私が滅ぼした村と教会は…、全て巫女狩りの根城だったのよ。村と教会はただのカモフラージュ。あいつらは、善良な聖職者や村人に扮して、村と教会を根城にしていたの。」
「巫女狩りの…!?じゃあ、まさか、リーは…、」
「そうよ。私は…、巫女狩りを殲滅しようと思ってたの。残念ながら…、巫女狩りを完全に殲滅することはできなかったけどね…。」
リーは腰の鞭に手を当て、悔しそうに呟いた。
「あいつらはね…、巫女であるレティアを生きたまま捕えて、地下室に監禁して、巫女の力を利用しようと考えていたの。男達に代わる代わる相手をさせて、性奴隷以下の扱いをしようと企んでいたのよ。
それを魔道具越しに聞かされた時の私の気持ちが…、分かる?あの時、私、思ったのよ。こいつらは人間じゃない。人の皮を被ったケダモノだって…。そんな下種な奴ら、生きてる価値ないでしょ。」
昔の記憶を思い出したのだろう。
まるで怒りの炎で燃えているかのようにピーコックグリーンの瞳がギラッと光った。
リーからは巫女狩りへの強い怒りと憎しみを感じた。
「そうか。だから…、」
リーが目障りな虫けらを駆除したと言ったのはそういう事だったんだな。
やはり、歴史の本を読んでも、当時の時代を生きていない俺には知らないことが多すぎる。
歴史の裏側ではこんな真相が隠されていたなんて…。
「どうして、リーは巫女狩りの存在を公表しなかったんだ?」
巫女狩りの存在を公にしていれば、リーが悪女と呼ばれることもなかっただろうに…。
「公表したら、巫女が生きているってバレるでしょう。わざわざレティアの死を偽装して、あいつらの目を誤魔化したっていうのに、ここで私が巫女狩りを殺したなんて知られたら、聡い連中は気付いてしまう。巫女を守る為に、巫女狩りを殺したんだってね。だから、私はあえて、悪女の評判を被ったの。」
そういう、事だったのか…。
リーは覚悟の上で全てを背負ったんだな。
そこまでしてまで、リーはレティアを守ろうとしたのか。
「でも、私はレティアとの誓いを守れなかった…。あの子に受けた恩を返そうと思って、レティアを苦しめる巫女狩りを一人残らず、断絶しようと思ったのに…。巫女狩りを全て根絶やしにすることはできなかった…。」
リーはギリッと悔し気に唇を噛み締めた。
「俺はレティアを知らないから、これは憶測でしかないが…。誓いを守れなかったからといって、レティアは別にリーを責めないと思うぞ。きっと、レティアはリーに感謝してたんじゃないのか?」
ルーファスの言葉にリーは少しだけ驚いた様に目を見開き、そして、フッと優しく笑った。
「…さすが、巫女の夫は言うことが違うわね。その通りよ。レティアは…、私を責めたりはしなかったわ。あの子は最後、私にこう言ってくれたの。『ありがとう』って…。『私のお蔭で自分は最後まで幸せだった』って…。」
そう話すリーはとても嬉しそうだった。
「ルーファス。お願いがあるの。」
そう言って、リーはルーファスを見つめる。
「私は…、巫女狩りを殲滅することができなかった。だから、ルーファス。私ができなかったことを…、あなたが成し遂げて。」
「ッ!」
リーの願いは巫女狩りの殲滅。
その願いを俺に託すというのか。
「よく聞きなさい。ルーファス。時代が変わっても…、巫女狩りの思想は変わってないわ。それどころか…、どんどんそのやり方は過激になっている。あいつらは…、絶対に根絶やしにしないといけないの。」
リーの瞳には激しい嫌悪と侮蔑の色が宿っていた。
その目で巫女狩りの実態を見てきたのだろう。
巫女狩りの残虐行為を資料を通して目にしただけでも、そのおぞましさにルーファスは吐き気がした程だ。実態を目にしたリーはどんな気持ちだったのだろうか。
「奴らは、巫女を人間として見てない。道具か家畜のようにしか思ってないの。自分達の目的の為なら、どれだけおぞましくて、残忍な行為も平気で行う。そんな腐ったような連中なのよ。だから、ルーファス。あいつらを生かしては駄目よ。…絶対に。」
リーの強い眼差しがルーファスを射抜いた。
ルーファスは頷くと、
「…ああ。巫女狩りは…、俺がこの手で始末する。」
二度とリスティーナに手出しできないように…。リスティーナを傷つけさせない為に…。
巫女狩りを…、リスティーナの手に渡してたまるか。
巫女狩りの手によって殺されたあの哀れな犠牲者達…。
リスティーナをあんな目に遭わせる訳にはいかない。そんな事は…、絶対に許さない…!
