ここは猫町3番地の3 ~凶器を探しています~

菱沼あゆ

文字の大きさ
20 / 28
凶器を探しています

パーカーの男

しおりを挟む

「僕、あの屋敷に住んでるクソジジイの息子の嫁の息子なんです」

 そうパーカーの男、小村真守こむら まもるは言った。

 それ、孫って話ですよね? と琳は思ったが、黙っていた。

 なにやら深い因縁や怨念がありそうだったからだ。

「あのジジイ、僕の母を財産目当てだと決めつけて、散々辛くあたった挙句に叩き出しました。

 母は失意のまま、家を出て。

 僕を祖母の家に預け、別の金持ちの男の人と結婚してしまったんです」

 ……それはおじいさんが正しかった気がしますね。

「父とも連絡とってなかったんですが。
 あるとき、バイト先の喫茶店に現れた男の人が、僕の顔を見て、びっくりして」

 父だったんです、その人、と真守は言った。

「僕が母そっくりだったので、驚いたと言っていました」

 それは可愛いらしい顔のお母さんなんだな、と琳は思った。

「自分は普段は海外にいるけど、困ったことがあったら、実家を訪ねなさいと言ってくれて。
 別になにか困ってたわけじゃないけど。

 なんとなく懐かしくなって、昔暮らしていた家まで行ってみたら、あのジジイに出くわして。

 母親そっくりになったな。
 お前もロクなもんじゃないだろうって言い出して」

 大喧嘩になりました、と真守は言う。

「ハイエナみたいに、この家の前をウロウロするなって言われたから、あんたの道じゃないだろって言い返して。
 当てつけのように、あの家の前を通ってました」

 なんか似たもの祖父と孫な気がしてきたな……。

「そんな風に懐かしい家を横目に見ながら歩いていたら、なんだか腹が立ってきて。
 あの家出るまで、僕は父と母に囲まれて、幸せだったんですよ。

 時折、ジイさんが小言を言ってくることを除けば。

 八つ当たりだってわかってたけど、一発、殴ってやろうと思って。

 でも、ジイさん用心深いし、ぱっと見、細身の枯れたジジイだけど。
 実は今でもジムで鍛えてるらしくて。

 油断したらられそうだと思って」

 今、背後から、ただ殴りかかろうとした孫を手刀でるジイさんが頭に浮かびましたよ……。

「ジイさん、いつも庭の端にあるお気に入りの花壇の前にこちらに背を向けて立ってるから、その辺のシャベルでもつかんで殴りかかってやろうと思ってたんだけど」

 あの道との境にある木がっ、と真守はわめく。

「あの木、枝が伸びるの早いんですよ。
 あいつが伸びたら、その陰で犯行をと思ってたのにっ。

 いつも、そろそろ伸びたな、と思ったら、刈る奴がっ」

 みんなが水宗を見た。

「そうこうしてるうちに、誰かがジイさんを襲ったらしくて、ジイさん倒れててっ」

 先を越されちゃったんですよっ、と真守は言う。

「クソジジイだから、あのジイさんやりたがってる奴なんてたくさんいるからっ。

 ピンクのゾウの人っ、あんたのせいですよっ。
 僕がジイさんやりそびれたのはっ」

 ええ~っ? と水宗がいつもの笑っているような困り顔で叫んでいた。

「それで、救急車呼んだあと、あんたに一言言ってやらなきゃ気がおさまらないと思ってたら、ちょうどあんたが来たんですよっ」

 ……呼んだんだ? 救急車、と琳は苦笑いして思う。

「ともかく、あんたのせいで僕はジイさんに復讐しそびれたんだっ」

 真守は水宗にそう言ったが、水宗は、
「でもあの、おじいさん、大変なクソジジイだと警察からも、うかがったんですけど。

 そんなおじいさんが近所の人に気を使って、道に木が出るのを気にするとかおかしい気がして。

 もしかしてなんですけど。

 当てつけのように屋敷の前を通るあなたの姿を見たかったから、木を切って視界をよくすると喜ばれてたんじゃないですかね?」
と真守に言う。

 だが、真守はそれを聞いて、逆にキレていた。

「なにアットホームな感じに終わらせようとしてんだよっ。
 あいつ、そんな感じのジジイじゃないからっ」

「あの~、小村さん。
 それで、おじいさまをおやりになった犯人は?」
と琳は訊いてみたが、

「僕が行ったときには、もうやられてたんだから知るわけないですっ」
と真守は言う。

「そうですか。
 でもまあ、ともかく、水宗さんがあの場所で車を止める前に、おじいさまは、もう襲撃されてたんですよね?」

 琳は、警察で今の話をしてくれるよう真守に頼んだ。

 その話は、新たに中本に疑われはじめたパーカーの男、真守の無実を証明するのにも役立つだろうから。

「水宗さんの無実がこの件に関しては証明できそうで安心しました」

 琳が微笑むと、雨宮さん……と水宗が感謝の目を琳に向けてきた。

「いや~、もう水宗さん、次々疑われるから。
 私の頭の中で、水宗さん、車を止めるたび、あっちこっちの被害者に笑いながら殴りかかってましたよ~」

 雨宮さん……と水宗が今度は青ざめて琳の名を呼ぶ。

 そのとき、将生がトラックを振り返りながら言ってきた。

「そもそも、あのトラックがあんな人目を引く配色でなかったら、水宗さん、この騒動に巻き込まれてないような……」

 だが、巻き込まれた張本人の水宗が何故か猛反論してくる。

「なに言ってるんですかっ。
 素晴らしいデザインですよっ」

 水宗の目は完全に恋でくもっているようだった。


しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

処理中です...