冷遇され、虐げられた王女は化け物と呼ばれた王子に恋をする

林檎

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第五章 再会編

ルーファスの変化

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屋敷にいたスザンヌはいつも通り仕事をこなしていた。
今頃、リスティーナ様は殿下と湖にいる頃だろう。そろそろ帰ってくるだろうから、出迎えの準備をしないと…。
すると、突然、庭から何かが落下した様な大きな音が聞こえた。

「な、何!?」

見れば、庭から土埃が立っている。い、一体、何があったの?
スザンヌは慌てて庭に駆けだした。

「な、何ですか!?今の音は!?」

「まさか、また刺客が…?」

異変に気付いたのはスザンヌだけではなかった。ルカとロイドもほぼ同時に庭に駆けつけてきた。
ロイドが剣を抜いて、警戒している。ルカも慌てて、杖を構えた。

「刺客…!」

スザンヌは肩が強張った。
自分も殺されるかもしれない恐怖に自然と足が竦んでしまう。
まだ敵は現れていない。土埃がなくなると、不自然な形でへこんだ地面が現れる。
その中央にいたのは…、黒髪を靡かせ、腰に双剣を携えた美女が立っていた。

「うっ…!気持ち悪っ…!これだから、転移魔法は嫌なんだ…。」

やや青白い表情を浮かべながら、美女は服や髪についた埃を払った。
スラリとした細身の身体を騎士服に身を包んでいる。スザンヌは一目見て、その騎士服がメイネシア国のものだと分かった。そして、目の前に立っている女騎士の姿に目を見開いた。
黒髪の女騎士は視線に気づいたのか顔を上げた。
すかさず警戒したロイドが腰の剣に手をかけた状態で問い詰める。

「貴様、何者だ?名を名乗れ。」

「アリア!アリアじゃないの!」

スザンヌは慌てて、黒髪の女騎士に駆け寄った。
侵入者はまさかのアリアだった。どうして、ここに…!アリアもスザンヌに気が付き、

「あ、スザンヌ!良かった!ここにいるってことは、ちゃんとリスティーナ様のいる所に来れたんだな!」

アリアは安心したように頬を緩ませた。
そんな二人を見て、ロイド達は怪訝な表情を浮かべながらも、敵ではないと理解したのかそれぞれ武器を仕舞った。

「スザンヌ。知り合いか?」

「あっ!ごめんなさい!皆さん、この子は私の元同僚でメイネシア国の騎士のアリアです。以前まで、私と同じくリスティーナ様にお仕えしていて…。アリア。この方達はルーファス殿下の使用人で…、」

そう言って、スザンヌは慌てて、二人にアリアを紹介する。
アリアの正体を知って、ロイドとルカは漸く警戒を解いた。
が、その途中でアリアはスザンヌの肩を掴んだ。

「スザンヌ!悪いけど、それは後にしてくれ!それより、リスティーナ様だ!ティナ様はどこにいる!?無事なんだよな!?」

「へ?え…?ティナ様なら、今日は殿下と近くの湖に行ってるわ。」

「は!?何で一緒じゃないんだよ!護衛は!?ちゃんとついているだろうな!?」

「その…、殿下が一緒だから、心配ないだろうって…、あの、それより、どういう意味?まさか、ティナ様に何か…、」

「自分もよく分からないんだよ!ただ、ティナ様に何かあったらしくて、エルザがもう向かってる!」

「ええ!?そ、そんな…!ティナ様!」

「スザンヌ!湖ってどこだ!?」

「えっと…、この屋敷から南に向かって…、」

「南だな!」

アリアは全速力で屋敷を飛び出した。その後をスザンヌも慌てて、追った。
が、アリアは現役の騎士。すぐに見えなくなってしまう。何せ、アリアはメイネシアの四騎士の一人だ。
国でも最強の騎士に与えられる称号持ちのアリアと同じように走れる筈がない。
スザンヌに続いて、ルカ達も急いで後を追った。
意外にもスザンヌ達はすぐにアリアに追いついた。
それというのも、屋敷を出てすぐに目の前で転移魔法を使って、ルーファスとエルザを抱えたリスティーナが現れたからだ。

