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幽霊タクシー
……御旅行ですか?
しおりを挟む三日後、田舎町の駅に晴比古たちは降り立っていた。
「無人駅じゃねえか。
切符どうすんだ。
記念に持って帰るのか?」
「そこの箱に入れろって書いてありますよ、先生」
と深鈴が言う。
ざっくりだなー、と思いながら、ポイと入れた。
だが、駅前には小さな商店もあり、思っていたよりは町だった。
「結構家もありますね」
「っていうか、ちょっと田舎、くらいの町だな」
この間の樹海ホテルに比べれば、かなり町、だが。
「先生の頭の中では、横溝な感じの田舎になってたんでしょう」
と深鈴が笑う。
「私もですが」
と言ったあとで、
「さて、ご依頼のあったおうちまでどうやって行ったらいいんでしょうね」
とバス停に行ってみていたが、田舎はほとんど車で動くせいか、バスは滅多に来ないようだった。
「歩いていけますかねー」
深鈴は近くにあった鉄製の看板を見ている。
色褪せて、ところどころしか見えないが、この辺りの地図のようだった。
基本、店の名前しかないが、番地も書いてある。
うーん、と二人で唸っていると、
「あのー」
と遠慮がちな声がした。
「どうかされましたか?」
側の自動販売機で珈琲を買っていた若い男が訊いてくる。
見れば、タクシーの運転手のような格好をしている。
振り返れば、いつの間にか、ロータリーにタクシーが止まっていた。
「タクシーが居るのか」
「先生、失礼ですよ」
運転手は苦笑いしながら、
「どちらまで行かれるんですか?」
と訊いてきた。
「此処なんですけど」
と深鈴が幕田にもらった住所を見せると、
「あー、山の方ですねー」
と言う。
「此処から距離ありますか?」
「そうですね。
ちょうど、今、直通のバスがないので、乗り継いで」
とバスの時刻表を見る運転手に、深鈴が絶望的な顔をする。
この暑さの中、バスを待って、更に乗り継いで、と考えただけで、倒れそうなのだろう。
「じゃあ、タクシーで行くか」
と男を見ると、
「はは、すみません」
ありがとうございます、と笑いながら、一気に飲んだ珈琲の缶を捨てていた。
タクシーは駅前のロータリーを出て、信号で一度止まった。
深鈴がスマホでメールをしているせいで、特に話さなかったので、車内は、しんとしていた。
沈黙が気まずかったのか、運転手が話しかけてくる。
左前にある写真入りの名前を見ると、菜切正と書いてあった。
「……御旅行ですか?」
なんだろう、この間。
二人で旅行に出かけるようなカップルには見えないという意味だろうか?
そして、カップルに見られたくない人間も居た。
「この人は探偵です。
そして、私は助手です」
あっ、このやろっ、とまだ下を向いてメールを打っている深鈴を睨む。
「いい加減、スマホやめろ。
女子高生かっ」
ちょうど打ち終わったらしい深鈴は顔を上げ、
「いいじゃないですか。
私は今、女子高生やってるんですよ」
時が止まってたんですから、と文句を言ってくる。
まあ、それは確かに。
両親と弟を殺され、復讐を誓ったあのときから、彼女の時は止まっていたのだろう。
少しぐらい人生の楽しみを追求したって、まあ、バチは当たらないだろうな。
そう晴比古が思ったとき、菜切が言ってきた。
「へー、探偵さんなんですか。
初めて見ましたよー。
ほんとに居るんですね、探偵さんって。
サイン貰っちゃおうかな」
いや、請求書とか領収書以外のものにサインなどしたことないのだが。
「誰の浮気調査なんですか?」
笑って、菜切はそう訊いてくる。
おい……と思ったそのタイミングで、志貴から返信があったらしく。
スマホを見ながら、深鈴は適当に言葉を返している。
「仏像です」
「仏像の浮気調査ですか?」
「お前ら、会話噛み合ってないぞ。
っていうか、志貴、仕事してんのかっ?」
返信早すぎだっ、と晴比古は深鈴のスマホを取り上げる。
あっ、と深鈴がそれを取り返そうとした。
反対側を向き、仕事しろ、と志貴に返信しようとしたが、途中で取り返されてしまった。
「もうっ。
人の恋路を邪魔する人は、馬に蹴られて死にますよっ」
いや、馬に蹴られる前に、ボーガンで撃たれそうな気がする……。
そう思ったが、もう馬に蹴られるが頭に焼きついてしまったので。
晴比古の頭の中では、何故か青年将校のような格好をした志貴が白い馬に跨り、自分を蹴らせようと見下ろしていた。
あいつ、本気でやるからな……。
などと思っているうちに、車は山道に入っていた。
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