ルーファスの言葉にリーは満足そうに微笑んだ。
「ありがとう…。あなたになら、安心してリスティーナを任せられるわ。」
そして、ルーファスの頭に手を伸ばすと、ポンポンと軽く叩いた。
「頼んだわよ。…ルーファス。」
そう言って、リーの姿は消えてしまった。
本当はレティアの話も書きたかったんですが、文字数が多すぎて、おさまりきらなかったので省きました。また、どこかの回想シーンで書ければいいなあと思います。(書くかどうかは未定です。)
ルーファスはいつの間にか古代神殿のような場所にいた。
部屋の奥には、彫刻が施された大きな祭壇があり、その祭壇の上に大きなクリスタルが置かれていた。
ただのクリスタルではない。
青や紫、ピンク、黄色といった様々な色が混じり合い、神秘的な輝きを放っている。
透明感があって、美しい…。あれは…、まさか、聖石?
王宮の宝物庫にある聖石とよく似ている。
クリスタルの美しさに目を奪われていて、気付かなかったがよく見れば、クリスタルの周りには黄金の鎖が巻き付けてある。
聖石に黄金の鎖…。まさか、これは…!
「ここは…、レティアと私達勇者が魔王を封印した場所よ。」
その時、コツコツと足音を鳴らして、神殿の柱の陰から、リーが現れた。
「リー。いや…、クリームヒルト。」
ルーファスの言葉にリーはピーコックグリーンの瞳を細めて、ルーファスに笑いかけた。
「リーでいいわよ。……おめでとう。ルーファス。無事に覚醒できたのね。」
リーはルーファスに歩み寄ると、
「リスティーナが古の契約であなたを助けてくれたそうね。」
「ああ。ミハイルから聞いたのか?」
「ええ。あ、そうそう。ルーファス。これ、あなたにあげるわ。」
差し出されたのは一枚のトランプだった。スペードの六…。特に何の変哲もないただのトランプだ。
「記念に取っておきなさい。」
「このトランプは…?」
「トランプには、数字や柄でそれぞれ意味があるの。スペードの六は…、勝利。ミハイルは私達にトランプを使って、あなたが覚醒したことを教えてくれたの。」
そんなやり取りがあったのか…。ルーファスはリーから渡されたトランプを受け取った。
そして、祭壇に置かれた聖石に視線を戻す。
ここは魔王を封印した場所だったのか。
「確か…、リーは魔王の復活を阻止したんだったな。」
「ええ。魔王が完全に復活する前にレティアの力で魔王を封印することに成功したの。」
「魔王を封印するのも巫女の力なのか?」
「そうよ。封印は巫女にしかできない。私達、勇者は戦う事はできるけど、封印はできないの。」
「だから、いつも魔王と戦う時は巫女がいたのか…。」
巫女は古代ルーミティナ国が滅亡してから、権力者や巫女狩りの手から逃れるため、自身の正体を隠して、表舞台には上がらずにひっそりと暮らしてきた。
しかし、魔王が復活した時や魔王の封印が弱まったりした時にはいつも巫女が現れた。
女神の啓示を受け、巫女は自らの危険を冒して、表舞台に現れ、勇者と協力し合って、魔王の封印に尽力した。
「ルーファス。私、あなたに謝らないといけないことがあるのよ。あなたが呪われた王子だとか、化け物王子だなんて呼ばれたのは…、私のせいなの。ごめんね?」
リーはそう言って、手を合わせてルーファスに謝った。
「何でリーが謝るんだ?リーは別に関係ないだろう。」
「んー。それがそうでもないのよね。ミハイルから、聞いた時、ルーファスは疑問に思わなかった?何で闇の勇者の覚醒条件が文献や資料に残されてないんだろうって。」
「それは…、」
確かに疑問だった。でも、それは、闇の勇者が他の勇者と比べて、圧倒的に少ないせいであまり資料や文献が残っていないからなのでは…?
