あまりさんののっぴきならない事情

菱沼あゆ

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もう終わりです……

悪い奴なのは、私の方でした

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「いろいろショックで気を失いそうです……」

 そうあまりは呟いた。

 あの写真が海里でないと気づかなかった自分にもショックだし、海里がやさしすぎることもショックだった。

 海里に、いつかひどい奴に豹変するに違いないと言ってきたが、自分の方が余程ひどい奴だった。

 海里さんはこんなときでも、やさしいし……。

 やさしすぎて、気を失いそうだと思う。

 申し訳なさ過ぎて――。

「で、別れないんですか?」
と声がした。

 どうやら、海里の鞄が挟まって、ドアが完全にしまってはいなかったようだ。

 服部が立っていた。

「僕の前で付き合うだの別れるだの」

 僕、彼女と別れたばっかりなのにっ、とキレ始める。

「見張ってるカフェで、いつも可愛いお隣さんが働いている。
 運命かなと思った瞬間に、男連れ込んでるしっ。

 このマンション、壁薄いしっ」

「それは災難だったな……、引っ越せ」
と海里が言う。

「ああそうだ。
 明日、いよいよ奴を捕まえようかなーと思うので、協力してくださいねーっとお願いに来ようと思ったんですけど。

 もうお願いじゃないです。
 協力してください。

 僕は今日は、ひとり酒を呑んで寝ますからっ」

 それから此処、壁薄いですからっ、と叫んで、服部は居なくなった。

「……どんな八つ当たりだ」
と閉まった扉を見ながら、海里が呟く。

「仕事、大変そうだな。
 ストレスが溜まってるんだろう」

「海里さんは大変なお仕事なのに、ストレス溜まらないんですか?」
と問うと、問うと、こちらを見下ろし、

「俺にはストレスを発散するいいオモチャがあるからな」
と言ってくる。

 そういえば、ずっと海里に抱っこされたまま服部と話してたな、と思う。

 いやまあ、話してたの、海里さんだけど、と思っていると、
「よし、降りろ」
とあまりを降して、海里は言う。

「やっぱり、よく考えたら、腹立ってきた。
 お前、一度は遥真をいいと思ったわけだよな」

 い、いや、それはちょっと……とごにょごにょと言っていると、海里は少し後ろに下がり、両手を広げて言ってきた。

「来い、あまりっ」
と犬を呼ぶように呼ぶ。

「よく考えたら、お前の方からキスされたことはないっ。
 罰として、自分から、しに来いっ」

「むっ、無理ですーっ」

「無理じゃないっ。
 さあ、来い、あまりっ」

 両手を広げて、大丈夫だ、と自分を呼ぶ海里に、なんだかスイミングの先生みたいだな、と思う。

 あまりは唾を飲み込む。

 さ、される方でさえ、あんなにクラクラしてるのに、どうやって自分からしろと言うのですかっ。

 だが、海里は、
「大丈夫だ。
 なにも考えずに突っ込んで来いっ」
と言ってくる。

 これはお前に対する罰だという海里の言葉が頭に蘇る。

 そうだ。
 たまには、私の方からも海里さんに自分の想いを示さなければっ。

 思えば、出会ってからずっと、与えられてばっかりだから――。

「……はいっ」

 あまりは覚悟を決めた。

 そのまま、廊下の端まで勢いよく下がっていった。

 何故、下がるっ!? という顔を目をつぶる寸前、海里がした気がした。

 あまりは廊下の端から目を閉じ、一気に海里に突っ込んでいく。

 ぐっ、と低い声がして、海里が動かなくなった。

 そのまま、勢いに押されたように倒れ込む。

「お、お前……肘が入ってる、肘が」

 身構えて走り出したので、肘が前に出ていたようだ。

 突き倒された海里が少し丸まるようにして、咳き込んでいる。

 いや、恥ずかしいから勢いをつけてみたのだが。

「重い……あまり、上から退けっ」

 だが、あまりは咳の止まった海里の頬に触れ、そっと唇を重ねた。

 一瞬して、逃げようと思ったのだが、そのまま後ろ頭を押さえつけられる。

 しばらくして、
「おっと……」
と海里が言った。

「今度はドア、閉まってるだろうな」
とひょいと一度、あまりを自分の上から退けると、海里は確認に行った。

「いや、待てよ。
 此処は壁が薄いそうだから、何処か行こうか」
と再び、あまりを抱き上げ、笑いかけてきた。

 今度は自分からキスしてきた海里は、
「……結婚しようか」
と囁く。

「えっ?
 か、考えさせてくださいっ」
と思わず言ってしまい、

「……なんでだ」
と言われた。

 いや、もう、条件反射です、とあまりは苦笑いする。


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