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理由がありませんっ
俺もそんな話は聞いてない
しおりを挟む深月の手を引いて出て行った清春は玄関ホールで足を止めかけたが。
車の灯りが駐車場に入ってくるのを見て、誰か来るかもしれないと思ったようで、深月の手を引き、もっと奥へと移動した。
だが、階段下に行きかけた清春は、二階の炊事場で大笑いをしているおばちゃんたちの声を聞いて、また戻る。
結局、清春は一階隅の、掲示物の貼られたパネルの裏に深月を連れていった。
「深月。
誰だ、あいつは、聞いてない」
ようやく手を離した清春はそんなことを言ってくる。
いや、一ヶ月前、晩ご飯のとき、話しましたよ。
新しい支社長が来たよーって、と思う深月に清春は言う。
「お前と俺が結婚するのが、神社のためにも一番いいと思っていたのに」
「はい?」
と深月は訊き返していた。
そのとき、トイレに行くところらしい清春の同級生で教員の喜一きいちが通りかかった。
パネルの奥側とはいえ、近くを通れば見える。
「よお、清春、深月。
来てたのか」
と喜一が笑って声をかけてきた。
清春は、ああ、と普通に挨拶している。
その普段通りの兄の姿に、今聞いた言葉は幻聴だったかと思ったのだが。
喜一がトイレに消えた途端、清春はふたたび、こちらを振り向き、言ってきた。
「ともかく、あんな男は却下だ。
何処の漁師か知らないが」
うちの支社長デス……。
「お前は俺と結婚するのが一番いいんだ」
「ワレワレハ……」
我々は兄妹になったはずですが、と言おうとしたのだが。
動転しているせいか、我々は、という出だしのせいか。
声が跳ね上がり、ちょっと宇宙人風になってしまった。
「ワレワレハ、兄妹ニナッタハズデスガ……」
しまった、戻らないっ。
動揺が収まらないようだ、と思う深月の前で、まったく動じていない清春は言う。
「そうだ。
兄妹になったのは、ついこの間だろ。
俺たちは、はとこなんだから」
イヤ、ソウナンデスケドネ……。
デモ、子供ノトキカラ、ベッタリ一緒ニ居タノデ。
私トシテハ、貴方ハズット、兄ナンデスヨ。
まさか、兄と思っていた人がそんなことを考えていたとは、というショックで宇宙人から戻れない。
そのとき、
「深月」
と声がした。
その落ち着いた声色に深月は思わず、ホッとして正気に返る。
「支社長」
と現れた陽太を振り返り、言ってしまっていた。
「支社長?」
と清春が訊き返したが、彼の問いかけを塞ぐように陽太が先に言った。
「こいつ、兄貴じゃないって本当か」
兄貴じゃないとわかった途端に、こいつ呼ばわりですよ。
いや、最初から似たようなもんだったか、と思いながら、深月は改めて、清春を紹介した。
「一宮清春。
高校生くらいまで、はとこだった兄です。
うちの母親と清ちゃんの父親は従兄妹同士なんですけど、再婚したので」
どのみち、清春も自分も祖父の神社に入り浸ったり、お互いの家でご飯を食べたりしていたので。
親同士が再婚しても、今までとあまり変わりない感じだった。
それで、新しい生活にもすぐに馴染めたのだが――。
今の発言が一番馴染めなかったな……と思う深月の前で、陽太はマジマジと清春を見、
「はとこか、なるほど、テイストが似ている」
と呟いていた。
いや、どんな感じに、と思ったとき、則雄が、
「おーい。
そろそろ練習するぞー」
とホールの扉を開けて言ってきた。
不穏な気配を感じて声をかけてくれたのかもしれないな、と思いながら、深月は、
「はーい」
と則雄に返事をし、ホールに戻るよう、二人をうながした。
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