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幽霊タクシー
幽霊タクシー
しおりを挟む「幽霊が出るんですよ。
傘を差した男の霊。
雨も降ってないのにですよ。
それで、乗せると、住所と番地を言うんですけど。
それをナビに打ち込むと、そこ……
霊園なんですよね」
「雨の日は?」
と阿伽陀晴比古は、その男に訊いた。
「は?」
「雨の日は傘どうしてんだ? その霊」
「さ……さあ、どうなんでしょうね?」
「雨の日差してたら、普通だから、雨の日は傘閉じてんのかな?」
知りませんよ、そんなこと~、とその若いタクシードライバー、菜切正は文句をたれる。
「ところで、俺たちは怖い話を聞きに来たんだったか?」
と晴比古が首を捻ると、
「ああ、仏像探しに来たんでしたね」
と一緒に聞いていた深鈴は手を打った。
こいつも本来の目的を忘れて、話に聞き入ってたな、と晴比古は横目に彼女を見る。
あれは三日程前のことだった。
「殺人事件も起きなくなるほどの暑さですね」
事務所の窓を開けながら、深鈴が言った。
「なんだ、その例え」
ノートパソコンの熱さえ暑いな、と思いながら、晴比古は訊き返す。
「暑くて、イラッと来て、人を殺す人も居るようですが。
そこを通り越すと、今度は人を殺すのも、暑くて、めんどくさい、ってなりますよねって話ですよ」
「暑さでやめるくらいなら、最初から殺そうとするなよ」
「先生。
暑さ寒さに関わらず、人を殺すと言うのは難しいことなんですよ」
一番殺したかった人間を殺し損ねた深鈴……いや、天堂亮灯はそう言った。
「ところで先生、クーラーつけませんか?
クーラーつけたり切ったりするより、ずっとつけてる方が安いとか言いません?」
「ずっとつけないという選択肢もあるぞ」
と言いながら、商店街の電気屋でもらった派手な広告のついた団扇を深鈴に投げてやる。
それを受け取って扇いでみながら、
「あれ? 意外と涼しいですね、団扇って」
と深鈴は言う。
「だろ?」
「でも、すぐ慣れてしまう涼しさですね」
「いいじゃないか。
高い金払って、サウナ入ったりジムに行ったりするより、やせそうだぞ」
「やせそうというより、まず、死にそうですが」
深鈴が団扇をくれようとするので、手許にあったなにかの資料を手に取り、扇いだ。
「化粧も取れるし」
「してたのか、化粧」
「……したかいがない、ということは今よくわかりましたよ」
そう言いながら、深鈴はスマホでなにかを打っている。
「……なにやってんだ?」
「志貴にメールです」
ああ、そうかい、と思った。
深鈴はいそいそとメールをしている。
もう志貴とやりとりをしている証拠を残しても構わなくなったので、初めてメール交換などしてみたという。
いまどきの高校生などより、余程、初々しい雰囲気を醸し出していた。
……いや、醸し出しているだけのヤバイカップルなんだが。
「先生」
「なんだ?」
「志貴が、電気代払うから、先生にクーラーつけてもらえと言ってます」
とスマホの画面を見たまま言ってくる。
「つけてやるよっ、クーラーくらいっ」
わかった、つけろっ、と言うと、深鈴は、はーい、と機嫌よくつけに行った。
「事務所の方針にまで口を出すな。
うるさい彼氏だな、ほんとに」
と頬杖をついて文句を言ったとき、深鈴が言った。
「あら、先生。
ナイスタイミングでしたよ。
きっとお客さんです」
廊下から足音が聞こえてくる。
誰かがこの事務所に向かってきているようだ。
「クーラーなんぞつけてやる必要はない。
幕田だ」
と親指で、事務所のドアにはまった古いすりガラスを指す。
そこに中肉中背でこれといった特徴のない幕田の姿が映っていた。
それを見ながら、晴比古は、ぼそりと呟く。
「思えば幕田は刑事の鏡だよな」
え? と怪訝そうな顔で深鈴が振り返った。
こいつの態度の方が俺より失礼かも、と思いながら、
「志貴の対極に居る男だ。
何処に居ても目立たない。
事件解決の邪魔にもならない、いい刑事だ」
と顔見知りの刑事を絶賛すると、
「それ……褒めてんですか?」
と深鈴は納得しながらも、苦笑いしていた。
「どうでもいいから開けてくださいよっ」
とノックしたあと、律儀に待つ幕田がドアの向こうで叫んでいる。
「ごめんなさい、幕田さん」
と深鈴がドアを開ける。
「もう~っ。
僕に聞こえてるのわかってて、おかしな批評しないでくださいよっ」
と言いながら、幕田は入ってくる。
「いや……例えば、お前がなにかの事件の犯人で、現場に居ても誰にも印象に残らないだろうなと。
お前、刑事としては最高だが、犯人としては最悪だな」
「犯罪犯す予定、今のところないですから」
と言い放つ幕田に、側に居た深鈴が苦笑する。
此処に戻ってきたときのことを思い出していた。
樹海ホテルから此処に帰ってきたとき、自分は、
「ただいま」
と何の気なしにドアを開けたが、後について入った深鈴は、ノブを握ったまま、感慨深げに室内を見回していた。
振り返り、
「どうした?」
と訊くと、
「いえ、此処にまた、こうして戻ってくるなんて思ってもみなかったので」
と言う。
そういえば、深鈴のデスクは不自然なくらい整頓されている。
慌ただしく出て行ったので気づかなかったな、と思った。
その時点で、自分はもう探偵失格だ。
「まさか、名前が変わって戻ってくるとは思いませんでしたよ」
と深鈴は苦笑する。
「嫁に行った気分です」
と言うが。
いや、お前、俺にその名で呼ばせてないだろうが、と思っていた。
「そういえば、お前、なんで戻ってきたんだ。
あのまま、志貴と居ればよかったじゃないか」
と言うと、いやあ、と深鈴は少し照れ、
「改めて、なんの策略もなく二人で居ると、照れてしまうので。
慣れるまで少し距離を置こうかと」
と言う。
じゃあ、やっぱり、そのうち居なくなってしまうのか、と寂しく思ったものだった。
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