ここは猫町3番地の3 ~凶器を探しています~

菱沼あゆ

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凶器を探しています

猫町3番地の昼

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 鮮やかな緑の木立に囲まれた喫茶店、猫町3番地。

 落ち着いた雰囲気漂うその店の前を通ると、仕事で疲れている人などは、つい、店に吸い込まれそうになってしまうと言う。

 昼過ぎ。

 たまたま、

 偶然、

 いや、ほんとうに偶然。

 職場に戻る途中で猫町3番地の前をうっかり通ってしまった将生は足を止めていた。

 木の陰になっている庭の方。

 石畳の小さな小道をホウキで掃いているような音が聞こえてくる。

 将生は喫茶店の敷地に入り、小道を覗いた。

 そこには箒を手にした、黙っていれば美しい……

 ……美しい安達刹那が、小道を掃いていた。

「いや、お前、なにをしている」

 平日だぞ? と将生は安達刹那に言った。

「ああ、宝生さん。
 こんにちは。

 いや、今日、仕事休みなんで珈琲飲みに来たんですけど。

 琳さんが今朝、寝坊しちゃって、庭の掃除をまだしてないって言うから。
 ちょっとお手伝いしようかと」

 なにお前、さりげなく点数稼いでるんだ、と思いながら、将生は言った。

「……俺がやろうか?」

「いや、いいですよ。
 珈琲飲みにいらしたんでしょう?

 きっと琳さん待ってますよ」

 その言葉に、どきりとしたが。

「なんか事件起きないかなって言ってましたよ。
 宝生さんや佐久間さんが来るの楽しみにしてるみたいでした。

 人が死んだりしなくて、事件の真相が悲しかったりしない、いい事件はないかなあとか言ってました」

「……そんな事件はない」

 そんなミステリーマニアが喜ぶだけみたいな事件があるか、と将生は思う。

 奴ら垂涎すいぜんもののすごいトリックや仕掛けを作っておいて、ドーナツ盗み食いするとかか。

 何処のどいつが手間暇かけて、そんなことするんだ、と将生は思ったが。

 その瞬間、龍哉が頭に浮かんでいたし。

 今、目の前で刹那が、
「琳さんのために、そういう風な事件を起こしてあげるのが恩返しかもしれませんね」
 などと呟いていた。

 いや、お前、里中を殺すんだろうが……、
と何故か、琳のために人の死なない事件を練ろうとする刹那に思う。

 いろんな意味で危機感を覚えたので。
 なんだかんだで店に入った。

 例え、しょうもない理由だとしても、琳が自分を待っていると聞いたことだし……。




「いらっしゃいませ~」

 店の中は、ちょうど心地よい感じの気温だった。

 カウンターの向こうで、琳は何故かシンクの中を覗いている。

「お疲れ様です、宝生さん。
 なににします?」

 琳は顔を上げないまま問う琳に将生は訊いた。

「……なんで俺だとわかった?」

 琳はそこでようやく顔を上げ、いや、なんででしょうね~、と自分で首をひねっていた。

「なんか宝生さんな気配がしたんですよね。
 靴音ですかね?

 これじゃ、宝生さんが壁の向こうで犯罪犯しててもわかっちゃいますね」
と言って笑う。

 将生の頭の中で、自分が壁向こうですごいトリックをこなしながら、ドーナツを盗み食いしていた。

 カウンターに座ると、
「アイスコーヒーですか?」
と琳が訊いてきた。

 まさに飲みたかったのだが、そのことは隠し、
「なんでだ」
と琳に問う。

「いえ、なんだか暑そうに見えたんで。
 宝生さんなら、アイスコーヒーかなって」

 今日、いい天気ですもんね、と琳は昼の日差しで眩しい庭を向く。

 一緒にそちらを見た将生は、

 また庭が少し変わった気がする、と思っていた。

 いや、間違い探し並みに少しのようなんだが。
 造園業者がまたなにか置いていったのだろうかと思いながら、

「さっき、なに見てたんだ?」
と琳に訊いてみた。

「ああ、えっと。
 シンクの生ゴミにアリがこないのは、臭いからなんですかね~? と思って見てたんです」

 ……死ぬほどしょうもない話だったな、と思う将生の目の前で、琳はもうアイスコーヒー用の深煎り豆の瓶に手を伸ばしている。

「じゃあ、今日は……

 クリームソーダで」

 ゴトリ、と琳が瓶を落とした。

 そう。
 この間からずっとクリームソーダを飲んでみようと思っていたのだ。

 こんなマヌケにあっさり当てられて悔しかったから変えたわけでは、

 ……決してない。


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