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肆 化け化けガム
エピローグ ~おそらく、褒めてない……っ!~
しおりを挟む「っていうか、災厄をいっぱい背負って消えた感じのする父の顔で、あっちが幸運になる場所だとか言われても、説得力にかけるんですが」
と冨樫が父に変じたらしい高尾を見上げて言うと、
「じゃあ、なんか前向きなアドバイスをして欲しい人に自分で変身してみたら?」
と高尾がガムをみんなに手渡し、言ってくる。
高尾もふたたびガムを噛み、あやかしたちが化けた子どもたちも一緒に、みんなで噛んでみた。
どろん、と店中に壱花が現れる。
どうやらこのガムは、本人の大きさまでは変わらないようで。
百八十センチ前後の壱花が三体と、ちっちゃい壱花が店内をウロウロし始めた。
ひーっ、と思う壱花の横で、高尾が言う。
「おやおや。
みんな、励まして欲しい相手は、化け化けちゃんなんだー?
なんでだろうねー」
だが、そう言って笑う高尾も壱花になっている。
高尾さん……。
私の姿で、男らしく腕組みして、仁王立ちはやめてください。
「うむ。
まあ、何故、壱花なのかはよくわからんが。
たぶん、自身が落ち込んでるやつに、励まされてもあれだから、のーてんきな壱花なのかな?」
と自分でもよくわからないように倫太郎が言い、
「なにも考えてなさそうで、裏がなさそうだからじゃないですかね?
それがいいことなのかはわかりませんが」
と冨樫が言う。
「はは。
僕もそうかもね。
化け化けちゃん、いつもとりあえず、前向きだからかな。
葉介が言うように、単に、なにも考えてないだけかもしれないけどね。
でも、葉介。
君のお父さんは、確かに逆境にいたかもしれないけど。
全然、落ち込んでなかったし、後ろ向きでもなかったよ」
と高尾は、さりげなく冨樫の中の父親像を正した。
そんな中、壱花は、わらわらと自分の顔をした子狸や子河童たちに膝に乗られたり、背中に登られたりして、ひいいいいと叫んでいた。
「で、そんな壱花は倫太郎なんだけど……」
と壱花の顔で、にやりと笑った高尾が壱花を見る。
「いやー、なんでですかねー?
滅多に褒めてくれない社長に褒めたり、励ましたりして欲しいからですかね?」
と壱花が倫太郎の顔のまま、苦笑いすると、倫太郎が、
「その顔やめろ、不気味だ……」
と壱花の顔で言ってくる。
「俺の顔でも中身が違うと、そんな間の抜けた感じになるんだな」
とまじまじと見つめて言ってきた。
私もそんな凛々しい顔の私、初めて見ましたよ、と壱花は思う。
そういえば、高尾の壱花はなんだかチャラ臭いし、冨樫の壱花は生真面目そうだ。
そして、ちっちゃなあやかしたちの壱花はあどけなくて、ともかく可愛い。
膝に乗って、きゃっきゃと笑っているちっちゃい自分を見ながら、微笑み言った。
「こうして見ると、外見って、もともとの造りだけでできてるわけじゃないんですね」
「そのようだな」
と言う倫太郎は窓まで行って、おのれの姿を映して見ている。
「壱花。
こうして見ると、なかなかの美人だな、お前。
お前、絶対、中身で損してるぞっ。
意外に立派な容姿が宝の持ち腐れになってるじゃないかっ」
それは褒めてくれているのでしょうかね……?
まあ、褒めてないんだろうな、と思ったとき、高尾が、
「美女なのに、美女に見えないのが、化け化けちゃんのいいところ」
とそこ、いいとこなんですかね? と思うようなことを言ってくる。
「だって、側にいて、なんかホッとするでしょ」
最終的にはちょっぴり褒められた気がしてちょっと照れたが、倫太郎がすかさず振り向き、
「いや、照れるな。
美女に見えないと言われてるんだぞ」
と壱花の顔のまま、トドメを刺してくる。
「そうだ、壱花。
お前、俺に褒めて欲しいんだったな」
と言いながら、つかつかと近づいてくると、倫太郎は近くの柱に壱花を壁ドンしてくる。
「よし、今から、褒めて励ましてやろう。
なんだかんだで今回はご苦労だったな。
偉いぞ、壱花。
頑張れ、壱花。
店でも会社でもいろいろと危なかっしいが。
毎日、そこそこ頑張ってるぞ、壱花」
ひいいい……っ。
嬉しいというより、どちらかと言うと、恐怖っ!
っていうか、印象は違うけど、それ、私の顔ですしっ、と思ったとき、
「おやおや。
壱花が倫太郎に壁ドンしているよ」
と頭の上に壱花になった子狸を乗せた高尾が笑った。
が、すぐに、どろん、とそのちっちゃい壱花が子狸に戻る。
ということは……、と倫太郎に柱に押し付けられて動けない壱花は、視線だけを動かして正面を見た。
目の前すぐのところに迫力ある倫太郎の顔がある。
ひーっ。
心臓に悪いので、離れてくださいーっ、と思いながら、壱花はその場にしゃがみ込んだ。
「まあ、今回はいろいろとみんなに迷惑かけて、悪かったなとは思ってるんだ……」
みんなが元に戻ったあと、皿を下げるのを手伝ってくれながら冨樫がそう言ってきた。
「でも、冨樫さんはそんな苦境の中でもさすがでしたよ。
会議のときも、一瞬、フリーズしただけで、すぐに持ち直してたし」
と笑いかけると、冨樫は黙って、こちらを見ていた。
壱花は、冨樫がたまには誰かに自分を全肯定して欲しい、と切に願っていることを知らなかった。
が、倫太郎は直感で知っていた。
「壱花」
と壱花はいきなり倫太郎に後ろから呼ばれる。
振り向くと、いきなり口に、さっきのガムを放り込まれた。
倫太郎は、アッチ向いてホイ、で自分の望む方向に相手の顔を動かそうとするときようなテンポの良さで、壱花の顔の中央を指差し、
「いつも来てくれる気のいい狸オヤジ!」
と言った。
壱花は、反射で、どろん、とあの仲良し家族のお腹の出たお父さんに変身してしまう。
「さあ、壱花。
今のセリフをもう一度、その姿で冨樫に言え」
「……なんでですか」
と狸でオヤジな壱花は言う。
「いいから、その姿で、冨樫さん、さすがでしたねと言うんだ」
「いや、だからなんでですかっ」
「おやおや。
倫太郎が葉介の記憶の中の壱花ちゃんを狸のおじさんで塗り替えようとしているよ」
と言って、高尾が笑う。
いや、だから、なんで今の記憶を塗り替える必要があるんだ?
と不思議に思う壱花の頭の上を新しい言葉を覚えたオウムが飛び回っていた。
「イチカ、ノーテンキ、ノーテンキ。
美女ジャナイッ」
「いやいや。
これは、波乱の予感がするねえ」
そう楽しそうに高尾は笑い、皿を手にさっさと奥の座敷へと上がっていった。
完
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