あまりさんののっぴきならない事情

菱沼あゆ

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箱から覗いてみました……

それは挨拶なのですか?

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 あー、びっくりしましたっ。

 さすが、イギリス育ちの人は違いますっとあまりは思う。

 なにか自分が汚れた女になった気がして、恥ずかしく、コソコソとやってきてしまったのですが。

 なにかそのコソコソ感も吹き飛びました、と思っていた。

 しかし、待てよ、と思う。

 もしかして、イギリス育ちの海里さんにとって、キスって、その程度のことなのでしょうか、と思い、支社長室にお茶を持っていったとき、訊いてみた。

「あのー、海里さ……

 支社長」

 なんだ? と顔を上げた海里に言う。

「私にキスするのって、挨拶なんですか?」

 ぶはっ、と後ろで声がしたと思ったら、北側の見えにくい位置のカウンターの上で、寺坂が書類をそろえていた。

 い、いらっしゃいましたか……。

「す、すみません」
と謝る。

「……莫迦なことを言っている暇があったら、仕事に戻れ」
と海里に言われ、はい、と言いながら、いや、お茶煎れるのが仕事なんだが、と思っていた。

 失礼します、と頭を下げていこうとすると、
「あまり」
と手招きされる。

 はい? と戻ると、いきなり腕を引かれ、キスされた。

 ……は? と思っていると、海里はもう仕事に戻っていて、こちらを見ずに、
「挨拶だ」
と言う。

 そ、そうですか。
 そうなのですか。

 了解です……と思いながら、すすすすっと後ろ向きに下がっていき、
「失礼しました」
と海里と固まっている寺坂に頭を下げて、扉を閉めた。

 今のは、成田さんとの間接キスになってしまうような、と思ったのだが、海里には言わなかった。

 さっき、
「でも、今思えば、あのとき、あまりを行かさなかったら、あまりは海里と出会ってなかったわけだよね」

 そう言われて、思わず、想像してしまった。

 海里さんの居ない今の自分と、この先の未来を――。

 全然想像できないな、と思う。

 出会ってまだ一週間も経ってはいないと思うのに、海里さんの居ない未来も今も想像できない。

 不思議だな。

 ……まあ、海里さん、インパクトある人だからな、と思いながら、あまりは秘書室に戻った。


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