「…えっ?アリア?」

「ティナ様!ご無事ですか!?」

リスティーナはアリアに気付き、目を見開いた。
そして、目の前のアリアが本物だと気づき、ぱあ、と顔を輝かせた。

「アリア!嘘!?本当にアリアなの?嬉しい…!また、会えるだなんて…!」

「ティナ様!お会いしたかったです!」

アリアは嬉しそうにリスティーナに駆け寄るが、リスティーナの姿にギョッと目を見開いた。

「てぃ、ティナ様!その血は…!?」

リスティーナはその時、自分が血だらけの状態だったことに気が付いた。

「きゃああああ!?ティナ様!?こ、こんなに血だらけになって…!何が、何があったのです!?」

スザンヌは悲鳴を上げて、今にも卒倒せんばかりに顔を青褪める。
リスティーナは慌てて、二人に誤解を解く。

「ち、違うの!これは、私の血じゃなくて、ただの返り血で…!」

「あ、何だ。ティナ様の血じゃないんですね。良かった。」

「か、返り血…?い、一体、何があったのですか?あ!エルザまで…!」

アリアはリスティーナの言葉にホッとする。
スザンヌはその時になって、漸くエルザの存在に気付いた。

「あの、訳は後で説明するから、今はとにかく、エルザを休ませたいの。スザンヌ。エルザを休ませるための部屋を用意してもらえる?」

「は、はい!すぐに準備いたします!」

「ティナ様。エルザはわたしが…、」

スザンヌは急いで部屋を用意する準備をするために屋敷に戻り、アリアはリスティーナの腕からエルザを受け取り、エルザを屋敷まで運んだ。




エルザは規則正しい寝息を立て、眠っている。ポーションのお蔭で傷も綺麗に消えている。
良かった。エルザが寝ている姿を確認し、リスティーナは胸を撫で下ろした。

「ええ!?ノエル殿下を殺した犯人に遭遇!?」

「シー。ルカ。声が大きい。エルザが起きちゃう。」

「あっ、す、すみません。」

リスティーナはエルザを介抱しながら、ルカ達に事情を話した。
リスティーナに注意され、ルカは小声で会話を続けた。

「僕、その話、ロジャー様から聞いたことありますよ。その犯人ってノエル殿下を食べたっていう頭のイカレたヤバい奴なんでしょう?そんなのと遭遇して、よく無事でしたね。」

「ルーファス様が助けてくれたお蔭よ。私だけだったら、殺されていたわ。それに…、ルーファス様が来るまでの間、エルザが戦ってくれたから…。」

そう言って、リスティーナはそっとエルザを労わる様に優しく触れた。
そして、窓際にいるルーファスにチラッと視線を向ける。
ルーファスはぼんやりとした表情で窓の外を眺めている。
その目は無機質で光や温度が感じられない。あまりにも異様な雰囲気に誰も声を掛けられなかった。
というのも、ルーファスは屋敷に着いた時からずっとこの状態なのだ。
返り血で汚れていたルーファスとリスティーナをルカが魔法で綺麗にしてくれたのだが、その間もルーファスは無言で何も言葉を発さないままだった。
そんな状態のルーファスから事情を聞ける訳がなく、代わりにリスティーナが何があったかを説明するしかなかった。リスティーナが事情を説明している間もルーファスは相変わらず、一言も口を開かなかった。
ルカはツツツー、とリスティーナに近付くと、

「あの…、殿下は一体どうしちゃったんですか?」

「それが…、私にもよく分からなくて…。」

リスティーナはルーファスにどんな言葉を掛けたらいいのか分からなかった。
今のルーファス様は…、まるで最初に出会った頃のルーファス様みたい。

「あっ、殿下?」

その時、ルーファスはゆっくりと歩き出すと、そのまま扉に向かった。こちらには一瞥も寄越さないまま、

「…部屋に戻る。」

それだけ呟くと、ルーファスはそのままバタン、と扉を閉めて、部屋から出て行った。
ルーファス様…。

「何だ。あれ…。感じ悪いな。ルーファス王子って、いつもああなのか?」

「い、いや…。確かに殿下は愛想がいい方ではないけど、普段はあそこまでひどくはないのよ。本当、どうしちゃったのかしら。」

初対面のアリアはルーファスの態度を見て、不快そうに眉を顰める。
スザンヌはいつもはあんなんじゃないのにと首を傾げる。とにかく、今はそっとしておきましょうと言うと、

「とにかく、ティナ様がご無事で良かったです。」

「それにしても、その犯人は何者だったんでしょうか?いきなり苦しみ出したと思ったら、自爆してしまっただなんて…。」

「分からないの…。でも、もしかしたら…、」

あの男の人はただ操られていただけかもしれない。
リスティーナはその言葉を口には出さずに飲み込んだ。
ひょっとすると、ルーファス様は何か知っているのかもしれない。
あの時、多分、ルーファス様は記憶干渉の魔法で相手の記憶を覗いて、情報を探っていたのだろう。
いつも冷静沈着で落ち着き払っているルーファス様があんなにも動揺していた。
きっと、何かを見たのだろう。もしかしたら、ノエル殿下が殺されたのはもっと深い闇があったのかもしれない。
一体、ルーファス様は何を見たのだろう。ルーファス様が心配だ。

「スザンヌ。アリア。エルザの事を少しだけお願いできる?」

「ええ。勿論です。」

「ティナ様もお疲れでしょう。ここは、私達に任せて、お休みください。」

「ありがとう。」

リスティーナはエルザの看病を二人に任せ、その場を後にした。
そして、その足でルーファスの部屋に向かった。
扉をノックするが、返事はない。無作法だと思いつつも、リスティーナは声を掛けて、部屋に入る。

