仏眼探偵II ~幽霊タクシー~

菱沼あゆ

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幽霊タクシー

先生はいつもお暇ですよ?

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「お久しぶりです、深鈴さん」

 少し照れたように、モジモジと幕田は深鈴に挨拶していた。

「高原のホテルに行ってらしたんでしたっけ?」

 高原のホテルなんていいもんだったか? と思いながら、行ってらしたのは俺も同じだが、何故、俺に訊かない? とも思っていた。

 すると、幕田は気配を感じたのか。

「随分、長逗留でしたねー、先生」
と一応、こちらにも話を振ってきた。

「途中でまた違う事件に巻き込まれてな」
と言うと、

「ほんと先生は事件を呼びますよねー」
と笑って言ってくるが。

 いや、待て。
 呼んでくるのは深鈴だろう、と思っていた。

 自分が犯罪者になり損ねた怨念からか?

 深鈴が犯罪者と事件を呼び込んでいるような気がする。

 幕田は、深鈴さん、深鈴さん、と彼女の名を呼んでいるが。

 ふん。
 嬉しそうに深鈴の名を呼ぶな。

 こいつの名前は、亮灯だぞ。

 此処らでは自分しか知らないと勝ち誇りたくなるが、残念ながら、自分もその名で呼ぶことは許されてはいなかった。

 いきなり名前が変わると、幕田たちが混乱するから、というのが表向きの理由のようだが。

 どうせ、亮灯という名は志貴にしか呼ばせないんだろう、といじけている。

 江戸時代、武士は、名を相手に握られ、呪詛をかけられることを恐れて、本名を教えなかったというが。

 お前は武士か、と深鈴を睨みながら、晴比古は幕田に言った。

「おい。
 ケーサツ。

 なんか用があって来たんじゃないのか?」

 深鈴のご機嫌伺いか? と訊くと、
「あ、そうでした。
 そうでした」
と幕田は笑って、ポケットから折り畳んだ紙を出してきた。

「先生。
 この住所のところに行っていただけませんか?

 お暇なときでいいんですが」

「先生はずっとお暇ですよ」
と余計なことを言いながら、深鈴はお茶を淹れに行く。

「何処なんだ? 此処」

 知らない地名にそう呟くと、

「うちのおばあちゃんちの近くです。
 近所のおじいちゃんが、うちの仏像がなくなった気がするって騒いでるらしいんですよ。

 それでおばあちゃんが僕に言ってきたんですけど。

 らしい、じゃ警察動けないし、管轄も違いますしね。

 安く引き受けてくれる探偵さんが居るって言ったら、ぜひって言ってるらしくて」

「おい。
 安くってなんだ?

 勝手にうちの料金を決めるなよ、と言ったが、

「だって、先生、お暇なんでしょう?」
と幕田が痛いところを突いてくる。

「おばあちゃんが、ぼたもちもつけるって言ってましたよ」

「子供のお使いか」

「なに言ってるんですかっ。
 うちのおばあちゃんのぼたもちは最高ですよっ」
とよくわからないところで、幕田は憤慨する。

「私、ぼたもち大好きですっ」
と深鈴が手を叩き、そうなんですかー? と幕田が喜ぶ。

 なんなんだ。
 このぬるい空気は……。

 まあ、事件自体が、かなりぬるい感じだが、と思っていると、幕田が、
「深鈴さんが行くのなら、僕も行こうかなー」
と機嫌よく言い出した。

「管轄外なんだろ……?」
と低い声で脅してみたが、幕田は人の話を聞くような男ではなかった。

「そういえば、ぼたもちとおはぎの違いって、なんなんですかねー?」
としょうもないことまで言い出す。

「呼び方が違うだけだ。
 ぼたもちは春、おはぎは秋のお彼岸に作るんだ。

 春は牡丹の花、秋は萩に見立ててるから。

 牡丹餅と御萩だろ。

 俺は美味ければ、どっちでもいい」

「夏は夜船よふね、冬は北窓きたまどって言いますよね。
 私も美味しければ、なんでもいいです」

「じゃあ、ぜひ、うちのおばあちゃんちでお召し上がりください」
と幕田が話をまとめてしまう。

 なんだろう。
 幕田のおばあちゃんちを訪ねて、ぼたもち、いや、今の季節なら、夜船かおはぎか、をいただくツアーみたいになってきた。

「……どうでもいいが、ケーサツ。
 お前ら、いつもめんどくさいことがあると、俺に押し付けてるだろ」

 いえいえ、と幕田は笑うが、警察が探偵に仕事を斡旋してくれる理由など、それしかないような気がしていた。



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