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幽霊タクシー
警察いらないじゃないですか
しおりを挟むちょっと真面目に生きようとすると、すぐこれだ。
やはり、汚れた人間は、汚れたまま生きていくのがいいのに違いない――。
床に転がっていた頭を頭頂部から片手で鷲掴みにし、引きずる。
昔はふかふかだったのだろう絨毯がぺとりと薄くなっている上を軽く鼻唄を歌いながら、歩いていった。
「今日中に事件を解決してください」
朝食の席で志貴が言い出した。
「僕、もう帰らなくちゃいけないんで」
「お前に言われなくとも帰るよ。
金もないのに」
っていうか、お前は別に帰ってもいいだろう。
深鈴を見張ってるだけなんだから。
いや、俺をか、と晴比古は思う。
おかしな夢を見たせいか。
昨夜の志貴せいか。
寝不足で食欲がなく、中華粥に浮かんだ鮮やかな赤いクコの実をただレンゲでつついていると、深鈴が、
「あっ、先生っ。
なにやってるんですか。
ちゃんと食べてくださいっ」
ほら、卵焼きあげますから、と自分の卵焼きを一個皿に入れてくれた。
「美味しいですよ、此処の卵焼き。
先生、甘いの、お好きでしょう?」
と心配して言ってくれるが、その深鈴の横からの視線が怖い。
やめてくれ。
卵焼きで殺される……と晴比古は怯えていた。
「卵焼きの好みを知ってるなんて。
先生、深鈴と朝食を食べたことがあるんですかっ」
と真剣に志貴が訊いてくる。
偏見だ。
朝ご飯とは限らないだろ、卵焼き。
第一、樹海のホテルでも朝食食ったろ、と思ったが、あそこで卵焼きは出ていない。
「莫迦か。
よく食堂で一緒に食べるんだ。
好きなおかずを選んでレジに持ってくやつ」
一緒に食堂に? と眉をひそめた志貴が訊いてくる。
「朝?」
「昼っ!」
……なんて阿呆な会話だ、と自分でも呆れていると、なんだかお食事処の外がバタつき始めた。
「なんの騒ぎだろうな」
「絶対事件ですよ、先生」
志貴が廊下を振り返りながら、やけに重々しく言ってくる。
「なんでだ?」
「貴方が此処に居るからです。
貴方は事件を呼びますからね」
そう志貴は言い切る。
「いやいやいや、待て。
なんで俺のせいだ。
深鈴かもしれないじゃないか」
「先生の方が断然多く事件に関わってるでしょ」
「なに言ってんだ。
それを言うなら、お前の方が多いに決まってる」
「僕は刑事だからですよ。
先生なんて、浮気相手の調査でもしてればいいのに、なんで、いつも死体を見つけてくるんですか。
新幹線の中でも見つけたんでしょ?」
「だから、それを見つけたのも深鈴だっ」
とわめいていると、
「あっ、晴比古先生っ」
と店の入り口の暖簾をくぐり、何故か菜切が顔を出す。
「先生、ちょっと来てくださいっ」
「ほらね」
「ほらね、じゃねえだろ。
来いっ、警察っ」
晴比古は志貴の腕を引っ張っていった。
「なにがあったんだ?」
先を歩く菜切に晴比古が問うと、
「それが、今朝から支配人の姿が見えなかったらしいんですが。
倒れていたりしたらいけないので、少し手が空いた紗江さんたちが支配人の部屋の鍵を開けに行くことになって。
女性だけじゃ物騒だからって言うんで、ちょうどロビーに居た僕がついていったんですけど。
支配人は居なくて、部屋に血が落ちてたんですよ」
と言ってくる。
「……そうか。
ところで、お前はなんで此処に居る」
「え?
いや、そろそろ朝出発する人たち、タクシー乗るかな~と思って、来てみたんです」
ははは、と頭を掻きながら笑う菜切の腕を晴比古はつかんだ。
「菜切、握手だ」
と手を差し出すと、菜切は素直に手を出してきた。
強く握り、二、三回振る。
「よしっ。
案内しろ!」
「へ?
なんだかわかりませんが。
はいっ」
と言って、菜切は勢いよく歩き出した。
「菜切さんを疑ったんですか?」
と横を歩く志貴が小声で訊いてくる。
「手を握って犯人かどうか確かめたんですね?」
「だって、話を聞くのに、本当かどうかわからないんじゃ困るじゃないか」
「そんな確かめ方ありですか」
警察いらないじゃないですか、と志貴は文句を言っていた。
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