「ルーファス様。」

リスティーナはルーファスの部屋に入ると、ルーファスの姿を捜した。
あ、いた。ルーファスは薄暗い部屋の中でソファーに座っていた。
無表情のままピクリとも動かないルーファスは人形のようだった。
リスティーナはルーファスの前に行き、屈んでルーファスの目を覗き込んだ。

「ルーファス様。」

そっと優しく手を握る。ピクッと手が震え、ルーファスの目に微かに光が宿った。
ぼんやりとした目がリスティーナを見つめる。

「…リスティーナ…。」

「やっと、こっちを見てくれましたね。」

リスティーナはルーファスを見て、嬉しそうに笑うと、

「ルーファス様…。もし、良ければ話してくれませんか?何か…、あったんですよね?一人で抱え込まないで私にも背負わせてください。あの時…、何を見たんですか?」

「……。」

ルーファスは俯いた。暫く無言だったが、

「…った。」

ルーファスはポツリ、ポツリと話しだしだ。

「あいつじゃなかった。あいつはただ…、操られていただけだった。」

あいつとはさっきの自爆した男の事だろう。

「操られて…?」

「俺はずっと…、勘違いをしていた。あいつさえ見つければそれでノエルの仇がとれるのだとばかり…。だが…、そもそも、根本から違った。あいつじゃない。あいつだけじゃないんだ。…黒幕がいた。他にも…、」

グシャリ、と髪を搔き乱すルーファス。

「黒幕…。つまり、裏で糸を引いていた人がいたという事ですか?一体、誰がそんな事を…?」

「黒いフードの女だ…。フードで顔は隠れていたが…、血のように赤い唇と口元の黒子が特徴的な女だった…。」

「黒いフードの…?」

「あの女が…、あいつに術をかけていたんだ。あいつは元々、凶悪な犯罪者で…、死刑が決まっていた男だった。あの女はあいつに取引を持ち掛けていた。」

「死刑囚の男…!?」

そんな恐ろしい人と一体、どんな取引をしたというのだろう。

「あの女は…、自分に協力すれば、牢から出してあげると甘い言葉を囁いた。取引に応じた男にその女は怪しい薬を飲ませた。その薬を飲んだら…、あの姿になったみたいだ…。」

「薬を…。」

やっぱり、元は人間だったんだ。その薬の正体は分からないけど、理性を失くして、人を襲うようになる作用でもあったのだろうか。あの化け物は、いいように利用されていたということ…?

「あいつは…、ノエルを殺した後、ずっと地下室に閉じ込められていた。だから、見つからなかったんだ…。そして、今度は…、俺の命を狙ってきた。あの女が俺を殺してこい、と命令していた。あの女に関する情報はそれしか分からなかった。」

「そ、その黒いフードの女の人がノエル殿下を殺すように仕向けたという事ですか?一体、何が目的でそんな酷い事を…、」

「分からない…。俺には敵が多すぎる。特定ができないから、今はあの女と似た特徴の女を探るしかないだろう。だが、とにかく…、ノエルの犯人を見つけ出す手がかりができた。」

顔を上げたルーファスは先程とは表情が一変していた。
さっきまで感情を失った人形のようだった目には…、憎悪の光が宿っていた。
その燃える炎のような眼差しにリスティーナは思わず目を奪われた。
ルーファスはギュッとリスティーナの手を握ると、

「リスティーナ。俺は…、ノエルの仇を討つ。必ず…!」

あの時も…、同じことを言っていた。ノエル殿下の話をしてくれた時、ルーファス様は言っていた。
次に会ったら、犯人を必ず仕留めると…。
あの時のルーファス様はどこか危うくて、放っておけなかった。
弟の仇をとるためなら、自分の命などくれてやるとでもいいたげで…。
ノエル殿下の仇をとる。その覚悟と決意はあの時と変わってはいない。

なのに…、どうしてだろう。あの時と今のルーファス様は全然違うように感じる。
そうだ。今のルーファス様には、あの時の危うさが感じられない。自暴自棄にもなっていない。
憎悪と復讐を抱きながらも、冷静さを失っていない。彼の目には理性がある。

「もしかしたら…、そのせいで君も命を狙われたり、危ない目に遭うかもしれない。だが、何があっても俺が…、」

「ルーファス様。」

リスティーナはルーファスの言葉を遮ると、彼の頬に手を伸ばした。
頬に触れて、目線を合わせるようにして、その目を覗き込んだ。

「私の事は気にしないでください。ルーファス様はルーファス様がやり遂げたいと思ったことをしてください。」

「い、いいのか?」

「はい。その代わり、絶対に死なないでくださいね。」

ルーファスはリスティーナの言葉を聞いて、グッと唇を噛み締めると、

「リスティーナ…。」

ルーファスはそっとリスティーナを抱き締めた。

「約束する…。俺は絶対に死なない。何があっても…、君だけは守ってみせる。ノエルを…、弟を守ることはできなかったが、君だけは絶対に…!」

ルーファスの言葉にリスティーナは胸が熱くなった。
優しくて、どこまでも誠実な人…。その気持ちだけでも十分嬉しい…。
リスティーナはルーファスの背に手を回し、抱き締め返した。
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