ルーファスがそう口にすると、
「確かにそれもあるわ。でも、ちゃんと闇の勇者の覚醒条件が記された文献はあったのよ。少なくとも、私の時代にはあったわ。エレンとシグルド、そして、私の証言から基づいて作成された闇の勇者の条件が書かれた資料が教会には保管されていたの。でも、闇の勇者の資料や文献は少ないから、他には出回ってなかったのよ。要するに、闇魔法の貴重な本や書物は教会にしかなかったの。それを私がね…、全部灰にしちゃったのよ。」
「…!まさか…、エリスが攫われたというあの時か?」
「さすが、ルーファス。よく分かったわね。そうそう。あの時に私が破壊した教会の建物がよりにもよって、その闇の勇者の本と書物を保管している場所だったのよ。あの時はそんな事まで頭が回らなくて、ただ怒りのままに暴れ回ってしまって…。後で教会のお偉いさんには滅茶苦茶激怒されたわ。ショックのあまり、泣いていた人もいたわね。」
「…そうだろうな。」
成程な…。だから、俺は呪われた王子だという不名誉な名をつけられたのか。
もし、闇の勇者の覚醒条件が書かれた本や書物が残っていれば、自分が呪われた化け物王子などと呼ばれることはなかったかもしれない。
もっと、早くに自分が闇の勇者として選ばれたのだと知ることができたかもしれない。
そして、今は覚醒前の状態なのだという答えを導き出すことができたかもしれない。
が、肝心の文献や本が残っていないのでは、知ることもできやしない。
リーのやったことに思う所はあるが、理解できる面もある為、責めるに責められない。
例えば、攫われたのがエリスではなく、リスティーナだったら、自分も同じことをしていただろう。
「もう終わったことだ。それに、元はといえば、エリスを陥れようとした連中が諸悪の根源だろう。別にリーだけが悪いとは思わない。」
「ありがとう!ルーファス!あなたなら、そう言ってくれると思ってたわ。さすが、私の愛弟子ね!」
リーはケロッとした顔でニコニコとルーファスに微笑んだ。
この人…、本当は最初から全然反省してないんじゃ…、
そう思いつつも、もう過ぎたことだし、今更、言ってもしょうがないと思い直し、何も言わないことにした。それに…、あの呼び名のお蔭でリスティーナと出会えて、結婚できたのだ。
呪われた化け物王子という異名も悪い事ばかりではなかった。今では、そう思える。
「せめてものお詫びに…、あなたが知りたいことを教えてあげる。」
「じゃあ…、巫女のレティアについて教えてくれ。」
「いいわよ。何から話せばいいかしら…。レティアはそもそも…、」
ルーファスはリーからレティアについて話を聞いた。
魔王を封印した後、レティアがどんな人生を送ったのか。
リーがレティアから聞いたという巫女の一族の歴史、神聖力、巫女の縁の国や土地…。
レティアについて、話を聞き終えたルーファスは隣にいるクリームヒルトの横顔を窺った。
ルーファスはもう一つだけ、リーに確かめたいことがあった。
ミハイルからリーの正体があのクリームヒルトだと知った時、驚いたと同時に疑問を抱いた。
先代の勇者、クリームヒルト。基本的に大精霊の加護持ちは男が大半だ。光の加護持ちは女が選ばれることが多いが、それ以外の属性では男が選ばれることが多い。
特に女の勇者は歴代勇者の中でも珍しいとされる。クリームヒルトはその珍しい女勇者の一人だ。
その上、闇の勇者で女が選ばれたのは初めてだったため、クリームヒルトは当時、世間の注目を浴びた。
ただ、女勇者となったクリームヒルトは決して、勇者として人々から好かれていた訳ではない。
むしろ、どちらかというと、恐れられていた。
クリームヒルトは美しいが残酷で血と殺戮を好むような女だと歴史書でも語られている。
勇者というよりも、悪魔のような女。魔女、妖婦、淫婦…。
クリームヒルトを指す言葉はそんなものばかりだ。
クリームヒルトがそういわれているのは、勿論理由がある。
魔王を封印して、世界が平和になったと思った矢先、クリームヒルトが村や教会を襲い、住民を虐殺するという事件を起こしたのだ。
