あまりさんののっぴきならない事情

菱沼あゆ

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箱から覗いてみました……

このカフェを素敵だと思う理由のひとつ

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 あまりはそのメモ書きを見せながら、
「一応気をつけてくださいと言われました。
 でも、見てると悟られないようにって。

 それから、この話、内緒だそうです」
と気持ち顔を近づけ、こしょこしょっと言ってくる。

 なんだか、こそばゆくなるような可愛らしいさだ。

 あまりに見せられたその男の特徴を書いたメモを一読し、
「了解」
と頷く。

「ところで、内緒って何処まで内緒なの?」
と訊いた。

 誰まで教えていいかわからなかったからだ。

「えーと。
 たぶん、大人数じゃない方がいいので、成田さんとマスター以外にはご内密にお願いします」
と言ったあとで、あまりはチラと店の方を見、

「あ、やっぱり、マスターにはそのうち警察の人が来るかもってことだけ伝えて、犯人の特徴については言わないでください。

 マスター、うっかり見つけちゃったら、じーっと見ちゃいそうなんで」
と言ってくる。

 ぷっと笑ってしまった。

 想像できたからだ。

 その男を見た瞬間、珈琲淹れながら、釘付けになる叔父の姿が。

 めちゃくちゃぎこちなく動きそうだ。

 かと言って、まるきり教えてなかったら、ねそうだし、あまりの言う通り、その程度の伝え方で教えておくのがいいようだった。

 さすが、的確、と思う。

 一見、とぼけているようだが、あまりの読みはいつも鋭い。

 ではっ、とあまりは役目を終えた草の者のように去ろうとする。

「待った」
と思わず、あまりの手首をつかんでいた。

「それ以外になにかなかった?」

「な、なにもありませんけどっ?」
と言う口調が調子っぱずれの歌のようで、余計、怪しい。

「……海里となにかあった?」

 核心を突かれたっ! という顔をあまりはする。

 ……本当にわかりやすい子だね、と思う成田の目の前で、

「な、なにもありませんけどっ?」
とあまりは壊れたオモチャのように、おかしな音階のまま、なにもないと繰り返している。

 腕をつかんだまま、しばし、考えた。

「あまりは別に海里が将来偉い人になりそうだから好きになるとかないだろうけど」
とつい言うと、

「えっ。
 それで好きなんじゃないですよっ」
と思いもかけないことを言われたように、あまりは叫ぶ。

 そして、言っておいて、更に慌てふためいていた。

「っていうか、好きだとかっ。
 そんなことないですしっ!」

 本当にわかりやすい……といっそ笑ってしまう。

 そうか。
 やっぱり、海里がいいか、と思いながら手を放した。

「いや、なんでもないよ」
と言って、椅子に座ると、あまりは今度は逃げずに自分を見下ろしてきた。

「なにかありました?」
と今度はあまりが訊いてくる。

 成田は手にしかけた雑誌を置いて、あまりを見上げた。

「いや、大学を卒業してさ。
 まあ、いろんな道があったと思うんだけど。

 なんとなく、その先が見つけられなくて、ぼんやり日本に帰ってきたら、叔父がさ、見兼ねて、うちで働かないかって」

「なにか目標があって、ケンブリッジに入られたのではないんですか?」

「いや、単にその頃、親の仕事でイギリスに居たから。
 目標も定まらないまま、大学に行けばなにかあるかな、と思ってたんだけど」

 うーん、と首を傾げる。

「自分の好きな勉強を専門的に出来るのは楽しかったよ。
 でも、そこから仕事に結びつかなかったっていうかさ、自分の中で」

 大学に残ることもせずに、結局帰ってきた、と言う。

「でも、ああやって、バリバリ働いてる海里を見てると、ちょっとうらやましいっていうか。

 最初の頃、海里が居るのわかってたのに、あまりに注文取りに行かせたことがあっただろ。

 あれ、商談で来てたらしい海里の前に、今のままの自分で立つのが嫌だったっていうか。

 いや、カフェの店員が嫌だって言うんじゃないんだけど。

 自分の心が定まってないままって言うのがなんだか嫌だったんだよ。

 でも、今思えば、あのとき、あまりを行かさなかったら、あまりは海里と出会ってなかったわけだよね」

 あまりは、そこで俯き、なにごとかを考えていた。

「ほんと……あいつ、迷いがないよね」

 そう言うと、あまりは不思議そうに顔を上げる。

「でも、私には、成田さんもそのように見えてましたけど」

 そう言ってきた。

「成田さんは、バリバリのカフェの店員さんです。

 成田さんが居るから、このお店に来るって方、たくさんいらっしゃると思いますよ。

 私も、このカフェ、最初に見たとき、ちょうど夕暮れどきで、ランプの明かりを幾つも灯したテラス席で、成田さんが接客してらして。

 ほんとに素敵な笑顔をお客さんに向けられてました。

 わあ、背の高い、格好いい店員さんが居るなあって思って。

 仕事帰りにこんなカフェに寄ったら癒されそうだなって思ったんです」

 その頃はまだ働いてなかったですけどね、とあまりは笑う。

「成田さん込みで、このカフェを見て、素敵だな、と思ったんです」

 そう言われ、目を伏せる。

「……ありがとう」

 あっ、いえっ、とあまりは照れたように言い、去ろうとした。

 その手首をつかみ、引き寄せると、軽くその唇に触れる。

 が、あまりは吹っ飛んでく勢いで逃げていった。

「ありがとう、あまり」
と言うと、あまりは真っ赤になったまま、よくわからない風な顔をしていたが、すぐに、ああ、という顔をする。

 自分がイギリスに居たから、感謝を込めてそんなことをしてきたと思ったようだった。

 いや……イギリスでも口にはしないから、と思ったが、言わなかった。

「は、はい。
 ではっ。

 どうも失礼致しますっ」
とあまりは、ぎくしゃくとした動きで、奥へと引っ込んでいく。

 今の言葉は嬉しかったけど……。

 やっぱり、海里の方がいいわけね、と思いながら、寂しく見送った。


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