好きになるには理由があります ~支社長室に神が舞い降りました~

菱沼あゆ

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支社長室に神が舞い降りました

お神酒上がらぬ神はなし

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「納得がいきません」
と深月は帰りに乗せられた船で訴えた。

「嫌がらせされたのは私なのに、一宮さんになにかすると、百倍返しにされるらしいよって噂が社内を駆け巡ってて。

 私、今まで温厚な一宮さんで通ってたのに。

 社内回っても、みんな、なんか苦笑いして遠巻きに私を見てるんですよっ」

「まあ、おかげでこれ以上、被害は出ないだろ。
 お前に言い寄る男も減りそうだし、よかったじゃないか」
と陽太は言う。

「源氏物語でいえば、帝の許に渡れないよう、汚物をまかれた桐壺が、そのまま、つかんで、相手に撒き返したみたいなもんだろ」

「……はかなさの欠片もないな」

 桐壺の更衣からは程遠い、と今日は一緒に船に乗っていた杵崎が呟く。

 三人で軽く船で夕食をとってから、神楽の練習に行くのだ。

「杵崎さん、誘ってみてください。
 絶対、杵崎さん、神楽に興味ありますから」

 そう深月が陽太に頼んだのだが、
「神楽はともかく、デカイ船でサンセットクルーズは悪くないな」
と杵崎もすぐに承諾した。

 夕食は船のキッチンで、陽太と杵崎がささっと作ってくれた。

「軽いものでいいだろ」
と言いながら、練習前なので、ニンニクを入れていないパスタやミネストローネを用意してくれる。

 役立たずの深月がぼんやり眺めていると、
「テーブルを拭け」
と哀れに思ってか、陽太が仕事を言いつけてくれた。

「はいっ」
と勢いよく返事をした深月は、デッキに猛ダッシュして、これ以上ないくらい丁寧にテーブルを磨き上げた。

 料理の方はまったく出る幕なさそうだったので、せめてっ、と思ったのだ。

 もうすぐ春か、と思いながら、島の向こうに沈みかけている太陽を眺めていると、

「深月っ、運べっ」
と中から陽太の声がした。

「はいっ」
と深月はまたダッシュする。
 



「少しなら、呑んでも大丈夫だろ。
 おじさんたち、いつも一杯ひっかけてくるし」

 そう言いながら、陽太は深月にミントがたっぷり入ったモヒートのグラスを渡してくる。

「偏見かもですが、船旅にはモヒートが似合いますよね」
とそれを受け取りながら、深月は笑った。

 なにかこう、爽やかな感じがするからか。

 それとも、モヒート自体が、海賊たちが壊血病などの薬代わりに呑んでいたと聞いたせいか。

 杵崎が陽太に、
「陽太、お前、操縦したいんだろ。
 俺も呑んでいいか」
と訊いていた。

 あ、普段は、陽太って呼ぶんだ? と深月は新鮮に思う。

 だが、陽太はなにか連絡が入ったのか、スマホをいじっていて聞いていなかった。

「……おい、陽太っ。
 陽太おじさんっ」

「おじさん、お前だろっ」
とかつておじの立場を争っていたときとは逆の立場でもめ始める。

 なんだかんだで仲良いな、と深月は笑った。

 グラスを口許に運ぶと、鼻にひっつきそうなくらい詰め込まれているミントのいい香りがした。

 いい風だし、いい眺めだ、と深月は微かに夕日の残る島影を見る。

「漁船から見るのとでは、景色が違いますね~」
と深月が言うと、

「高さが違うからかな」
と陽太は言う。

「ツマミ作るぞ」
と軽く済ますと言っていたのに、杵崎は追加の料理を作ろうとする。

「……お前、ベロベロになるなよ」
と陽太は言ったが、ベロベロの状態で練習に参加してるおじさんが居るのも確かだった。

 漁師さんたちは、朝、漁を終えたあと、みんなで呑んだりしているからだ。

 だが、舞い出すと、すっと酔いが覚めたように別人になる。

 奥さんたちもあの顔を見たら、惚れ直すに違いないと思っていた。

「お神酒上がらぬ神はなしって言うしな。
 まあ、いいか」
と陽太が呟く。

「支社長、おじさんたちと同じこと言ってますね」
と深月は笑った。


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