皇帝や教会がクリームヒルトを呼び出し、その件について、追及すると、クリームヒルトは悪びれもせずに目障りな虫けらを駆除しただけだと言い放ったという。
クリームヒルトの悪女としての評判が広まったのはこれが始まりだ。
以来、クリームヒルトは虐殺勇者と呼ばれるようになる。
だけど…、どうしてもルーファスはクリームヒルトがそんな悪女には思えない。
確かに…、リーは従姉妹であるエリスに対する溺愛が凄まじいし、エリスの為なら国一つどころか、世界を滅ぼしたって構わないと思っている節がある。
訓練の中でも笑顔で無理難題を突き付けてくるし、かなりのスパルタ指導で鬼のような女だとも思ったことは一度や二度じゃない。
だけど、リーは筋は通す人間だ。男女平等主義者で性別は問わず、実力を重視する。
相手が女だろうと敵には容赦はするなとルーファスに言っていたが、弱者を甚振るような趣味はない。
実際、リーの気迫に戦意喪失した魔物は相手にしなかった。
そんなリーが…、村人を大量虐殺するとは思えない。何か、深い理由があったのではないか。
そんな気がしてならないのだ。
「ルーファス。他にも何か聞きたいことがあるんじゃないの?」
ルーファスは図星を突かれ、ドキリ、とした。何故、分かった?
「可愛い愛弟子の考えていること位、分かるわよ。」
リーはうふふ、と悪戯っぽい笑みを浮かべた。
ルーファスは迷った末に訊ねた。
「リーは…、どうして、村や教会を襲ったりしたんだ?」
ルーファスの言葉にリーはスッと笑みを消した。
感情が読み取れない目でルーファスをジッと見つめる。
「俺はリーが村人や聖職者を虐殺するような人には思えない。もし、それが事実だったとしても…、何か理由があったのだと思う。一体、何があったんだ?」
「随分と私を高く評価してくれるのね。でも、本当は私、勇者って柄のタイプじゃないのよ。あなたも知ってるでしょ?私はエリス以外の人間には興味ないの。博愛主義でもないし、正義感に溢れた聖人君子でもない。自己中心的で独善的な思考を持った我儘な女なのよ。」
「それでも…、リーは理由もなく、他人を傷つける真似はしない。それだけは分かる。リーが容赦なく他人を攻撃する時は…、エリスか大切な誰かを守ろうとする時だろう。…もしかして、エリスに何かあったんじゃないのか?」
ルーファスの言葉にリーは無表情のまま数秒、黙ったままだった。
やがて、フウ―、と長い溜息を吐くと、
「違うわ。この件はエリスは関係ない。でも、私は…、あの選択を後悔していないわ。」
違う…?
てっきり、エリスが関係しているのだと思っていた。エリスを助けるために教会を半壊したという位だし…。
「ルーファス。私はね…、あの日、レティアに誓ったのよ。レティアの望みは家族と幸せに暮らすことだった。だから、決めたの。レティアが家族と幸せに暮らせるように、私にできる事をしようって…。
その為なら、例え、他人から、悪女だと罵倒されようが魔女だと非難されようが構わなかった。」
「リー?」
「私が滅ぼした村と教会は…、全て巫女狩りの根城だったのよ。村と教会はただのカモフラージュ。あいつらは、善良な聖職者や村人に扮して、村と教会を根城にしていたの。」
「巫女狩りの…!?じゃあ、まさか、リーは…、」
「そうよ。私は…、巫女狩りを殲滅しようと思ってたの。残念ながら…、巫女狩りを完全に殲滅することはできなかったけどね…。」
リーは腰の鞭に手を当て、悔しそうに呟いた。
「あいつらはね…、巫女であるレティアを生きたまま捕えて、地下室に監禁して、巫女の力を利用しようと考えていたの。男達に代わる代わる相手をさせて、性奴隷以下の扱いをしようと企んでいたのよ。
それを魔道具越しに聞かされた時の私の気持ちが…、分かる?あの時、私、思ったのよ。こいつらは人間じゃない。人の皮を被ったケダモノだって…。そんな下種な奴ら、生きてる価値ないでしょ。」
昔の記憶を思い出したのだろう。
まるで怒りの炎で燃えているかのようにピーコックグリーンの瞳がギラッと光った。
リーからは巫女狩りへの強い怒りと憎しみを感じた。
「そうか。だから…、」
リーが目障りな虫けらを駆除したと言ったのはそういう事だったんだな。
