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理由が必要か?
ちょっと滝行に
しおりを挟むその日、陽太は初めてお面をつけて最後まで舞っていた。
だが、裏に引っ込んだ陽太は外した途端、深月に文句を言ってくる。
「前が見づらい。
息するとき、変な感じだ。
フェンシングの面より違和感があるっ」
いや、まず、フェンシングしたことありません、私……と深月は苦笑いして思っていた。
鬼の赤い面を手に陽太は呟く。
「だが、面を被ると別人になったような気がするな。
いつもの自分から解放されるというか。
普段なら言えないことが言える気がするというか」
と陽太は言い、ふたたび、面を被った。
深月を見る。
「深月。
お前が好きだ」
「お前は、普段から言ってるじゃないか。
ありがたみはないな」
そう言いながら、清春が後ろを通り過ぎた。
深月と陽太は、チラチラッと視線を合わせる。
陽太の休みの調整が上手く行かず、仕事終わりにちょっと滝行に出かけようという話になったのだ。
いや、ちょっと滝行とか言うと、舐めている感じだが。
深月も異動したばかりで時間がとれなかったのだ。
「さっと行って、さっと帰れば大丈夫だ」
と陽太は言う。
なんだかもう本来の目的を忘れ、行って帰ってくることが目的になっている気もするが……。
よりにもよって、神楽の練習まで入ってしまったが。
ともかく、清ちゃんには感づかれまい、と深月は思っていた。
いろいろ突っ込んで訊かれて、ややこしい話になりそうな気がしたからだ。
何故、滝行に行かねばならないのかとかも追求されたくない。
そんなわけで、二人はずっと消えるタイミングを窺っていた。
いつ、いつ出ればいいのでしょうかね? 我々は。
コミュニティセンターの片隅で、深月は近所のおばちゃんたちと話しながら、ハラハラしていた。
これ以上遅くなると、もう帰ってこれなくなるよなー、と思いながら時計を見る。
陽太が、
「お前にピッタリな滝行の場所を見つけたぞっ。
八時に出ればギリギリ間に合うっ」
と言っていたのだが、そろそろ八時だ。
今日は幸い、練習に早めに参加できて、陽太の出番も自分の出番ももう終わったのだが。
やはり、片付けまで居るべきなのでは?
と深月は迷っていた。
陽太は陽太で、おじさんたちに捕まり、熱のこもった指導を受けている。
陽太が何処に行くつもりなのかよくわからないが、そろそろタイムリミットだ。
普段はちゃんと片付けて帰っているし。
用事があるときは、途中で抜けてオッケーなことになっているのだが。
二人同時に抜けるのは明らかに怪しい。
そもそも、最近やけに気合が入っている支社長が途中で帰るの変だし、と深月が迷っていたとき、則雄が陽太の肩を叩いた。
「よし、じゃあ、陽太たちは一通り型もついたことだし。
今日はもういいぞ。
家でじっくり自主練習してこいよ。
清春。
篝火の配置だが」
と言いながら、則雄は図面を手に清春のところに言って話し出した。
……これは、と深月は陽太の目を見る。
チャンスかっ? と陽太も深月を見た。
その二人のアイコンタクトに割り込むように、別の視線が絡んでくる。
オカメの面のように、にんまり笑った則雄がこちらを見たのだ。
『恩に着ろよ。
今度、酒でも持ってこい』
とその顔には書いてある。
『わっ、わかりましたっ!』
と深月と陽太もその顔に書いた。
支社長が帰るより先に出た方がいいな、と思った深月は、おばちゃんたちと一緒に給湯室に行くと、湯を沸かしたりするのを手伝いながら言う。
「すみません。
今日はこれで失礼します。
次は最後まで残りますので」
すると、おばちゃんたちは、
「ああ、いいのいいの。
深月ちゃん、いつも仕事帰りに来て、最後まで居るから。
たまには早く帰りなよ」
「お疲れ様ー」
と言って、気持ちよく送り出してくれた。
……振り返らなかったが、もしかしたら、背後で、則雄のように、にんまり笑っていたのかもしれないが。
そもそも、ノリさんが私たちがそわそわしてると気づいたのに。
鋭いおばちゃんたちが気づかないなんてことはないような……。
だがまあ、とりあえず、清ちゃんに捕まらなければ、なんとかなるだろう。
この隙に、すうっと帰ろう、すうっと、と思いながら、ホールに戻ろうとすると、万理がロビーに立っていた。
「ほら、鞄とコート」
と自分の荷物に紛れさせて持ってきてくれたそれを出してくる。
え? と思う深月に万理は言う。
「莫迦ね。
取りに戻ったら、清春に気づかれるでしょ。
すっと抜けなさいよ」
あんた、ハズレのコンパでも上手く抜けられないタイプね、と言われる。
「今日は帰ってこなくていいからね。
うち、今日、旦那が出張なんで、律子たちと宴会なの。
あんたも呼ぶことにしたって言っとくわ。
それで、呑んで寝ちゃったって言えばいいじゃない」
「万理さん……」
「別にあんたのためだけじゃないわよ。
もう――
清春を解放してあげて」
そう万理は言った。
「もしかしたらってずっと思いながら、諦めきれないのはつらいのよ。
私は旦那に巡り会えたけど。
清春はあんたを好きなまま時間が止まってる。
でも、あんたが結婚したら、さすがの清春も諦める……
はず」
と清春をよく知る万理は不安そうに言った。
「いや、でも、清春より、あの船長の方が強引だわ……。
いざとなったら、あんたを船で連れ去ってくれるわよ」
船で連れ去ってくれるのとこはやけにリアルですね、と思ったとき、万理は一緒に外に出ながら、
「さ、これであったかいものでも食べて」
と何故か五百円のクオカードをくれる。
「えっ? いいですよ」
「餞別よっ。
頑張ってっ。
さっきそこで、鍼灸院でもらったっていうクオカードを三田のおばあちゃんがくれたから、あんたにあげるわっ」
さあ、行ってっ、と送り出された。
なんだかわからないが、ありがとうございます、と思う。
自転車は来る前に家に戻してきていたので、深月は足早に海の方へと向かった。
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