やはり、歴史の本を読んでも、当時の時代を生きていない俺には知らないことが多すぎる。
歴史の裏側ではこんな真相が隠されていたなんて…。
「どうして、リーは巫女狩りの存在を公表しなかったんだ?」
巫女狩りの存在を公にしていれば、リーが悪女と呼ばれることもなかっただろうに…。
「公表したら、巫女が生きているってバレるでしょう。わざわざレティアの死を偽装して、あいつらの目を誤魔化したっていうのに、ここで私が巫女狩りを殺したなんて知られたら、聡い連中は気付いてしまう。巫女を守る為に、巫女狩りを殺したんだってね。だから、私はあえて、悪女の評判を被ったの。」
そういう、事だったのか…。
リーは覚悟の上で全てを背負ったんだな。
そこまでしてまで、リーはレティアを守ろうとしたのか。
「でも、私はレティアとの誓いを守れなかった…。あの子に受けた恩を返そうと思って、レティアを苦しめる巫女狩りを一人残らず、断絶しようと思ったのに…。巫女狩りを全て根絶やしにすることはできなかった…。」
リーはギリッと悔し気に唇を噛み締めた。
「俺はレティアを知らないから、これは憶測でしかないが…。誓いを守れなかったからといって、レティアは別にリーを責めないと思うぞ。きっと、レティアはリーに感謝してたんじゃないのか?」
ルーファスの言葉にリーは少しだけ驚いた様に目を見開き、そして、フッと優しく笑った。
「…さすが、巫女の夫は言うことが違うわね。その通りよ。レティアは…、私を責めたりはしなかったわ。あの子は最後、私にこう言ってくれたの。『ありがとう』って…。『私のお蔭で自分は最後まで幸せだった』って…。」
そう話すリーはとても嬉しそうだった。
「ルーファス。お願いがあるの。」
そう言って、リーはルーファスを見つめる。
「私は…、巫女狩りを殲滅することができなかった。だから、ルーファス。私ができなかったことを…、あなたが成し遂げて。」
「ッ!」
リーの願いは巫女狩りの殲滅。
その願いを俺に託すというのか。
「よく聞きなさい。ルーファス。時代が変わっても…、巫女狩りの思想は変わってないわ。それどころか…、どんどんそのやり方は過激になっている。あいつらは…、絶対に根絶やしにしないといけないの。」
リーの瞳には激しい嫌悪と侮蔑の色が宿っていた。
その目で巫女狩りの実態を見てきたのだろう。
巫女狩りの残虐行為を資料を通して目にしただけでも、そのおぞましさにルーファスは吐き気がした程だ。実態を目にしたリーはどんな気持ちだったのだろうか。
「奴らは、巫女を人間として見てない。道具か家畜のようにしか思ってないの。自分達の目的の為なら、どれだけおぞましくて、残忍な行為も平気で行う。そんな腐ったような連中なのよ。だから、ルーファス。あいつらを生かしては駄目よ。…絶対に。」
リーの強い眼差しがルーファスを射抜いた。
ルーファスは頷くと、
「…ああ。巫女狩りは…、俺がこの手で始末する。」
二度とリスティーナに手出しできないように…。リスティーナを傷つけさせない為に…。
巫女狩りを…、リスティーナの手に渡してたまるか。
巫女狩りの手によって殺されたあの哀れな犠牲者達…。
リスティーナをあんな目に遭わせる訳にはいかない。そんな事は…、絶対に許さない…!
ルーファスの言葉にリーは満足そうに微笑んだ。
「ありがとう…。あなたになら、安心してリスティーナを任せられるわ。」
そして、ルーファスの頭に手を伸ばすと、ポンポンと軽く叩いた。
「頼んだわよ。…ルーファス。」
そう言って、リーの姿は消えてしまった。
本当はレティアの話も書きたかったんですが、文字数が多すぎて、おさまりきらなかったので省きました。また、どこかの回想シーンで書ければいいなあと思います。(書くかどうかは未定です。)
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この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。
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